2017/9/12

高畑勲さん来館  来客・取材

午後、アニメーション映画監督の高畑勲さんが来館され、館内をご案内しました。

中学生のとき、1953年の岡山天満屋での「原爆の図展」をご覧になっていたという高畑さん。それ以来《原爆の図》を避けていたそうですが、「もう《原爆の図》を観ても動じないだろう、という予感があった」とのことで、足を運んで下さったのです。

《原爆の図》は、芸術的な野心を持った絵だから、体験を伝える絵とは違う。「この絵はちいと違う」と言った大道あやさんの言葉に共感する、とお話しされながらも、長い時間をかけて丁寧に絵を観て下さいました。
被爆体験の継承という目的が先に来ると、どうしても無理が生じる。それより、絵画としてどういう時代に描かれ、それがどんな意味を持ったのかを考えることが、これからは重要なのではないか、という貴重なご意見も頂きました。

高畑さんは、10月28日(土)に埼玉会館で開催する「丸木美術館 開館50周年の集い」で、アーサー・ビナードさんと「戦争と表現をめぐって」と題し、対談して下さる予定になっています(近日詳報)。
今日はその打ち合わせも行い、戦争画のこと、《原爆の図》のこと、丸木スマや大道あやの絵のことについても話したい、とのお気持ちを聞かせて下さいました。
理論家の高畑さんと詩人のアーサーさんの掛け合いが、どのような方向に向かうのか。私は進行役を務めるので、うまく舵取りできるかどうか、ちょっとドキドキしつつ、でも非常に楽しみです。

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企画展の「丸木スマ展」は、《原爆の図》以上にじっくり時間をかけて、とても楽しそうにご覧になっていました。
写真はスマの代表作《簪》の前で。「こんなふうに観ているところはどうでしょう」と、わざわざポーズをとって下さいました。
そんなわけで、ちょっと「やらせ風」の写真になってしまいましたが、ユーモアのあるサービス精神が嬉しかったです。
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2017/7/29

金子兜太さん来館  来客・取材

午後、某新聞社の企画で、俳人の金子兜太さんが来館。もうすぐ98歳になられます。
隣の市にお住まいなのですが、意外にも丸木美術館に来館されるのは初めてとのこと。

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《原爆の図》を中心に館内をご案内し、その感覚の鋭さに驚かされました。
金子さんの師にあたる加藤楸邨は、「原爆図」の句をいくつか作っています。
金子さんも長崎時代に原爆の句を作られていると知りました。
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2017/6/18

野見山暁治さん来館  来客・取材

画家の野見山暁治さんが来館。
芸大で野見山さんに師事されていた坂口寛敏さんが、車でお連れ下さいました。

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東松山市の高坂図書館で開催中の高田博厚展をご覧になったとのこと。パリの高田博厚のアトリエを引き継いで借りたのが野見山さんだったという縁があるそうです。

意外にも、野見山さんが丸木美術館に来られるのは初めてとか。
とても丁寧に時間をかけて、《原爆の図》や本橋成一写真展を観て下さいました。

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スマさんの絵をご覧になったときには、「私も70歳を過ぎてから絵をはじめればよかった。もう遅いね」と笑っておられました。
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2016/11/3

『ベオグラード日誌』の山崎佳代子さん来館  来客・取材

『ベオグラード日誌』(書肆山田、2014年)で第66回読売文学賞を受賞された詩人の山崎佳代子さんが、丸木美術館に来館して下さいました。

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ベオグラード在住の山崎さんは、旧ユーゴの紛争も間近に体験されており、《原爆の図》に関心を持って、来日の機会にわざわざ訪ねて下さったのです。
館内をじっくりと時間をかけて絵を見てまわり、その後、あふれるように感想を話して下さいました。
その感想からは、作品の持つ表現の深さ、テーマの普遍性に、強く反応されていることが伝わってきました。

『ベオグラード日誌』は、異国に生きる詩人の、一見ささやかな日常の記録。しかし、そのあちこちに、世界の軋み、不穏な気配がひそんでいます。

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 英語、独語、仏語、露語などの「大きな言語」という大窓から、世界を観るだけでは見えないことが数えきれないほどある。セルビア語をはじめとした「小さな言語」の小窓から眺めやれば、世界は思いがけない表情を見せる。人の心の底を見つめるときも、同じだろう。多くの人々がニューヨークの9月11日やフクシマの3月11日を記憶する。だが、記憶に刻まれるべき日付は無数にある。コソボ、イラン、イラクをはじめ、記憶されないだけではなく語ることさえ許されぬ悲劇の日付が、次々と世界史に書き込まれていく。

