2014/1/23

『中国新聞』インタビュー“「非核芸術」の重要性 見えぬ脅威と戦うために”  掲載雑誌・新聞

2014年1月22日付『中国新聞』朝刊の「言」欄に、“「非核芸術」の重要性 見えぬ脅威と戦うために”と題し、岡村のインタビュー記事が掲載されました。23日付で、「ヒロシマ平和メディアセンター」のWebサイトにも記事の全文が掲載されています。

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=20140123092030750_ja

取材して下さったのは、田原直樹論説委員。わざわざ広島から丸木美術館まで来館して下さいました。どうもありがとうございます。
以下は、記事からの一部抜粋です。

==========

―今なぜ、非核芸術が重要なのでしょうか。
 原爆の悲惨を訴える作品が数多く制作されてきました。核の危険性を暴き出す役割も。放射能をはじめ「見えない」核の脅威を「見える」よう、作家は表現してきたのです。でも福島の事故から3年もたたないのに、危険性をうやむやにする動きが現れ、国民の間にも「見ようとしない」風潮が出てきそうです。非核芸術に注目すべきときではないでしょうか。

―どんな作品がありますか。
 「原爆の図」は占領期に発表され、大きな衝撃を与えました。第五福竜丸事件で原水爆禁止運動が広がり、1950年代に大きなうねりとなります。この時期の非核芸術の特徴は肉体の破壊。同時代の人々の痛みを広く共有する表現です。

 核の平和利用が唱えられて原発が造られ、危機意識が薄れますが、70年代から再び盛り上がります。被爆を体験した世代が、非体験の世代へ記憶を伝える重要性を意識したのです。中沢啓治の「はだしのゲン」、平山郁夫の「広島生変図」などもこの時期の作品です。

―ヒロシマの表現は今後どう展開するでしょうか。
 原爆に関しては、体験のない表現者が、やはり体験のない人々へ伝える時代を迎えつつあります。想像力で物語を紡ぐしかない。当然、表現の直接的な喚起力は50年代と比べ、弱まるでしょう。受け止める側の関心も希薄になってはいますが、若い世代を引きつける新しい表現も現れています。

―非核芸術の方向性は。
 被爆の記憶が遠くなる一方、福島の原発事故が起き、非核芸術にとって新たな展開の時代と言えます。核の脅威が身近なところで再び現れたわけです。ただ、原発事故の被害を表現するのは難しい。肉体の破壊が衝撃だった原爆に対し、人間関係の分断や地域社会の崩壊などの被害は目に見えにくい。芸術がどう食い込み、人々に伝わる表現をするかが問われます。

―表現の中心は原発ですか。
 3・11後、私たちが暮らす社会の矛盾も露呈しました。原発立地や沖縄の米軍基地など、中央のため地方が犠牲になり、弱者が踏み台にされる構造です。非核芸術は、社会が抱える問題も併せて表現するでしょう。

==========

記事でも紹介して下さっている岩波ブックレット『非核芸術案内』は、インターネットやお近くの書店でお求めいただけます。
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/tsearch?show=270887

また、1月25日(土)午後6時30分には、京都・ギャラリーヒルゲートにて、夜話市民講座「核を描いた表現者たち―丸木夫妻をはじめとして―」と題するトークを行います(参加費2,000円、学生1,000円、茶菓子付)。画廊さんから、広く宣伝してくださいとご連絡を頂いているので、関西方面の方、ぜひとも、ご来場ください。お申し込みは075-231-3702ギャラリーヒルゲートまで(要申込)。
2



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