2018/9/22

『朝日新聞』に徳応寺版「原爆の図」模写紹介  掲載雑誌・新聞

現在、丸木美術館2階の小展示室では、1956-7年に愛知県岡崎市の小学生が手がけた「原爆の図」模写が展示されています。
岡崎市の徳応寺が所蔵している11点の掛軸で、「模写」を通り越して、独自の世界へ突き進んでいくようなエネルギーあふれる作品です。

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その展示を、朝日新聞の西堀岳路記者が紹介して下さいました。

60年前の小学生「原爆の図」模写 東松山で展示
 ―2018年9月22日『朝日新聞』朝刊埼玉版

https://digital.asahi.com/articles/ASL9N52HKL9NUTNB00K.html

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以下、記事より一部抜粋です。

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1956年、市立小の教師が平和教育の一環で5年生たちに原爆の図の画集を見せたところ、恐ろしさに心を動かされた子どもたちが模写に取り組み始めたという。
 自分たちでシジミを売るなどして紙や画材を買い、30点を目標に6年生になっても描き続けたが、市教育委員会から「思想的だ」と批判されたため、11枚目が未完成のまま制作を中止。焼却されるところを地元の徳応寺が引き取った。1985年から毎夏、寺で公開しており、今回初めて寺の外に貸し出されたという。


 (中略)

 子どもたちの模写は1メートル〜1・8メートル四方で、画集を基にしたためか原画の一部分を拡大して描いている。原画のようなリアルさはないが、苦しむ人々の目や口など、子どもたちが強い印象を受けた部位が大きく描かれ、線も太い。原画にはある余白もなく、そのぶん人物が大きいため迫力がある。

 学芸員の岡村幸宣さんは「そっくりに描かせず、素直な感性に任せた指導がすばらしい。模写とはいえ違う絵のような個性と勢いがある」と評価する。


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展覧会は10月8日まで。ぜひ皆さま、加茂昂展と合わせて、ご覧ください。
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2018/8/15

『信濃毎日新聞』社説「戦争の記憶」  掲載雑誌・新聞

ひろしま忌とその翌日に、時間をかけて取材してくださった信濃毎日新聞のN論説委員による社説が掲載されました。

戦争の記憶 「分かりたい」思いを胸に
 ―2018年8月15日『信濃毎日新聞』社説
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20180815/KT180811ETI090002000.php

以下、信毎webより一部抜粋です。

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 位里さんと俊さんの作品群は完結していない。私たちの生きる社会に続編はある。

 「平和利用」のかけ声の結果、福島は核の惨禍にさらされた。沖縄県民は「安全保障」の名目で今も主権を奪われている。
 過労死や自殺が後を絶たず、人と人との関係は薄れて孤立感が深まっている。戦争とは質の異なる暴力に追い詰められ、身近な命が悲鳴を上げている。

 東京や広島、長崎、沖縄で、曽祖父母や祖父母世代の体験を語り継ごうと、3世、4世に当たる若者が多様なアイデアで活動を始めている。心強くはあるものの、戦争の記憶はそうした一部の人たちだけが担い、受け継いでいくものではないはずだ。

 原爆の図をいかに「自分の絵」として見てもらうかが、これからの美術館の課題だという。丸木夫妻の願いをたぐり寄せようとする国内外の人たちの支えで、館は半世紀存続してきた。
 戦時に生きた人々の苦難を共有することはできない。知ったつもりに、寄り添えた気になるより、目の前にある命の問題と交錯させながら、「分かりたい」との思いを持ち続けたい。


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Nさんの強い気持ちの伝わってくる良い記事です。どうもありがとうございました。
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2018/6/19

TOKYO ART BEATに風間サチコ展レヴュー掲載  掲載雑誌・新聞

Excavating Concealed Truth Sachiko Kazama’s “Dyslympia 2680”
 ―In Reviews by Jong Pairez 2018-06-19 TOKYO ART BEAT

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http://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.en/2018/06/excavating-concealed-truth.html
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2018/5/28

『アート+カルチャー』にて風間サチコ展紹介  掲載雑誌・新聞

「風間サチコ展」、初日の午前中から取材して下さったドイツ人記者が「アート+カルチャー」のサイトで紹介して下さいました。
丸木美術館という場所性も踏まえた充実の記事です。

優作「ディスリンピア2680」@風間サチコ展・「原爆の図丸木美術館」
 ―2678年5月23日『アート+カルチャー』
http://art-culture.world/articles/kazama-sachiko-dislympia-2680-hiroshima-panels-maruki-museum/
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2018/5/21

