2014/4/10

『沖縄タイムス』に“木下晋展”紹介記事寄稿  執筆原稿

2014年4月10日付『沖縄タイムス』朝刊文化欄に、現在、沖縄県立博物館・美術館で開催している「木下晋展 生命の旅路」(5月6日まで)の紹介記事を寄稿しました。

ちょうど沖縄滞在中のタイミングだったので、掲載紙を入手することができました。

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まだ沖縄の展示は見ていないので、展評というよりは、自身が立ち上げた展覧会企画の紹介と沖縄開催の意義を記した内容ですが、記事を読んで下さった方が、木下さんに共感し、美術館に足を運んで頂けるようにという思いを込めています。

さっそく、沖縄展の企画担当のKさんからも、「沖縄の人々への投げかけで締めていただき、多くの読者が心ひかれる文章だと思います」と、ありがたいご感想を頂きました。
丸木美術館での展覧会のときは、『東京新聞』の記事を機に多くの方が来て下さったので、沖縄でも、これから大勢の方に見て頂けると、本当に嬉しいです。
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2014/3/8

『EXPOSE』創刊号・大石又七特集  執筆原稿

写真家の新井卓さんが、タブロイド判の新雑誌『EXPOSE』を創刊されました。
第1号は、第五福竜丸元乗組員の大石又七さんの特集です。
表紙は、新井さんが撮影した大石さんの肖像の銀板写真。

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内容は、「第五福竜丸展示館 2012.12.12」、「マーシャル諸島近海 1954.3.1」、「第五福竜丸展示館 2013.9.11」という新井さんの3本のエッセイと、《第五福竜丸の多焦点モニュメント》、《2011年3月11日、等々力緑地、1954年アメリカの水爆実験によって第五福竜丸に降下した死の灰》という2作の銀板写真。小沢節子さんの「つながりながら、開かれてゆく――大石又七さんからの贈り物」、岡村の「小さな墓碑」という短い文章も収められています。

新井さんから、「新しい雑誌」を作りたい、という話を聞いたのは、一年ほど前のことだったように記憶しています。
そのときには文章を寄せてほしいというお誘いを二つ返事で引き受けながら、彼がどんなかたちを作り上げていくのか、とても楽しみに待っていました。
ビキニ事件からちょうど60年目の3月1日という日に新雑誌ができてきたのも、何か不思議な因縁のように思います。

第五福竜丸の撮影を経て“モニュメント”についての思索を深める新井さんと、そして今の時代における大石さんの“闘い”の意味を解きほぐしていく小沢さんの文章は、心を打たれるお勧めの内容。
現代企画室の編集者・小倉裕介さん、デザイナーの上浦智宏さんの丁寧なお仕事で、洗練された紙面になっています。

販売価格は300円。丸木美術館でも入荷し、さっそく美術館入口で販売を開始しています。
ぜひ多くの方に見て頂きたい、鋭敏な感覚を備えた雑誌です。
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2014/3/2

岩波ブックレット『3.11を心に刻んで 2014』  執筆原稿

岩波書店より、3月4日発行の岩波ブックレットNo.894『3.11を心に刻んで 2014』(岩波書店編集部編)が届きました。

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このブックレットは、2011年の東日本大震災・福島第一原発事故のあと、さまざまな分野の執筆者に毎月書き継がれてきたウェブ連載の第3期分を収録したもので、そのほかに被災地の現在を伝え続ける河北新報社の現地ルポ「歩み」と、同紙記者による書下ろしも加えられています。

以下に目次を書き出します。

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T 3.11を心に刻んで
 2013年3月11日 田口ランディ ロジャー・パルバース 細谷亮太
      4月11日 岡野八代 舩橋淳 若松英輔
      5月11日 大島ミチル 落合恵子 かこさとし
      6月11日 宇野重規 川村湊 菅野昭正
      7月11日 大島幹雄 岡村幸宣 瀬戸山玄
      8月11日 佐藤直子 高橋卓志 津村節子
      9月11日 高野寛 中野晃一 半藤一利
      10月11日 近藤ようこ 滝田栄 村田喜代子
      11月11日 小沢節子 斉藤とも子 宮地尚子
      12月11日 金原瑞人 北原みのり もんじゅ君
 2014年1月11日 大友良英 千田有紀 松永美穂
      2月11日 岩崎稔 小森陽一 朴日粉

