2017/7/8

みさと屋「《牛乳を飲む女》をめぐる対話」  館外展・関連企画

東京・調布市の野菜食堂みさと屋にて、「《牛乳を飲む女》をめぐる対話」と題する夕食会に参加。
お母さまが丸木俊の旭川高女時代の同級生だったというWさんが、札幌のご実家に飾られていたという丸木俊の油彩画を持参して下さいました。

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若い女性が右手でコップを持って牛乳を飲み、左手で足首をつかむちょっと不思議なポーズをとっている姿を描いた小品です。
絵には1947.11.13という日付が入っています。まだ《原爆の図》を描く前、池袋アトリエ村時代の人物画。この時期、俊は若者たちと早朝デッサン会を行い、裸体や着衣の人物画をずいぶん描いています。第1回前衛美術展出品作の《裸婦(解放されゆく人間性)》が同じ年に描かれていますが、《牛乳を飲む女》は、私が知る限りでは展覧会出品歴はありません。

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なぜこの油彩画がWさんの家にあるのか、いつ頃から持っていたのかは不明だそうですが、1951年11月、当時函館に住んでいたWさんの家に、棒二森屋デパートで「原爆の図展」を開催した丸木夫妻が滞在していたとのこと。俊が戦後初めて北海道に帰ったのがこの「原爆の図展」だったので、油彩画はその滞在の御礼に差し上げたのかもしれません。
当時中学生だったWさんは、「大人のすることをハスに見ていた」そうですが、それでも《原爆の図》の恐ろしさと、井上頼豊さんのチェロコンサートを聴いたことは記憶に残っているそうです。

今夏、調布市役所では《原爆の図》の原寸大複製画の展示を企画予定なので、そのときにWさん所蔵の油彩画も特別展示できないかと、みさと屋店主で丸木美術館の評議員も務めるFさんは張り切って計画を練っていました。

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夕食会の話題は、核兵器禁止条約から調布市の文化行政事情まで多岐にわたりましたが、FC東京のホームゲーム開催日だったので、電車が混み出す前に、早々に帰宅しました。
みさと屋のスタッフの皆さん、美味しい野菜料理をありがとうございました。
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