沢尻エリカの結婚がニュースで報じられた日に、「柳楽優弥、自殺騒動の真相語る!」というニュースが掲載されていることは偶然ではあるが、何かしら感慨深いものがある。
このブログで以前もとりあげたが僕は、沢尻エリカの衝動的ともいえる問題行動とその直後の態度の変わり様は、なんだったのか気にかかっていた。どう考えても予測できた事態であるにもかかわらず、なぜあのような事態を起こしたのか?ということを考えてみると、彼女には明確な意思があったはずなのに、行動のあとにはその意思が何であったのか彼女自身わからなくなっているような印象を受けた。これはもちろんマスコミや世論の批判というのが大きく影響している。
あくまで推測だが、沢尻が持っていたような外(業界やマスコミ、世間)へ向けられる攻撃性は、それに対する世間の期待と反感のプレッシャーと共に、自分自身の攻撃性へとも向けられていたのではないだろうか。プライドと向上心が、ある閉じた体系の中に向かい、そこに対する空回りした攻撃性は、すぐに自分への攻撃性へと向けられる諸刃の刃となっていたのかもしれない。だから僕はあの事件は、それに対する悲鳴であり終止符を打つための象徴的な意味での「自殺」を意味していたのではないかと考えていた。
外部的なものに対する批判的な態度を示すという彼女なりのプロフェッショナルとしての自意識(プロフェッショナルとして生きることの欲動)のなかに、終止符を打ちたいという死の欲動が、二重化して含まれていたのではないか。それがテロ的な行動を踏み切るに至ったのではないだろうかと感じていた。
そのため、やってしまう前とやってしまった後で、意識の連続性が断たれてしまうということがあるのではないか。明瞭であったと思っていたはずの目的が一気に灰色のものとなって現れてくるからである。
この事態は中山前国交相の日教組批判についても言えると思うのである。批判自体の内容ではなく、国土交通大臣を要職を受けた直後に、あのようなやり方で告発し、あっさりと大臣を辞任してしまうことについてである。
中山前国交相はこのように言っている。
“「この中山成彬が言っていることは本音ですよ、本気ですよ」ということが分かってもらうには、命がけにならなきゃいけない。”
“「ただ私はもう、総理の御前に腹を切りにまいりました、止めないでください」”
また、
“ ――所信演説の冒頭で首相が陳謝した、どういう気持ちで聴いていたか
申し訳ないなと思うと同時に、最初から謝らせねばならない所信表明にしてしまったということは、本当になんとも言えず申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。思わず頭を下げました。”
結果を予想できないはずはない行動。この判断に含まれる、タイミングの悪さ、発言の効率の悪さ、無防備さは、いったいなんであるのか。彼は政治家としてプロフェッショナルな意識のもと覚悟を決めた行動であるのだろうが、プロフェッショナルな政治家とは思えないタイミングとやり方で行動に踏み切っている。
覚悟というのがいったい何に向けての覚悟だったのか?明瞭であったと思えば思うほど、あの行動にでた意味は、インタビューを読んでみても彼自身灰色なものとなっているように思えてしまう。つまり彼もまた目的がすり替わっていたことに気がつかなかったのではないだろうか。
柳楽はリテラルに自殺へと向かったわけだけれど、当初の明確であったはずの覚悟なり目的がすり替わっていってしまう、もしくは二重性を持ってしまう事実を、以下の彼の発言はひとつ証明しているのではないだろうか。
“「いろいろ限られた枠みたいなものがあるけど、それをぶち壊しておれはおれらしくやっていきたいと思っていた中で、そうするには、いろいろなリスクがあったりする……なんてことを考えたりしているうちに、この『仕事辞めたい』ってそこまで考えたりしました。だけど辞めるんだったら、世間から徹底的に辞めろって言われるまでやってから辞めようかなって思って」”
もちろん彼らは実際に死んでしまったわけではない。決死の覚悟で自殺したかにみえたが、それでシステムの外部に出られるわけでもなく、問題が何か解消されることもないだろう。この煉獄をどう生き抜くのか、それはまだ終わっていない。何かが変ってくれるわけではないその戸惑いを、どのような形で解消していくのか。この問題は個人的な問題にとどまらない問題としてあるように思える。