2018/10/27

広河隆一写真展「戦場の子どもたち」  企画展

広河隆一写真展「戦場の子どもたち」がはじまりました。

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パレスチナからはじまり、イラク、アフガニスタン、コンゴ、チェルノブイリ、そして「3.11」の津波、福島にいたるまで、写真家・広河隆一の50年の歩みを71点の写真でたどる、見ごたえのある展覧会です。

https://bijutsutecho.com/exhibitions/2900

初日は広河さんも講演のために来場され、写真の展示をご覧になって、とてもよろこんでくださいました。

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2階の特集展示は、広河さんの主宰するDAYフォトジャーナリスト学校で学び、現在は国際的に活躍する若手写真家・小原一真さんのチェルノブイリの写真展。
こちらもライトボックスを生かした意欲的な展示が非常に効果的です。

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広河展は12月1日まで、小原展は11月25日まで(最終日作家トークあり)。どうぞお見逃しなく。
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2018/10/20

加茂昂展トーク・川延安直さん(福島県立博物館)  企画展

福島県立博物館の川延安直さんをゲストにお迎えして、加茂昂展トーク。
水俣の隣町つなぎ美術館の学芸員や研究者の方も来場してくださり、観客も交えながら、水俣や福島を想像力でどのようにつなげていくかという議論が進みました。

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これまで、「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」で水俣ともかかわりを持ち続けてきた川延さんが、「水俣は凄いよね。考えに考え、考え続けている人たちだから」とおっしゃっていたことが印象的でした。

あるいは水俣だけでなく、広島や長崎、沖縄にも、それぞれの思想が生まれ、鍛えられてきた歴史があり、これからの福島にも生まれてくるのかもしれません。共通する普遍的な思想と、個別固有の思想。それは、深い悲しみや苦しみと引き換えによってしか、生まれてこないものなのか。
埼玉という、広島でも長崎でも沖縄でも水俣でも福島でもない場所で、しかし、それらを「身近」に感じたような気でいる美術館の学芸員としては、考えこんでしまいます。

そして、滞在制作という限られた期間の中で、画家が感じ、すくいとってきたものの意味は何なのか。若い世代ならではの、色鮮やかなグラフィック的な表現からは、きっとこぼれ落ちているものがあるのだろうし、しかし、その一方で、だからこそ、これまでとは異なる想像力の可能性を開くかもしれない。
加茂さんにとっては、この展覧会の後に何をするかが、大切になってくるのでしょう。

お忙しい中、わざわざ福島から駆けつけて下さり、貴重なお話を聞かせて下さった川延さん、どうもありがとうございました。
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2018/10/18

急遽!アーサー・ビナード×加茂昂対談  企画展

午後3時からは、企画展開催中の加茂昂さんとアーサー・ビナードさんの緊急対談。
平日開催にもかかわらず、30人ほどの熱心なファンが集まって下さいました。

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広島や水俣、福島を表現することについて、そして模写という行為を通して得たものについて、アーサーさんの鋭く厳しい質問に、加茂さんが言葉を探しながら懸命に答えている姿が印象的でした。

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最後は加茂さんの方からも、紙芝居を制作中のアーサーさんに、逆質問。一度できあがった表現を、再び解体して表現することの意味について、アーサーさんも丁寧に答えていました。

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こうした機会を通して、丸木美術館で個展を行った表現者に、新たな展開が見えてくることがあれば、本当に嬉しいです。

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火照った頭と体をクールダウンするように、閉館後も加茂さんは、いつまでも帰らずに、玄関ロビーで友人たちと話し込んでいました。

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展覧会はまだまだ続きます。20日(土)は福島県立博物館の川延さんをゲストにお招きして、トークイベントを行います。
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2018/9/15

加茂昂展「追体験の光景」オープニングトーク  企画展

加茂昂展「追体験の光景」オープニングトーク。
あいにく雨模様となりましたが、集まってくださった参加者に対し、1時間にわたって作家自身による作品解説が行われました。

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1982年生まれの加茂さんは、「震災の後ぐらいから、自分が絵を描くことで社会に対して何ができるかということを考えるようになった」と言い、2017年に知人から広島で展覧会を開催する話をもらったことをきっかけに、市民が描いた「原爆の絵」の模写に取り組みました。

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本人や遺族から模写制作の許可をとり、線の一本一本や、筆の動きを想像して「描きながら見る」という行為。それは体を動かし、頭を使い、目で見るというかたちの「追体験」であったと加茂さんは考えます。