 しかし国や言葉を越えて、心を開き合える仲間に巡り合うことは、なんという喜びだろうか。人と人との巡り合い、繋がりこそが、眼に見えない小さい力、しかし、それだからこそ内なる世界を少しずつ変える力となるのではないだろうか。この小さい力さえあれば、様々な土地の歴史に刻まれた記憶の豊かさに触れ、命の重さの等しさを感じとり、自然の力の深さを確かめ合うことができる。生活というささやかな営みに潜む、無数の小さな力が結び合うとき、何かを変えることができる。


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2016/7/31

坂田明さん演奏!  来客・取材

美術館閉館後、サックス奏者の坂田明さんが来館されて、《原爆の図》の前で撮影のための演奏を行いました。

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《原爆の図》の前で、音を絞り出すように「死んだ男の残したものは」を演奏したときには、本当に圧倒されました。素晴らしい演奏でした!

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坂田さんは原爆が投下された1945年に、広島県呉市に生まれています。
チェルノブイリ連帯基金にもかかわり、数年前に知人に連れられて佐喜眞美術館を訪れたことから、いつか丸木夫妻の《原爆の図》の前で演奏をしたいと考えていたとのこと。

今回は、隣の吉見町で養蜂をしながら音楽プロデューサーも行っている友の会会員Nさんのご尽力で、演奏が実現しました。

この日の番組収録は非公開でしたが、8月6日のひろしま忌では皆さんの前でライブ演奏をして下さいます。本当に楽しみです。

ぜひ、皆さま、8月6日は丸木美術館へお越しください!

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【8月6日ひろしま忌当日のスケジュール】
●13:00〜 丸木美術館クラブ・工作教室
 竹で楽しい玩具を作りましょう。案内人:万年山えつ子さん(材料費500円)
●14:00〜14:30 城西川越中学・高校 和太鼓演奏
 毎年恒例の城西川越中学・高校が出演し、和太鼓演奏を行います。
●15:00〜15:30 絵本『おこりじぞう』朗読
 企画展「四國五郎展」で絵本原画を展示中の原爆絵本の代表作『おこりじぞう』(山口勇子原作/沼田曜一語り文/金の星社)を、女優の木内みどりさんが朗読して下さいます。
●16:00〜17:00 坂田明ジャズライブ
 激しいサックス演奏をはじめ、多方面の活躍で知られる坂田明さんが、丸木美術館に初登場。丸木夫妻の絵画との「セッション」にご期待下さい。
●18:00〜18:30 ひろしま忌の集い
●18:30〜 とうろう流し

一般800円、高校生以下無料・ボランティアスタッフ募集中。
イベント(朗読・ライブ)参加費500円・入館料別途。
詳しくはWEBページをご覧ください。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/0806.html
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2016/5/21

アーサー・ビナードさん紙芝居打ち合わせ  来客・取材

朝から詩人のアーサー・ビナードさん、童心社編集部のNさんとカメラマンが来館され、《原爆の図》をもとにした紙芝居の打ち合わせと追加の作品写真撮影などを行いました。
写真は、打ち合わせの後で、某テレビ局の取材を受けるアーサーさん。

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刊行が遅れている紙芝居のタイトルは、『やわらかい はだ』から『ちっちゃな こえ』に変更になったようです。
今回は紙芝居にするため、《原爆の図》に大幅な修正を施しているのですが、その状況を確かめるということもあって、アーサーさんみずから実演して下さいました。
個人的な感想としては、以前に見たよりずっと良くなっているものの、できればもう少し粘って、さらに練り上げていった方が良いかなという感じです。
せっかくアーサーさんが《原爆の図》に挑むのだから、もっと高く飛び上がって、思わぬ方向にひっくり返ってから、着地してほしい……。
いえ、言うのは簡単ですし、自分も書き上げなければならない仕事をまとめきれずにいるのですが。
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2016/2/18

青年劇場「あの夏の日」の皆さん来館  来客・取材

広島の高校生が原爆体験を聞いて油彩画に描くというプロジェクトを舞台化した「あの夏の絵」。
昨年末の公演では、私もアフタートークに参加しました。
そのとき出演された青年劇場の俳優の皆さんと、脚本の福山啓子さん、立教大学社会学部の小倉康嗣さん、そして文学座の山谷典子さんが来館して下さいました。

