2014/9/13

長沢秀之オープニングトーク「想像力としてのゴジラの復活」  企画展

いよいよ「ビキニ事件60年企画 第五福竜丸/ゴジラ 1954→2014」展がはじまりました。
午後2時からは、オープニングトークとして、ゴジラ展示のディレクションをされた長沢秀之さんにお越しいただき、「想像力としてのゴジラの復活」と題する対談を行いました。

この企画がはじまった経緯や、日米のゴジラの比較、現状を打開し伝えていく力としての想像力の意味など、対談の内容はさまざまに広がっていきました。
以下に、その抄録を掲載いたします。

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岡村 今日はオープニングトークとして、「大きいゴジラ・小さいゴジラ」の展示を企画された長沢秀之さんにお越しいただきました。

長沢 よろしくお願いいたします。

岡村 実は今朝ようやく展示が終わったんですが、今回の展示の印象はどうでしたか?

長沢 最初に会場に入った印象は、かなり難しいところだと思いました。天井が高くて、棚もあったのでどういうふうにできるか戸惑ったのですけど、途中から、「大きいゴジラ」から「小さいゴジラ」が無数に発生したという文脈が生かせるんじゃないかと考えました。
 棚の上に鏡を置いて覗き込む作品は《ゴジラの逆襲》という題名をつけたのですけど、今朝も3つくらい壁から逆さにゴジラが落ちてきたんですよ。まさか本当にゴジラの逆襲にあうとは思いませんでした……何とか事なきを得たのですけど(笑)。

岡村 《ゴジラの逆襲》は丸木美術館で初めて展示されたんですが、この「大きいゴジラ、小さいゴジラ」は、最初に小平の中学校、2回目に川越市立美術館でやって、私が知ったのも、川越の展示を見た際でした。川越第一小の生徒も参加していて、ゴジラを題材にしたワークショップ展かと思って観に行ったら、内容がおもしろくて驚いたんですね。
 何がおもしろかったかと言うと、いわゆる東宝映画のゴジラの展示はひとつもなくて、いろんな人たちのゴジラのイメージの展示であるということ。
 それから、3.11を経た現在にゴジラがどう関わってくるのか、そもそも最初の映画に登場するゴジラが、いかに戦争や核、自然環境など、われわれの生きる社会の問題を背景に生まれてきたかということを、浮がび上がらせている内容で、びっくりしてしまったんです。
 この企画を考えた長沢さんのことは、以前にも作品を拝見していたんですが、またちょっと違う展開をされているなと、興味深く思いました。

長沢 岡村さんが川越の展覧会を見て、すごくおもしろかったと言ってくれたのは嬉しかったですね。きっかけとなったのは、2009年に描いた《大小のゴジラ》という絵があるんですけど、画面に大きく描くとそれは近いのか、大きいのか、小さく描けば遠いのか、それとも本当に小さいのか、そういう問題を前から考えていたんです。
 ところが、3.11があった後に現実的な問題としてとらえて、「大きいゴジラ」が1954年の映画のゴジラだとすると、2011年3月11日に「小さいゴジラ」が無数に生まれたのではないかと。そういうイメージを考えたとき、これはおもしろい展開になるんじゃないかと思ったんですね。
 ちょうどその頃大学で、中学校を使って学生と地元市民、中学校の生徒をも巻き込んだ展示の企画があったので、教室のホワイトボードに3月11日に無数に発生したゴジラをみんなで描こうと提案したんです。そうしたら、学生の反応がすごくあって。
 それまでは美大ですから、学生が「3.11があって、こういうなかで絵を描いたりできるんでしょうか」という問題をずっと抱えていたんですね。ボランティアをしなければいけないんじゃないか、絵なんか描いていられないんじゃないか、と。もちろんボランティアをした学生もいましたけど、1年たつと、どうやら自分たちは違った形で何かできるんじゃないかと考えはじめたわけです。それで、ぼくが提案したことに、みんなが「やろう」と乗って来た。
 直接的に大きかったのは、石巻の高校生が10日ぶりに瓦礫の中からおばあちゃんといっしょに救出されたというニュース。高校生が病院に入って、「将来何になりたい」と聞かれて「芸術家になりたい」と言ったんです。本当は「美術関係の仕事をしたい」と言ったらしいんですけど、とにかく「芸術家になりたい」という言葉が新聞に出て、それがものをつくる人たちの琴線に触れることがあったと思います。こういう状況でも、人間は想像することが可能なんだと。
 1954年はまだ戦後間もない頃で、ビキニ環礁でアメリカの水爆実験があって、そういう中でああいう想像力があり得た。それから3.11を経て、ぼくらが今置かれている、放射能だって消えていない状況の中で働く想像力もあり得るんじゃないかと、確信を持ったんですね。
 実際に展示が始まったら、学生も中学生たちも、食い入るように見ているんですね。ああ、こういうことを求めていたんだなと、実感しました。そういうことで、ぼくが知っているゴジラや戦後の歴史と、最近のメカゴジラくらいからしか知らない若い世代、彼らは昔のゴジラは知らないんですけど、そこを接続させていくことが可能になったのだと思います。

