2005/9/9

9月1日(木)  分類なし

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▲万里の長城での記念撮影

中国出張5日目
北京に来て初めての快晴。中国美術館の唐さんに引率され、アメリカの現代美術家エドワード・バーンスタイン夫妻と通訳の陳臣さんの5人で万里の長城(八達嶺)を訪れた。朝の自己紹介時に気軽に「エドと呼んでくれ」と言われたので、私は「アメリカから来たエドとウェンディ夫妻」と思って気軽に話していたのだが、翌日の展覧会のレセプションになって初めてバーンスタイン氏であることに気づき、冷や汗の出る思いがした(しかし、その後もエドは「今まで通りエドと呼んでくれ」と言っていたので、以下、エドと呼ばせていただく)。エドは長城に向かうバスの中で『原爆の図』について「たいへん美しく、素晴しい作品だ。私はアメリカ人だが、合衆国政府とは違う考え方を持っている。私は戦争を憎んでいる」と話していた。午後は長城の帰りに頤和園(西太后の夏の離宮)を散策。夕方北京に戻って解散。午後7時30分から首都劇場で『屠夫』という題の、ナチス・ドイツの侵攻に翻弄されるウィーンの肉屋を主人公にした新劇を観る。重い主題ではあるが、全体的に喜劇性の強い軽快な劇だった。隣の席で陳臣さんが小さな声で日本語に訳し続けてくれたおかげで、内容もかなり理解できた。
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2005/9/8

8月31日(火)  分類なし

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▲開封作業の様子

中国出張4日目
午前中、中国美術館の展示室で『原爆の図』6点の開封作業に立ち合う。途中、記者会見から流れてきた記者たちに囲まれて、様々な質問を受けた。みな同世代の若い記者ばかりで、ときおり笑い声も起る和やかな取材となった。主な質問に対する返答は以下の通り。
―作品の輸送に高額なお金がかかったそうですが、それはなぜですか?
「破損しやすく、しかもたいへん貴重な作品なので、中国美術館には最大限の注意を払ってもらうことになりました」
―なぜ『原爆の図』全作品を持ってこなかったのですか?
「日本にある私たちの美術館を空っぽにするわけには行きませんから」
―若い世代として、この作品を持って中国に来ることにプレッシャーはありませんか?
「私たちの世代が、60年前の戦争の記憶を継承することはとても重要だと考えています。そのため、プレッシャーというよりはむしろ嬉しい気持ちの方が強いです」
―この展覧会に参加することで、日本政府から圧力はかかりませんでしたか?
「特に圧力は感じていません」
―60周年という年に『原爆の図』が中国に展示されることの意味をどう考えますか?
「この重要な年に中国美術館から招待されたことは、私たちにとってたいへん光栄なことでした。『原爆の図』が日本と中国の人民のあいだに新たに良好な関係を生み出すことができれば、それはたいへん素晴らしいことだと思います」
午後は『原爆の図』の展示作業に立ち合い、展示についての意見交換などもしながら、一日じゅう美術館の展示室で過ごした。
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2005/9/8

8月30日(月)  分類なし

中国出張3日目
今日も午前10時に中国美術館へ行くが、まだ『原爆の図』は到着していないとのこと。そこで通訳の陳臣さんにお願いして、天安門広場にある中国国家博物館へ行った。ここでは侵華日軍南京大虐殺史料展という無料特別展が開催されていた。常設展示室も見学したのだが、南京の特別展示は常設展示室より多くの人が会場内にあふれ、ゆっくり見学することのできないほどの混雑ぶりだった。陳臣さんは、常設展示はとても熱心に解説をしてくれていたのだが、南京の展示では、
「書いてあること、わかりますか……」
「うん、なんとなく。想像でね……」
と小声で言葉を交わしたきりになってしまった。
午後は、「北海公園の池で船に乗りましょう!」という陳臣さんの提案を受けて、遊覧船に乗り、公園のなかを散策した。
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2005/9/8