一方で、描いた方たちと出会うことで、「追体験」はあくまで「直接体験」とは違う、わかったような気持ちになっても、常に「ずれ」があり、その「ずれ」を考えていくことが重要だ、とも気づいたそうです。

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加茂さんは、みずからの作品に、市民が描いた原爆の絵の中から印象深かった要素を取り入れ、再構成して《追体験の風景》として制作していきます。

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そうした経験を通して、「原爆という大きな出来事も、実は個人の記憶の総体として存在しているのかもしれない」と考えた彼は、体験者らの肖像と原爆の記憶の二重像を描きました。

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その手法は、福島第一原発事故の帰宅困難区域に自宅のある大学時代の友人家族の一時帰宅に同行して制作した絵画にも用いられています。

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水俣の隣にある津奈木町で滞在制作をした際には、汚染された水俣湾を埋め立てて造られた公園・エコパーク水俣に、この場所で起こったことを記憶するために水俣病患者らが設置した石彫をスケッチしました。

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不知火海の朝夕の光景と石彫を描いた絵画をならべて設置し、遥かな過去と未来を想像し、つなぎあわせていく「祈り」をテーマにしたインスタレーションも発表しています。

このとき加茂さんは、熊本の方言である「のさり」という言葉に出会い、衝撃を受けました。
「のさり」とは授かりものという意味で、水俣病患者の漁師が「水俣病も、のさり」と受け止めていることを知り、「祈り」と「のさり」という言葉を抱えて、再び福島へ向かうのです。

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今回の展覧会の最後に設置された作品は、福島の帰宅困難区域の境界に設置されているフェンスを描いた絵画です。
フェンスの内側を見つめる加茂さんの想像力は、いつの間にか境界を反転させ、自分自身の姿をフェンスの向こうに描いています。加茂さんによれば「人為的なものを超えた超人為的な」空気や時間や光が、その人影を包み込んでいます。

一見、明るく色鮮やかなグラフィック・デザインのような絵画ですが、加茂さんの「追体験の光景」は、痛みをいかに分有できるか、という姿勢で丸木夫妻の共同制作につながります。
また、2016年に丸木美術館で回顧展として取りあげた広島の画家・四國五郎は、加茂さんが模写した市民の描いた原爆の絵の募集の呼びかけにかかわっています。
同時開催として展示中の岡崎市の小学生が描いた徳応寺版「原爆の図」模写も、模写による追体験という点で、加茂さんの作品とつなげることができそうです。
そんな、さまざまなことを考えながら、作品解説を興味深く聞きました。

10月20日(土)午後2時15分からは、福島県立博物館の川延安直さんと加茂さんのトーク「広島と水俣と絵画を通して福島を考える」を行います。
展覧会の会期は10月21日(日)まで。
見応えあり、です。
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2018/9/11

加茂昴展展示作業  企画展

9月15日に開幕する「加茂昴展 追体験の光景」。

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今日からはじまった展示作業には、作家の加茂さんとともに、「戦争画STUDIES」のバーバラ・ダーリンさんが手伝いに来てくれました。聞けば学生時代の同期だそうです。
写真は、水俣を描いた絵画群を展示する二人の様子。今回の展示は広島・水俣・福島における追体験がテーマです。

少し前のことになりますが、10月から特別展示(テーマはチェルノブイリの予定)を行う気鋭の写真家・小原一真さんとの打ち合わせには、アフリカ・ジンバブウェの記憶を描いた初個展を終えたばかりの吉國元さんが同行してくれました。やはり以前からの友人同士だそうです。

それぞれの活動を興味深く見ていた若い世代の表現者たちがつながっていて、互いに誘い合って丸木美術館に来てくれるのは、とても嬉しいです。
こちらも彼らの活動をしっかりサポートしていかなければと思います。
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2018/7/14

儀間比呂志展オープニングトーク  企画展

夏の企画展「追悼 儀間比呂志 沖縄を描き続けた版画家」が開幕。
オープニングトークでは、戦後の沖縄で「反復帰論」の旗手でもあったジャーナリストの新川明さんと、沖縄県立博物館・美術館主任学芸員の豊見山愛さんをお迎えして、貴重なお話をしていただきました。

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実は昨日から沖縄県立博物館・美術館でも「儀間比呂志の世界」展が開幕しており、新川さんも豊見山さんも、その開幕に立ち会われて、慌ただしく丸木美術館に駆けつけてくださったのです。