岡村 ゴジラっていうと、今の子どもたちは何となく知っているようで、最初の映画は見たことがない。この機会にあらためて映画を観た学生たちは、自分たちが思っているゴジラと映画の内容が全然違ったと思うんです。
 美大生に限らず、3.11後の世界を考える、核の問題にどうアプローチしていくかということは、ストレートに投げかけてもなかなか入っていけないところがあるかもしれないんですが、そこをゴジラっていう、一見、親しみやすいんだけども、核の本質に触れていく存在を入口にして広げていったという点が、この企画の興味深いところですね。

長沢 表現する側からすると、ゴジラは何より破壊する面白さがある。お笑いのキャラクターの頂点に立つような意味もある気がするんですね。
 それから現実的な意味として、ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験があり、第二次世界大戦で死んだ兵士たちの象徴であるとか、その亡霊であるという加藤典洋さんの論もある。日本はたびたび災害に見舞われてきたので、それがゴジラとして表されたとか、そういう諸々の意味が含まれているから、格好の素材だと思ったわけです。
 今までの展覧会だと版権の問題が出てきて誰も手を出せないけれども、想像力の問題に持っていけば、つまり、一般の人、誰もが考えるゴジラまでは版権は及ばない。そこがおもしろくなるんじゃないかと思ったんですね。

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岡村 いわゆる「ゴジラ展」は、映画に使われた着ぐるみとか資料があって、どういうふうにゴジラが作られてきたという部分を見せるわけですが、今回はまったく違う次元からゴジラを扱う。本当におもしろいし、想像力を刺激する、ここからまた何か派生して、ゴジラについて考えていこうということになるかもしれませんね。
 3回続けてこられて、その都度、作品も変われば出品者も変わる、お客さんの反応も変わる、会場が変わればいろんなことが変わってくると思うんですが、回を重ねていく中で、長沢さんはどういう変化があったと思いますか?

長沢 最初に中学校でやったときはワークショップ的な意味合いが強かったように思います。ところが、だんだん本を読んだり、映画を観たりしているうちに、これは真剣にやればやるほど問題を掘り起こせるテーマだということがわかってくるんですね。
 川越でやったときも、川越の美術館の人はワークショップの延長上に展覧会を考えて軽い気持ちで声をかけたんだと思うんだけども、その時には、ぼくの気持ちが、これは単なるワークショップではないんだと。だから、最初に美術館に、ぼくは「ワークショップじゃやらないよ、そういう展覧会じゃないよ」と言って、意思統一してもらったんですよ。内容としてはワークショップも含まれているんですけどね。

