今更マッスルPPVを語る  プロレス・格闘技

DDTというプロレス団体内ブランドとして発足した「マッスル」

主宰のマッスル坂井引退に伴い「マッスル」も最終回という事で、先週PPVで観戦。

最期までマッスル坂井らしく終わったと思う。

最初の頃掲げてた「プロレスの向こう側」に行けたのか?というのは分からない。
ま「行こうぜ!」って言ってるだけだし、行けたかどうかはやってる本人観てる本人の解釈次第。
大体プロレスの向こう側とは何ぞや?って話なんだが。
プロレスとはかくも奥深い物なんだなぁ。


04年にスタートして話題になり始めた05年。
kamiproで特集されて「スローモーション演出するプロレス団体ってナンダ!?」と気になってDVDを購入した。
そして、得体の知れぬ感動を受けた。

俺はというと「新東京歌謡プロレス」なるイベントに打ち込んでいた。
ミクシィでマッスル坂井氏本人から足跡があって慌ててメッセージしたら「歌謡プロレスって何ですか?」って質問された事があった。
スタートは同じだった。

俺が日記に書いた「イベント案」から荻窪の店で始まった歌謡プロレス。
ステージにマイク2本並べて演者2人が同時に立ち、歌でプロレスする。
未だに類を見ない前代未聞の企画。
発想はマッスルに似ていたかも知れない。
レスラーとして半人前の人たちがどうやったら従来のプロレス的感動を演出できるかというマッスル。
(多分俺だけの考えだが)人気も集客力もないシンガーがどうやったら注目集めて凌げるかという歌謡プロレス。
違いといえばプロレスファン相手に全く新しい手法でプロレスしたマッスルと音楽的フィールド内でプロレスした歌謡プロレス。対象が違った。
まずは音楽ファンを取り込まなければならないがその音楽ファンという土壌が曖昧である為に上手くは行かなかったのだと思う。
(これまた俺だけの考えだが)常にライバルはブルーマングループでありラーメンズでありマッスルであった。

俺が試合に絡んだ「歌謡プロレス」はまさに「歌謡プロレス」だったと自負している。
vs敬々、vs高橋よしあき、vsシュガーかつみ…
店側で理解していない人同士の試合を組んでいたが、燦々たるものだった。
歌合戦、セッションにしかならない。
ナニモノでもないものを目指した俺は「vs残留高円寺孤児」で頂点を極めた。
音楽でも朗読でも映画でも演劇でも…そしてプロレスでもなかった。
でも…間違いなくLIVEだった。
「お前ら、そんな事するのは早すぎる!」と怒られた。
観客からは褒められ、音楽畑の人間からは「サッパリ分からない」という俺にとっては最高の賛辞を戴く。
残留高円寺孤児と共に作ったナニモノでもない世界がそこにあった。
アーティストという側面だけで言えばこれだけ満足したモノは今でもあまりない。

結局、歌謡プロレスは06年のお店の終焉と共に消滅、そのプロレス的精神は元々あった俺の中に宿されて未だに俺の中で模索している。

マッスルはもっと化けると思った。
猪木の言う「環状線の外側」に充分対応できると思った。
だが、武道館まで行けずに終息した。

なんだかんだで共倒れだった訳だ。
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