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高校生役を演じた若者たちも、寒いなか、時間をかけてとても丁寧に《原爆の図》を見て下さいました。わざわざ来て下さって、嬉しいですね。
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2015/6/7

渡米前日  来客・取材

いよいよ《原爆の図》渡米前日となりました。
午前中から中国新聞社M記者の取材、近現代史研究者Kさんの来館、朝日新聞社K記者の取材、そして最後に神奈川県立近代美術館M館長の来館と、取材・来客が相次ぐ一日でした。

明日8日には《原爆の図》とともに飛行機に乗り、成田からワシントンD.C.に向かいます。
そのままアメリカン大学美術館に搬入、13日のオープニングに向けて、展示作業を行います。
オープニングを見届けた後は次の巡回先であるボストンで展覧会の打ち合わせ。
ニューヨークを経由して、20日に帰国する予定です。
美術館への出勤は23日からの予定となります。
急ぎの連絡が必要な場合は、Okamura16@aol.comまでお願いいたします。

6月10日午後5時からのNHKラジオ第一放送『先読み!夕方ニュース』の「夕方トピック」(5時20分から10分間)のコーナーで、ワシントンD.C.から電話で生出演し、現地インタビューを行う予定です。お声掛け頂いた黒崎瞳キャスターに感謝。

それでは、行って参ります。
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2015/5/31

5月最後の日  来客・取材

5月最後の日。
いよいよ渡米する《原爆の図》6点の、出発前の最後の展示日です。
そのため、開館前から取材クルーが美術館前でスタンバイしているという慌ただしい一日になりました。

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最初の取材はBS朝日。「黒柳徹子のコドモノクニ」という番組で、アーサー・ビナードさんが旅人になって丸木美術館を訪れる「「原爆の図」を描いた画家・赤松俊子」(8月19日午後10時放送予定)の収録です。
アーサーさんからのインタビューを受ける形で、私も《原爆の図》の前で、そのなりたちや、何が描かれているのか、といったことを少しばかりお話しました。

その間、別の展示室では、NHKワールド(国際放送局)の取材クルーが、アメリカへ渡る《原爆の図》を丹念に撮影していました。互いの撮影が重ならないように、調整をしながらの撮影です。

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さらに別の部屋では、NHKさいたま放送局が「発掘!知られざる原爆の図」展に展示する《原爆長崎之図》や高野山成福院の《原爆の図》を撮影。こちらはニュース番組用の取材で、翌朝の首都圏ネットワークで放送されました。
http://www3.nhk.or.jp/lnews/saitama/1106837721.html

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「原爆の図」で知られる丸木位里さんと妻の俊さんが原爆が投下された直後の長崎などを描いた作品のうち全国に点在している9点が埼玉県東松山市の美術館に集められ、展示されることになりました。

画家の丸木夫妻は「原爆の図」で知られていますが、このほかにも原爆の凄惨さを訴える作品を描いています。
2人の作品を展示する東松山市の美術館では、ことしが原爆が投下されてから70年となることから、大阪や長崎の資料館などに所蔵されている合わせて9点を集めて展示することになりました。
このうち、「火」と題された作品は、原爆投下直後の広島で吹き上がる炎と爆風の中、逃げ惑う人々が描かれています。
また「浦上天主堂」は、丸木夫妻がはじめて長崎の惨状を描いた作品で、聖像の脇で子どもを抱く母親が水墨画で印象的に描かれています。
これらの作品がまとめて展示されるのは初めてだということで、「原爆の図 丸木美術館」の学芸員の岡村幸宣さんは「作品を見て、人間がもたらす原爆の悲惨さに目を向けてほしい」と話していました。
展示は6月3日から、東松山市の「原爆の図 丸木美術館」で行われます。


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午後からは、『中日新聞』の「高校生☆News」という取材企画で、愛知県や三重県、岐阜県の女子高生がO記者に連れられて来館。《原爆の図》について、とても熱心に取材をしていました。こちらは6月12日頃に掲載予定とのこと。

そんなこんなで、朝からずっと美術館で待っていてくださった共同通信国際局海外部のT記者とようやくお話できたときには、すでに午後4時になっていました。

週明けには、いよいよ《原爆の図》の梱包作業を行います。
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2015/5/30