岡村 ワークショップの作品も、川越の展覧会では凄く効いていたと思います。

長沢 川越の場合はこどもたちにゴジラをどんどん描いてもらって、1954年から2014年まで、大人たちがどんなふうにこの年代を過ごしてきたのかを年表にまとめたんですけど、なぜ2011年にああいう出来事が起きてしまったのか、大人には説明責任があると思ったんですね。ぼくも含めて。
 それを語るのにゴジラは媒介になると感じました。年配の人が持っている歴史と、それを知らない若い人たちやこどもたちがゴジラを媒介にしてつながる。こどもたちの楽しそうないい絵を見るにつけ、大人はその子たちの未来に責任があるのだとつくづく感じました。
 よく言われることですが、日本の文化や歴史は切れちゃうんです。つながることがなかなか難しい。そこをつなげられたかなと思っていた時に、丸木美術館の展示の話を頂いたんです。そして次に、第五福竜丸展示館からも話を頂いて、やっぱりつながってくるなと思いました。
 この美術館には何回も来ているんですけど、ここでこんな楽しそうな展覧会をしたらまずいんじゃないかなという気持ちもあったんですが(笑)。

岡村 楽しい展覧会はどんどんやっていきたいですけど(笑)。
 丸木美術館でなぜゴジラの展示をするのかというと、まず、ゴジラが核実験によって太平洋の眠りから覚まされたという点では、《原爆の図》と共鳴する部分がある。
 それから、丸木俊さんは「絵は誰でも描ける」という考えをもっていて、その象徴が位里さんのお母さんのスマさんだったわけですが、誰でも表現者になれるという可能性も、この「ゴジラ展」にはあるように思うんです。美大の先生もいれば学生もいる、あるいは中学生、小学生もいっしょに展覧会を作り上げていく、そういう意味で多くの人に開かれる可能性を持った展覧会としておもしろいと感じたんです。
 初代ゴジラの映画は、この間、何度か観直して、昨夜も観たんですが、核実験から生まれてきたということに加えて、ゴジラが東京を襲い、人びとが逃げ惑うイメージは完全に空襲ですよね。戦争が終わってからまだ9年しか経っていない、多くの人たちの中にまだ空襲の恐怖が染みついている時期に、ゴジラは東京を襲う。
 母と子が抱き合いながら、「もうすぐお父ちゃまのところに行けるのよ」という台詞が出てきたりとか、電車の中の会話で「いやね、原子マグロだ、放射線雨だ、その上今度はゴジラときたわ」と言った後に、「せっかく長崎の原爆から命拾いしてきた大切な体なんだもの」と原爆につながる台詞が出てきたりとか。映画の最後に「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない。あのゴジラの同類がまた世界のどこかに現れてくるかもしれない」という、まさに無数の「小さいゴジラ」の出現というイメージともつながる終わり方をしている。いろんな部分で戦後の日本の歴史やわれわれの現在が重なるんです。
 最初にゴジラが出現する島でも、実はゴジラは初めて出てきたわけじゃない、ゴジラを鎮める神楽が伝わっているし、昔の島の伝説のなかにゴジラが語られている。それを多くの人は忘れているけれども、老人は知っていて、語り継いでいる。それは3.11の津波の言い伝え、土地の古い人たちは覚えているという話にもつながると思いました。

長沢 ぼくは大学時代に映画をやっていて映画がすごく好きで、「ゴジラ」も小さい頃に観て怖いなと思っていたんですけど、今見ても暗くて。あの暗さがすごくいいですね。学生に聞いても、あんな暗い映画に接したことがないので、新鮮に見えるみたいですね。
 いろんな不安の背景がある中で想像力を巡らせる、日本人の想像力は凄いなと思いますね。もっと自分たちの歴史として誇っていいと思います。今回、アメリカで公開された「ゴジラ」の監督は若い監督ですが、日本のゴジラをすごくリスペクトしている人ですよね。
 ただ、映画としてはヒットしているのですが、ぼくはあまりいいとは思いませんでした。

