《真実の行方》
パナ アナイはもうこの村にはいないんです。
もう死んでいる。
桑名 では、村の住民はみんな彼が生きていると偽装しているのですか。
パナ そうですね。
生前のアナイに外の人間は誰も直接会っていませんから。
もし会っていてもアナイが作家であったこと自体を知っているはずがありません。
今の彼は、アナイではなく弟のスーイです。
桑名 そうですか。
今のアナイは、特徴だけで見ればアナイの条件に十分当てはまります。
パナ 今まで彼が作った代表的な作品はすべて彼の本物です。
アナイが工房を仕切って作っていました。
けれども評価があまりにも遅すぎました。
この村にはすでに奪われてしまっているものが、今さら求められています。
残酷な現実ではありますが、このことは村の大きな希望となっています。
今やアナイの作品は大きな産業になっている。
このことは当然、私たちが豊かな生活をしていくために大きな役割を担います。
だから村長たちもスーイに話を持ちかけたわけです。
桑名 それはPOEコーポレーションの入れ知恵なのですか。
パナ そう、彼らは村の人間を変えてしまった。
ただ、アナイのようなシンプルだけれど核心を掴む力をスーイは持てません。
表現が表層的で深みを持っていないんです。
彼には核心など見えていない。
彼はアナイの仕事を手伝っていたからものまねはうまいのですが、ものまねに過ぎません。
ただ、彼らもそのことに対して自覚的、というよりも警戒心が強いので、アナイの過去までも改竄していこうとしています。
桑名 さも昔からこのような作品を作っていたという事実を作り上げる・・・。
パナ そうです。
専門家もそこまでされるとわからなくなるでしょう。
もちろん本格的な専門家などがすぐに現れるとも思いませんが。
素人は多少の違いなど関係なく、アナイという名前だけに反応しています。
桑名 おっしゃられるとおり、私たちのほとんどが結局未開文化の天才という文脈でしか作品を見ていないのが現実です。
パナ 圧倒的に多くの人間が彼の作品を理解などしていません。
桑名 あなたはこの問題を告発するのですか。
パナ 私にはできません。
私は非誠実な人間かもしれないけれど、POEコーポレーションの人間はともかく、私には村の人間を不幸にはできません。
ただ、アナイが生きていたらなんと言うだろうと想像しない日はありません。
桑名 ではなぜこのノートを綴っているのですか。
パナ 真実はもうここにはない。
時差というのはあまりに恐ろしい現実です。
時間が真実を奪い去っていくその様を見つめながら、私だけは記憶をとどめ作品を管理していくほかありません。
私はそう考えています。
いつか私が書いたこのノートが公表されれば、すべては明るみに出るでしょうが、少なくとも私が生きている間、私の意志でこれを公表はしません。
桑名 それではあまりに遅すぎるが、あなたの覚悟は揺らがないのですね。
また、アナイのよき後継者がいなければ、この産業自体は衰退していくに違いありません。
そしたらアナイの存在も忘れ去られていくかもしれません。
その時に告発したとしても、もしかしたらこのノートは意味を成さない可能性もあるのですが。
アナイの不名誉はずっと晴らされないことになる。
パナ あなたの言うことはよくわかります。
けれども、このことに関してはすべて私の運命と信念に身を委ねるつもりです。