U 歩み 2013年 河北新報社
 宮城県名取市・閖上地区
 福島県・浪江高校/なみえ交流館
 宮城県石巻市・石巻水産復興会議


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丸木美術館に関わりがあった方では、昨年4月にトークをして下さった作家の落合恵子さんや、神宮寺住職の高橋卓志さん、《原爆の図》研究で知られる歴史家の小沢節子さん、一昨年夏に被爆ピアノコンサートで詩の朗読をして下さった俳優の斉藤とも子さんが執筆をされています。

私も、7月11日の回に「もっとも悲しく、辛いことを、もっとも美しく描くことができれば、私は本望なのではないか」という丸木俊の言葉(映画『水俣の図・物語』土本典昭監督)を引用してエッセイを書かせて頂きました。

「3.11」から間もなく3年。時は少しずつ流れていきますが、忘れられないこと、忘れてはいけないこと、それらをもう一度自分の心の中で確認するために、私もこのブックレットをじっくりと読み進めていきたいと思っています。
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2014/2/20

河出書房新社「『はだしのゲン』を読む」刊行  執筆原稿

昨日、河出書房新社から、「『はだしのゲン』を読む」(河出書房新社編集部/編、2014年2月24日発売予定、定価1600円+税)の見本誌が届きました。

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表紙の写真は、ゲンのトレードマークとも言える学帽を上から見たイメージです。
「なぜ、このマンガはくりかえし復活するのか――」
「〈反戦・反核・平和〉だけに収まらない恐るべき力を、各界の俊英たちが読み解く」
「日本の戦後史のすべてが描かれた、恐るべきマンガの核心へ」
という謳い文句が帯に記されていますが、総勢19名のインタビューや論考、エッセイが収められた、非常に読み応えのある濃厚な一冊です。

以下に、目次を書き出します。

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●インタビュー 田口ランディ 命を語る「モノ」の言葉
●インタビュー 佐々木中 ゲン、爆心地の無神論者――『はだしのゲン』が肯うもの
●インタビュー 卯城竜太(Chim↑Pom) マンガの分際、アートの分際
●論考 岡村幸宣 原爆表現史と『はだしのゲン』
●論考 呉智英 陳腐化した正義の枠を超えて――『はだしのゲン』を読み抜くために
●論考 陣野俊史 そのまま読むことの難しさについて
●論考 東琢磨 忘れさせてたまるか/ええから/うたえ/さわぐんじゃ
●論考 竹内美帆 マンガ論と『はだしのゲン』
●エッセイ 山下陽光 猿楽町をゲンと歩く
●論考 みち(屋宮大祐) ゲンはどこへ向かったのか――インターネットで『はだしのゲン』を読む
●エッセイ ガイ/大小田伸二 「TO FUTURE」より
●エッセイ 相澤虎之助(空族) ゲン・ザ・ギャングスター
●エッセイ 工藤キキ 人間は進歩せんわい
●論考 酒井隆史+HAPAX 四つのモチーフについて
●論考 森元斎 地を這う精神
●論考 マニュエル・ヤン 絶対零度プロレタリアの逆襲――『はだしのゲン』と戦後民主主義の理念
●論考 友常勉 ギギギ――私闘するテロリスト漫画
●論考 岡和田晃 「核時代の創造力」と子どもの「民話」――『はだしのゲン』への助太刀レポート
●論考 磯前順一 無垢なるナルシシズム――『はだしのゲン』と戦後日本の平和主義の行方


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この企画は、昨夏の『はだしのゲン』の閲覧制限問題を踏まえて立ち上がったと聞いていますが、その一方で、「反戦(反核)平和の象徴」という従来のイメージを乗り越える新たな作品の読み込みを目指す試みでもあります。いずれにしても、作者が逝去し、作品の“脱神話化”が必要とされる時期に来ているのでしょう。

私も岩波ブックレット『非核芸術案内』の延長として、「原爆表現史と『はだしのゲン』」と題し、丸木夫妻の原爆の図第1部《幽霊》、やChim↑Pom《ヒロシマの空をピカッとさせる》、宮川啓五《太田川》、高山良策《矛盾の橋》などの作品を紹介しつつ、『はだしのゲン』が、自らの「体験」を後の時代から俯瞰する視線によって、単眼的な体験談を越えた「物語」として立体的な奥行きを生み出す作用を果たしている点を指摘する論考を書かせて頂きました。

さまざまな視点から読み解かれる『はだしのゲン』の多層的な魅力。
この意欲的な企画によって生まれてきた一冊が、『はだしのゲン』研究に新たな道を拓き、時代を超えて多くの読者に読み継がれていくことを期待します。
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2013/12/4

岩波ブックレット『非核芸術案内』刊行  執筆原稿

岩波書店より、ブックレット『非核芸術案内 核はどう描かれてきたか』が刊行されました。

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 芸術は人間の営みのなかから生まれてくる.その営みに直結する問題である核の脅威と対峙するなかで,「非核芸術」と呼ぶべき作品があらわれ続けることは,決して不思議ではない.