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儀間さんが沖縄で初個展を開催されたのは1956年のこと(5月12-14日、第一相互銀行3階ホール、沖縄タイムス後援)。そのとき新川さんは沖縄タイムスの記者として、展評を記しています。
新川さんによれば、戦争や占領の現実を直視しようとしない沖縄の文壇・画壇を、儀間さんの作品が揺さぶってくれるという期待があったそうです。

過酷な現実を体験した人たちが、それを「忘れたい」と思うのは、沖縄戦であれ、原爆であれ、当然でしょう。
非体験者がそれらの記憶を表現することは、ときに批判の対象になりますが、むしろ、「記憶」し「伝える」ことは、非体験者の役割なのではないか、と思うことがあります。

丸木夫妻も儀間さんも、「外から」沖縄戦を描いたからこそ、表現できたことがあったはずです。芸術表現が抉り出す「真実」が、体験に基づいた「現実」と、必ずしも一致するとは限らない。儀間作品を丸木美術館で展示しながら、そんなことを考えました。

8月4日(土)午後2時からは、今度は私が沖縄県立博物館・美術館へうかがって、ギャラリートーク「南洋から沖縄へ−儀間比呂志と丸木俊の交錯するまなざし」を行います。
沖縄で儀間比呂志の作品をまとめて観るのは、2009年の「美術家たちの『南洋群島』」展以来でしょうか。今から、とても楽しみです。
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2018/7/11

儀間比呂志展展示作業  企画展

7月14日からはじまる「追悼 儀間比呂志展」の展示作業がほぼ終わりました。

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立命館大学国際平和ミュージアムより借用した木版画45点の展覧会。「風間サチコ展」から木版画の展示が続きますが、首都圏で儀間作品をまとめて見ることのできる貴重な機会となります。

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14日午後2時15分からは、儀間さんと数多くの仕事をされてきたジャーナリストの新川明さんと、沖縄県立博物館・美術館の豊見山愛学芸員をお迎えして、オープニング・トークを開催します。
実は沖縄県立博物館・美術館でも一足早く13日から「儀間比呂志の世界」展がはじまるのですが、お二人ともお忙しい中、丸木美術館に駆けつけて下さるのです。

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戦後、「沖縄の外から」沖縄戦を表現し続けたという点で、儀間さんと丸木夫妻には通じるものがありますし、その他にもいろいろと共通点を考えながら展示作業を行いました。この夏、ぜひ多くの方に儀間比呂志の版画作品をご覧いただきたいと思っています。

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また、8月4日午後2時からは沖縄県立博物館・美術館の「儀間比呂志の世界」展で、岡村がギャラリートークを行います。丸木美術館における「儀間比呂志展」の報告をしつつ、沖縄の方々とともに儀間作品を観て、お話ができたらと楽しみにしています。
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2018/6/9

風間サチコ×安冨歩対談  企画展

風間サチコ展の特別対談は、「女性装の大学教授」安冨歩さんをお迎えして大盛況でした。
ご来場下さった皆様、どうもありがとうございました。

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お二人はこの日が初対面ということで、会話がかみあうかどうか少々心配していたのですが、対談前の打ち合わせから和やかに話が盛り上がり、安心しました。

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安冨さんご自身が描かれた雨の出陣学徒壮行会の油彩画を持ち込んだり、最後は会場じゅうをまきこんで即興演奏会が行われたりと、何が起こるかわからないスリリングな展開も、終わってみれば楽しかったです。

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展覧会は7月8日まで。撮影はOさん、ありがとうございました。

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2018/4/28

風間サチコ展「ディスリンピア2680」開幕  企画展

風間サチコ展「ディスリンピア2680」展が開幕しました。
新作《ディスリンピック2680》は、縦2.4m×横6.4mの巨大な木版画。風間さんは作品搬入後も展示室で最後の彫りの作業を続けましたが、それでも間に合わず、結局、昨夜は徹夜となりました。

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展覧会初日の朝を迎えても彫り続け、ついに開館時間を過ぎてしまったので、午前中はなかば「公開制作」状態。それでも無事に刷り、展示の作業が進み、午後2時15分のトーク開始時刻の30分前に、ようやく展示が完了しました。

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オープニングトークは、岡村が聞き手をつとめ、展覧会を企画した経緯を説明し、風間さんが作品に込めた意図をお聞きしました。
会場には若い世代の姿も多く見られ、約50人の参加者でほぼ満席となりました。

