2012/12/9

アーロン&アッシュ スピーキングツアーin丸木美術館  特別企画

12月8日(土)、9日(日)の2日間、丸木美術館2階アートスペースで特別展示が行われました。
来日中の反戦イラク帰還兵アーロン・ヒューズとアッシュ・キリエ・ウールソンの全国スピーキングツアー「戦争そして人間の和解を求めて」の展示です。

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沖縄からはじまり、約1か月に及んだ全国ツアーの最後を飾る展覧会。
アーロンとアッシュは展覧会前日から東松山に入って、展示作業を行いました。
二人とも心優しい好青年で、元兵士だということは、外見からはなかなか想像できません。

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アッシュの作品は、大きく引き延ばした骸骨の画像。死と破壊の記憶でしょうか。

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パネルに貼り付けた画像を、参加者は少しずつ手ではがしていくのですが、しっかりとこびりついたイメージは、なかなかはぎ取ることができません。

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アッシュにとって、このイメージは戦争の記憶を意味しているようです。
足もとには、その記憶の破片が、バラバラになって散らばっています。

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アーロンのグラフィックデザインのような作品は、クリップにとめて展示室に並べました。
写真右で展示室内を歩いているのがアーロンです。

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彼のスケッチブックには、心象風景のようなイラクのスケッチが描かれていました。

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2日目には、野木庵でお茶を飲みながら、2人のイラク体験を聴く会も行われました。
イラクの白血病の子どもたちを支援するJIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)のスタッフの方々も駆けつけて下さいました。

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とても短い期間の展示ではありましたが、“イラク帰還兵”という立場の2人と、直接顔をあわせて話をする、というのは貴重な機会でした。
企画を世話して下さったOさんはじめスタッフの方々に心から御礼を申し上げます。
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2012/10/14

アートスペース喜連川雲彩展と企画展展示替え  特別企画

10月13日(土)、14日(日)の2日間、丸木美術館2階のアートスペースにて、喜連川雲彩さんの「心の花びら展」が開催されました。
詳しくは喜連川さんのHPに報告されていますので、ご覧下さい。

http://unsai.grupo.jp/blog/226900

多くの方が来場されて、和やかな雰囲気のただよう会場だったようですが……
階下は、企画展の展示替えで大忙し。
14日は、博物館実習生の上智大学のT村さんに加えて、ボランティアのY浅さん、K峯さん、K林(T)さん、I葉さん、初参加で福島県双葉町出身のOさんが展示作業を手伝って下さいました。

「戦時下に描かれた絵画」展から、「今日の反核反戦展へ」。
この1週間は慌ただしい日々が続きそうです。

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2012/6/1

特別展示:幻のルポ&イラスト「福島原発の闇」のお知らせ  特別企画

「池田龍雄展」に1週間遅れてしまいましたが、特別展示として「幻のルポ&イラストがよみがえる―福島原発の闇 原発下請け労働者の現実」が明日からはじまります。

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©水木プロ

1979年の『アサヒグラフ』10月19日号・26日号に、フリーのルポライター堀江邦夫さんの原発労働者のルポルタージュと、水木しげるさんのイラストレーションが掲載されました(当時の題は「パイプの森の放浪者」)。
33年前に発表されたルポルタージュであるにも関わらず、その内容は原発の現場がいまも昔も変わらぬものであるということに驚かされます。

この作品は、昨年3月11日の福島原発事故発生後に単行本として新たに編集され、8月に『福島原発の闇 原発下請け労働者の現実』として朝日新聞出版より刊行されました。原発労働を体験するため身元を隠して福島原発で働いた堀江さんの迫真の報告、そして水木さんの力の入った細密なイラストレーションの迫力には圧倒されます。

『福島原発の闇』の解説によれば、水木さんは「原発で働く労働者の姿に、無責任な大本営体制のもとで末端兵士として死にかけた自らの戦争体験を重ねていた様子だった」そうです。
この一連の作品の原画は見つかっていませんが、丸木美術館では、“福島から広がる視点”の特別展示の一環として、当時の『アサヒグラフ』のイラストレーションを拡大複写して紹介することにしました。

展示に際しては、ルポを手がけた堀江さんより、画像データや当時の貴重な『アサヒグラフ』を提供していただきました。
当時のレイアウトの都合上、イラストの上に文字が載せられており、その部分は今回の拡大複写では再現できませんが、作品の迫力は十分に伝わることと思います。
なお、堀江さんのテキストは、『福島原発の闇』から一部を引用して紹介しています。

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水木さんのイラストがどれほど衝撃的であったか、『福島原発の闇』に収録された堀江さんの文章“「あとがき」にかえて”から紹介いたします。