 「芸術の役割は見えるものを表現することではなく,見えないものを見えるようにすることである」とは,画家のパウル・クレー(1879-1940)の残した言葉だ.もちろんクレーの言う「見えないもの」とは魂の領域を指すのだろうが,それも含めて,核に対峙する芸術を思うとき,この言葉が頭をよぎる.核の脅威,とりわけ放射能を人間は知覚できない.その危険性を隠そうとする社会的な力が働くことも少なくない.「非核芸術」の歩みは,「見えない」核を「見える」ものとしてあばき出す試みの連続であったと言える.

 芸術には,時代を越えて語り継ぐ物語となって忘却を防ぐ力がある.それぞれの時代に何が記憶されてきたのかを見つめなおすことは,「3.11」後を生きる私たちの現在,そして未来を照らすことにもつながるはずだ.

 まずは,1945年以後,脈々と受け継がれてきた「非核芸術」の系譜をたどり,「非核芸術」とは何か,そして,その多様な表現がもたらすものの意味について,考えていきたい.


(「はじめに」より)

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/2708870/top.html

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岩波書店編集部の吉田浩一さんをはじめ、本書の執筆においてお世話になった皆さま、とりわけ、日頃からさまざまなご教示を頂いている近現代史研究者の小沢節子さんには、心より御礼を申し上げます。

手もとに届いたブックレットをあらためて見ると、図版も非常に美しく掲載されています。
以下、参考までに、目次とともに図版で紹介している作品を書き留めておきます。

表紙
 丸木位里・丸木俊「原爆の図第3部《水》」(部分)1950年

はじめに
 シケイロス「都市の爆発」1936年

T 原爆を表現する
▼最初に原爆を伝えた絵画
 丸木位里・丸木俊「原爆の図第1部《幽霊》 」1950年/同「ピカドン」1950年
▼原爆を見た画家たち
 福井芳郎「昭和 20 年 8 月 6 日午前 9 時」1945年/同「炸裂後 15 分」1952年/深水経孝「崎陽のあらし」1946年
▼想像を超える破壊を描く
 古沢岩美「憑曲」1948年/山下菊二「オト・オテム」1951年/山本敬輔「ヒロシマ」1951年/増田勉「母子」1949年/鶴岡政男 「人間気化」1953年
▼置き去りにされる被爆者
 高山良策「矛盾の橋」1954年/上野誠「ケロイド症者の原水爆防止の訴え」1955年/中沢啓治「はだしのゲン」1973〜1985年
▼描けなかった記憶
 丸木スマ「ピカ―ゆうれい」1950年頃/「ピカのとき」1950年頃/大道あや「ヒロシマに原爆が落とされたとき」2001年

U ビキニ事件と原発
▼放射能の脅威
 ベン・シャーン「珊瑚礁の怪物」1957年/ゴジラ 1954年/岡本太郎「燃える人」1955年/手塚治虫「第五福竜丸」1985年
▼揺らぐ被害者意識と原発神話
 丸木位里・丸木俊「原爆の図 第 14 部《からす》」1982年/水木しげる「パイプの森の放浪者」1979年

V チェルノブイリ事故後の世界
▼汚染された大地
 貝原浩「風しもの村」1992年/本橋成一「無限抱擁」1995年
▼現実と虚構の間で
 こうの史代「夕凪の街 桜の国」2004年/石内都「ひろしま」2008年/ジミー・ツトム・ミリキタニ「原爆ドーム」制作年不詳/Chim↑Pom「ヒロシマの空をピカッとさせる」2008年

