2005/8/30

選挙戦  hiro

今日から選挙戦。
広島6区におりますので、
駅の周りは燃えてます。
今朝は、竹中大臣と握手してもおた。
デジカメで写真撮ってもおた。

なぜか、「藤子不二雄」を思い出した。
竹中大臣は、藤子不二雄の描くアニメ顔に見えた。
たぶん、Aの方。
どのキャラかは不明。

「大丈夫!任せてください」
と握手しながら言っていた。
「大丈夫」と言い切られると、
説得力がある。
俺も使おう。

次の駅では、ホリエモンがいるらしい。
そんな中、自販機で発見。
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おお!アンバサ!久しぶり。
東京にはまだ無い。
日本は広いです。
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2005/8/29

そばめし  hiro

先週は、関西方面でした。
今週も、関西方面。
最近、家賃がもったいなく思ってきた。

何度も書いているし、毎晩思うことは、
最高の酒は、最高の仕事をした後に飲む酒でございます。
最高の仲間や、共にに戦った人と乾杯すると、
くぅ〜と体に染み渡る。

先日、
そんな最高な人である、AさんとNさんが
そばめし屋さんに連れて行ってくれました。

さすが本場です。
2年位前、東京でも流行しましたが、
それは冷凍食品でしたので、
「は〜、焼きそばとご飯ねぇ〜」
くらいの感覚でしたが、
運ばれてきたそばめしは
香り豊かで、イメージを覆すものでした。

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(゚Д゚)ウマー!(ё)/
とにかく食感と、味が抜群。
さすが、ミスター炭水化物。
お好み焼きも、牛すじも(・∀・)イイ!!

また、近いうちに。
というか、明後日くらいにまたお伺いしているはず(笑)
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2005/8/21

ニライカナイからのメール  hiro

沖縄のToshiより、吉報。
__________________

やりまたよ。プロのポーズで決めました。
いや〜めちゃめちゃ緊張してしまった。

彼女も泣いちゃいました...

帰りに車でかけた「Wonderful World」Louis Armstrongが
かなり良かった。
____________________

無断引用である。

「やりまたよ」
高揚している状態が良く現れていますね。
ワンダホーワ〜

何はともあれ、良くやった!Good Job!
挙式は、来年の春とのこと。
沖縄の結婚式は楽しいから見に来てほしいと、
アグー食べながら語る彼はカッチョよかった。
今から楽しみです。
また、あの店で飲もう。

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↑彼がToshi君。
東京に来る日も、近い気がする。
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2005/8/19

石原裕次郎と親父と俺  hiro

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この間、「両親と仲が良いか」と聞かれた。
そして、「良さそうだよね」と良く言われる。

この数年、やっと仲が良くなったと思う。
とは言っても、1時間で帰れるという安心感で
ほとんど実家には帰っていない。

高校時代、両親との仲は最悪だった。
授業には出ていたけど、
家には帰らず、ほとんど池袋、新宿へ。
もう潰れたけど、
平日は歌舞伎町のレゲエバー「クリオール」でバイト。
土日は、日通の引越しのバイト。
週1回はTokyo Walkerの編集部でバイト。

奨学金で大学に行くことが出来たけど、
一人暮らしは認めてもらえず、
こっそり赤帽のトラックを借りて
横浜へ引越しした。

その後も、母親との仲は最悪。
2年くらいは話もしなかった。
就職活動を始める前に実家に戻ったけど、
親父はずっと黙っていた。

社会人になって、仕送りをするようになってからは
少しは認めてもらえるようになった。
あるとき、海外添乗中に倒れ、
フランクフルトで入院することになった。
肺炎になっていた。2日間は意識無かったらしい。

心配かけないようにと、退院の日に実家に電話をすると、
ものすごく怒られた。
連絡しないことも、親孝行なのだとその時思った。

親父は、42年間ひとつの会社を勤め上げたので、
転職なんか、もってのほかという考えだったが、
自分が転職を決めたときは、何も言わなかった。

昨日、出張である旅館に行った。
温かく迎えていただき、打ち合わせをしていると、
ここは、石原裕次郎のゆかりの宿であったという話をしていただいた。
貴重な写真を見せてもらった。

私の父は、石原裕次郎さんの大ファンで、
20代の写真は、服装、髪型などすべて真似ていた。
確かに当時の親父の顔は良く似ていて、
「板橋の裕次郎」と言われていたとか、いないとか。

私の名前は、「裕次郎」から一字とって名付けられた。

その話を小学生の時、聞いてショックだった。
西部警察に出ている裕次郎さんは、
お世辞にもカッコイイとは当時思えなかった。

宿主さんから話を聞いているうちに、親父を思い出した。
昼過ぎに、実家に電話をした。
親父にこの宿の話をすると、宿の名前は知らなかったようだが、
「今度、連れてきてやるから」
と話をすると、返事が無かった。