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 福島旅行から戻ってしばらくたったある日、私とFさんは調布の水木さん宅をお訪ねしました。
 用向きはもちろん水木さんが描かれたイラストを拝見するためでした。「こんなもんかなぁ……」。水木さんは、いささか自信なげに幾枚かの絵をテーブルにひろげて見せてくださった。目を見張った。原発内のあの闇が、あの恐怖が、どの絵からも浮かび上がってくる。マスクをかぶったときの息苦しさ、不快な匂い、頭痛、吐き気までもが甦ってくる。列車のなかでの私のあの拙い話と、幾枚かのイメージ画像だけでここまで描かれるとは……。当時、水木さん、たしか五十七歳。私は三十一。親子ほどの年齢差と大きなテーブルとをあいだにはさんで、私と水木さんは黙したままおたがいの目をしばし見つめ合っていたように思います。「やったな!」「おやりになられましたね!」……そんな無言のことばを込めて。


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目に見えない放射能の脅威を、水木さんならではの妖怪的な表現で描いたイラストは、第五福竜丸の被ばく事件を《ラッキー・ドラゴン・シリーズ》として描いたベン・シャーンの“放射能の怪物”にもつながっているように思われます。
そして、同時開催の池田龍雄さんの絵画とも、どこか共鳴しているようにも感じられます。
会期は、「池田龍雄展」と同じ7月7日(土)まで。
展示に快く協力してくださった堀江邦夫さん、水木プロダクション、朝日新聞出版週刊朝日編集部の皆さまには、心から御礼を申し上げます。
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2012/1/9

アートスペース企画「哭する女たち」  特別企画

1月8日(日)から19日(木)まで、丸木美術館2階アートスペースで西元利子さんの展覧会「哭する女たち」が開かれています。

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西元さんは、1998年から99年にかけて、書による日本軍慰安婦たちへの鎮魂歌「哭する女たち」の連作を制作し、2000年の韓国・光州ビエンナーレに、日本のコミッショナーであった針生一郎氏の推薦を受けて出品しています。

丸木美術館でも2002年10月1日から12月21日まで針生一郎館長による企画「今日の戦争と絵画」で西元さんの連作を展示しています。
そのとき、針生さんは次のような文章を記しています。

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 昨年末から今春まで、丸木美術館で開催された〈Piece For Peace 2001 ――「Oh No! 報復戦争」詩画展〉の出品作家中、多くの注目を集めた五人の画家をとりあげ、前回とは別の作品を数点ずつ展示する。とはいえ、彼らはいずれも自己の戦争体験に固執する、反戦絵画家として有名なわけではない。むしろ、これまで「平和」な日常に背をむけ、あるいはそれを突きぬけて幻想やブラック・ユーモアをくりひろげてきた作家たちに、グローバル化した世界帝国の支配者気取りのブッシュ政権が、自爆テロの形で露呈した内乱=革命の可能性を予防するため、精密工業化した武器を駆使して一方的攻撃を加え、無数の死傷者や難民を残す戦争の現実が、一挙に追いついたといえる。そこに彼らの作品の新鮮さと興味深さがある。

(中略)

 西元利子は書から出発したが、フェミニズムの思想から文字と文字を変形したイメージを組みあわせて、従軍慰安婦の苦悩を追求するうち、いや応なく戦争の状況全体にたちむかわざるをえない地点にさしかかった。

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今回の展覧会では、その連作のうち8点を展示しています。
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2011/12/10

Chim↑Pom展「LEVEL 7 feat. 広島!!!!」  特別企画

若手芸術家集団Chim↑Pomによる「LEVEL 7 feat. 広島!!!!」展が、いよいよ丸木美術館ではじまりました。
(12月18日まで、最終日午後1時よりトークイベントあり)

丸木美術館としては異例の午後5時オープニング。
前日から徹夜で(私も付き合いましたが)展示作業を続けていた彼らは、最後の最後まで仕上げにこだわり、午後5時きっかりに展示終了、同時に開場となりました。

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美術館の入り口には、彼らが用意した展覧会用のバナーが展示されています。
事故で大破した福島原発3号機の建屋にレッドカードを提示する建設作業員の写真。
実は、今回の展覧会の資金捻出のために福島原発事故現場でアルバイトをしたChim↑Pomのメンバーの一人が、作業の合間にこっそりセルフタイマーで撮影したものだそうです。
ちなみに、今回の展覧会は「supported by 東京電力」というコンセプトになっています。

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Chim↑Pom展の最初の展示室には、福島第一原発から30km地域周辺の植物を除染して制作した生け花作品《被曝花ハーモニー》が中央に展示されています。
Chim↑Pomとフラワーアーティスト柿崎順一さんとのコラボレーションです。