8月29日(月)  分類なし

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▲中国美術館外観

中国出張2日目
午前5時頃目を覚ます。中国の朝は町全体が騒がしい。王府井教会や首都劇場を通り中国美術館までの大通りを散歩する。午前10時に通訳の陳臣さんが迎えに来て、中国美術館へ。『原爆の図』はまだ到着していないというので、館内の展示をひと通り見学する。館内は広くてとても明るい。ほとんどが平面作品の展示で、書を展示している部屋もあった。2階にはダビッドのナポレオンの大きな油彩を中心に、フランスの版画や写真を紹介する企画展が行われていた。美術館の食堂で田達治さんと昼食をとる。中国美術館の企画展はヨーロッパの紹介が多く、これまで日本人作家の展示はほとんどなかった(書の展示はあった)とのこと。本格的な紹介は丸木夫妻が初めてらしい。午後は通訳の陳臣さんに故宮を案内していただく。
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2005/9/8

8月28日(日)  分類なし

中国出張1日目
午後2時頃北京空港到着。中国美術館編集部の田達治さんと通訳の陳臣さんが出迎え、宿泊先の台湾飯店まで車で送って下さる。出発までの多忙のせいか頭痛がひどく1時間ほど眠る。夕方5時に陳臣さんから「夕食に行きましょう」とのお誘いの電話。今回の展覧会責任者の陳履生さんと田達治さん、学芸員の安雪さんたちと杭州料理を食べに行く。さっぱりしていて、とても美味であった。まだ疲れが残っているため、午後8時には寝てしまった。
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2005/8/27

学芸員出張中  分類なし

中国出張のため9月2日まで不在になります。
ブログ再開は9月3日以降になりますので、御了承下さい。
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2005/8/27

8月27日(土)  分類なし

中国出張
『原爆の図』作品展示に同行するため、明日から中国へ出張する。その準備もあって、今日は午前中のみの出勤で退館。出張中(8月28日〜9月2日)の滞在先は北京の台湾飯店(電話86-10-65136688 FAX 86-10-65136896)の予定。

今月の入館者
8月26日時点で、今月の個人入館者は2,690人。団体入館者は241人。合計2,931人は昨年(1,734人)、一昨年(2,092人)と比較してもかなり多かった。とくに、個人入館者の多さが目立ち、8月1日の朝日新聞記事をきっかけにした一連の「存続危機」報道の影響の大きさがうかがえた。月末の集計では3,000人突破が予想される。

Y子さんからの報告
新宿駅ビル・マイシティ地下1階(JR東口改札を出て左へまっすぐ地下道への降り口にあり)の喫茶店BERCが丸木美術館緊急支援カンパに協力して下さっています。
レジの脇に丁寧に作ったカンパ箱を置き、店内には美術館チラシを設置してくれています。この店のお勧めはギネス(Y子さんいわく日本で一番美味しいそうです!)とホットドッグ、それにコーヒーも美味しいです。9月11日のワールド・ピース・ナウのフリーマーケットで丸木美術館支援の出展をして下さるそうです。
みなさんぜひお立ち寄りの上、お礼を言って下さい!

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2005/8/26

8月26日(金)  分類なし

【今日の入館者】49人

「日韓五世代の対話」展 準備
中国出張に行く前に、日韓五世代の対話展の出品作家のみなさんに展覧会の概要と企画展チラシ案、会場見取り図案を作成し、お送りする。日程の変更・調整などでいろいろと難問の多かった展覧会だが、一応の目途がつきつつあるように思える。
後はN事務局長とY子さんに引き継ぎをして、留守中にチラシ入稿等の準備を進めてもらうことにする。

