2013/5/18

池袋モンパルナス対談/KEN壺井明トーク  他館企画など

午後2時から、立教大学太刀川記念館で開催されたトークショー「二人の芸術家と池袋モンパルナス」を聞きました。
出演は画家の野見山暁治さんと造形作家の高山登さん。
お二人とも「池袋モンパルナス」と呼ばれているアトリエ村で暮らした経験をお持ちの方です(ただし、野見山さんは戦時中、高山さんは戦後にアトリエ村に居住)。また、野見山さんが東京藝術大学の教師となった際の1期生が高山さんだったそうです。

高山さんのお母様が赤松俊子(丸木俊)と女子美術の同級生であり、高山さんも幼い頃丸木夫妻にかわいがられたという話は、以前に学芸員日誌でも紹介しました。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1830.html

トークショーでは、野見山さんが戦時中にアトリエ村で暮らしていたときの隣組長が赤松俊子だったという縁もあり、俊さんが隣組の集まりの際に戦陣訓を数秒で話し終えてさっさと食糧配給に移っていたことや、位里さんの朝帰りにまつわる秘話など、ユーモラスな逸話が次々と紹介されました。

印象に残ったのは、「戦争画を描くことについては、当時さまざまな議論があったが、決してアトリエ村の外には洩れなかった。憲兵に密告する人もいなかった。ふだん絵描きはいい加減なものだと思っていたが、人間を不審にする戦時下にあって、それだけは信頼できた」という野見山さんの回想でした。
誰もが貧しく、アトリエも狭く粗末な建物で、「池袋モンパルナス」との呼び名から感じられる瀟洒なイメージには程遠いものだったようですが、今でも多くの人の心を惹きつけるのは、“何もないけど自由はあった”という雰囲気だったのでしょう。

今回の企画は、「第8回新池袋モンパルナス西口まちかど回遊美術館」の一環。
6月1日(土)には、午後1時より東京芸術劇場にて、土本典昭監督の映画『水俣の図』上映とともに、「池袋モンパルナスの記憶」と題する高山登さんと岡村のトークも企画されています。

   *   *   *

午後5時からは、三軒茶屋のKENにて、トークイベント「壺井明 《無主物》を語る」を開催。

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KENの黒壁に一日限定で《無主物》が展示され、壷井さんの生い立ちや芸術観、絵画作品《無主物》についての思いなどを、2時間ほどお聴きしました。

父親の仕事の都合で転校が続き孤独だった少年時代に、自分が作ったもので人とつながりたいという思いが強まっていたこと。
自分の抱えている葛藤が決して自分一人の問題ではなく、現在の社会のなかで多くの人が抱えている問題であると気づいていったこと。
西アフリカの仮面や北米の先住民のトーテムポールなどに惹かれ、言葉による思考を超えた意味を込める「現代のイコン」のような絵を描きたいと思ったこと。
さまざまな要素が混在する“多様性の木”や、下北沢の再開発によって破壊されていく時間の持続性を描いた作品、アフガニスタンの戦争、生命の連鎖をテーマにした食供養画を描き続けてきたこと、などなど。

そうした話は私も初めて聞く内容で、彼の生きてきた過程そのものが、福島原発事故を描いた《無主物》という作品に、実は深くつながっているということを考えさせられる、非常に興味深いトークでした。
「3.11」という体験は、プライベートの部分でも壷井さんに悲しい別れをもたらし、自殺を考えるほど追いつめられていたそうですが、だからこそ「フィクションが成立するのは、悲惨な現実に直面したとき」という壷井さんの言葉は、重く響きました。

トーク終了後、会場に残った方々と壷井さんの作品について雑談をしたのですが、皆さんそれぞれの視点で彼の仕事に深い興味を抱き、《無主物》という絵画から何かを読み取ろうとしているように感じました。
その後はいつものように、KENのご家族と写真家のAさん、デザイナーのUさん、第五福竜丸展示館のY学芸員、同館顧問のYさんに壷井さんをまじえて、近くの居酒屋で打ち上げ。楽しい時間を過ごすことができました。
貴重な企画の場を与えて下さったKENの皆さんに感謝です。
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