その背後、右側に見えるのが、《LEVEL7 feat.『明日の神話』》。
渋谷駅にある岡本太郎の巨大壁画《明日の神話》にChim↑Pomが追加した福島第一原発の爆発の絵です。実際に壁に掲示した絵は渋谷警察署に押収されたままだそうですが、展示している作品はその予備ヴァ―ジョン。映像作品と合わせて展示されています。

背後の左側に見えるのは、放射線の検出によって封鎖された福島の砂場に作った“サンドアート”を撮影した《Destiny Child》。子ども用防護服と防護メガネにスプレーのりを吹きつけ、砂をまぶして、砂場で遊ぶ子どもの姿を制作しています。

この展示室には、他にも被災地で拾った額に、被爆者団体代表の坪井直氏による《Never Give Up》の題字や被災地で出会った犬や牛の写真が飾られた作品が並んでいます。

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2つめの展示室には、福島県相馬市で出会った地元の若者たちとChim↑Pomのメンバーによる映像作品《気合い100連発》、そして原発事故からちょうど1ヵ月後に防護服を着て福島第一原発内展望台の登頂を目指す様子を収録した映像作品《REAL TIMES》が投影されています。展望台を登りきった彼らは、煙を噴き上げる原発を目撃し、白旗にスプレーで日章旗を描くと見せかけて放射能マークを描き、展望台に掲げます。

また、その防護服とガスマスクをカカシにして福島第一原発に最も近い畑に設置した写真作品《Without say GOOD BYE》も展示されています。

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最後の大展示室に展示されているのは、等身大の八羽の鶴の模型のまわりに折鶴を飾った《リアル千羽鶴》(写真左)と、広島の原爆の残り火「平和の火」を用いた絵画シリーズ《平和の日》(写真右)。
《平和の日》は、スーパーマーケットで集めたさまざまなデザインイメージを、高所から投げ込んだ一発の火によって焼き上げるというコンセプトの作品です。
11月30日夜に、丸木美術館近くの都幾川河川敷で燃やしたのは、この作品だったのです。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1766.html
こちらも映像作品とともに展示されています。

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《リアル千羽鶴》と反対側の壁には、広島の原爆ドームの上空に飛行機雲で「ピカッ」の文字を描く映像作品《広島の空をピカッとさせる》が投影されています。
Chim↑Pomが丸木美術館で個展を開催することになったきっかけともいえる作品です。

   *   *   *

こうした展示のスケール感は実際の会場でぜひ体験して頂きたいと思います。
オープニングに足を運んで下さった埼玉県内の某美術館の学芸員さんは、「今まで彼らのことをメディア情報の先入観でしか見ていなかったけれども、現代美術家として“凄い”と今日初めて知った。ひさびさの興奮を味わった」と絶賛して下さいました。
実は私も、この1週間ほどChim↑Pomと関わりながら、彼らの芸術に対する真摯な姿勢に、ずっと心を打たれていました。

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オープニングの際、あるTV局(この日はメディアの取材が非常に多く、中にはスイスのTV局の姿もありました)のインタビューに応えていた彼らを見ていて、「何を作るかは会議で決める。1人がやりたいんじゃなくて、6人全員がやりたいと思ったときに動き出す」という趣旨の発言に興味を惹かれました。
リーダーの卯城くんの説明によれば、「6人全員が良いと思うようなアイディアか、あるいは1人のアイディアでも他のメンバーに『やろう!』と思わせるような力がなければ、社会に通用する作品にはならない」というのです。
唯一の女性メンバーであるエリイちゃんは「6人いればもう社会だからね」という示唆に富んだ発言をしていました。

そうした言葉を聞きながら、ふと丸木夫妻の共同制作を思い出しました。
丸木夫妻も、おそらく1人で原爆に対峙していたら、《原爆の図》のような奥行きの深い作品にはならなかったでしょう。2人の異なる個性を持った画家の共同制作だったからこそ、個人の思想や好みに偏らずに、無数の被爆者の記憶の受けとめる作品が描けたのです。
共同制作だからこそ(個人の内面表現ではなく)社会に向かって開かれていくというのは、案外見逃してはならない重要な問題のような気がします。

両者に違いがあるとすれば、丸木夫妻は独立した2人の画家同士の共同制作であるのに対し、Chim↑Pomはバンドのような存在であるということでしょうか。
理論的支柱のリーダーが存在して、華のあるヴォーカルがいる。そしてイメージを具現化できる凄い演奏技術を持ったメンバーもそろっている。なんだかそんなイメージです。

もちろん、丸木夫妻が「傷つけられた人の痛み」を一貫して見つめながら制作していたのに対し、Chim↑Pomは「ちょっと真面目、でもちょっとふざけてる」という軽やかな毒とユーモアによる“Chim↑Pomらしさ”にこだわっている点は大きく違います。
しかし、それはそれぞれが背負っている時代の違いでもあるのでしょう。