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架空の都市ディスリンピアで近く行われる優生思想の祭典ディスリンピックの開幕式。
トークでは、大画面のあちこちに配置された歴史的背景とユーモアのある小ネタを、風間さんが楽しそうに解説してくれました。

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会場には解説を置いていないので、風間さんの語りは、作品意図を知る上でとても重要です。
そのためトークで語られた内容を、事前の資料をもとに、以下に簡単にまとめておきます。

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画面中央上空には、卵が割れて、「日出づる処」の完璧な母体としての太陽が出現しています。その「卵子」を目指して、「祝砲」から完璧な男性(国民の弟)が発射され、一直線に「卵子」に向かって飛んでいきます。

スタジアムはナチスの建築家アルベルト・シュペーアの「廃墟の価値」にのっとり、廃墟であり建設中であるような曖昧な姿をしています。具体的には2013年に閉館した「なにわの海の時空館」を参考にしているそうです。

スタジアム中央には、ダンテの『神曲』からの引用である「煉獄山」、トレーニングセンターで錬成する少女達のモニュメントがそびえ、未来の母親である少女達に「健康たれ」というプロパガンダを伝えています。

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画面左側は建設中の新国立競技場を背景に、選び抜かれた「甲種」青年による労働奉仕団が入場行進をしています。
この行進を描くため、風間さんはレニ・リーフェンシュタールによるナチスの記録映画『意志の勝利』を何度も見て参考にしたそうです。

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スタジアムの上空には、華やかな祝祭の恒例として平和のシンボルである白い鳩の群れが舞い、灰色の土鳩は、弓兵によって射落とされています。

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画面中央では、体操着の「乙種」少女がマスゲームを演じ、全体主義の美を体現し従順を誓っています。
浮かび上がる人文字は漢数字の「二六八〇」。ちなみに(皇紀)2680年は西暦の2020年に当たります。

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画面右側は、スタジアムの建設材料であるセメント鉱山を背景に、選別され排除される「丙・丁・戊」の未来を絶たれた魂たちが、基礎工事の生コンクリート打設とともに、人柱として埋められていきます。
右端に見える嘆きの表情をした古代の石像は、人工的に欠損した女性像、石女(うまずめ)です。

この作品で演じられている華やかな祝祭は、理想世界の生命の賛歌であり、同時に間接的殺人の地獄であるというわけです。

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今回の展覧会には、《ディスリンピック2680》のほかに、《人間富嶽》と《決闘!硫黄島(近代五種麿参上)》の2作品も展示しています。
こちらは、昨年、府中市美術館で公開制作され、横浜トリエンナーレにも出品されていますが、《ディスリンピック2680》の前哨戦とも言えるシリーズで、その連続性をあらためて見ることができます。

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《人間富嶽》についての風間さんの解説文

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“富士は日本一の山”という歌詞で昔から学童が学んだように、富士山は日本人の誇りであり「一番」の象徴です。その裾野には演習場が広がり、戦前の帝国陸軍時代から現在の陸上自衛隊に至るまで厳しい戦闘のトレーニングが行われています。このアルミ箔の襖絵には、日本一の象徴「富士山」の裾野でトレーニングを積む陸軍と陸自の戦車と、人間ピラミッドという名の組み体操に励む学生の姿を描いています。人間ピラミッドは、リスキーで危険な体操ですが、「子供に達成感と成功体験を与える」体育として近年まで小中学校で盛んに取り入れられていたのです。このような軍国教育まがいの精神論が、いまだに幻の重爆撃機「富嶽」の機影のように日本の上空を飛翔しているようです。与えられた課題の達成は、本物の金メダルではなくアルミ箔製のフェイクの銀メダル程度の価値で、人間ピラミッドのように危険で崩れやすい…それをアルミの安い輝きで表現しました。

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《決闘!硫黄島(近代五種麿参上)》についての風間さんの解説文

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この作品の主人公、近代五種麿男爵はオリンピック競技の近代五種で競われる全ての種目(水泳、マラソン、フェンシング、射撃、乗馬) のモチーフを象った甲冑姿をしたヒーローです。そして、その甲冑の中に宿る精神は、金メダリスト西竹一男爵の霊魂です。彼は1932年ロサンゼルスオリンピックの馬術競技で金メダルを獲得する栄誉を受けたのち、1945年戦車連隊隊長として硫黄島で戦死しました。戦争の機械化(近代化)が、馬から戦車に移行し発展した歴史を象徴するかのような西竹一の魂が、現在も硫黄島で果たし合いの相手を待っている…そんなファンタジーを描いた作品です。

