2018/9/15

加茂昂展「追体験の光景」オープニングトーク  企画展

加茂昂展「追体験の光景」オープニングトーク。
あいにく雨模様となりましたが、集まってくださった参加者に対し、1時間にわたって作家自身による作品解説が行われました。

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1982年生まれの加茂さんは、「震災の後ぐらいから、自分が絵を描くことで社会に対して何ができるかということを考えるようになった」と言い、2017年に知人から広島で展覧会を開催する話をもらったことをきっかけに、市民が描いた「原爆の絵」の模写に取り組みました。

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本人や遺族から模写制作の許可をとり、線の一本一本や、筆の動きを想像して「描きながら見る」という行為。それは体を動かし、頭を使い、目で見るというかたちの「追体験」であったと加茂さんは考えます。

一方で、描いた方たちと出会うことで、「追体験」はあくまで「直接体験」とは違う、わかったような気持ちになっても、常に「ずれ」があり、その「ずれ」を考えていくことが重要だ、とも気づいたそうです。

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加茂さんは、みずからの作品に、市民が描いた原爆の絵の中から印象深かった要素を取り入れ、再構成して《追体験の風景》として制作していきます。

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そうした経験を通して、「原爆という大きな出来事も、実は個人の記憶の総体として存在しているのかもしれない」と考えた彼は、体験者らの肖像と原爆の記憶の二重像を描きました。

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その手法は、福島第一原発事故の帰宅困難区域に自宅のある大学時代の友人家族の一時帰宅に同行して制作した絵画にも用いられています。

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水俣の隣にある津奈木町で滞在制作をした際には、汚染された水俣湾を埋め立てて造られた公園・エコパーク水俣に、この場所で起こったことを記憶するために水俣病患者らが設置した石彫をスケッチしました。

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不知火海の朝夕の光景と石彫を描いた絵画をならべて設置し、遥かな過去と未来を想像し、つなぎあわせていく「祈り」をテーマにしたインスタレーションも発表しています。

このとき加茂さんは、熊本の方言である「のさり」という言葉に出会い、衝撃を受けました。
「のさり」とは授かりものという意味で、水俣病患者の漁師が「水俣病も、のさり」と受け止めていることを知り、「祈り」と「のさり」という言葉を抱えて、再び福島へ向かうのです。

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今回の展覧会の最後に設置された作品は、福島の帰宅困難区域の境界に設置されているフェンスを描いた絵画です。
フェンスの内側を見つめる加茂さんの想像力は、いつの間にか境界を反転させ、自分自身の姿をフェンスの向こうに描いています。加茂さんによれば「人為的なものを超えた超人為的な」空気や時間や光が、その人影を包み込んでいます。

一見、明るく色鮮やかなグラフィック・デザインのような絵画ですが、加茂さんの「追体験の光景」は、痛みをいかに分有できるか、という姿勢で丸木夫妻の共同制作につながります。
また、2016年に丸木美術館で回顧展として取りあげた広島の画家・四國五郎は、加茂さんが模写した市民の描いた原爆の絵の募集の呼びかけにかかわっています。
同時開催として展示中の岡崎市の小学生が描いた徳応寺版「原爆の図」模写も、模写による追体験という点で、加茂さんの作品とつなげることができそうです。
そんな、さまざまなことを考えながら、作品解説を興味深く聞きました。

10月20日(土)午後2時15分からは、福島県立博物館の川延安直さんと加茂さんのトーク「広島と水俣と絵画を通して福島を考える」を行います。
展覧会の会期は10月21日(日)まで。
見応えあり、です。
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