Chim↑Pomはこれからも賛否両論を巻き起こしながら、人びとの心をさまざまな意味で揺さぶり続け、世界的に活躍の場を広げていくのだと思います。
個人的には、いつか彼らは、21世紀初頭の日本を代表する重要な芸術集団として、歴史に位置づけられるような気がしてなりません。
そのとき、「彼らが初めて美術館で個展をやったのは、原爆の図丸木美術館だった」と記憶してもらえるとしたら、担当した学芸員としてはとても嬉しいです。

   *   *   *

この日は午後6時半から、音楽プロデューサーの小林武史さんがゲストとして登場し、Chim↑Pomの作品《ピースが壊れた》(一説には《建屋が壊れた》ではないかとも……)のなかで素晴しいライヴ演奏をして下さいました。

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天井には仮設スクリーンが設置され、Chim↑Pomの制作による映像が投影されて、光と音の鮮やかなコラボレーションとなりました。

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参加者は約120名。冬の夜という悪条件にもかかわらず、丸木美術館としてはとても画期的な試みに大勢の方が足を運んでくださいました。
お世話になった皆さまに、心から御礼を申し上げます。
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2011/11/30

Chim↑Pom作品制作立ち会い  特別企画

夜、12月10日から特別展示を行う若手芸術家集団Chim↑Pomの作品制作に立ち会いました。
場所は、丸木美術館近くの河川敷某所。
これまでさまざまな騒動を経験した彼らですが、今回は広島原爆の残り火「平和の火」を使うこともあって、消防署、警察、市役所などへの正規の手続きを行っての実行です。
念のために私も地元の区長さんに挨拶の電話を入れ、制作には消防署員が6人ほど立ち会うという“厳戒態勢”。
この季節にしては気温も下がらず、心配された天候も撮影中は雨が降らず、予想外に火が燃え広がることもなく、無事に制作が終了したので、まずはひと安心です。

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“お騒がせ集団”というイメージの強いChim↑Pomですが、制作現場に立ち会っていると、一所懸命良い作品を作りたいという彼らなりの真摯な情熱が伝わってきます。
ひとりひとりの役割分担や、“チーム”としてのあり方なども、なかなか興味深いです。

撮影の開始時間が大幅に遅れたため、私は自宅最寄り駅行きの最終電車に間に合わず、結局、家にたどりついたのは真夜中過ぎでしたが……まあ、それも良し。
そんな体験も含めて、いいもの見せてもらったな、と思いました。
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2011/11/29

「Chim↑Pom LEVEL 7 feat.広島!!!!」開催のお知らせ  特別企画

2008年10月に広島の原爆ドーム上空に飛行機雲で「ピカッ」と書いたことで社会的騒動を巻き起こし、今年5月にも渋谷駅に設置されている岡本太郎の壁画《明日の神話》に福島原発事故の絵を付け足して物議を醸した若手芸術家集団Chim↑Pomの特別展示を、丸木美術館で開催することになりました。

きっかけは、「ピカッ」騒動で発表の場を失った彼らに対し、当時の針生一郎館長が発した「丸木美術館でやってもいいよ」という言葉でした。約束通り、針生館長は理事会で「Chim↑Pom展」の開催を提案。残念ながら館長本人は2010年5月に亡くなりましたが、その言葉はChim↑Pomにとって励みとなり、展覧会の実現に向けて大きな力となったのです。
今回の展覧会は、Chim↑Pomがヒロシマからフクシマ、核や放射能と日本の関係をテーマに制作してきた活動をすべて見せる初の機会であり、彼らの活動の集大成となります。

初日の12月10日にはオープニングイベントとして、Mr.Childrenのプロデュースなどで知られる音楽プロデューサーの小林武史とChim↑Pomによる初のコラボレーション、即興パフォーマンスを行います。
会期最終日の12月18日には二部構成でのトークショーを予定しています。出演者はいずれもヒロシマ、フクシマに対してアクションを起こしている方々で、悲劇的な放射能事故が起きた一年を振り返り、未来への礎にするイベントになりそうです。

   *   *   *

2011年12月10日(土)〜12月18日(日)
特別企画:Chim↑Pom展「LEVEL 7 feat. 広島!!!!」
http://www.mujin-to.com/hiroshima/
※12月12日(月)休館、寒いので暖かい服装でご来館ください。

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Chim↑Pom / 広島の空をピカッとさせる

オープニングイベント
小林武史×Chim↑Pom「LoVe 7」
日時:12月10日(土)午後5時開場、午後9時閉館
料金:1,000円(展覧会入場料込)

最終日トークショー
日時:12月18日(日)
第一部:午後1時〜午後2時30分
第二部:午後3時〜午後4時30分
料金:900円(展覧会入場料でご覧いただけます)