『原爆の図』中国展示と学芸員の本来の仕事
いよいよ明後日から中国出張。先方の招待による出張なので、何か役得のように思われているような気もするが、あくまで作品に帯同する随行人としての出張だ。所蔵作品の輸送展示と作品の状態を、はじめから終わりまで同じ人間が細心の注意を払って確認しながら事故のないように付き添うのは学芸員の基本的な仕事である。
今日、中国側から帰りの作品帯同の件で連絡があったが、一般的には行きに帯同した学芸員が再び作品とともに帰国するのが妥当だと思う。まあ、そうは簡単に行きそうもないのがこの美術館。学芸員としては複雑な思いもある。

展覧会情報
「原爆展」
主催:親江会(江戸川在住被爆者の会)
会場:タワーホール船堀1階展示場T、U
日程:8月26日(金)〜31日(水)
時間:午前10時〜午後8時30分(入館は午後8時まで、最終日は正午まで)
展示:丸木美術館所蔵『原爆の図』写真パネル15点
   広島平和祈念資料館所蔵「サダコと折り鶴ポスター」
   東京大学総合研究博物館巡回展「石の記憶」展―ヒロシマ・ナガサキ―被爆試料に注がれた科学者の目
※8月30日(火)には江戸川平和コンサートが開催されます。
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2005/8/26

8月25日(木)  分類なし

【今日の入館者】18人(招待1人)

台風
台風による大雨の影響か、今日の入館者は8月に入ってもっとも少ない18人だった。
雨のなか、事務局のY子さんはワゴン車を走らせて江戸川区の船堀まで作品を搬送する。タワーホール船堀1階展示場で開催される「原爆展」に『原爆の図』写真パネル15点が展示されるため。午後3時すぎに無事帰館。ごくろうさま。

銀座松坂屋丸木スマ展
松坂屋関東地区本部販売促進部催事・装飾課のK課長が来館。丸木スマ展ポスターとDMの色校のため。ポスターは、スマの代表作『母猫』を中央に大きくレイアウトして、背景はたんぽぽ色のシンプルなデザイン。偶然こちらが用意していたミニ画集とまったく同じデザインだったので、驚いてしまう。
N事務局長も展覧会覚書の件でK課長と重要な打ち合わせができたので、「来ていただいてたいへん助かりました」と笑顔。

来客
評議員のOさんが丸木スマ絵はがき作成の件で来館。小金井から雨の中、わざわざ車で来て下さる。同じ頃にいつもボランティアをしてくれるJさんもスマ展展示の件で来館。このところ事務局はいつも慌ただしく、落ちついてゆっくり話もできないままに、二人ともいつの間にか帰ってしまった。
とくにJさんとお連れ合いのSさんは、この頃何度も美術館を気にかけて顔を見せてくれるのだが、いつもこちらが忙しくしているのを見て、「また来るね・・・」とすぐに帰ってしまう。美術館が盛況なのはありがたいが、開館前から閉館後までスタッフ同士ですら最低限の連絡事項を伝えるのに精一杯というほどそれぞれが忙しくしている現状には、(本当にこれでいいのだろうか・・・)と思うことの多いこの頃である。

『市民活動のひろば』原稿執筆
東京・多摩地域を中心とする市民活動情報誌『市民活動のひろば』を発行しているアンディ多摩より依頼されていた、「今日の反戦展」についての原稿を執筆する。掲載は8月31日発行予定の『市民活動のひろば』第33号(2005年9月号、特集・戦後60年 不戦の誓いは今)。

