10年目を迎えて〜番外編〜  日常

2005年8月。

オレの活動史において未だ頂点を極めているのではないかというのがこの月だった。

14本ライブしてる。
しかも本数だけじゃない。
荻窪の店は毎日イベント名が付いていて俺はあまりにも出演が多いからイベントに合わせて出方を変えていた。
今でこそ無限にあるがまだまだ引き出しが少ない時なのに頭を使うことでなんとかやってた。
ま、そういう姿勢だから沢山出られたんだけど。
あれで毎回似たようなライブしてたらそんな出してくれないから。

あの暑くて厚くて熱い夏をちょっと振り返ってみる。

【1日 六本木ブレイブバー】
アピア出て2年目くらだったかな?突然アピアに来ていたブッキングマネージャーに声をかけられて出始めた。
ノルマなしだがシステムが沢山あって選べるのだけど基本的に一人でも呼ばないとあからさまに嫌な顔をするという面倒くさい店。
ネットとかやる前だったから金かけずに出られる店はなかなか探せなくて暫く出ていた。
ついに頭にきて出るの止めた日がこの日。

【2日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(青春ペテン詩の会)】
ペテン詩の会とは最近セミリタイア気味の「あまお」君主宰のオープンマイク。
あまお君は三上寛さん敬々さん無善法師と共に青森まで付いていったりしていた面白い人。
オレも慕われていたので準レギュラー的に参加していた。
弾き語り系が集まるオープンマイクと違い詩人や漫画家やただのOLなど色々な人がマイク1本で主張していた面白い企画だった。
ある時は「切腹します」と言って出てきた男性が居て、ナイフ出すところまでは良かったがヤル気が無かったのに追い込まれてお腹をちょっと傷つけるトコまで行ったところで店主に止められ「バカヤロー」と説教くらって会場の雰囲気が人生で体験した事の無いくらい最悪な中で俺が最後に出てきて歌うという思いでもあった(まんが道で強引に盛り上げて自信付いた)この日は普通に終わったようだ。

【3日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(公開トレーニング)】
これは「新東京歌謡プロレス」旗揚げ戦に向けての公開トレーニング。
記者会見をやってからオレと、対戦する「グレート敬々ザ・ピストル」の2人が1曲づつ歌って「公開トレーニング」となったようだ。
なんなんだこれは。真面目にやってたんだから凄いぞ。

【6日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(Pディスコ)】
なんなんだこのイベント名は。訳が分からん。分からないなりに答えを出そうとライブやってた俺も凄いな。
この日は「出し物〜変身忍者のまんが塾〜」ってやってたみたい。みたいってのはなにやってたか忘れてる。
他の日だってさ「組曲」とか「なんとかの朗読バージョン」とか書いてるけど全然思い出せない。「血はリングに咲く赤い花〜バージョン3〜」ってバージョン「3」まであったっけ?「3」は思い出せない。もう毎日が闘いで忘れないと次に進めなかったんだろうな…

【7日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(荻窪変身忍者村)】
これは一部で評判良かったオレの企画ライブ。オレとあまお君と竹下君(荻窪では“秒殺WHISPER竹下浩”)3人で3回までやった。1回目は「テーマパーク」のような感じで行こうとして趣向を凝らしたなぁ。
竹下君が「燃えるドラゴン城」あまお君が「恐山ジェットコースター」オレが「武多(ムタ)桃源郷」模造紙に書いた字が「式多」になってたんだよなぁ…
このスケジュールで良くやったと思う。

【10日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(荻窪パンク研究所)】
パンク研究所とは一時アピアにも出てた「高橋よしあき」というホコ天時代に「テーゼ」という名の知れたパンクバンド組んでたツワモノと「テキサス」というこれまたバンドブームには「シーボーズ」というソコソコ名の知れたバンドに在籍してた人と大体3人で出演していた月イチイベント。
大体がテキサスさんがオレに挑発するような答えを求めるようなステージをして俺が受ける、もしくは逆という禅問答みたいな事をやりながら最後はよしあきさんが締めるというパターンが多かった気がする。
この店でよしあきさんのワンマンを観てオレ衝撃を受けたんだよ。
ステージは何やっても良いんだという。
ただし基礎は出来てた方が良いけどね。

【11日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(改造人間コマネチ)】
この店で最も「恐ろしい」部類のイベント。
基本、DJエフリコギがDJ宅を回している。ステージには1本マイクがあるだけ。
クラブサウンドが延々と流れる中、何も打ち合わせナシで複数の演者が勝手にライブする。
勝手にライブするって恐らく文章読んでも想像つかんと思うけどね。
元々は敬々、テキサス、エフリコギでやってたらしい。オレが出る頃は敬々さんが欠場していて出演者も沢山半強制的に出ていたので散漫だった。その時だけ「GO!GO!NIJA」という名前で出ていた。
最初は勘でやってたけどもっと知りたかったので「何もしないで客席に居る」という事もやったし「メガネをかけて目で見てみる」とか「耳で聞いてみる」とか歌わない日もあった。そのお陰で後半は他人よりも身体で掴んだつもり。
この日はひたすら「絵」を描いてたみたい。立ち上げの3人とオレだけで一度やりたかったが夢が敵わなかった。弊害も沢山あったからな…

【13日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(新東京歌謡プロレス)】
この日が旗揚げ戦。自分の企画から1週間も経ってないよ…
これも映像で観て欲しいんだけどね…映像はあるが(オレの手元ではない)現時点では不可能。
あっというまだった「青春」の始まり。

【21日 北海道北見「夕焼けまつり」】
今の所最初で最後の「凱旋ライブ」になっている。プレジー3吉を連れて行ってオープニングで出てもらった。

【23日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(G-MOST防衛戦】
「街角オープンスタジオ」という投票制オープンマイクのグランドチャンピオン戦。
オレにとって2回目の防衛戦。G-MOSTにもベルトがあって結局4回防衛して終わったので今も自宅にある。
この日は鳩山浩二という面白いヤツが決勝まで来ていた。
(この後、独パンにも出たのかな?忘れた)

【25日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(青い森の木造ハウス)】
この名前にも大きな由来があったと思うが忘れた。店主の故郷「青森」から取ってたハズ。
木造というのになんとなく引っかかりをつけて他の何処よりも「重厚」なステージを出る時は心がけていた。

【26日 荻窪BOXINGLEE'S CAFE(SINGER SONG VENUS)】
「豪姫」初登場。
この日の日記に「今月は北海道除いて殆んど曲が被ってない、これはワンマン見据えてるから」と書いている。ワンマンとは次の月9月にやった「台風」とぶつかったワンマンの事。
我ながら恐ろしすぎる。

【29日 浅草花やしき闇市】
【31日 浅草花やしき闇市】
なんか募集してたんだよね、花やしきで。
応募したら出られたんで…野外は初なのかな?忘れたが、子供用にやってみたり、子供居なくてサラリーマン来たから「三角木馬〜」やってみたり2日とも四苦八苦している。


この月だけじゃなく、荻窪時代はおよそ1年半、どこもこんな感じだった。
でもこの月が一番「凄い」と思う。
山場が4つくらいある。
これがあるから今が全然平気なんだな。
自分と、周りに居た人が良かったんだろうねぇ…
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