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この《ディスリンピック2680》をはじめとする主要作品を網羅した風間さんの初めての作品集(朝日出版社、予価3000円+税)が7月下旬に刊行される予定とのことで、会期中は丸木美術館で予約注文を受け付けています。
今日もさっそく、トークの会場で申し込みをされる方がいらっしゃいました。

展覧会の会期は7月8日まで。ぜひ皆さま、この世紀の祭典を、実際に「生で」ご覧になって下さい。
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2018/3/27

横湯久美展「時間 家の中で 家の外で」  企画展

現在開催中の企画展「横湯久美展 時間 家の中で 家の外で」
じわじわと評判が広がっている質の高い展覧会です。

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第2次世界大戦時に戦争に反対した夫婦。
夫は何度か逮捕・拷問されたのち、獄中で結核におかされ仮釈放時に死亡。
妻は治安維持法の弾圧化を未亡人として生き抜きました。

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作家が幼い頃「絶対に外に言ってはいけないよ」と言われて育ってきたという、ひそやかなファミリーヒストリーと世界の戦争の歴史の交錯するところから、静かな物語がはじまります。

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「あんたの思うように、確かに私には今の美術のことはわからない。でもね、美術をやる人、芸術家の役割は知っているつもりだよ。私にも、芸術家の人たちと似たところが少しはあるからね。
芸術家はワガママであることを最も大切にしている仕事なんだよ。
どんな時でも、自分自身に正直でいないと、呼吸ができなくて死んでしまうくらいの人たちだよ。
誰よりも、自由に敏感なんだ。
だから、国が戦争を始めようとした時、他のどんな人たちよりも先に、この人たちは戦争の気配に気付いて、皆にもわかるように大騒ぎをすることができる。
そのために自分のやり方で生き、見て考えて、声をあげ、表現する練習をし、いつも準備しておくんだ。
現実は厳しく、自分のやり方で生きると、時にとても惨めな目にもあう。
多くの人が別の道に行く中で、己の信じる方向に進むことはそう簡単でない。
まさに命がけだからね。
だから、美術の人たちの仕事はものすごく大変だけれど、ものすごく特別な仕事なんだよ。
それは、大きく激しく大切な務めだよ。
すごい作品を作り残すことは、次の務めだと私はそう思う。」
「この話は、したことなかったよね?」


(「爆弾か 黒雪ダルマ 雪ダルマ」より一部抜粋)

3月31日(土)午後2時30分からは、美術家の辻耕さんを迎え、横湯さんとの対話によるアーティスト・トークを行います。
どうぞ皆さま、ご来場ください。
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2018/3/10

横湯久美展オープニング  企画展

企画展「横湯久美展 時間 家の中で 家の外で」がはじまりました。
午後2時半からはアーティストトーク「逃げるか掴むか、時をめぐる記憶の話」を開催。

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聞き手は、学生時代から横湯さんを知る美術家の辻耕さんです。

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決して他人に言ってはいけない、と言われて育ってきたという家族の歴史を軸に、うっすらとした戦争の痕跡をたどる物語的な作品。

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初めて横湯さんに出会った2年前、「丸木美術館だから、この作品を差し出そうと思った」と言って下さったことを思い出します。
そのとき展示された作品を含めて、今回の展示は5つの章で構成されています。

ひとりの人間の命とともに失われていく記憶をたぐりよせる、という点では、とても今日的な「戦争」の表現とも言えそうです。
会期は4月21日まで。3月31日(土)午後2時半からもアーティストトークを開催します。

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2018/3/4

石川真生「大琉球写真絵巻」最終日も大盛況!  企画展

石川真生展「大琉球写真絵巻」最終日もまた、約400人が来館する大盛況となりました。
ギャラリートークでは、またしても会場から人があふれました。

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記録的な盛況は、この作品が極めてタイムリーなメッセージ性を持っていること、それ故に「ヤマト」での展覧会開催が困難であることが大きな理由であると思われます。
感想ノートを見ると、来場者は北海道から九州まで、非常に広域にわたっていることがわかります。

「丸木美術館でしか開催できない」ことが、営業的には良かったにせよ、社会的に良いことかどうかは、悩ましいところです。ともあれ、写真集などのグッズも多く売れ、わざわざ沖縄から来てくださった石川真生さんに、どうやら当初の予定以上の御礼ができそうで、安心しました。
会期中、ご来場くださった多くの方々に、心より御礼を申し上げます。