W 3.11 後の「非核芸術」
▼若者たちの挑発
 Chim↑Pom「LEVEL 7 feat.明日の神話」2011年/同「Red Card」2011年/風間サチコ「噫!怒濤の閉塞艦」2011年/同「獄門核分裂235」2011年
▼終わりのない物語
 壷井明「無主物」2012年〜/増田常徳「不在の表象 浮遊する不条理 A」2011年
▼歴史を重ね合わせる
 黒田征太郎「火の話」2011年/鄭周河「奪われた野にも春は来るか」2012年/池田龍雄「蝕・壊・萌」2011年
▼福島に希望はあるか
 ヤノベケンジ「サンチャイルド」2011年/安藤栄作「光のさなぎ」2013年
▼受け継がれる意志
 粟津潔・杉浦康平「原水爆禁止+核武装反対!」1959年/新井卓「2011年7月26日、飯舘村長泥、放射性のヤマユリ」2011年

おわりに

なお、岩波ブックレットは、小さな書店では在庫がない場合も多いので、お近くの書店あるいはインターネットでご注文いただくか、丸木美術館でもお取り扱いしておりますので、ご来館の際にお求めください。
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2013/11/19

岩波ブックレット『非核芸術案内』刊行のお知らせ  執筆原稿

本日、午前中に岩波書店へ伺い、12月4日に刊行される岩波ブックレットNo.887『非核芸術案内 核はどう表現されてきたのか』の色校正を行いました。
最後の画像使用の許可もどうにか間に合い、これで校正作業はすべて終了しました。
お世話になった編集者のYさんには、本当に心から感謝です。

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岩波ブックレットNo.887 非核芸術案内 核はどう描かれてきたか
 岡村幸宣 定価(本体600円+税)

広島・長崎から福島まで
忘却に抗い、核の脅威を視覚化し続けてきた「非核芸術」の系譜をたどる
【カラー図版多数】

丸木位里・俊《原爆の図》、ベン・シャーン《ラッキー・ドラゴン・シリーズ》、こうの史代『夕凪の街 桜の国』、ヤノベケンジ《サン・チャイルド》――1945年の広島・長崎への原爆投下から2011年の福島原発事故まで、核はどのように表現されてきたのか。忘却に抗い、核の脅威を視覚化し続けてきた「非核芸術」の系譜をたどり、人間と核との関係をあらためて問い直す。


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表紙に使用されているのは、原爆の図第3部《水》の母子像の部分。
広島・長崎の原爆投下から第五福竜丸の被ばく事件、チェルノブイリ原発事故、そして「3.11」後という4つの大きな章のなかで、全部で45点の作品画像(ほとんどがカラー図版)を紹介する内容です。

全国の書店はもちろん、丸木美術館でも取扱いますので、ぜひ、多くの方にご覧いただければと思っています。
ネットでの注文も、徐々に可能になってきているようです。
http://www.bookservice.jp/ItemDetail?cmId=6039989
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2013/8/1

広島県立美術館「ピース・ミーツ・アート!」展  執筆原稿

広島市内の3つの美術館がアートを通じて平和を発信しようという共同企画「アート・アーチ・ひろしま2013」が7月20日からはじまりました(10月14日まで)。
そのうち、広島県立美術館で開催中の「ピース・ミーツ・アート!」展には、丸木美術館から原爆の図第7部《竹やぶ》(前期展示)、第12部《とうろう流し》(後期展示)を貸し出しています。
担当の永井明生学芸員によれば、原爆の図は、石内都の写真「ひろしま」シリーズや、平山郁夫の《広島生変図》とともに展示されているとのことです。

先日、この展覧会の図録が手もとに届きました。
図録の冒頭では、永井学芸員が次のように記しています。

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 原爆と芸術との関係について少し考えてみたい。実際に被爆した方やその惨状を目撃した方が、その体験に基づいて創作した作品(美術に限らず、例えば小説等も含む)は、未来に引き継がれるべき貴重な証言である。しかし、それが特権的なものになってしまってはいけないと思う。「原爆を体験していない者に何がわかるのか(わからないだろう)」という圧力のようなものがあるとすれば、それはよくない。原爆を直接知らない者たちにも、この問題を切実なものとして意識したならば、積極的に考え、語り、創作していくべきである。そうしていかない限り、少しずつしかし確実に、ヒロシマは多くの人の意識から遠のき続ける。忘れられることにより、悲劇が繰り返される危険が増す。しかしまた、「広島に住んでいるのであれば、原爆をテーマにつくらないといけない」という無言の重圧というものもまた、あってはならないことである。つまるところ作家は、自由に、しかし真摯に、過去の歴史や現代社会、そして自分自身と向き合いながら作品を作り続けるしかないということだろう。震災と芸術についても、同じようなことが言えると思う。東日本大震災の発生から2年以上が経過し、その間実に多くの作家が、さまざまな取り組みをし、多様な作品を生み出してきた。そのいかなる活動も自由であるべきだし、同時に真摯であるべきである。そうして生み出された作品の多くが淘汰されながらも、その一部は次の世代へと継承され、未来へのアート・アーチが架けられていく。