【第一部】
出演:山下陽光(素人の乱)、Chim↑Pom、ほか、スペシャルゲスト予定
3.11以降の原発問題に対して、象徴的なアクションを起こした当事者たちによる座談会。あれから何が変わり、これからどうなるのか? 今年を振り返りながら未来を語り合います。

【第二部】
出演:東琢磨(ライター、音楽・文化批評/ヒロシマ平和映画祭実行委員会事務局長)、山下裕二(美術史家、美術評論家、明治学院大学教授)
司会:阿部謙一(「なぜヒロシマの空をピカッとさせてはいけないのか」編集者)
聞き手:Chim↑Pom
広島出身の文化系評論家2人による対談。広島の感情、これまでと今後、広島における文化の話などを通じ、今後の日本の被爆問題への展望を考えます。
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2011/11/17

Chim↑Pom展打ち合わせ  特別企画

今年の5月、渋谷駅に設置されている岡本太郎の壁画《明日の神話》に福島原発事故の絵を付け足したことで知られる若手芸術家集団Chim↑Pomが、12月11日(日)から18日(日)まで丸木美術館で個展を開催します。

2008年10月に広島の原爆ドームの上空に飛行機雲で「ピカッ」という文字を描いた《広島の空をピカッとさせる》からはじまる、これまで発表してきた原爆・原発に関した作品と新作を一堂に集めた“集大成”というべき展覧会になりそうです。

この日は、夕方からChim↑Pomのメンバーたちが来館し、実際に美術館の展示室をまわりながら、展示やイベントの打ち合わせを行いました。
さすがに、たびたび物議を醸す問題作を発表してきた彼ららしく、次々と提案してくるアイディアは丸木美術館にとって斬新なものばかり。

もちろん、美術館としては現実的に可能なところで折り合いをつけなければならないのですが、それが彼らの“良さ”を消してしまうことにならないよう、学芸員としては頭を悩ませています。
近いうちに最終的な全体像が見えてくると思うので、またあらためてご紹介いたします。
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2010/11/23

平川恒太展「The Neverending Story」  特別企画

アートスペースでの平川恒太展「The Neverending Story」の最終日。
この日は平川くんとともに、会場の記録写真を撮影しました。

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細部までこだわって展示を行う平川くん。
「この角度から撮影すると全部の作品が写る」というポイントから、まずは全体写真を撮影。

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手前に見えるのは作品番号37「The Neverending War」。
王将の駒が存在せず、どちらかの駒をすべて奪うまで勝負が続く「永久戦争」の将棋盤です。

そして上空に吊られているのは作品番号38「実体なき旗」。
ホログラムシートに油性ペンで描かれた旗で、ハロゲン光に照らされて時に虹色に輝きます。

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壁面に展示されているのは作品番号39「war dialogue」。
毎日の戦争のニュースを新聞やインターネットで検索し、収集していくという作業の蓄積で、今年一年は続けようと思っているとのこと。

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そして奥の壁面に展示されているのは作品番号40「The Neverending Story」。
直径180cmのパネルに自らの尾を咬む蛇ウロボロスの図像が描かれています。

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一見、油絵かアクリル絵具の筆あとが残る作品のように思えるのですが、近づいてみると、この作品、すべて紐を重ねていくことで描かれているのです。
平川くんによるとラテンアメリカの先住民族のシャーマンが行う紐絵の技法を用いているそうです。これはたいへんな労作。

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そして、展示室中央でひときわ存在感を見せているのが噴水。
原爆のキノコ雲のイメージも取り入れた中央の岩柱から、赤い血の色をした水が音を立てて沁み出してきます。
この作品も循環装置が用いられていて、「終わらない戦争」を意味しています。

展覧会チラシの平川くんの言葉を借りれば、世界では今も戦争や紛争、テロなどが起こっていて、私たちはいまだに「平和を知らない子供達」であるということを、あらためて考えさせられる展示です。

本当に平和な世界を創造する力は、芸術の想像力とぼくは、似ていると思うのです」という平川くんの言葉には、本当に共感します。
丸木美術館にとって、平川くんの個展が新鮮な刺激になったように、平川くん自身にとっても、丸木美術館での個展が今後の作家活動に大きな影響を与えることができたらと願っています。

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写真は個展会場での平川くん。
2011年1月発行の『丸木美術館ニュース』では、リレー・エッセイで今回の個展について執筆してもらう予定です。
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2010/11/21

平川恒太展トークショー2日目  特別企画

連日トークショーで盛り上がるアートスペースの平川恒太展「Neverending Story」。
2日目のこの日は、アートコメンテーターの花房太一くんと若手芸術家集団Chim↑Pomのリーダー卯城竜太くんをゲストにお迎えして、平川くん、岡村の4人でトークショーを行いました。

