敵はアメリカ!豆腐を食えよ!  日常

仕事を終え
映画「力道山」を観た後
帰りにコンビニでメシを買う。

「豆腐屋ジョニー」という色々とメディアを賑わせている豆腐を食べました。
確か、かつみさんが「美味い」と言っていたハズ。

これが「美味い」

豆乳の味ですね。

甘いです。

豆腐にはウルサイ俺ですが
コレほど甘いのは初めて食した。

しかし
好き嫌いは出そうだね。
サッパリ系が好きな人は向いてないねぇ。

「力道山」の事はミクシィ日記にも書いたんだけど…。

書いてない事を書くと…
韓国映画で主演の力道山役の人が韓国の俳優さんなんだが
日本語を話すとどうしても「訛る」のね。
それが気になってね。
力道山は「在日」だからそんな訛って無いはずなんだよ。
それが凄く「違和感」覚えるねぇ。

ストーリーも綺麗な感じがするし。

謎が多い「vs木村政彦」の「打ち合わせ」の部分も描かれているけど
なんとなく煙に巻いてる感じ。

脚色するにしても
もう少し「何故に日本人に拘ったか」を監督の妄想をバリバリに入れてでも強調して欲しかったように思う。

何はともあれ
敵はアメリカなのでもっと豆腐を食えよ!である。
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闘う男  ライブ

給料日目前でかなりヤバイ状態です。

明日だ明日…。

そんな中「新東京歌謡ぷちプロレス」でしたが
なんとなく自分の「ぷち」イメージでステージを展開。

メインの「夢樹&ジュリー」の夢樹さんが欠場。
メインに持って行くために考えたステージだったので
どうかなとも思ったが

その後の急遽行なわれた「ぷちシンポジウム」がなかなかのボリュームだったので
ヨシとしましょう。

俺の中では「答えを求め(もしくは出して)その過程を話す」というのが苦手で
それよりも「感覚的」に捉えてそのイメージをステージでボンヤリ出すのが得意なんですが
他の人の話しを聞くのは好き。

そして
更にイメージして次のステージに繋げる…。

思えば
この「ボクシングリーズカフェ」に来てからはこの繰り返しだった。
ライブ後の取り止めのない話をボンヤリ聞いて
そのイメージを次のステージに繋げる。

そういう吸収の繰り返しで
ココまで膨らみました。

どうもね。
最近の流れで薄々気付いている人もいるかも知れないが
色々と耳にしているのですよ。
「内」ではなく「外」でね。

断っておくが
俺は「自分で掴み取った」だけだ。

「与えられた」ものではない。

時間がかかるかもしれないが
俺はこれからも「掴み続ける」

「外」でこういう事を耳にするのは
ポジティブに考えたら凄い事だ。

確実に「変身忍者病原菌」が侵食しているのだ。

俺はねぇ

負けませんよ。

闘い続けますよ。



糞、食らえ。
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オーラの泉  日常

輪廻転生というのにどうも違和感を覚える。

10代の頃は「ムー」とか読んでいて
結構、信じていたのだが
ある時からは「違うよなぁ」と思い出した。

生まれ変わるというのはオカシイ。

肉体を借り物としたら魂は「自分自身」だろう。
その自分自身が別の人間(もしくは他の生物)に生まれ変わるのは変だよ。
それじゃそれで終わりじゃないか。

俺は絶対に死んだ後の世界というのもこの魂で
何らかの形で生きて行くのだと思っている。

この「オーラの泉」を見てるとそこら辺が胡散臭くて仕方が無い。

「守護霊さんが…」とか言うのもねぇ
ナンで守護霊は転生しない訳?

徳が高い?

おかしいよ。差別だよ。

霊に高いも低いもあるかいっ。

非常に胡散臭い。

またプロレスに繋げて申し訳ないが
UWFブームの時に「UWFは真剣勝負なんだ!ガチンコなんだ!」と信じて止まない「UWF信者」が沢山いたけどそれに近い。

プロレスもある種「宗教」だからねぇ。

まー
音楽の世界もそうだったりするし。

しかし
そういうのは戦略的には大事なんだよねぇ。

「変身忍者教」を作ってしまえば良い訳だ。
そんな直接的な事はしないが色々と使える事は使えるよね。

こっから先は!
ごにょごにょ…
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意外な事もあるもんだ  日常

コミュニケーションサイトの「mixi」で
一緒のバイトだった人と再会した。

なにかと「諸刃の剣」であるこのサイトではあるが
こういう事もあるんですね。

弟も居たしね。
案外、卒業アルバムの同級生の名前を片っ端から検索したら出てくるかもねぇ。

彼は
バイトを辞めた後、教員免許を活かして
臨時教員で頑張っているらしい。

俺が3ヶ月目で入ってきて
4ヶ月で辞めて行った。

なのでそれほど親しくした訳でもないし
俺も3ヶ月目で自分の事で精一杯だったから随分と冷たい対応した場面もあったと思う。

頑張っている姿を
日記で拝見して涙が出そうになった。
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道場論  日常

昨日の日記

書いたかどうかも記憶に無かった…。

無意識に出たんでしょうなぁ。

「道場論」
一般的(?)な道場論とは
黄金期の新日本プロレスの道場での練習は主に「スパーリング」だったそうだ。
締め技、関節技などで決め合う所謂「決めっこ」と言う奴。
ロープワーク、投げ技、飛び技など派手なモノは練習しない。
そしてこの手の地味な技は本番の試合ではあまり出さない。
お客さんに見せるものではないとされていた。
その為「プロレスなんて見世物はよ〜」などと街の空手道場の段持ちや腕自慢なんかが「道場破り」をしに来る。
そうすると、当時だと藤原嘉明などが出てきて
あっという間にやられる。

腕の一本や二本は必ず折り、二度と来ないようにする…。

「道場にこそプロレスの強さがある」
これが道場論。

その後、UWFの登場、グレイシー柔術の侵略、総合格闘技の繁栄に繋がる訳だ。

UWFまでは所謂「ガチンコ」ではないとされているが
関節技などを世に知らしめたのはUWFである。
そこでの観客の教育が無かったら今の格闘技ブームは無い。

本来
プロレスでは「本当の強さ」は関係無いのである。



俺は勝手に今居る「アート」の世界でも「道場論」を取り入れている。
あまり説明は出来ませんが
要するに同じ事である。

色々と活動していると「舐めている奴」がいたりする。

そういう時に「こっそり」出すのである。

大体
なんにも言わず「お疲れ様でした」と帰る。

これは「テクニック」でも応用できる。
やってる人はいるでしょうね。

俺はテクは無いからねぇ。
「他」のモンを出します。

何処にでも使えるけど
殆ど出さないですね。

でも
いつも頭の中で「こういう時はこうする」「こう出て来たらこうやる」
練習してます。

俺の道場は頭の中にあったんだなぁ。
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