『毎日新聞』に「風間サチコ展」紹介  掲載雑誌・新聞

風間サチコ ディスリンピック2680 社会の狂気照らす
 ―2018年5月21日『毎日新聞』夕刊「アートの扉」

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 牧歌的な丸木美術館の展示室に入ると、巨大な黒と白の世界が目に飛び込んでくる。木版画で現代社会のゆがみを描いてきた作家が、優生思想から着想を得たのが本作だ。

 架空の都市で、近い未来に開催される五輪「ディスリンピック2680」の開幕式典。スタジアムの中央にそびえる祭壇のような場所では、各層でウサギ跳びやブリッジをする人が描かれ、頂には人力で支える巨大な日の丸が翻る。

 狂気に満ちた世界の細部は戯画的だ。
……

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(記事冒頭から抜粋、全文は以下)
https://mainichi.jp/articles/20180521/dde/012/040/025000c
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2018/4/3

朝日新聞「美の履歴書」に丸木スマ《柿もぎ》紹介  掲載雑誌・新聞

美の履歴書:544 丸木スマ 顔が実よりも小さいわけ
 ―2018年4月3日『朝日新聞』夕刊文化欄

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https://www.asahi.com/articles/DA3S13435006.html

以下、記事より一部抜粋です。

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 画題の多くは、村の暮らしや草花、鳥、猫、魚などの生きもの。「人間がいれば人間が中心に描かれがちだが、そうではない。『柿もぎ』は身のまわりの自然を平等にいとおしんだスマさんの価値観が表れている」と原爆の図丸木美術館の岡村幸宣学芸員は話す。
 俊はスマと仲がよく、スマが81歳で他界した後、「女絵描きの名を継ぐ」と旧姓ではなく丸木姓を名乗るようになった。
 「柿もぎ」は、なぜ柿の実より人間の顔が小さいのか。質問されたスマは「柿を描きよりましたら、人を描く場所がのうなりましての、それで、小さく描きました」と答えた。俊はユーモア交じりにそう書き残している。


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《柿もぎ》などの丸木スマ作品は、5月末まで特集展示しています。
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2017/12/12

『朝日新聞』に川崎哲さん講演会紹介  掲載雑誌・新聞

ICAN川崎さんが16日に講演
 ―2017年12月12日付『朝日新聞』朝刊埼玉版
 http://www.asahi.com/articles/ASKD74GVQKD7UTNB00J.html

以下は、記事からの一部抜粋です。

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 今年のノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN〈アイキャン〉)で国際運営委員を務める川崎哲(あきら)さんの講演会が16日、東松山市の原爆の図丸木美術館である。ノルウェー・オスロで10日にあった授賞式から帰国後初の講演となり、受賞の意義などについても語る。

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実は講演を依頼したのは3か月前だったのですが、ノーベル平和賞受賞、しかも帰国後初講演という絶妙なタイミングになりました。授賞式の報告もして下さるとのこと。
12月16日は、ぜひ皆さまいっしょに川崎さんをお迎えしてお祝いしましょう。
お待ちしています。
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2017/11/17

『中國新聞』に谷本賞記事掲載  掲載雑誌・新聞

『中國新聞』に、谷本清平和賞受賞の関連記事が掲載されました。

「原爆の図」継承で功績 谷本清賞 丸木美術館に贈呈
 ―2017年11月14日付『中國新聞』
 http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=78175

天風録「命の線引き」
 ―2017年11月17日付『中國新聞』
 http://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=389018&comment_sub_id=0&category_id=143

「命の線引き」は、受賞スピーチについて触れてくださっている記事です。
お世話になった記者の皆さま、どうもありがとうございました。
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2017/11/8

『毎日新聞』に高畑勲さん・アーサー・ビナードさん対談記事掲載  掲載雑誌・新聞

原爆の図丸木美術館50周年 「絵に巻き込まれる」 高畑勲さん・ビナードさん対談
 ―2017年11月8日『毎日新聞』朝刊埼玉版

https://mainichi.jp/articles/20171108/ddl/k11/040/152000c

以下は、記事からの一部抜粋です。

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 高畑さんは対談で、「私設の美術館が立派に現在まで50年を過ぎてきたことは、もう『奇跡』と呼ぶしかない」とたたえた。高校生時代に巡回展で初めて「原爆の図」を見て、「理解できなかった」としつつ、「原爆への恐怖、嫌悪は植え付けられた」と語った。

 その後、「『原爆の図』にまともに対面したくない気持ちがずっとあった」という。対談に先立って今年9月に初めて同館を訪ね、「『原爆の図』と対決するつもりで訪ねたら、圧倒されて、とても対決どころではなかった。あの絵は大変な絵だ」と評価した。