少し経ってから、鼻を啜る音が聞こえてきた。
親父は泣いていた。

自分の名前が「裕之」で良かったと、
初めて思った。
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2005/8/16

プロポーズ  hiro

ついに、この日がやってきた。
彼女の誕生日にプロポーズ。

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といっても私ではなく、
沖縄のToshi君(笑)

Xデーは明後日。
決戦の場所となるレストランで
下調べとして、一人でランチ食ってきたらしい。

何か、忘れかけていた感覚。

最近、プロポーズ自体に、あまり重きが置かれていない気がするので
盛り上げようとする彼には脱帽。

電話では、「たぶん、大丈夫」
と言っていたけど。
9年目のプロポーズ。
吉報を待ってます。

つーか、そのために会社休むとはねえ・・。
上司にチクってやろう。

最近、結婚しろと周りが騒がしくなってきた。
正月に実家に帰ったときに、親父が

「35までに結婚しないと、しないほうが良いということに気づく。
だからそろそろ結婚しろ」

名言である。
パラドックスすら感じる。

わが父は、その昔、就職祝いに商品券をくれた。
その包みに
「人生 七転び 八転び」
と書いてあった。

・・・。
起きて無いじゃん。

問いただすと、
「書き間違えた」
と、赤くなっていた。

その時は「おいおい」
と突っ込んだのだが、
無理して起きることは無いのではないかと
思ってみたりなんかして。

まだ、その商品券使ってません。
なぜか、ドロが付いています(マジ)
「北の国から」状態。

たった2000円分なのですが、
使うわけにはいかない。
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2005/8/14

懐かしの「宝石箱アイス」  hiro

突然ですが、先ほど商店街で
めざましテレビのロケを行っておりました。
「めざまし調査隊」ってやつですね。。
夏休みの小学生の自由研究ということで、
ものすごい大掛かりの準備でした。
とんでもなく長いストローで、ジュースが飲めるか
というもの。
ああ、夏休み。

「そういえば、昔、よくアイス食べてたよね。」
「どんなアイス食べてた?」

そんなネタで出てくるアイスとして

その1「ドラキュラアイス」
中に赤いソースが入っていて、舌が真っ赤になる。

その2「たまごアイス」
風船の中にバニラアイス。
端を切って、とにかく吸う。ゴムの味もする。
今、大人になって思うのは「教育上いかがわしいアイス」

その3「宝石箱」
赤と、緑がある。
金平糖のようなものが真ん中にあって、輝いている。
子供心にゴージャスNo.1

この3つが出てくるのではないでしょうか。
そして昨日、とある場所で見つけてしまいました。
「宝石箱アイス」

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おもわず、携帯カメラで激写。
こんな昔から販売してたのね。
CMはピンクレディーが出ていたらしい。

価格120円・・。
ゴージャスである。セレブである。
今の価値で、300円くらいだろうか。
ハーゲンダッツもビックリ。
ガリガリ君が60円になっていることでショックを受けている場合ではないですな。

金曜日、会社でスタッフの女性が、
「わー!!」
と喜びの声を上げた。
すごいニコニコして
「金のエンゼルがでた!!」

思わず私も感動。
おもちゃの缶詰、楽しみですね。
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2005/8/10

沖縄・靖国・日中問題というタブー  hiro

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靖国参拝。沖縄基地問題。
沖縄のDJ、Toshiと、いろいろ考えてみることにいたしました。
もうすぐプロポーズするToshi。
いやあ、挙式が楽しみです。

私の歴史に対する考え方は「現場主義」
その場所に行って見ると、初めて分かることもある。
私の祖父は、戦争に行った。
腹部に銃弾を浴び、一度帰国したが、
また戦地に赴き、結局昭和26年に帰国。
母親が、「あの人、誰だろう」と、
帰ってきた祖父を見て思ったらしい。

多くの人が目の前で殺された。
「靖国で会おう」と言い残して。
1年に1回、祖父は東京の「戦友会」に出席していたらしいが、
小学生だった私は「西友会」というのに来ていると勘違いし、
スーパーマーケットの集いかと思ってた。ああ、恥ずかしい。
もう祖父が亡くなって10年。
靖国にいるという友達には会えたのだろうか。

と、こんな話すら、なんとなくタブーな世の中。
沖縄の基地問題は、行って見なければ分からない。
反対!と簡単に言ってよいものか。
今、基地をなくしたら、どれだけの人が失業するか。
そして「地位協定」「密約」の問題。
沖縄に核が持ち込まれている?
佐藤栄作はなぜノーベル平和賞を取ったのか?

