2006/10/5

近藤浩一路展&日曜美術館展  他館企画など

朝一番に川越のS印刷へ行き、美術館ニュースを無事入稿しました。発行部数は3,200部。週明けには次回企画展チラシを入稿し、どちらも13日(金)に納品される予定です。

ニュースを入稿した足で、午前中に中村橋の練馬区立美術館へ。「近藤浩一路の全貌」展を見ました。(15日まで。その後、山梨県立美術館に巡回)
近藤浩一路は若き日の位里に影響を与えた水墨画家で、丸木位里画文集『流々遍歴』には、「絵描きは絵が上手になっちゃあいかんね。絵は下手な方がいい」という彼の言葉が印象的に紹介されています。ぼくは東京国立近代美術館で何度か彼の絵を見たことはありましたが、まとまった作品を見るのは今回が初めてです。
展覧会には、浩一路と交流のあった画家の作品も紹介され、やはり位里が影響を受けた小川芋銭や川端龍子の作品も展示されていました。
浩一路の作品は、位里に比べると描きこんだ繊細な描写のように見えましたが、芥川龍之介が「南画じみた山水の中にも何処か肉の臭いのする、しつこい所が潜んでいる」と評したような生々しい迫力が感じられます。鵜、牛、渓流などの題材や、滲み、ぼかしなどの表現技法に位里が受けた影響が垣間見られ、特に《潮騒》という作品(波立つ岩場に鵜が止まっている作品)は、位里の代表作《休息》を連想させるものでした。
また、今回の展覧会で、近藤浩一路の義弟が建築家の白井晟一であるということも初めて知りました。白井晟一は、1950年代に構想され幻に終わった《原爆の図》のための美術館「原爆堂」を設計した伝説的な建築家です。こんなところにも丸木夫妻とのつながりがあったのかと改めて知らされました。

午後は上野の東京藝術大学大学美術館に行き、「日曜美術館30年展」を見ました。(15日まで。その後、京都、広島、盛岡、長崎、静岡を巡回)
この企画展では「知られざる作家へのまなざし」のコーナーに、日曜美術館で再確認された作家として、田中一村、小泉清らと共に丸木スマが紹介されています。会場に設置された大型モニタでは1981年8月30日放送「私と丸木スマ」(出演:丸木俊)のダイジェスト番組が放送され、広島県立美術館所蔵の《蝶》《きのこ》が展示されていました。
館外展ではいつもするのですが、スマさんの絵の前に張りこんで、それとなく人びとの声に耳をすませてみました。
やはりスマさんの絵は気になるらしく、多くの人が絵の前で足を止めます。
「70歳を過ぎて絵を描きはじめたの!」
「《きのこ》だって。ああほんとだ、きのこが描いてある」
「鳥もいるわよ、ほら」
《きのこ》という題の作品の前で、「きのこがある!」と大人が歓声をあげる画家は、他にあまりいないように思い、可笑しくなりました。

夕方6時半からは文京区の男女平等センターにて企画委員会に出席。H館長ほか3名の委員とともに、来年度の丸木美術館の企画展について意見交換を行いました。
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