2018/7/29

ピースあいち「高校生が描くヒロシマと丸木位里・俊「原爆の図」」  講演・発表

台風とすれ違うように、神戸から名古屋へ移動。
戦争と平和の資料館ピースあいちでは、現在、「高校生が描くヒロシマと丸木位里・俊「原爆の図」」展が開催中です。

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午後1時より、展示中の原爆の図第11部《母子像》の前でギャラリートークを行いました。

《母子像》については資料が少なく、なかなか語ることが難しいのですが、今回、ピースあいちボランティアの丸山泰子さんが、メールマガジンで絵本『ひろしまのピカ』とつなげて書いて下さったのを読み、第10部《署名》までの〈群像〉の力学から、〈個人〉の物語へと転換していく作品として《母子像》を語ることにしました。

丸山さんのメールマガジンはこちら。
http://www.peace-aichi.com/piace_aichi/201806/vol_103-10.html

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(写真はピースあいちtwitterより)

午後2時からは、基町高校の生徒やOB、担当の先生たちと登壇し、高校生が被爆者の体験を油彩画に描く活動についての公開トークに参加。
基町高校には創造表現コースがありますが、この「原爆の絵」の活動は、授業でも、部活でもなく、土日を使ったボランティア活動なのだそうです。

H先生の話からは、生徒の自主性を生かしながらも、温かく活動を見守り、問題が生じないよう配慮している様子がうかがえました。

また、OBや現役高校生の話からは、他者の記憶を絵画で再現することの難しさに戸惑いながらも、それが高校生にとって非常に大きな「体験」であり、思いのほか表現に独自の工夫を凝らしていることも伝わってきました。

トークを聞きながら、この取り組みは、「被爆体験の継承」というだけでなく、消失する過去を再現できるのか、という絵画の本質的な意味を考える試みになっていると感じました。
絵画に対立するメディアとして、しばしば写真が挙げられますが、写真は圧倒的な現実のごく一部のトリミングに過ぎないという点で、決して「現実をそのまま伝える」メディアではありません。それに、そのときその現場にいなければ記録できないという、大きな制約もあります。

一方で絵画は、後から生まれてきても、〈想像力〉によって、いつ、どこにでも飛んでいくことができます。
もちろんそれは写真のように(写真以上に)現実そのものではないけれども、「どうやらこういうものであるらしい」という仮定の現実を積み重ねながら、それぞれの「ヒロシマ」を立ち上げることはできるのです。
それが「記憶」するということで、本当は「記憶」とは、当事者より他者にとって大切な行為なのではないか。その行為を繰り返しながら別の他者に受け渡していくことが、「継承」というものなのではないか。
高校生たちの言葉を受け止めながら、そんなことを考えていました。

お世話になったピースあいちの皆さま、いつも本当にありがとうございます。
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