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はじめに卯城くんがChim↑Pomの活動をスライドトークで紹介。
ご存知の方も多いと思いますが、彼らは2008年に広島の原爆ドームの上空に、飛行機雲で「ピカッ」の白い文字を描き、大きな問題を巻き起こしました。

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詳細はこちら→http://www.webdice.jp/dice/detail/1020/

その後、河出書房新社より『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』という単行本も発行されました。

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この本には、丸木夫妻の原爆の図 第2部《火》も参考図版として掲載され、針生一郎元館長の原稿や卯城くんたちとの対談も収録されています。
卯城くんは、針生元館長が亡くなられた際にも雑誌『美術手帖』に追悼文を書き、そのなかで、広島の「ピカッ」事件後に作品発表ができなくなってしまったChim↑Pomに対し、針生元館長が「丸木美術館で個展をやってもいいよ」と励ましてくれたことが紹介されています。
そうした経緯もあって、卯城くんと会うのはこの日が初めてでしたが、どういう話をしてくれるのか、とても興味深く思っていました。

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トークはまず、丸木美術館を訪れた印象から。
卯城くんは、「《原爆の図》は世界遺産になってもいいと思う」と発言。
原爆を芸術におとしこむのか、メッセージとして伝えようとしているのか、絵から丸木夫妻の葛藤を感じるが、最終的に芸術におとしこんだところに共感できる、という趣旨の話をしていました。
また、没後15年丸木位里展については、「自分が丸木位里という作家を知らなかったことに気づいた。1940年代の絵がとても好き。やりたいことを好きなようにやっていて、案外ユーモアのある作家だと思った」と嬉しい感想を聞かせてくれました。

一方、花房くんの方も、《原爆の図》について「もっとおどろおどろしいと思っていたが、実際に観ると肉体美の印象が強い」との感想。
花房くんは、「芸術家の節操」と題して、戦時中に描かれた“戦争画”と呼ばれる作品群と、敗戦後に起こった「戦争責任論」についてレポートしてくれました。

その後はもっぱらChim↑Pomの「ピカッ」事件とその後の経緯を軸に話が進み、もう少し平川くんの個展についても踏み込んだ対話があってよかったかなと思いましたが、20代の若者たちが戦争や原爆をいかに自分たちの問題としてとりこんでいくべきか否かについて熱心に討論する様子は、やはり貴重なものだと感じました。
もちろんそう簡単に結論を出せるような話題ではないので、私もあまり発言せず若者たちの考えを興味深く聞かせてもらいましたが、平川くんに促されて発言した位里の妹の大道あやの《原爆の図》に対する厳しい評価と、あや自身が90歳になって「原爆の絵」に挑み結果的に破綻した(破綻することで彼女自身の原爆体験の重みが“表現”された)という話は思いのほか参加者の興味を惹いたようで、美術館受付で販売していた大道あやの絵本『ヒロシマに原爆がおとされたとき』(ポプラ社)は完売となりました(近日再入荷予定)。

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トークショーを通じて、Chim↑Pomの活動、とりわけ「ピカッ」作品が若い芸術関係者の間に大きな影響を与えているのだと気づかされました。
また、卯城くんが、「ピカッ」について「“アート業界”から賞賛の声があがるたびに、逆に業界の狭さを感じる。広島の被爆者の方々の感情とあまりに乖離していて、複雑な心境になる」と発言していたことも印象に残りました。
「ピカッ」についてはさまざまな意見があり、また、Chim↑Pomの活動についても、毒のある過激な作品が多いので賛否が分かれるとは思いますが、少なくとも他者の心情を傷つけることへの想像力を持ち、痛みを抱えながら活動をしている作家たちなのだということが感じられて、あらためて今後も注目していきたいと思いました。

そして、針生館長が遺言のように残した企画の話も、記憶に留めておきたいと思います。
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2010/11/20

平川恒太展トークショー1日目  特別企画

丸木美術館2階アートスペースで平川恒太個展「The Neverending Story」が開幕しました。

初日のこの日は、午後1時から楠見清さん、木村覚さんをゲストにお迎えして、トークショーが行われました。

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トークショーのはじめに平川くんは、「《原爆の図》は小さい頃に観ていたが、うろ覚えで、今回あらためて観て、表現者として“負けた”とショックを受けた。絵のとなりに花が捧げられていて、“絵画を超えた存在”だと感じた。羨ましいというか、脅威という感情を覚えた」と語っていました。
彼は現在、東京のギャラリーと契約し、アーティストとして第一線で活躍しているのですが、一方で、絵画がモノとして扱われ、テーマや内容への議論が深まっていかないアート・マーケットへの不満があり、アートは“自己表現”という言葉に甘えて消費・生産するだけなのか……と無力感を抱いていたとのこと。そんなときに沖縄を旅行し、ひめゆり平和記念資料館を訪れたことで、戦争や平和をテーマにした作品に取り組みたいと考えるようになったそうです。
この彼の強い思いと行動力が、今回の丸木美術館アートスペースでの個展やトークショーにつながったわけです。
もちろん丸木美術館にとっても、こうした若い世代からの刺激はありがたいものでした。