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岡村 アメリカの「ゴジラ」との比較を聞かせてください。

長沢 ゴジラをとらえるリアリズムの問題ですね。アメリカは、生物学的なリアリズムに基づいた怪獣としてゴジラを設定しないと、映画として動かせない。だから、足を見ても、恐竜やトカゲに近い設定になっているわけです。
 ところが日本は、着ぐるみ――ゴジラスーツを履いて、ドシン、ドシンと歩いて行って、ミニチュアのセットを相手にする。大きい、小さいという問題には昔から興味があるですが、それをうまくやっている。ゴジラに人が入っているんだということはみんな知っているわけです。人が入っているのに、巨大な怪獣に見なす力は、西洋のリアリズムとは違っているんですね。
 ぼくは、文楽にある日本のリアリティと共通するものを感じるんですが、一つの人形が出てきて、三人の男が操作するわけですよね。それを最初に観たときびっくりしてしまった。人形といっしょになぜ三人の男が出てくるんだと。ところが、ずっと見ていると、気にならなくなって、物語に引き込まれてしまう。そういう見方を日本は昔から持っているんですね。西洋のリアリズムとは違う。だけど、ぼくらは西洋のリアリズムを勉強しないと、もっと深みに行けないと思ってしまうところがあって……そうでない、リアリズムとも呼べないようなリアルを見つければ、発揮できるものがたくさんある。その象徴がゴジラである気がするんですよ。
 この展覧会では、映画そのものは出さないけど、映画へのオマージュとして《フィルムとしてのゴジラ》も展示しているんです。フィルム面に描いた作品に光が透過することによって、映画が成立する。それから、ものを描くのも光と影でドローイングが成立する。絵画と映画の原点です。

岡村 川越では、窓に展示していた作品ですよね。丸木美術館にはこれだけ大きな窓がなかったので、壁に展示していますけれども。
 2014年のアメリカの「ゴジラ」映画は、どうご覧になりましたか?

長沢 えーと……あまり顔が良くないですね(笑)。

岡村 下半身は、日本のゴジラみたいでしたよね。

長沢 下半身はどっしりした感じで雰囲気良くなっていると思うんですけど、顔がやっぱり……眼の開き方が恐竜みたいで。あそこに展示した《ゴジラの目》は3日くらいで、新聞紙で作ったんですけど、ああいう日本のゴジラのぱっちりした目のかたちに比べると、アメリカのゴジラはリアリズムに基づいているんでしょうが、違和感がある。
 それから全体的にはハリウッドの基本である家族の大切さ、親子の物語になっているけれども、なんでムートーという敵役の怪獣が出てくるか必然性がわからない。
 それに比べると日本のゴジラは、かなりひどい状況になっても、なればなるほど、人間は想像力を働かせるんじゃないかと勇気を与えてくれる映画ですよね。今回の2014年のアメリカのゴジラは、残念ながらそういう感じではなかった。

岡村 都合のいいゴジラだな、とは感じましたよね。50年代の核実験が、実は実験ではなくてゴジラを倒すためだったという正当化には、びっくりした。

長沢 都合がいいですよ。

岡村 人類にとって脅威になっていたムートーをゴジラが倒してくれて、倒したらすぐに太平洋に帰っていく。初代ゴジラのある種の不条理な人間に対する脅威とは違ったエンターテインメントかなと思いました。

長沢 それと、放射能をゴジラが食べちゃって、ない、という設定が。

岡村 反対ですよね。

長沢 そうそう。ぼくらがあれだけの福島原発事故を体験した後では、説得力弱いですよね。ネバダの核実験場で働いていた人だったら、突っ込みが浅いということになるのかもしれませんが、全体にアメリカのリアリティとしては、スリーマイルの事故が起きたけれども、そんなに切羽詰った放射能の問題はないのだなと。日本はリアルに放射能の脅威を感じちゃってるわけですよね。

岡村 初代の「ゴジラ」は、ゴジラの足跡でガイガーカウンターが大きく反応するシーンがありましたね。

長沢 ぼくが「小さいゴジラ」を設定したのも、放射能が広がったということが大きいわけです。見えないものとして無数に広がったということをどう捉えたら良いのか。それこそ、ガイガーカウンターなどの機器での数値じゃなくて、具体的なものとして。