《原爆の図》撮影相次ぐ  来客・取材

今月いっぱいで、アメリカへ渡る原爆の図6点の展示は終了します。残すところあと2日。
そのため、連日、駆け込みで撮影依頼が相次いでいます。

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この日はブックデザイナーの鈴木一誌さんと、写真家の西川茂さんが来館。
8月末に刊行予定の、1950年代の「原爆の図展」をまとめた拙著の口絵や表紙のための撮影をして下さいました。どんな表紙になるのか、まだ本の題名も確定していないのですが、とても楽しみです。

もう一組の撮影は、童心社のアーサー・ビナードさんの紙芝居。編集者のNさんと写真家の岡倉禎志さんが来館されました。紙芝居の方は全面的に構成を組み直し、写真も一から撮り直し。こちらは詳しい予定はまだ言えませんが、昨秋に見た内容より、はるかに良くなっていました。方向性は固まってきた感じです。

どちらも朝から一日がかりでの撮影、本当にご苦労さまでした。
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2015/1/22

ヨシダ・ヨシエさん来館、原爆の図取材  来客・取材

3年ぶりに美術批評家のヨシダ・ヨシエさんが丸木美術館を訪れて下さいました。
長期入院生活を続けているヨシダさん。移動は車椅子でしたが、とてもお元気そうな様子で、お話もしっかりされていました。

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今回は、昨日から来館して取材している広島テレビのインタビューのための一時外出。
とても寒い日だったのでストーブ2台を用意した《原爆の図》の展示室で、1時間ほどお話をされていました。

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広島テレビのほかにも、昨日はH新聞の「南洋群島展」取材、今日はA新聞、Y新聞の「原爆の図アメリカ展」取材と、慌ただしい日々が続いています。
「原爆の図アメリカ展」の企画者であるHさんも来館されて、アメリカ出張の報告とともに、今後に向けての打ち合わせを進めました。
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2014/10/24

アーサー・ビナードさん新作紙芝居『やわらかい はだ』撮影  来客・取材

今日は、朝から詩人のアーサー・ビナードさんと写真家の岡倉禎志さん、童心社の編集者の方がたが来館して、《原爆の図》の写真撮影を行いました。

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米国生まれで日本語の詩を書き、第6回中原中也賞を受賞するなど高い評価を受けているアーサー・ビナードさん。
実は現在、オリジナルの脚本によって、丸木夫妻の描いた《原爆の図》を独自の視点で切り取り、新たに再構成した実験的な紙芝居を制作中なのです。
タイトルは、『やわらかい はだ』(童心社より来春刊行予定)。

「《原爆の図》は100人が見れば、100通りの物語が生まれる作品」というアーサーさんが、ある家族を主人公にして、従来の《原爆の図》とはまったく異なる物語を紡ぎ出していく注目の紙芝居です。

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テレビ局も密着取材し、撮影の様子やアーサーさんのインタビューを収録していました。
「《原爆の図》は、ふつうの絵とは違う。見る人は、描かれた人といっしょになって、絵の中を探検する、そういうつくりの作品なんだ」
「この紙芝居を見たら、もう一度、《原爆の図》のなかを探検してみたくなるよ」
アーサーさん独特の感覚によって、《原爆の図》に新しい命が吹き込まれる、嬉しい予感がしてきました。

11月2日(日)には丸木美術館でアーサーさんの講演会「やわらかい はだ―原爆の図は本当に原爆を描いているのか?」を行います。
完成間近の紙芝居の内容をいち早く披露、実演して下さるという、たいへん貴重な機会です。
ぜひ、多くの方にご来場頂きたいと思っています。

アーサー・ビナード講演会
「やわらかい はだ―原爆の図は本当に原爆を描いているのか?」
日時 11月2日(日)午後2時開始 予約不要 参加費500円(入館料別途)
交通 東武東上線つきのわ駅より徒歩27分
当日は午後1時に東武東上線森林公園駅南口に送迎車が出ます(利用者多数の場合、お待ちいただくことがあります)。
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2014/8/2

アーサー・ビナード来館/RCC中国放送取材  来客・取材

今日の朝一番の来館は、詩人のアーサー・ビナードさんと童心社の編集者Nさん。
なんと開館時間1時間前、午前8時の到着でした。
アーサーさんは現在、《原爆の図》を大胆に再構成したオリジナル・ストーリーの紙芝居を構想中。そのため、現在の進行状況と、作品の出版許諾(出版日未定)の打ち合わせのため、来館されたのです。