 埼玉県東松山市の都幾川のほとり、豊かな緑に囲まれて原爆の図丸木美術館は建っています。広島に投下された原子爆弾の被害を描いた丸木位里・丸木俊夫妻の共同制作『原爆の図』連作、そして『南京大虐殺の図』『アウシュビッツの図』『水俣の図』など、館内には20世紀の人類が生み出した恐るべき地獄絵の数々が展示されています。開館以来、毎年8月6日の夕刻には被爆者の霊を悼むとうろう流しを行っています。
 戦後60年、そして被爆60年を迎えた今年の夏。丸木美術館のとうろう流しにも、例年をはるかに上回る多くの方々が参加しました。一方で60年という歳月は、人びとから戦争の記憶を遠いものにし、再び戦争のできる国へ変えようという声も聞こえるようになりました。丸木美術館も、80年代なかばには年間6万人を越えていた入館者が年々減少し、昨年は1万3000人まで落ち込んで存続の危機を迎えています。
 今年の夏に行われた「戦後60年企画 今日の反戦展」(9月9日まで開催)は、この時代状況の中で、美術に何ができるか、人びとに何を訴えるかを示すため、多くの美術家に出品を呼びかける形で開催されました。当初の予想を上回る110人の美術家が参加し、会場はたいへんな熱気に包まれました。60年前の戦争の傷痕を静かに見つめる作品、現在も絶えることのない世界の戦乱に対する怒りが満ちあふれた作品、加害と被害の交錯する戦争の本質を提示する作品・・・・・・。出品者のなかには戦争の時代をはっきり記憶している世代の方もいれば、戦争のずっと後に生まれて、イメージとして戦争をとらえる若い世代の方もいました。それぞれが、それぞれの視点で戦争を見つめ、自身との関係性を問い直す展覧会となったのです。
 今年は戦争体験の記憶の継承がしばしば課題としてクローズアップされた年でもありました。
 戦争の記憶は、体験者と非体験者のあいだに決して越えることのできない大きな壁があります。しかし、非体験者はその“遠さ”を自覚しながらも、なおかつそこに近づくために、体験者によって残された文章や絵画を手がかりにして想像力を働かせる必要があるでしょう。「今日の反戦展」は、そうした記憶の継承のひとつの可能性を示唆した展覧会であったといえるのかもしれません。
 夏休み中、美術館にはたくさんの親子連れの姿が見えました。館内の感想ノートには、大人たちの整った筆跡のあいだにお子さんが書いたと思しきたどたどしい平和への想いが綴られて、思わず頬をゆるめてしまいます。
 次の世代に戦争の記憶を継承し、そして何より平和憲法に象徴される「不戦の誓い」を守り残すために、丸木美術館はまだまだ役割を果たさなければならないとあらためて感じた今年の夏でした。

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2005/8/24

8月24日(水)  分類なし

【今日の入館者】96人(団体22人、招待4人)

日韓五世代の対話展準備
出品作家の井口大介さんが来館。実際に展示会場を見ていただいて、簡単な打ち合わせをする。井口さんは2002年にデンマークで行ったインスタレーションの縮小版を展示するとのこと。とても楽しみな作品の上に、気さくな人柄の方でほっとする。丸木美術館には初めて来館したとのこと。想像していた展示施設と大きなギャップがあったのでは? と質問すると、「こういう規模の美術館はヨーロッパにもよくありますから驚きません。むしろ、今の時代だからこそ存在価値のある美術館だと思います」と応えて下さる。
H館長や韓国側代表の安星金さんと連絡をとりあい、会期とオープニング日程の最終調整が進行中。

銀座松坂屋丸木スマ展
出品作品の写真をあらためて撮りなおし、ミニ画集の編集を行う。今日じゅうに印刷所に入稿するつもりだったが、校正の時間がまったくとれず、結局明日に延期となった。あわてて入稿するよりも、落ちついて仕事を仕上げたほうがいいとの判断。
損害保険代理店のSさんが来館し、出品作品の評価額リストを提出する。本社の引受審査を経た後、契約について話し合う予定。

疲労に注意
夕方、体調不良でこのところ美術館を休んでいたM子さんがひさしぶりにお連れ合いのDさんといっしょに来館。検査結果の報告のための来館だが、悪性の病気ではないとのことでみんな安心する。疲れが大きな原因とのことで、もうしばらくは自宅で療養する予定。今年の夏は例年になくスタッフの疲れがたまっている。もう一人倒れたら本当に身動きがとれなくなるので、くれぐれも体調には注意しようとみんなで話す。
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2005/8/24

