七夕昔話  日常

仕事終わりで役所走り。

走ってる時に何故かちょっとしたアイディアが出てきた。
「腹話術唱法」というか、ツープラトンの技なんだけどね。
誰とやっったら効果的か考える。



ミクシィで函館くんが話題になったので秘話というにはアチコチ書いてるので思い出話でも。(一部脚色してるかも知れないけど気にしない気にしない)
知らない人は全く知らないだろうが「函館くん」という「くん」までがステージネームのシンガー。
オレがアピアのオーディションに受ける前。
正式に受ける3年前に「逃亡事件」を起こしているが、その前か正式に受けた前かは記憶が曖昧。恐らくちゃんと受ける前だと思う。
「どんな人達がアピアに出ているのだろう」と適当な日に行った事がある。
オーディションを受けるからには何か資料と言うか基準が欲しかったのだと思う。
それまではアピアではミチロウと友川さんくらいしか観てないし、他のライブだって有名な人かバンドの企画か…
ともかく「ブッキングライブ」という言葉も知らなかった。
店に入るとまだ御健在のアピアママがいて、いつもなら「飲み物は?」と聞かれるのに「誰を観にきましたか?」と聞かれてビビッた思い出がある。
何も考えてなかったので「誰も観に来てません」と素直に答えた記憶がある。
不思議そうにしていたがママは何も言わなかった。

その日のトリだったのが実は函館くん。
「なんか知らないがこんな名前分からないような人達も凄いんだな」
と思った。
他の出演者は覚えてない。
ただ、函館くんが最後に決めるジャンプする姿だけが今も記憶に残っている。

アピアでデビューして3年冷や飯食ってきて、荻窪ボクシングリーズカフェでオレは才能を開花させる。
ようやく見つけてくれたか、という感じ。
店主のアドバイスにイチイチ反応して頭角を現す。
店主の策略で「チバ大三」を迎えるイベントに出場。
この時のイベント名が「HA・RA・KA・RA」であったのは殆んど知られていない。
(オレの「ハ・ラ・カ・ラ」はココから取った、実はこのイベント、他の出演者で色々と書けない出来事がウラで展開されたりして…兎も角、関係を修復する為にオレは「ハ・ラ・カ・ラ」を作ったのだ。2番の歌詞を思い出して欲しい。実はプロレスの歌のようでプロレスの歌ではないオレ得意の「ダブルイメージ」を用いている。でも持ち時間がオレだけ短縮されると言う新たな「事件」も勃発。色んな策略が交差して指定された楽曲もあったりで「ハラカラ」は怒りのカットをしたのだ)
チバさんは「銭型金太郎」に出てたしオレの中では有名であった。
いろんな事が裏であったがステージでは言い訳無用。
仕事をこなして、チバさんに丁寧に挨拶して向こうも客で来ていたプレジー3吉に「知り合い?好みだねぇ!」と言って、気に入ったらしく彼が主宰の「独唱パンク」に出場。
独パンには2回出ているがどちらか忘れた…のだが、競演者に「函館くん」がいたのであった。
オレだけ相手を知ってる状態だったが無事にお互いの実力を確かめ合ったのだった。
その後、遠藤賢司が出演した「独唱パンク」に遊びに行った時に函館くんも居た。
同じく客でいたプレジーと3人で何か話しながら帰った。
「シラフさんは良い曲書くよねー」という話もした記憶がある。
その時書いた日記には確か「佐藤豪、函館くん、プレジー3吉という観る人によってはビッグネームの3人が共演したら凄い事になりそうだ」とか書いてたと思う。
その後、競演こそしてないが3人は成長はしててもまだまだ世間には知られていない。
でもオレは「1歩リードしているぜ」と思って生きている。
目くそハナクソだろうけどオレは争っているのだ。

今宵、どんな願いをかける?

随分ロマンチックだが、願うならば有名になりたい。
「売れる」という言葉に語弊があるかも知れぬが、素直な気持ち。
売れる資質が何処にもないかも知れないが行動力はある。
見てろよ天の川!
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