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岡村 《日常のゴジラ》に描かれた、3.11以後の言葉であるとか、風景であるとか。

長沢 そうですね。これはもう学生たちが夢中になって描いた。日常のゴジラを描いてくれと言ったら、いっぱい描き込んだのですね。それぞれ楽しくやっていると思います。銭湯に行ったらゴジラがいて、富士山の絵の奥に消えていったりとか、なかなかおもしろい。

岡村 食卓の上のゴジラとか、舌打ちをしたり、「それ以上こっちに来ないでもらえますか」と言ったり、われわれがドキッとするような表現もある。大きな都市の風景も描かれていますね。何てことない光景のようでいて、奥の方が歪んで、破壊されているんでしょうか。

長沢 これは学生が二人で描いたんです。自分らが感じている日常のゴジラからどういうものがつくれるのかと問いかけたときに、これをつくったのですね。絵を描く人は、自分たちが思っていることを描きはじめると止まらなくなるんですが、まさにそのとき感じたことを絵にしたんです。他にも「第2、第3のゴジラが出てくるかもしれない」という言葉をいっぱい描いた作品もあるんですね。まあ、今回は展示できなかったんですけれども。

岡村 さっきの《ゴジラの目》は長沢さんが作られたんですけど、この《尻尾》もいいですね。

長沢 棚が開くようになっていたんで、向こうに大きなゴジラがいるという……

岡村 映画のゴジラって、全体を映さないで、一部を映して大きさを表現するというところから始まっていくんですよね。

長沢 先ほど岡村さんが言った島の山の向こうからニョキって出てくる感じ。あれもルドンの絵の一つ目の巨人を思わせたりして、面白い。

岡村 今回の企画は「ゴジラ展」だけではなくて、隣の部屋では黒田征太郎さんが《原爆の図》をテーマにした作品をたくさん描いてくれたり、《戦争童話集》の映像を流していたり、その向こうの部屋では、粟津潔さんが日本の土着性とも深く関わりながら核や戦争をテーマにしたポスターを展示しています。展示をしながら考えていたのは、想像力とは、語り継いでいく物語になりうるということですね。 
 1954年という時代を私は知りませんが、福竜丸の事件が起きて、久保山愛吉さんが亡くなって、放射能の雨が降って、そういう過酷な状況に対して、どこかで蓋をして手打ちをしてしまうという、福島の原発事故もそうですけれども、そういう力が働いていたんだと思います。
 それをかいくぐって現状を考える力とか、次の時代に語り継いでいく力が、こうした、なかばフィクションの現実の中に潜んでいるという気がする。
 もしかすると、丸木夫妻の《原爆の図》も、語り継いでいく表現のひとつだったのかも知れない。この美術館の空間でつなげて考えてみたときに、そんなことを思いました。

長沢 作品というのは、いつもある程度の読み直しが可能なんですね。美術館は作品を保管する重要な場所ですが、ある意味で「墓場」みたいな部分もある。作品は新たな現代の、ぼくらが生きている時代の解釈を待っていると思うんです。だから《原爆の図》があったとしたら、ぼくらが新たな意味を見出していかないといけない。
 ぼくらは今の時代、ここに生きているわけですから、今ならではの解釈がどうしても必要になる。そのときに想像力が重要になってくる。作品はその証しです。そういう場として美術館が機能すると楽しいですね。

岡村 命を吹き込んでいく場所でもあるということですね。

長沢 新たな解釈がないと、固定した意味になってしまう気がしますね。こういう企画展のような何らかの違った考えや風が入ってきて、新しい意味で読み直しができるということが必要なんだと思います。

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(質疑応答は省略、写真撮影は丸木美術館事務局・山口和彦)

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お世話になった長沢先生はじめ、ご来場頂きました皆様に、心から御礼を申し上げます。
展覧会は11月15日(土)までの開催。関連イベントは10月に入ってもまだまだ続きます。
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