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こうした永井学芸員の真摯な思いに後押しされながら、岡村も、“3.11後に「原爆の図」を見ることの意味”をテーマに図録に文章を書かせて頂きました。
広島に向けて「原爆の図」を語ること、まして3.11後の現在の視点から語ることの重さに、とても苦労した原稿でしたが、石牟礼道子さんが「原爆の図」について書かれた文章なども引用しながら、何とか書き上げました。
個人的には、何か憤ったような文章になってしまって、もう少しうまくまとめることができたのではないかと、原稿を手放すときに何度も逡巡したのですが、永井学芸員からは「いつになく熱く、自分の思いを率直に語っている」と温かい言葉をかけて頂いたので、少しばかり肩の荷が下りたようにも思いました。

ともあれ、文章の最後の部分の数行のみを紹介しておきます。

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 「3.11」という、私たちの生きる社会が根底から揺らぐような体験を経て、それから、まだあまりにも間がないというのに、世界はずるずると、亀裂の向こう側の死者たちを置き去りにして、まるで、なにごともなかったかのような顔で、もとの道を進んでいこうとしているように見える。そればかりではない。何代にもわたって生命を受け継いできた豊饒な大地を汚され、そこから追われた人びともまた、二度と埋めることのできない複雑な亀裂に分断され、引き裂かれているのではないか。
 深い罪を負った「許されない筈のにんげんたち」に、どうして魂を鎮めることなどできよう。
 この一見変わらず美しい、しかし、以前とは決定的に異なる亀裂だらけの世界のなかで、もがき苦しみ悩みながらも、「思い出す」ことのできない死者たちを、踏み台にするのではなく、まつり上げるのでもなく、ひとりひとりの等身大の“生”に少しずつでも近づこうと試みる。そのつとめを繰り返すことでしか、やはり私たちは生きていけないのではないか。


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広島市内の美術館で「原爆の図」が公開されるのは、1995年以来実に18年ぶり。
「ピース・ミーツ・アート」展会期中に、何とか広島まで足を運びたいと思っています。
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2013/7/11

岩波書店WEB連載「3.11を心に刻んで」  執筆原稿

2013年7月11日更新の岩波書店のWEB連載「3.11を心に刻んで」に、石巻若宮丸漂流民の会事務局長の大島幹雄さん、ドキュメンタリストの瀬戸山玄さんとともに、岡村のエッセイが掲載されました。
http://www.iwanami.co.jp/311/

この連載は、2011年5月からはじまった岩波書店初のWEB連載で、過去から蓄積されてきた言葉を書籍などより引き、その言葉に思いを重ねたエッセイを毎月3名の方が執筆するという内容。
すでに2011年5月〜2月分と2012年3月〜2013年2月分は、単行本としてまとめられています。

今回の執筆の前に、これまで記されたエッセイを通読したのですが、池澤夏樹さんやアーサー・ビナードさん、こうの史代さん、石牟礼道子さん、やなせたかしさん、川上弘美さん、田口ランディさん、かこさとしさん、落合恵子さんなどなど・・・さまざまな方が執筆されていて、とても読み応えがありました。

編集部のYさんよりこのお話を頂いた際、「WEB連載は、もちろん最終的には書籍化するという目的もあるのですが、それよりも、毎月3.11に立ち戻りながら、長いスパンで積み重ねていくことを大切にしたいという思いがあるのです」とおっしゃっていたことが心に残りました。

私がとりあげたのは、丸木俊の「もっとも悲しく、辛いことを、もっとも美しく描くことができれば、私は本望なのではないか。」という言葉。
Yさんからは、「自由な立場で、どんな言葉を選んで下さっても結構です」と言われていたので、せっかくの機会だから、ふだんの立場から離れて書かせてもらおうか……などと、いろいろ迷ったものの、最終的には、やはり丸木美術館学芸員として、3.11に立ち戻ることの意味を考えながら選びました。
http://www.iwanami.co.jp/311/DOCs/1307b.html

