僕は漫画を読むということがけして得意ではない。子供のときから漫画を買うことも買ってもらうこともあまりなかったし、ましてやジャンプなどの週刊誌はまったくといっていいほど買ったことがない。父親がどこからかもって来きた漫画を気が向いたときに読み返し続けていたというくらいのものだ。しかもそれらは全巻そろっていない歯抜け状態ばかりだった。それで長編漫画を読んでいないコンプレックスがずっとあったけれど、今はもうあきらめ他人に借りる機会でもない限り短編漫画しか読まないことに決めている。それは経済的な問題と時間、また家に置くスペースの問題、そして集中力の持続の問題ときわめて情けない理由によってなのだけれど、とはいえ短編漫画というのはなかなか奥が深い。実際自分の制作を考える上でも短編漫画というのは大きな示唆や、さまざまな思索を与えてくれる。たとえ16ページの漫画であっても、とても充実した作品経験になることがあるのだ。たとえば楳図かずおの闇のアルバムは、たった8ページの漫画(しかも1ページ1コマなのだ)であるにもかかわらず、異様な時間の流れ方が作り出されているとんでもない傑作であると思う。とはいえ僕は楳図かずおの長編を1つも読んでいない。これは問題なのかもしれないが、まぁ短編だけでもかなり満足ができているのでいいかと今のところ思っている。
さてさてそんなわけで一昨日買った漫画3冊、それに対するゆるい感想。
白泉社文庫の清水玲子の「ミルキーウェイ」。紋切り型のSFの設定でありながらも意外に面白かった。ロボットや記憶などを扱いながら自己同一性の問題が絡んだ恋愛などの物語が作られている。硬い絵で縦長に引き伸ばされた絵は、東郷青児を思い出したりもするし、ダサいといえばダサいのだけれども嫌いじゃなかった。
そして基本的に緩慢でゆるい時間の流れがある、さらにギャグがちりばめられているゆえに真剣さもない。「ミルキーウェイ」の後にある「ミルキーウェイ2」は、「ミルキーウェイ」の世界観を完全に破壊してしまう位のギャグ作品だ。萩尾望都のような作品とはまったく異なるかもしれない。ゆえに平凡で退屈さを感じる人もいるだろう。けれどそれが主題ともあっていて僕にはその凡庸さと退屈さが彼女の作品に独特の世界観を作り出していたように思える。しかも紋切り型であったとしても設定がしっかりと活かされているし、アイデアも結構面白いのでそれをそんなに馬鹿にもできないと思う。結構入り込んでしまった漫画だった。
同じく白泉社文庫の坂田靖子の「月と博士」。坂田靖子は僕が大好きな漫画家の一人である。ゆるい感じの彼女の絵がなぜか緊張感を帯びる。大島弓子や高野文子みたいな卓越した画力、画面への緊張感がないように見えるかもしれない。が、不思議な画面の広がり、緊張感を作り出している。彼女は確かに絵で見せる漫画家なのだ。たとえ内容が覚えていなくとも、彼女の絵やリズムがその漫画の空気感を非常に印象的に残しているのだ。おそらくだが、黒田硫黄は彼女の作品に影響を受けているのではないだろうか。
まだそんなに多くの作品を読めているわけではないが「月と博士」は今まで読んできた彼女の漫画の中では絵が完成された緊張感を作り出していた。もちろん、作品としては「 バジル氏の優雅な生活 」などの方が傑作であるが、絵自体はその頃より、グンッと洗練されてきているのが一目瞭然だった。しかし、この作品は1993年の作品。今はどのようなところまで作品が推し進められているのかとても楽しみだ。
かなり奇怪でぶっ飛んだ設定だったりすることがあるとはいえ、何気なく穏やかでとても短いショートストーリでありながらも、柔らかでとても豊かな絵と、明快なコンセプト、ユーモアや的確な図式の使われ方がなされているために作品一つ一つがけして弱くない。穏やかで平凡さのなかに誰も真似のできない巧みさ、気品が彼女の漫画の中にはいつもこめられている事にいつも驚かされる。
三冊目は、講談社から出ている山下和美の「ゴーストタウンに星が降る山下和美作品集」。実はちょっと前に山下和美の「とっても綺麗…」がとても面白かったために買った。「ゴーストタウンに星が降る山下和美作品集」は山下自身がかなりの力作と本のコメントに寄せている。そうかと期待して読んでみたが僕は「とっても綺麗…」の方が良かったように思える。
山下和美の代表作「天才柳沢教授の生活」を読んでいないが(その時点でこの作家について何も言えないのかもしれないが)、「不思議な少年」は借りて読んでいて。
それで「不思議な少年」は確かに力作なのかもしれないが、力作というよりは力んでいる様に思えてしまう。絵も硬ければストーリーも硬くなってしまうのがこの人の作品が失敗だと思えるときのポイントだ。
「とっても綺麗…」の短編集は、いわゆる少女マンガであり彼女の関心からずれるのかもしれないが、この漫画では彼女がこだわり続けている家の描かれ方と、街や屋外に主人公が飛び出す変化、その対比や空気感の描かれ方が魅力的生き生きと表現されており、作品に広がりを与えていると思う。だから逆に単純な図式であっても有効に機能していたように思える。
「ゴーストタウンに星が降る山下和美作品集」のなかに収められている作品は設定としてはかなり凝っているし、面白くなくはない。だけれど、その設定の凝り方が作品を硬くさせるのだと思う。彼女はとても頭が良い人なのだとは思うけれど、複雑さに対する意識というのは設定の凝り方、その特異さにあるわけではないのだと思う。あとは描き方などの形式に対する懲り方がもう少しあってもいいのかもなぁという気もする。山岸涼子の作品世界がやわらかくはないにせよ、けして硬直して見えないのは描かれ方が微細な表現から凄みを持つところまで、その表現力が圧倒的に優れているところにあるのだ。山下和美は少し顔や表情に依存しすぎているところがあると思う。とはいえ気になる作家であるので彼女の他の作品も読んでみようと思っている。