 原爆投下が正当化されてきた米国出身のビナードさんは「(絵の中の)1人の人間と目が合い、自分が巻き込まれ、当事者になった感覚がした。それが自分の視点を変えてくれた」と説明。そのうえで「(実物は)画集で見るのと全然違う。『原爆の図』は特にそれが大きい」と強調した。

 集いを企画した同館学芸員の岡村幸宣さん(43)は「『原爆の図』がどのような絵なのか、繰り返し考え続けることが、とても重要ではないか。新しく読み直し、ゆっくり掘り下げていくことが必要だ」と訴えた。


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この対談については、1月発行の『丸木美術館ニュース』でも報告記事を掲載予定です。
取材してくださった埼玉東支局の木村健二支局長、どうもありがとうございました。
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2017/10/20

『毎日新聞』コラム「憂楽帖」に丸木スマ紹介  掲載雑誌・新聞

『毎日新聞』夕刊のコラム「憂楽帖」に、小国綾子記者が“丸木スマと「原爆の図」”と題してコラムを書いて下さいました。

https://mainichi.jp/articles/20171020/dde/041/070/067000c

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 私が丸木美術館(埼玉県東松山市)で見たのは19歳の時。炎の赤と黒で大勢の死を描いた「原爆の図」と、生命力に満ちた生き物をカラフルに描いたスマさんの絵。二つは正反対に見えた。「色が張り合うていいじゃろう」と黄色いヒマワリに群青色の葉を描くような、スマさんの誰も「脇役」にしない絵の方に、若い私は励まされた。

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記事にあるように、まだ学生のころから丸木スマの絵のファンだったという小国記者。以前にご著書を拝見していたこともあり、取材の際には話が弾みました。

丸木美術館で、「原爆の図」とともに観るスマの絵の重要さを受け止めてくださったようです。
短いコラムの中に、思いを込めて下さいました。
どうもありがとうございました。
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2017/9/16

『中國新聞』コラムに「丸木スマ展」  掲載雑誌・新聞

丸木スマの「小宇宙」
 ―2017年9月16日付『中國新聞』「潮流」欄

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広島のホテルで、朝、部屋に新聞を届けてくれるサービスがあったので中國新聞をお願いしたら、ちょうど、今日の「潮流」欄に、論説委員の森田裕美さんが丸木スマのことを書いて下さっていました。
つい先日、開幕直後の「丸木スマ展」を見に丸木美術館まで来て下さったばかり。
原爆文学研究会の日に掲載を合わせて下さったのでしょうか。
どうもありがとうございます。
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2017/9/13

『埼玉新聞』に「丸木スマ展」紹介  掲載雑誌・新聞

無垢な心で色鮮やかに「丸木スマ展 おばあちゃん画家の夢」
 ―2017年9月13日『埼玉新聞』埼玉ミュージアム欄

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さっそく、埼玉新聞が特集を組んでくださいました。
小出菜津子記者、どうもありがとうございます。
「丸木スマ展 おばあちゃん画家の夢」開催中です。
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2017/8/26

『朝日新聞』にミリキタニ展紹介  掲載雑誌・新聞

NYの路上、原爆伝えた日系人画家 没後5年広がる共感
 ―2017年8月26日付『朝日新聞』夕刊

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ヒロコ・マイスケ氏撮影

http://digital.asahi.com/articles/ASK8G3PJ7K8GUHBI00D.html?rm=600

現在開催中の「ジミー・ツトム・ミリキタニ展」が朝日新聞夕刊で紹介されました。
取材をして下さったのは、清宮涼記者。ジミーの親戚にあたる詩人ジャニス・ミリキタニのコメントをしっかりととっているのはさすがですね。

以下、記事からの一部抜粋です。

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 ミリキタニ氏は01年にはニューヨークで同時多発テロを目の当たりにし、イスラム教徒に対する排外主義が広がったことに日系人の強制収容の歴史を重ねていた。トランプ米大統領は今年、イスラム教徒の多い国々からの入国を禁じる大統領令を出した。ミリキタニ氏のいとこの娘で、幼少期に日系人強制収容所を経験したサンフランシスコ在住の詩人、ジャニス・ミリキタニさんは「ジミーはどんな境遇でも、美や不正を芸術で力強く表現していた。トランプ大統領は異なるルーツや宗教を持つ人々の生活を顧みず、家族や愛する人を引き裂いている。今まで以上に、日系人の強制収容の歴史を思い出すことが重要だ」と話す。

 路上で手に入る裏紙にボールペンやクレヨンで独特のタッチの絵を描いていたミリキタニ氏が、実際に日本画の教育を受けていたことも近年わかってきた。広島市の親戚宅から、50年代ごろに描いていた墨絵などの日本画が見つかったためだ。

