2015/12/21

【米国出張A】原爆の図ニューヨーク展終了  調査・旅行・出張

6月のワシントンD.C.からはじまり、ボストン、ニューヨークと巡回した原爆の図米国展が、ついに昨日、無事に終了しました。
最終日は、米国で著名なジャーナリストのエリック・シュローサー氏も会場に現れ、熱心に観て下さっていました。

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今朝は、ブルックリンのダウンタウンにあるホテルの窓から見える朝焼けに心安らぎました。

ひとつだけ、大きなショックだったのは、パイオニア・ワークスのスタッフのひとりマルセロが、数日前に36歳の若さで急逝したということ。心臓発作だったそうです。

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彼は展覧会の準備のときに、中庭入口から入る風雨と日差しから絵を守るために、急きょ壁を作ってくれました。
上の写真、左から2人目の赤い服がマルセロ。大らかで優しい人柄が印象的でした。

60数年前に《原爆の図》を背負って各地を巡回した、現在入院中のヨシダ・ヨシエさんのことも、思い起こしています。
今回の巡回展を通じて、そしておそらくこれから先も、ぼくの支えになってくれたのは、《原爆の図》の前では政治的主張やイニシアチブを超える人びとの多様な想像力が展開されていたという、ヨシダさんの証言でした。
それらをすべて見届けることはもちろん不可能ですが、見失わないよう試み続けなければならないと思うのです。

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スタッフが口を揃えて喜び、報告してくれたのは、何と言っても、この展覧会がブルックリンのアートシーンで年間ベスト2位の評価を受けたことでした。
1位はブルックリン美術館のバスキア展ですから、オルタナティヴ・スペースとしては破格の評価を受けたのです。
それは《原爆の図》にとってもちろん重要な出来事ですが、何より新興のパイオニア・ワークスには、今後に向けて大きなステップになるのではないでしょうか。
《原爆の図》が、若者たちの未来を照らす。そんな新たな可能性を感じることができたのも、この展覧会の大きな収穫でした。

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写真は、最後の作品の梱包の瞬間。ギャラリーはまた元の静かな空間に戻りました。
その後、ガブリエルはじめパイオニア・ワークスのスタッフたちと別れを惜しみながら、《原爆の図》とともにトラックに同乗して、ロングアイランド・シティにある運送会社の倉庫まで向かいました。

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明日は午前3時起床、午前4時チェックアウトで4時半には運送会社の倉庫に集合してJFK空港に向かうという強行軍ですが、今夜はヒバクシャ・ストーリーを主宰するキャサリンの連れ合いのブレイスの実家でホームコンサートに招かれています。

実はニューヨークに来てからほぼ毎日、展覧会に尽力して下さった方々のパーティやコンサートに招かれ、深夜にホテルに戻る日々で疲れ気味。
昨日もキャサリンに、「ワシントン、ボストン、ブルックリン(ニューヨークでなくブルックリン)のなかでどの街が一番好き?」と聞かれて、うっかり「え、ええとボストン・・・」と口走ってしまい、「野球のことは忘れて!」と即座に遮られました(なぜバレたのか・・・)。
その後彼女には、「展覧会が成功したのは、彼がまっすぐな人柄だから。だって私にボストンって答えたのよ。ふつう嘘でもブルックリンて言うでしょ」と何度もイジられています。

ごめんなさい、ブルックリンが大好きです。
お世話になった皆さま、本当にありがとうございました。
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