
Pierre Huyghe
「DEMONLOVER デーモンラヴァー」(2002)
この映画は、「イルマ・ヴェップ」などを監督したフランス人のオリヴィエ・アサイヤスが監督した作品です。産業スパイを主人公にしたサスペンス映画ですが、作りはいわゆるハリウッド映画的なサスペンスとは少し趣が異なります。
物語の設定は非常に複雑なものとなっています。ここでは世界的なポルノグラフィーのサイトに関する4つの企業が出てきまますが、まずヴォルフ社という大企業が、3Dポルノグラフィーの革命と言われる日本の東京アニメ社を買収するプロジェクトを進めています。主人公ディアーヌは、その中心的なメンバーとして働いているフランス人女性です。
その一方で、ヴォルフ社のウェブサイトの独占獲得権を巡って、デーモンラヴァー社とマンガトロニクス社がひそかに動きあっているという状況があり、ディアーヌはヴォルフ社とデーモンラヴァー社の交渉阻止をしようとしているマンガトロニクス社のスパイです。
彼女は冷静で有能で、スパイとして自分を、状況を、コントロールできている自信を持っている人間ですが、実はデーモンラヴァー社のスパイもヴォルフ社に潜伏していて、ディアーヌはどんどん窮地に落とされていくという話です。ディアーヌは長身で知的で洗練された美しさを持っていますが(彼女のイメージは、アニメの「攻殻機動隊」の草薙素子を思わせるような女性像に近いと言っていいでしょう。)、その彼女がレイプや殺人、監禁などに巻き込まれていくギャップとショックが現実感が喪失されていく感覚を作り出しています。
デーモンラヴァー社と、マンガトロニクス社のスパイ抗争が描かれるわけですが、フランス、アメリカ、東京、メキシコなどのさまざまな国、国籍の人間が話に関わってきます。今日における巨大企業というものが国よりも単位、範囲が大きくなり非常に広い活動をしている。そしてこの映画で多く出てくるインターネットもまた距離の概念が失われるので、場所、国境や、時差がかなりあやふやな中で、登場人物はさまざまな場所へ移動し続けています。
物語の設定が非常に複雑であるにもかかわらず、最小限の説明で展開されるこの映画では、車やガラス、エレベーター、ネットやポルノ映像の画面、ネオンが、独特のリズムとエモーションを作り出しています。音響はSonic Youthが担当していて、彼らは今回音楽的なものを抑制してかなり仕事に徹していますが、非常に効果的なものを作り出しています。
また、ヴァーチャルなものと現実的なものの境界線が危うい世界に関わりながら、さらスパイという二重性を強いられた主人公たちが、水面下の中でさまざまな抗争を繰り広げ、より過激さとスピード感を増していく。そういった中でアサイヤスは非常に映画におけるカメラの可能性を強く信じていて(これはヌーベルバーグ、ゴダールの意識を強く継承しているところです)、これが現実なのか、それともディアーヌが見ている悪夢なのかよくわからなくなっていく、つまり観客が証人、目撃者としての役割を見失っていく中で、逆にカメラに映し出される個々の要素は、物語に隷属されることない独特のエモーションを作り出していく。その感覚は非常に現代的で新しさを持っているものであり、アサイヤスのすばらしいところだと思います。
※添付している画像と映画は関係ありません。