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写真は、石川真生さん、映画監督のジャン・ユンカーマンさんと。
よく気のつくボランティアのSくんが撮影してくれました。
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2018/3/3

石川真生展ギャラリートーク大盛況!  企画展

石川真生展「大琉球写真絵巻」の最終週。
午後から石川真生さんが来場され、ギャラリートークを行ったため、一般有料入館者が約400人という丸木美術館では例のない大盛況となりました。

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これまでの最高は260人ですから、2倍近い記録更新。午前と午後で2回「ひろしま忌」をやってしまったような感覚です。
急きょボランティアの人たちが受付や駐車場係をサポートして下さったおかげで、何とか大きな混乱もなく進行することができました。

とはいえ、トークの時間には会場から人があふれました。
隣の部屋で待機しているお客さんも多かったので、前半と後半でお客さんを入れ替えて、順番に真生さんの近くでトークを聞いていただくような状態でした。

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写真は、フォトジャーナリストの豊田直巳さんの撮影。こちらはいつ撮影されたのか、まったく気づいていませんでしたが・・・
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2018/1/12

「石川真生 大琉球写真絵巻」展のお知らせ  企画展

2018年も丸木美術館をどうぞよろしくお願いいたします。
2月10日から3月4日までは、「石川真生 大琉球写真絵巻」展を開催いたします。

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米軍統治下の沖縄に生まれ育ち、基地近くの外国人バーで働く女性たちや米兵の姿を赤裸々に撮影して、写真家としてデビューした石川真生さんは、以後、沖縄で生きる人たちに熱い眼差しを向け、数多くの写真を撮り続けてきました。

その石川さんが現在取り組んでいるのが「大琉球写真絵巻」のシリーズです。薩摩藩の琉球侵攻から続く沖縄の苦難の歴史を学び、歴史上の場面を友人たちに再現してもらい創作写真として撮影するという手法で、沖縄戦や米軍の新基地建設問題にいたるまでの400年間の出来事を、怒りとユーモアを織り交ぜながら、全4巻、長さ120メートルに及ぶ壮大な絵巻に表現しています。

昨年2月にはステージ4の新たながんが見つかりましたが、治療手術前に病を押して撮影し、最新作のPart4を完成。9月に那覇市民ギャラリーで完成披露の展覧会を行いました。本展は、石川さんを支える方々の協力により、沖縄以外では初めて、Part1からPart4まですべての「大琉球写真絵巻」を公開する貴重な機会となります(前後期展示替え制で2巻ずつ展示)。

初日の2月10日には、石川さん本人が丸木美術館を訪れ、熱いトークを繰り広げてくださいます。ぜひこの機会に、沖縄の人たちの不屈の魂と抵抗の歴史を、全身で受け止めて下さい。

企画協力 天野太郎、三ツ山一志
前期展示[ Part 1&2 ] 2.10〜2.21
後期展示[ Part 3&4 ] 2.22〜3.4

会期中の関連企画
●石川真生オープニングトーク
2月10日(土)午後2時 参加自由(入館料別途)

●ギャラリートーク
2月24日(土)午後2時 参加自由(入館料別途)
出演 天野太郎(横浜市民ギャラリーあざみ野主席学芸員)

●石川真生作家トーク
3月3日(土)・4日(日)午後2時 参加自由(入館料別途)
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2017/11/23

「今日の反核反戦展2017」オープニングイベント  企画展

「今日の反核反戦展2017」オープニング・レセプション。
実行委員の皆さんが運営をがんばっているので、私ははじめの挨拶をするだけです。

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今年の2階アートスペースの特別展示は、東京・横浜・京都・広島の朝鮮学校の高校美術部による特別ユニット「境界族」。「境界」に生きる彼らの世界が、決して広くないスペースに凝縮されて、いつもと違う空気感を生み出しています。

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床の上には、シュレッダーで刻んだ紙で「境界」が作られていて、「境界」をまたぐ来場者の足が無意識に触れるたびに、少しずつ壊されていくという仕掛け。
とはいえ、初日から早くも途切れつつあるので、後から来るお客さんにコンセプトが伝わるように少しは修正した方がいいのか、悩んでいます。まさか自分が「境界」を作る役回りになろうとは。こないだ「線を引かない」とか言ってたばかりなのに。

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オープニング・イベントでは、朝鮮学校舞踏部がゲスト出演。華やかな舞踏を見せてくれて、会場は拍手喝采でした。
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