2007/2/23

《原爆の図》の生成をめぐる構想  館外展・関連企画

昨日訪れた「藤沢市30日美術館」は、藤沢(片瀬目白山)在住時代の丸木夫妻に焦点を当てるという企画でした。
丸木夫妻が藤沢に住んでいたのは1948年から1953年頃まで。ちょうど《原爆の図》の構想をはじめてデッサンなどの本格的な準備を行い、《原爆の図》第1部から第6部までを描き上げた時期と重なります。
二人はこの地で《原爆の図》の画家として認知され、文庫版画集がベストセラーとなり、その印税で練馬の谷原に家を買って転居しました。
まさに丸木夫妻にとって藤沢は《原爆の図》の生成と非常に密接に重なる場所だったのです。

ところが、《原爆の図》をご存知の藤沢在住の方でも、丸木夫妻が藤沢で《原爆の図》を描いたことは知らなかったという方が多いそうです。
今回の展覧会は、地元への周知という意味でも果たした役割は大きいと言えるでしょう。
第5部《少年少女》の姉妹像のモデルになった女性や、当時夫妻のアトリエに出入りしていた湘南高校の美術部の方、藤沢駅前の旅館で行われた《原爆の図》展をご覧になった方など、新しい証言者も発掘されました。

昨日、K寺理事長や藤沢市のS谷学芸員とお話したのは、近いうちに今回新たに現われた証言者を中心に本格的に聞き込み調査を行い、その成果をまとめるという構想です。
できれば2008年度あたりに丸木美術館の企画展として、今回の藤沢展を発展させる形で《原爆の図》の生成をめぐる内容の展覧会を開くことができないかとも思いました。

ぜひ前向きに検討し、実現させたい企画のひとつです。
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