8月23日(火)  分類なし

【今日の入館者】124人(団体51人)

大塚直人鴻巣展
川越のM理事の依頼により、埼玉県鴻巣市のクレア鴻巣で8月23日から29日まで開催される「大塚直人と仲間展」の展示を手伝いに行く。いつも丸木美術館のボランティアをしてくれているDさんもいっしょに参加。
大塚直人さんは昨年丸木美術館でも企画展で紹介した、心の病を持ちながら素晴らしいパワーのある作品を描く画家。今回も、絵を見ることでこちらの世界観に大きな衝撃を与えてくれるような“生きた”作品(新作ばかり)がたくさんあった。
とてもお勧めの展覧会なので、お近くの方はぜひご覧下さい!
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2005/8/22

8月22日(月)  分類なし

【今日の入館者】44人

もっとも忙しい一週間のはじまり
今週末に中国出張へ行くので、今日からの一週間はもっとも忙しい日々になることは間違いないだろう。来館者の接客は、緊急アルバイトで来てくれる川越のS評議員にお任せして(ふだんアルバイトに来てくれているM子さんは体調不良でしばらく休養)、目前に迫っている3つの展覧会の準備に奔走する。『原爆の図』中国展示と、日韓五世代展、銀座松坂屋丸木スマ展。合間に9月4日の再生プロジェクトのための打ち合わせをN事務局長と素早く行う。時間はいくらあっても足りないのだが、限られた時間を有効に使うために仕事を整理して働かねばならない。

『原爆の図』中国へ
午前中、日通美術運送スタッフが原爆の図『幽霊』『火』『虹』『救出』『焼津』『署名』の6点を梱包し搬出。作品を厳重にチェックし、梱包に立ち会う。中国側の美術運送会社についても打ち合わせを済ませる。今後は28日に作品と同じ飛行機で北京入りし、北京の中国美術館へ運搬後、作品の開封に立ち会う予定。

日韓五世代の対話展
H館長より展覧会チラシ掲載文の原稿が届き、展覧会の名称が「日韓五世代の対話」に決まる。字数制限を大幅に超えているため、レイアウトには頭を悩ませなければならない。日本側の出品作家も井口大介、上條陽子、斎藤美奈子、田島和子、司修、出店久夫の6氏にようやく決定。今後、出品作家と連絡をとりつつ、迅速に会場の展示レイアウトを考えていくことになる。

銀座松坂屋丸木スマ展
I理事により、スマ作品のデジタル版画制作の話が急ピッチで進んでいる。作品は『母猫』『なす・うり・みかん・トマト』『ダリア』『みのりの秋』の4点。急遽明日の午前中に版を作ることが決定し、Y子さんにお願いして作品を直接江東区の印刷会社に持ち込んでもらうことになる。午後はそのための準備に奔走。
スマ作品の展示レイアウトが固まりつつあり、展示作品数も決まってきたので、保険会社に連絡して作品の保険について相談する。近日中に具体的な話を詰める予定。
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2005/8/19

8月18日(木)  分類なし

【今日の入館者】92人(招待2人・友の会1人)

団体
今日は来客の多い一日となった。
まずは午前中、少人数の俳句グループに館内説明。美術館存続危機のニュースを知り、みんなで来たとのこと。説明のあと、運営についての簡単な質問を受ける。みなさんスマさんの作品に関心を持ったようで、絵はがきを買って下さる。

企画展出品作家来館
午前11時頃には「日韓五世代展」出品作家の斎藤美奈子さんが来館。針生一郎館長の推薦による出品作家のなかでもっとも若い作家さんだが、オランダのクレーラーミューラー美術館にも作品が収蔵されている実力派。丸木美術館に来られるのは初めてとのことで、館内を見ていただいた後、展示作品の打ち合わせをする。