トークショーでは、木村さんが「広島―美術 美術が広島に向き合う仕方と広島が美術を求める仕方」、楠見さんが「いのちときもちをかたちにする 戦争と平和のために芸術ができること」と題してそれぞれの視点から語り、その後、短い時間でしたがクロストークが行われました。もう少し時間が長くて、会場の参加者からの声なども交えて深めることができれば、とも思いましたが、2人の話はとても興味深く感じられました。

とりわけ、2人とも、1974年にNHK広島放送局が呼びかけて寄せられた「市民が描いた原爆の絵」について触れていたことが印象的でした。
この市民の絵の多くは広島市の平和データベースでご覧になることができます。
http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDB060index.jsp

木村さんは「被災者の絵画は、他の広島を扱った高名な作家たちの作品より素晴しいと感じた」と語り、楠見さんはその発言を受けて、「美術史を背負った絵画Paintingと、人類の表現形態Pictureの可能性の違いではないか」と指摘しました。

以下は、トークの際に配布された木村さんの資料からの引用です。

 この絵画は、自ずとイデオロギーから自由でいようとしている。当時なにが起きていたのかという事実を伝えるために、その事実にだけ向き合っているのが見る者に伝わる。その事実だけに向き合うというのは、まず、被災者=当事者の特権的な行為である。とはいえ、単に他の人には立つことが出来ないその立場に彼らは安住してはいない。彼らの目的がはっきりしていることは重要だろう。悲惨さのイメージを伝えることも、自分の苦しい思いを理解して欲しいと思うこととも、明らかに異なる「あのときなにが起こっていたのか」を伝えようとする意志は、自ずと、見る者の心を揺さぶろうとか、記憶(というよりもイメージとしての「広島の記憶」)を反省させようとかいった目的から、描くものを自由にさせるのだろう。

《原爆の図》と「市民が描いた原爆の絵」は、8月6日を直接体験していない芸術家の描いた芸術作品の代表例と、直接体験した一般市民の描いた素朴な絵画群として、近年しばしば比較されています。トークを聞きながら、「市民が描いた原爆の絵」の受容のされ方の問題点について、小沢節子氏が次のように論じていたことを思い出しました。

 第一に、これらの絵「だけ」が「本当の」原爆体験の表象だという規範が知らず知らずのうちに形成され、他の表現を排除しかねないことへの危惧。第二に、またそれ故に、「本当の体験だけが与え得る感動」が最初から想定されてしまうことへの懸念。第三に、印刷物やパソコン画面を通して「画像」へのアクセスが容易になりイメージが拡散する一方で、三千点を越す個別の表現が絵画として論じられないことへの疑問。いずれも「原爆の絵」という一般的な呼称のもとで、これらの絵画が(誤解を招きかねない表現ではあるが)「特権化」され、画一化、均質化されて受け止められかねないことへの不安である。もちろん、「受容のされ方」と断ったように、問題の所在は、「本当の体験」を容易に入手して心を動かされたいという受け手の側にこそあるといえよう。
(花書院『原爆文学研究8』 p.179)

時間的にも空間的にも遠く隔てられた地点から「戦争」への想像力を広げる表現の可能性を探る平川くんの展覧会に、こうした体験/非体験と表現をめぐる問題は非常に重要な意味を持つようにも思います。
ともあれ、もう少し深めて考えていきたい問題です。

   *   *   *

午後3時からはオープニングレセプション。
平川くんのお母さんがバーベキューなどの料理を用意してくれて、参加者皆さんで和やかに食事をしながら懇談しました。

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この日の様子は、トークショーのゲストの木村覚さんや現代美術家の彦坂尚嘉さんがブログで報告して下さっています。
木村さんのブログ→http://blog.goo.ne.jp/kmr-sato/e/dcda9dc97552b612254a863f4e682a4b
彦坂さんのブログ→http://hikosaka3.blog.so-net.ne.jp/2010-11-21-1
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2010/11/19

平川恒太展展示作業  特別企画

明日から丸木美術館アートスペースで開催される「平川恒太展」の展示作業のため、平川くんと昨年丸木美術館で学芸員実習を行ったYさんが来館しました。

今回の個展のタイトルは「The Neverending Story」。
ミヒャエル・エンデの小説の題名を引用しながら、現在の終わることのない戦争をどのように考えていくか、というテーマの展覧会です。

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写真は展示作業中の風景。どのように仕上がっていくのか、楽しみですね。

