2007/3/3

感謝をこめて(久高島 Vol.8)  hiro

沖縄そば博物館に着く。
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観光のとき、沖縄そばの名店を探すのは結構大変だと思う。
名店「てぃあんだー」も行列だったり、
やっと入っても売り切れだったり、
ガイドに載っていても、名護のほうだったり。

非常に殺風景な「博物館」だったけど、
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凄い名店揃い。
時計は16時30分。
さっきの天ぷらでおなかいっぱい。
肉はキツイから、「野菜そば」にした。

やはり凄い量。
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とても美味しい。
これで500円。
近くにあったら、毎週通う。

そして、17時にToshiと待ち合わせ。
彼との付き合いも、もう2年以上。
残念ながら、奥さんには会えなかったけど、
彼の友人が店長をしている店で飲む。

Wさんが沖縄に来るきっかけとなった話をする。
「大城美佐子」さんとの出会い。

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沖縄民謡と第一人者「嘉手苅林昌(かでかるりんしょう)」さんが、
一時はこの人と以外は歌いたがらなかったというほど、
林昌の名相方であり愛弟子であった大城美佐子さん。

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大城さんが歌う「てぃんさぐぬ花」
http://www.tuff-beats.com/music/1008-02.ram

「りんしょう」さんとは、
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沖縄民謡界の草分け的存在の人。
その飄々とした声と周囲を驚かせる無邪気な言動から「風狂の歌人」と呼ばれる。
林昌さんの人生のかたわらには常に唄と三線があり、
唄者であった母親の影響で幼少時から三線(さんしん・沖縄三味線)を弾いていたという。
そして、銃といっしょに三線をかついで戦場へ行き、南洋群島で終戦を迎えた。
帰国せずに村の酋長の娘と結婚。
しばらくして望郷の念から荒廃した沖縄に戻ったが、生家は米軍基地となっていた。

「歌っていても誰にも叱られない」という理由で馬車曳きで生計を立てるが、
食べていけず劇団へ。
だが、ラジオなどに出演し沖縄のスターとなった。
1973年の渋谷ジアンジアンでのヤマト(本土)初上陸ライヴはもはや伝説。
また 1996年には神の島として知られる久高島でトランペッター近藤等則と共演。
彼の声の向こう側には数奇な運命をたどった琉球の情念が燃えている。
99年死去。
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Wさんの話を聞いて、DJでもあるToshiが、涙ぐんでいた。
沖縄の音楽を日本中に広めようとしている彼。
「いや〜嬉しいです。本当に、りんしょうさんは凄い人で・・」

飛行機が出発するまでの短い時間。
WさんとToshiと自分。
世界一の酒だった。

那覇空港までゆいレールで。
たった1泊2日だったけど、学生以来忘れていた「旅」の良さを思い出した。
旅の良さを伝えるために、私は旅行会社に入ったはずだ・・。

自分がToshiと初めて飲んだ時に歌った曲。
沖縄の人たちがじっと聞いてくれて、大きな拍手をしてくれた曲。
感謝をこめて。

2007年、春、沖縄 (原曲:Mr.Children)

僕が初めて沖縄にいった時
何となく物悲しく思えたのは
それがまるで日本の縮図であるかのように
アメリカに囲まれていたからです

とはいえ2004年5月の沖縄は
Yシャツが体にへばりつくような暑さで
憂鬱なことは全部夜の海に脱ぎ捨てて
仕事でニ、三の失敗もしました。

ミンミン、ミンミンと蝉が鳴いていたのは
歓喜の歌かそれとも嘆きのブルースか
もはや知るすべはないが
あの蝉の声に似たような
泣き笑いの歌を奏で僕らは進む

いろんな街を歩き いろんな人に出会い 
口にしたさようならは数しれず

そして今想うことは 大胆にも想うことは
もっともっと誰かを愛したい

酒の味を覚え始めてからは、
いろんなモノを飲み歩きもしました

そして世界一のお酒を見つけました。
それは必死で働いた後の酒です。

戦後の日本を支えた物の正体が、何となく透けて見えるこの頃は
平和とは自由とは何か
国家とは家族とは何か
柄にもなく考えたりもしています

生まれた場所を離れ、夢からも遠くそれて
僕はどこへ辿り着くのだろう。

今日も電車に揺られ 車窓に映る顔は
そうほんのちょっとくだびれているけれど

神は我等を救い賜うのでしょうか
それとも科学がそれに代わるのでしょうか
永遠でありたいと思うのは野暮でしょうか
全能でありたいと願うのはエゴでしょうか

時の流れは速く、もう三十半ばなのだけれど
僕に何が残せると言うのだろう

変わっていったモノと 今だ変わらぬモノが
良くも悪くもいっぱいあるけれど

そして2007年 春の沖縄で
取りあえず僕らの旅もまた終わり
愛する人たちと、愛してくれた人たちと
世界一の酒を飲み交わしたのです

最後の曲が終わり 音がなり止んだ時 
僕はそこで何を思うのだろう

選んだ路とはいえ 時に険しくもあり
些細な事で僕らは泣き笑う

いろんな街を歩き いろんな人に出会う。
これからだってそれはそうなんだけど
そして今想うことは たった一つ想うことは
いつかまたこの街で歌いたい
きっとまたあの街でも歌いたい
そして君にこの歌を聞かせたい

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はじめての久高島 おしまい
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