音楽版ブログ「おとけーず」もあります。でも、最近はお休み中。

2014/7/4

コラボ大福  お仕事関連

今日はちょっと眼科に行ってきました。

最近、左目だけぼやっとするようなことがあって、
昨年の夏のこともあるので、気になったら行ってみようと。

そしたら、特に問題があるというわけでもなく、
むしろ、角膜も中の方もきれいだと言われて帰ってきました。

なかなか丁寧な先生で、
あれやこれやときちんと説明をしてもらえたのでよかったですね。

ああやって話をしてもらえると安心するし、納得できるし。

メガネもかけるようにした方がいいってことだったので、
これからはそんな姿の方が多くなるかもしれません。

ともかく、何事もなく良かったです。

さて、その用事もあったので、早めに帰ろうと思っていたら、
昼食を取っている間に、机の上に大福が置かれていたようでした。

たまに、旅行などに行った方がお土産を買ってきてくれることもあるので、
誰だろうと思ったら、他の講師の方からだと。

なんでも、その方は別の学校でも働いていて、
その学校の生徒たちが企業とコラボして作った大福なんだって。

政治経済という授業で1年間取り組んだ結果ということで、
その方がその授業を担当していたわけではないそうなんですが、
せっかくなので、宣伝にと買ってきてくれたんだそうです。

大福はドライフルーツ大福ということで、
あんの中に角切りになったドライフルーツが入っていて、
ドライフルーツのシャキシャキ感がおもしろかったですね。

亀屋万年堂の都立大学店で、今日と明日の限定販売だということですが、
実際に店舗で売られるというのはすごいですよね。

こういう授業はバーチャルで終わってしまうことが多いですが、
実際に製品となって、さらに一般販売までされると、
考えた子たちも嬉しいでしょうね。

ちゃんと販売されるとなると適当に考えるわけにもいかないしね。

協力してくれた企業もえらいなーと思います。

最近は、職場体験やインターンシップが増えていますが、
ただ体験するというだけではないのがいいのではないかと思いました。

自分もいろいろ考えないとなー。

2014/7/1

憲法のない国に  どれでもない

集団的自衛権の行使を可能とするために、
憲法解釈を変更することが間もなく発表されようとしています。

集団的自衛権の行使を可能にするかどうかは、
日本の安全保障や他国の協調関係を考えて適切に判断すべきもので、
今回の件とは基本的には関係がないと考えています。

行使すべきであったとしても、
今回のようなやり方で行使を可能にすることは断じて許されないことです。

そもそも憲法とは何かがわかっていない。
まさに立憲主義の否定です。憲法なんて意味がないことを示したのです。


日本国憲法の改正には国民投票が必要だと書いてありますが、
今回の件は、国政選挙での争点にすらなっていません。

そのなかで、一内閣が、一首相が恣意的に憲法解釈を変更することは、
正規の手続きを経ない、まさに憲法違反のやり方です。

これを許せば、今後、日本国憲法はいかようにも骨抜きにできてしまいます。

人権の制限もできるでしょう。中国のような一党独裁も可能でしょう。

さすがにそんなことは起こせないと思うかもしれませんが、
あの第9条の条文でも自衛隊は持てるし、集団的自衛権も行使できるんですよ。

自分の国が攻撃すらされていないのに、兵力を派遣できるんですよ。
どうやって読んだらそれが可能になるんでしょう?


人権については「公共の福祉に反しない限り」という文言がありますから、
そこの解釈を変更すれば、人権の制限はいくらだって可能になります。

表現の自由を制限すれば、一党独裁だって可能です。

国会は「全国民を代表する選挙された議員」で組織されるとあって、
選挙をしさえすればいいわけですよね。直接選挙とは書いてありません。
国会議員を国民が直接選ぶことができないようにすることも可能です。

第14条の差別規定も、例示的列挙ではなく限定列挙だと解釈して、
信条とは生まれながら持つ嗜好・指向のことであって、
事後的に持った思想はこれには当たらないと解釈してしまえば、
かつての治安維持法のようなものを作ることも可能です。


そんな極端なことを、と思うかもしれませんが、
解釈なんていくらでもできるんです。
もう一度言いますが、第9条がまさにそうではないですか。

第9条意外にも、解釈でどうにか乗り切っている条文は他にもあるんですよ。
文民規定、裁判官の報酬減額、私学助成金などなど。


そうはいっても、今回の解釈変更は必要なことなのだから、
こういう形でも仕方がないと思っている人もいるかもしれませんが、
そう考えている人たちが一番危ないと思います。

真っ当な改憲派は、こんなインチキな方法ではなく、
正々堂々と憲法改正をして行使を可能にすればいいと言っています。

必要なものは正規の手続きを経なくてもいいというなら、
憲法どころか、そもそも法律は必要ありません。


私は2012年12月16日に、
 2012.12.16は、日本の終わりの始まりの日。
と書きました。

まさに、また一歩終わりに近づきました。

この記事が、このブログ「KEYNES」の記念すべき2000記事めです。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