沖縄へ飛行機で行ったときの離着陸。
那覇空港を発着する民間機は、高度約300メートル以下の超低空飛行を
強いられている。
もうすぐ着陸だと思っても、なかなかつかない妙な感覚。
米軍基地の軍事管制が理由。
隣の席では、
「きゃ〜海きれい〜。」
「そうだね。航空会社のサービスかな」

平和である。

結論付けると、頑なになる人がいる。
歴史問題は、実際行ってみると良く分かる。
だから現場主義。
まずは、自分で見て、考えるところから始まる。
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2005/8/9

結果発表!  hiro

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予想を遥かに超える応募を頂きました。
結果発表です。

Memories of Tokyo Tower

実は、私自身にも東京タワーに関する想い出があって、
普段は意識していないのですが、
疲れているときに電車から見えるタワーを見ると
たまに自分だけの想い出がよみがえります。

たくさんの方のご協力を頂きまして、
改めて感謝です。

時間は流れ、たくさんの人に出会い、
夢も変わっていくのかもしれませんが、
東京の真ん中に、ずっと変わらないでいてくれるものがあるってことは、
幸せなことなんだと思っています。
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2005/8/8

隕石落下  hiro

今日は、新潟です。
そして周りは田園地帯。
レンタカーで爆走中、妙な看板を発見。
「ん?」

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まったく時間が無かったので通り過ぎましたが、
落下地点という看板は初めて見た。
この隕石の実物は国立博物館にあるらしい。
俺ん家の近所ではないですか。
今度、見に行ってみるべ。
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2005/8/7

本当に月に行ったのか?  hiro

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明日、スペースシャトルに搭乗している野口さんが、
地球に帰ってくる。

小学3年生くらいの時、クリスマスプレゼントとして
スペースシャトルのプラモデルを買ってもらった覚えがある。
普通、枕元に親がこっそり置くものなのだろうが、
私はお金をもらって、自分で買いに行った。
なんとなく、違和感を感じながらも
イブの夜に作り上げて、枕元に完成したスペースシャトルを置いて
眠りに付いた。
翌朝、父親が、「お!すごいな」と言ったのが、
子供心に寂しかった覚えがある。

ハレー彗星がやってくると話題になっていた1986年。
学校から帰って見たニュースで
スペースシャトル「チャレンジャー」の事故を姉と2人で見た。
初めて、海外からのニュースで泣いた。

あれから20年近く。
船外活動をしている姿をテレビで見る。
アポロが月に行ったのは、1969年。
本当に、あの時の技術力で月に行けるものなのだろうか。
トリビアにもあったけど、当時のパソコンの能力は
ファミコン以下であったという。

既にいろいろな書物や、映像でそのことが論議されており、
今更の話ですが、本当に行っているならば(行っているのでしょうが)
相当凄い、凄すぎること。
無事の帰還を祈っております。
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2005/8/3

常に初陣  hiro

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本日は誕生日でございました。
そして会社も今日、第2の創業とも言える記念日となりました。

10年前の自分は、今日のことをどのように考えていたか。
少なくとも、企業に勤めていることは考えていなかったはず。

だから就職したとき、わけも分からず、
とにかく気を失うまで働いた気がします。
実は就職してからの数年、プライベートの記憶が無いのです。
まあ、土日も会社に行って、TVも雑誌も見ていなかったし、
会社には内緒でお客さんに同行してたし。
まあ、入院もするわな。

これからの10年。どうでしょう。
「何がおこるか分からないから、旅なんだ」
なるほど。
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2005/8/1

鉛筆を削って  hiro

週末の土日は、学生生活を送っております。
朝9時から授業。眠いです。
平日は、自転車通勤。
出張の日は、レンタカーで爆走。
素晴らしい日々だ。

通っている学校の自動販売機の前で
50円玉を落としました。
コロコロと、自販機の下へ。
「ああ・・・」声にならない声が。

覗いてみたけど、見えません。ありません。
他の人が来たら、恥ずかしいこの状況。
もう一度、見てみた。
何か、光るものが。
おお。

手を伸ばしてみた。
取れた。

100円玉だった。

「ほおおお。」
声にならない声。その2。

金の斧と、銀の斧の話がとっさに思い浮かんだけど、
違う気がした。

最近、授業中は、鉛筆を使っています。
シャーペンを忘れて、
コンビニで買うということが何度かあったのが
理由なのですが。

試験のときは、消しゴムが付いているので
重宝するのですが、
鉛筆削りが最近、売っていないのです。

この間は、少し大きな本屋で、
鉛筆削りを買おうと思ったのだが、
売っていませんでした。
結構、鉛筆も売っているし、
それなりに文具の品数もある。
聞いてみたら、
「いやあ、鉛筆削りは置いてませんねえ」(やや半笑)
耳を疑った。
目の前には、大学や高校が密集している地区なのに。

ということで、家の近くのスーパーで買いました。

中学の時、聞いていたラジオのタイトル「鉛筆を削って」でしたっけ。
たった10分の番組でしたが、毎晩聞いてました。

短くなっていく鉛筆もいいものです。
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