   *   *   *

そして、今週の岩波書店の編集会議で、『非核芸術案内 ――核はどのように描かれてきたのか』と題するブックレットを岡村が執筆することも正式決定いたしました。
刊行はまだ先の話なのですが、今回のWEBエッセイは、その前触れという意味も含んだ内容になっています。

ぜひ、この機会に、岩波書店の地道な取り組みにご注目頂ければと思います。
連載は、毎月11日に更新されています。
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2013/3/14

『東京新聞』に「非核芸術案内」最終回掲載  執筆原稿

2013年3月14日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」が掲載されました。
昨夏に5回、そして今春に6回、計11回続いた連載の最終回です。
紹介した作品は、1959年に粟津潔・杉浦康平が共同制作した第5回原水爆禁止世界大会ポスター《原水爆禁止+核武装反対!》と、新井卓の銀板写真《第五福竜丸元乗組員・大石又七》。
グラフィックデザイナーの粟津潔と、三軒茶屋の芸術スペースKENを主宰する粟津ケンさんの父子の物語を中心に、現在上映中の映画『〜放射能を浴びた〜X年後』などの紹介も盛り込みながら、渾身の思いを込めて、核に抗する芸術の意味を問う文章を書きました。
自分なりに、最終回にふさわしいまとめ方ができたのではないかと思っています。

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本当は、まだまだ紹介したい非核芸術がたくさんあるのですが、連載の流れのなかでどうしても紹介しきれない作品がでてきてしまい、それだけが心残りです。
また、いつか発表の機会がありましたら、続きの非核芸術を取りあげていきたいと思っています。
お世話になった担当のH記者はじめ東京新聞の皆さま、そして快く連載に協力して下さった作家および関係者の皆さまに、心より御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。
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2013/3/7

『東京新聞』に「非核芸術案内」第5回掲載  執筆原稿

2013年3月7日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」続編の第5回が掲載されました。
今回は、これから私たちがどう生きるか、ということを考えさせられる現在進行形の作品やパフォーマンスなどの表現活動を紹介する、より「案内」らしい内容を目ざしてみました。
とりあげたのは、パフォーマンス・アーティストのイトー・ターリさんの《放射能に色がついていないからいいのかもしれない・・・と深い溜息・・・をつく》、水戸芸術館で開催された「高嶺格のクールジャパン」展、今日からはじまる劇団Ring-Bongの公演「あとにさきだつうたかたの」、そして彫刻家・安藤栄作さんの《光のさなぎ》でした。

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「高嶺格のクールジャパン」展は、すでに2月に終了してしまいましたが、イトー・ターリさんのパフォーマンスは、3月23日(土)午後3時に栃木県立美術館で開催中の「アジアをつなぐ−境界を生きる女たち1984-2012」展の一環として行われます。
また、劇団Ring-Bong第3回公演「あとにさきだつうたかたの」は3月7日〜12日にサイスタジオコモネAスタジオで上演中(問い合わせは華のん企画03-6904-2448)。「安藤栄作展」は、3月16日(土)までa piece of space APS & ギャラリーカメリアで開催中、また、原爆の図丸木美術館でも4月20日から7月6日まで開催予定です。

芸術作品は、やはり生で観ることが大事、という性質のものだと思いますので、ぜひ、ご興味のある方は、実際に足を運んで生の表現をご覧になって下さい。
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2013/2/28

『東京新聞』に「非核芸術案内」第4回掲載  執筆原稿

2013年2月28日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」続編の第4回が掲載されました。
今回は、福島原発事故後に刊行された黒田征太郎の絵本『火の話』(石風社、2011年)とアーサー・ビナードの写真絵本『さがしています』(童心社、2012年)を中心に、細江英公の実験映像『へそと原爆』(1960年)や松谷みよ子の児童文学『ふたりのイーダ』(講談社、1976年)、原爆をテーマにした佐藤忠良や松井エイコの紙芝居にも少し触れています。
神話的物語と遺品の「声」――マクロとミクロの視点から核を問う、というのが、今回の隠れたテーマにもなっています。