 ニューヨークでミリキタニ氏を写真に収めていた東京都在住の写真家佐藤哲郎さんは「日本画を学んだ上で自分のオリジナルを確立する境地にいたことがやっとわかった」と話す。ミリキタニ氏はいつも強制収容所や原爆について話していたという。「生まれた米国に裏切られ、悔しかったのだと思う」

 埼玉県東松山市の原爆の図丸木美術館では9月2日まで、ミリキタニ氏の作品を約50点展示している。関東圏の美術館での展示は初めてだという。学芸員の岡村幸宣さんは「ミリキタニ氏は、たった一人で世の中を変えるために立ち向かっていた。少数者が疎外されがちな今、学ぶことは多い」と話している。


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展覧会は9月2日(土)まで。どうぞお見逃しなく。
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2017/8/7

『朝日新聞』に「金子兜太が詠む原爆の図」掲載  掲載雑誌・新聞

金子兜太が詠む原爆の図 想起した「爆心地のマラソン」
 ―2017年8月7日付『朝日新聞』朝刊文化欄
http://www.asahi.com/articles/ASK844JLYK84UCLV007.html

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先日来館された俳人の金子兜太さんの企画記事を、小川雪記者が書いて下さいました。
以下、記事の前半部分のみ抜粋します。

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「これは、群衆ですな。妙なリアリティーがある」。展示室に足を踏み入れた瞬間、金子さんがつぶやいた。炎に包まれ、水を求めて逃げ惑う人々。折り重なる死体の山。作品はどれも、大勢の人間で画面が埋め尽くされている。同館学芸員の岡村幸宣さん(43)が「丸木夫妻が最も伝えたかったのは生身の人間の痛み。どの絵にもキノコ雲を描かず、あくまで人間を描いた」と説明する。

 金子さんは、原爆の図を印刷物では見たが、実物は初めて。焼けただれた体でさまよう人々を描いた第1部「幽霊」をじっと見つめるうち、自句を口ずさんだ。

 《彎曲し火傷し爆心地のマラソン》

 1961年に、転勤先の長崎で詠んだ代表句の一つ。爆心地に至る峠道を走ってくるランナーを見て「人間の体がぐにゃりと曲がり、焼けて、崩れる映像が浮かんで」生まれた句だ。「この句と原爆の図に重なる部分がある」。金子さんは俳句を「優れた映像的イメージを頭の中で作り出し、それを書きとめたもの」と捉える。両者とも、表現者の内的衝動の結実であり、湧きあがる映像を感じるという。


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記事の反響はとても大きく、企画して下さった小川記者、そしてお忙しい中、来館してくださった金子さんと息子さんご夫妻には、本当に感謝です。

慌ただしい〆切にもかかわらず、《原爆の図》について詠んでくださった金子さんの句。

 《被爆直後夫妻の画象大きく太し》

「原爆の図は人間の精神を太くする」という言葉とともに、しっかり覚えていたいと思います。
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2017/8/5

『東京新聞』夕刊1面に「丸木美術館50周年」記事掲載  掲載雑誌・新聞

<親子で学ぶぅ>戦後72年 「原爆の図 丸木美術館」50周年
 ―2017年8月5日『東京新聞』夕刊1面

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201708/CK2017080502000250.html

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共同通信の子ども向けニュースの配信記事が、『東京新聞』夕刊1面に掲載されました。
ひろしま忌を前に、大きな扱いで紹介されて、とても驚きました。
以下は、記事からの一部抜粋です。

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 人間をほぼ等身大で描いた「原爆の図」は、全部で十五作品あります。作者の画家の丸木位里(まるきいり)さん、丸木俊(とし)さん夫妻(ふさい)は、原爆投下のすぐ後に広島に行き、苦しみ亡くなっていく人を見ました。原爆の図には体を焼かれる人、水を求めさまよう人、骸骨(がいこつ)、ウマやイヌ、植物などが描かれています。
 「原爆の図には『命』が描かれている」と岡村さん。それぞれの「命」が受けた「痛(いた)み」を、ていねいに、やさしいまなざしで伝えています。「その命は、自分たちと同じ命なんです」
 岡村さんは「原爆の図は七十二年前だけを描いていない」と言いました。「今の地球にも、同じような痛みをかかえている人がいるかもしれない。自分のすぐそばで、ちがう形の痛みを感じている人がいるかもしれない」
 他者の痛みを、自分に引きつけて考えることは、相手のことを考える力にもなる−。描いた丸木夫妻は原爆の事実だけでなく、未来へのメッセージを絵にこめたのでしょう。だから「原爆の図を、今の子どもたちに見てほしい」と岡村さんは願っています。


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