午前中はほぼ紙芝居の打ち合わせのために時間を費やし、午後からは、広島のRCCラジオの番組「日々感謝。ヒビカン」の原爆の日特集「被爆69年のヒロシマから」(2014年8月6日12時〜15時生放送予定=ゲスト:アーサー・ビナード)の収録。
青山高治アナウンサーとIディレクターが来館され、《原爆の図》の前でアーサーさんと念入りに話をしていました。

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岡村も、《原爆の図》制作の経緯や、今日的な意味について、少しだけ話をさせていただきました。
広島県内のみの限定放送となりますが、貴重な機会ですので、ぜひ、多くの方にお聞きいただきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
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2013/6/8

ホリホリレッド参上  来客・取材

午後から、NHK札幌放送局の撮影スタッフが来館され、「原爆の図」の撮影を行いました。
北海道発掘バラエティ「ホリホリX」という情報バラエティと、朝のニュースという2本の番組の撮影です。

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まずは、情報バラエティ「ホリホリX」の撮影。
第1部《幽霊》の前で画面の大きさと等身大の人物像を紹介している赤いつなぎの男性が、ホリホリ団のリーダー・ホリホリレッドこと岩尾亮さんです。

丸木美術館にある「原爆の図」連作と、北海道の秩父別の俊さんの生家・善性寺にある1992年作の「原爆の図」(おそらく、丸木夫妻にとって最後の共同制作でしょう)を比較し、視聴者が楽しみながらも原爆というテーマに近づいていける番組を目ざす、とのことで、ディレクターのYさんは事前に2日間足を運んでじっくりと取材をされていました。
私もホリホリレッドとかけあい、あるクイズを出すという役割をつとめました。さすがに経験豊富なホリホリレッドさん。会話も楽しく弾み、大事な場面では予想以上に深みのある話ができたように思います。

ニュース番組の方には、遺族のH子さんとJさんが丹念に取材を受けていらっしゃいました。
放送はどちらも7月(北海道内向け放送)とのことですが、今からとても楽しみです。

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また、夕方からは、共同通信のT記者が大阪から来館。
1950年代の原爆の図全国巡回展について取材され、その後、入院中の美術評論家ヨシダ・ヨシエさんのもとへ、いっしょにお見舞いに行き、ヨシダさんの話もうかがいました。
こちらの方は、6月中に記事が配信される予定だそうです。
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2013/5/12

原爆の図第14部《からす》のモデル  来客・取材

午後から、駐広島大韓民国総領事館の辛亨根(シン・ヒョングン)総領事と、早稲田大学アジア研究機構日韓未来構築フォーラム主宰の小田川興さんが来館されました。

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辛亨根さんの御父様は、韓国原爆被害者援護協会会長として、長年、在韓被爆者運動を続けて来られた辛泳洙(シン・ヨンス)さん。
実は辛泳洙さんは、丸木夫妻が原爆の図第14部《からす》を描いた際にモデルをつとめられたそうです。
画面中央下部で、からすの群れの合い間から仰向けになって顔を見せている人物が、辛泳洙さんとのこと。さすがに辛亨根さんは、画面を見てすぐに「これが父です」と特定されました。

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小田川さんは、当時、朝日新聞記者として丸木夫妻を取材し、《からす》制作の様子も間近でご覧になっていたとのこと。
館内を案内して、小高文庫に上ったところ、丸木夫妻の旧蔵書のなかに、朝日新聞社より1975年に刊行された『被爆韓国人』(編=朴秀馥、郭貴勲、辛泳洙)がありました。
この出版には小田川さんも深く関わり、辛泳洙さんが「臨時の陸軍病院で迎えた解放記念日」と「怒りと感謝の日々」という二つの文章を記しているのはもちろん、当時20歳だった辛亨根さんも「父の悲運を引き継いで―被爆二世は主張する」と題する文章を寄せています。

辛亨根さんや小田川さんのお話をうかがって、1972年に描かれた原爆の図第14部《からす》が、在韓被爆者運動と密接な関わりを持っていたことを、あらためて感じました。
1999年に辛泳洙さんが亡くなられた際に寄せられた文章をまとめた「辛泳洙さんを偲ぶ」という以下のサイトには、小田川さんはじめ、丸木美術館の元理事で江戸川区の被爆者運動を続けてこられた銀林美恵子さんの文章が紹介されています。
http://www.asahi-net.or.jp/~hn3t-oikw/kaihou/No_25/9907_1shin.html
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