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黒田征太郎さんのイラストレーションは、とても色彩がきれいなので、モノクロ紙面になってしまったのがちょっと残念でしたが。
紙面でも触れていますが、アーサーさんは現在、《原爆の図》をもとにした紙芝居を構想中。
これまでにも、手記集『原爆の子』を題材にした佐藤忠良の『平和のちかい』(1952年、教育紙芝居研究会、現在は童心社より復刊)や、近年では松井エイコの『二度と』(2005年、童心社)など原爆をテーマにした紙芝居はあるのですが、アーサーさんが新たな紙芝居と非核芸術の可能性をどのように拓いていくのか、非常に楽しみです。
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2013/2/21

『東京新聞』に「非核芸術案内」第3回掲載  執筆原稿

2013年2月21日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」続編の第3回が掲載されました。
今回は、現在特別展示開催中の壷井明さんの《無主物》、そして増田常徳さんの《不在の表象 浮遊する不条理A》を取り上げました。
福島の人たちの声を聞き、絵物語化して伝える壷井さんと、原発事故を起こした社会を哲学的に掘り下げて絵画化する増田さんの作品を対比しています。

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前回に引き続き、迫力の紙面拡大版。担当のH記者によれば、このまま最後までこの大きさで掲載していただけそうです。
壷井さんの作品も、これだけ大きいと細部をよく見ることができます。
記事中でも触れましたが、苦しみの渦中にある人びとの言葉に耳を傾け、表現しようとする壷井さんの試みは、丸木夫妻の《原爆の図》などの非核芸術のひとつの系譜を、現代によみがえらせたように思います。
“苦悩続く限り 未完成”という見出しもいいですね。

今日は「新聞を読んできました」というお客さんもいて、記事の反響を感じています。
壷井さんの作品は、4月14日まで丸木美術館で展示しています。
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2013/2/14

『東京新聞』に「非核芸術案内」第2回掲載  執筆原稿

2013年2月14日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」続編の第2回が掲載されました。
中沢啓治と池田龍雄という、戦争と原発事故を同時代に体験した表現者を取り上げています。

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実は今回、担当のH記者の御厚意で、掲載スペースが1.5倍に増量されました。
「はだしのゲン」を小さな画像で掲載すると文字がよく読めない、という理由もあるのですが、やはり画像が大きいと迫力のある記事になるのですね。
また、「はだしのゲン」の画像は、広島平和祈念資料館のご協力により、原稿をそのまま掲載することができました。右下の「少年ジャンプ 第38号」という原稿印にもご注目下さい。
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2013/2/7

『東京新聞』に「非核芸術案内」第1回掲載  執筆原稿

2013年2月7日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」の続編の掲載がはじまりました。
これから3月14日まで6週ほど、毎週木曜日に連載させていただきます。
第1回目はChim↑Pomと風間サチコという若手世代の非核芸術をとりあげています。

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紹介した作品は、Chim↑Pomの《LEVEL7 feat「明日の神話」》、風間サチコの《噫!怒濤の閉塞艦》、そして画像はありませんが風間さんの《獄門核分裂235》にも言及し、そのほか、Chim↑Pomの《ヒロシマの空をピカッとさせる》やRCサクセションの「ラブ・ミー・テンダー」や「サマー・タイム・ブルース」、ザ・ブルーハーツの「チェルノブイリ」といった反原発ロックにも少しだけ触れました。

漫画やアニメなどのサブカルチャーの影響を受けた新たな世代によって、従来とは異なる展開を見せる非核芸術。
それでも、多くの人が見ようとしない、あるいは政治的に隠される「見えない」核に対峙して、本質をさらし出そうという腹を括った覚悟は、いつの時代も変わらない非核芸術の真髄なのだ、という内容です。

次回、2月14日掲載分では、戦争を体験した世代の視線として、中沢啓治と池田龍雄を紹介する予定です。
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2013/2/4

『東京新聞』「非核芸術案内」続編連載のご案内  執筆原稿

‎2月7日から毎週1回木曜日の『東京新聞』朝刊「3.11後を生きる」欄で「非核芸術案内」を連載いたします。3月14日まで計6回の予定です。
昨夏、5回ほど広島の原爆投下から第五福竜丸、スリーマイル、チェルノブイリ、福島へと続く「非核芸術案内」を連載しました。

第1回 http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1940.html
第2回 http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1946.html
第3回 http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1952.html
第4回 http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1961.html
第5回 http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1963.html

今回はその続編という位置づけですが、前回に歴史的な系譜をたどっていったので、3.11にかかるということもあり、福島原発事故につながる内容で書いていくつもりです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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