新聞連載
午後1時には東京新聞さいたま支局長のNさんが来館し、「さいたま宝物」という県内の美術館・博物館の学芸員が所蔵作品について執筆している連載記事に、丸木美術館の作品を紹介して欲しいと依頼される。期間は9月下旬から年内いっぱいまで、全8回(『原爆の図』5回、位里、俊、スマ各1回ずつ紹介)の予定。初回は9月30日掲載とのこと。

アートスペース予約
夕方、今年の夏に富山で丸木夫妻の展覧会をしたギャラリー史のTさんが来館。友の会特別会員に入会し、来年5月上旬に丸木美術館アートスペースを使って女性作家の個展を開きたいと申し込みをして下さる。アートスペース活性化の嬉しい申し出に感謝。
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2005/8/18

8月17日(水)  分類なし

【今日の入館者】102人(招待2人)

日韓五世代展の準備
お盆が終わり、来館者も少しずつ落ちついてくる気配。暑さも急に和らいできた。久しぶりに落ちついて9月の展覧会の準備などができるかと思ったが、やはり今日もばたばたと一日が過ぎていった。午前中は館長に電話で連絡し、「日韓五世代の作家」(仮称)展の出品作家交渉の進行状況を相談。その後各方面に電話やメールなどで交渉連絡をする。現時点での出品作家は以下の通り。
【日本】井口大介、上條陽子、斎藤美奈子、田島和子、出店久夫(ほか1名交渉中)
【韓国】周在煥、孫壮燮、閔晶基、安星金、崔乘洙、朴敬勲、クリム・コンジャン(絵工場)

銀座松坂屋スマ展の準備
昨日の銀座松坂屋との打ち合わせなどを踏まえて、丸木スマ展の準備も進んでいる。埼玉県への後援依頼手続きはN事務局長、会場ボランティアスタッフの手配はY子さんにお願いし、協力して作業を進めていく。私は収蔵庫に入り出品候補作品のチェックと額寸法サイズの計測。Tシャツの色が変わるほど大量の汗をかきながら、全作品をチェックする。

高校生のインタビュー取材
午後、飯能高校のE先生が3人の女子高校生(放送部員)を連れて来館。館内をじっくりと時間をかけて見学し、その後、前庭でインタビュー取材を受ける。「丸木夫妻は『原爆の図』で私たちにどんなことを伝えたかったのでしょうか?」「丸木美術館は現在、危機を迎えているそうですが、私たちにできることは何ですか?」などの質問。
聞くと、E先生たちは8月5日から7日まで広島に滞在し、被爆者をはじめさまざまな人のインタビューを撮影してきたとのこと。今後はそれらの映像を編集して、放送コンクールに出品する予定。

針生一郎館長のお連れ合いの針生夏木さんが8月16日に亡くなられました。
ご冥福を謹んでお祈りいたします。
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2005/8/17

8月16日(火)  分類なし

【今日の入館者】185人(招待1人、友の会2人)

全館モップ掛け
今日も朝からたくさんの来館者が来て下さる。お手伝いに来てくれた川越のS評議員といっしょに朝いちばんに全館をモップ掛け。ここ連日の大盛況で驚くほど床に埃がたまっていた。「はあ、やっとすっきりした」とS評議員。
来館者の対応と電話応対で昼食を食べる時間もないほど慌ただしいなか、午後からの銀座での打ち合わせのためにY子さんに駅まで車で送っていただく。

銀座松坂屋 丸木スマ展打ち合わせ
午後2時より銀座松坂屋にて9月に行われる「丸木スマの絵画展」の打ち合わせ。丸木美術館側は文京区のK理事、桶川のK理事、志木のK理事と私が参加。物販、展示、後援などの具体的な話をつめる。その後、風月堂にて文京区のK理事、桶川のK理事と今後の準備について相談。
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