すでに日誌でも紹介していますが、会期中には次のイベントも予定されています。
●11月20日午後1時 トークショー1(ゲスト:楠見清、木村覚)/午後3時 オープニングレセプション
●11月21日午後2時 トークショー2(ゲスト:花房太一、chim↑pom(卯城竜太)、丸木美術館学芸員、他)


若い現役美大生の意欲的な企画です。
ぜひ多くの方にご覧頂きたいと思います。
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2010/11/2

アートスペースにて「平川恒太展」開催  特別企画

11月20日から23日まで(22日は休館)、丸木美術館2階のアートスペースにて、「平川恒太個展 The Neverending Story」が開催されます。

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平川恒太くんは多摩美術大学の現役学生ですが、すでに多彩な表現活動で高い評価を受けている注目の若手作家です。
先日も、ターナーギャラリーで開催されていた個展「考え・ない」を観に行きましたが、卓越した表現力に加え、社会問題に関心を寄せる彼の骨太の視点を感じさせる興味深い内容でした。

丸木美術館では《原爆の図》と隣り合わせの空間で、どのような展示を見せてくれるのでしょうか、楽しみです。

会期中には以下のイベントも予定されています。
11月20日午後1時 トークショー1(ゲスト:楠見清、木村覚)/午後3時 オープニングレセプション
11月21日午後2時 トークショー2(ゲスト:花房太一、chim↑pom(卯城竜太)、丸木美術館学芸員、他)

以下は、DMに記された平川くんの文章です。
こうした若い芸術家が丸木美術館を発表の場に選んでくれるのは、本当に嬉しいことです。
ぜひ多くの方にご覧いただきたいと思います。

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戦争を知らない子供達
平和を知らない子供達

世界では今日も戦争や紛争、テロに暴動、争乱などが絶えることがありません。
方や日本では、平和ボケと称されるようにあたかも戦争とは無縁に暮らしています。
TVでもなかなかイラクやパレスティナ、アフガニスタンの事を知る事はできません。報道されたとしてもそれは、一時の話題作りで消えて行きます。
ぼく達の世代をよく大人達はこう呼びます。『戦争を知らない子供達』
ぼく自身、戦争などのテーマの作品を制作していると必ずと言っていいほど言われる言葉です。
ぼく達は、確かに幸いな事に戦場を体験していません。
しかし、本当に『戦争を知らない子供達』なのでしょうか。
現在日本では、戦争はしていません。世界でも有数の安全な国です。
ですが、ちょっと待ってください。世界では今も戦争や紛争、テロなどが起こっていますし、その戦争をしている国が日本にも基地を持っています。。。
誤解を恐れず言うならば、ぼく達は戦争を知っています。(もっと学ぶべきですが)
しかし、戦争の無い平和な世界は未だに知りません。ぼく達は『平和を知らない子供達』なのです。本当に平和な世界を想像する力は、芸術の想像力とぼくは、似ていると思うのです。
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2010/4/1

アートスペースの申し込み  特別企画

昨年、丸木美術館で学芸員実習を行った東京造形大学のYさん(今春卒業して東京藝術大学の大学院に入ったとのこと。おめでとうございます)が、多摩美術大学の平川恒太くんを連れて来館して下さいました。

平川くんは1987年生まれという若い作家なのですが、すでにさまざまな分野で活躍している実力派。芸術と社会との結びつきを真剣に考え、ストレートなメッセージで見る人に訴えかける作品は、非常に高い評価を受けています。
その平川くんが、11月に丸木美術館のアートスペースを使って個展を開催したいというのです。
展覧会のコンセプトは「The Never Ending Story」。繰り返される歴史、終わらない戦い(戦争)、美化されて行く戦争や争い、現代、生と死、をテーマにして構成されるようです。
自らの作品ファイルや企画書を提示して熱心に説明を行う彼の話を聞きながら、こうしてしっかりと物事を考え、意欲に満ちた若い作家に対して、丸木美術館としてどのように協力/支援していけばいいのか、深く考えさせられました。

ともあれ、非常に興味深い展覧会になりそうです。
まだ半年以上先の計画ですが、少しずつ準備を進めていきたいと思っています。
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2009/8/3

アートスペース市川一郎展  特別企画

丸木美術館の理事で、みずからも丸木位里とともに臥竜展に水墨画を発表されていた市川一郎さんが、80歳を記念して丸木美術館アートスペースで個展を開催されました。

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1986年の第1回臥竜展出品作《戦火1》《戦火2》をはじめ、野仏や千手観音を主題にした《救済1》《救済2》など、丸木位里直伝の水墨の効果、ぼかしや流し込みを用いた作品がならびます。

会期は8月9日までと短いですが、8月6日のひろしま忌に参加される方はぜひ2階のアートスペースもご覧になってください。

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