2017/5/27

自由芸術大学講座「日本の社会派アート100年」  他館企画など

谷英美さんの朗読会の後は、急ぎ新宿御苑前駅に駆けつけて、IRA(イレギュラー・リズム・アライサム)で開催された自由芸術大学講座「日本の社会派アート100年」に参加しました。

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ビルの3階の一室の小さな会場は、30人ほどの参加者でほぼ満員。ちょうど花園神社の祭礼の日で、開け放した窓からは街の喧騒も聞こえてきました。
スピーカーは、視覚社会史研究者の足立元さん。

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著書の『前衛の遺伝子』の内容を、「アナキズム・アート論」と言うべき方向に発展させ、社会への抵抗の手段としてのアートの可能性と困難さを考える、興味深い講義でした。

「人はどこまで抵抗できるかを考えたい。しかし、私たちは抵抗するだけの独善性、愚かさも知っている」
「社会派であればアートとして優れているとは限らない。逆もまた然り」
「イデオロギーに乗っただけの作品をアートとして否定した上で、その社会史的な意味を考えたい」
「アートは裏切るもの」という足立さんですが、彼自身の発表にも、こうした語義矛盾のような言葉が、しばしば登場しました。

「プロト・アナキズム」としてのディオゲネスや傾奇者から、幸徳秋水、小川芋銭、日本アニメーションの始祖である幸内純一、黒曜会と望月桂、村山知義、柳瀬正夢、津田青楓、小野佐世男、そして戦後のシュルレアリスム、ルポルタージュ絵画、反芸術、美共闘、バブルと抑圧、ポスト9.11、ポスト3.11まで・・・。

「日本の社会派アートの作者は、多くの場合、挫折し、転向している。でも挫折してもいい。たとえ負けても、その仕事は誰かが引き継いで戦ってくれる。あるいは、今日の問題として語りなおすことで、敗れた者も時空を超えて甦る。それがアートであることの強み」

限られた時間の中での発表で、もう少しじっくり話を聞きたいところもありましたが、いずれは書籍にまとめたいとのこと。そのときを楽しみに待ちたいと思います。
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2017/5/27

谷英美朗読公演「『顔』―沖縄戦を生き抜いた女の半生」  イベント

午後2時から、谷英美さんの朗読公演「『顔』―沖縄戦を生き抜いた女の半生」。
来場者は57人、満席の大盛況でした。

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この作品は、埼玉在住の沖縄戦体験者・新垣文子さんの話がもとになっています。
谷さんと新垣さんが出会ったのは、2010年6月。場所は丸木美術館でした。企画展「OKINAWA―つなぎとめる記憶のために」の関連企画として行われた、絵本『おきなわ島のこえ』と『ウンジュよ』の谷さんの朗読に、新垣さんが足を運んで下さったのです。
そのときも大変な盛況で、会場がとても暑かったことを覚えています。
沖縄戦によって顔に穴が開くほどの大きな傷を受けた新垣さんの話を聞き、谷さんはその体験談を朗読として語り継ぐ決意をしました。

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朗読の内容は、若き日の新垣さんの戦争体験とともに、顔の傷に苦しみながら生き続けた戦後の日々についても大きな時間を割いています。
そして、戦争で死んでいった若者たちは決して無念ではなく、「本望」だったという新垣さんの思いも語られます。なぜなら、当時は徹底的に「戦陣訓」を植えつけられていたから。今でもまだ自分の心を縛られているほど、「戦陣訓」の影響は大きかった。教育というのは本当に怖い・・・というのです。

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朗読の後、会場に来られていた新垣さんも前に出て、谷さんと対談を行いました。明るく、笑いの絶えない対談でした。
「谷さんは私になりきっている、私が泣くところで谷さんも泣く」と語る新垣さん。二人の強い信頼関係は、きっと、逆境を明るく笑い飛ばして生きるバイタリティが共通しているからなのだろうと感じました。

谷さんはこの朗読公演を、6月16日に沖縄・摩文仁の平和祈念堂で行う予定です。
ヤマトゥンチュが沖縄戦の朗読を沖縄で行うことの難しさは、私にははかり知れません。困難であるほどあきらめない谷さんだからこそ、実現にこぎつけることができたのでしょう。

今回の丸木美術館、そして沖縄での公演は、NHK国際放送局が取材し、国外向けの英語放送として放映する予定です。

この日は、谷さんと親交のあった亡きジャーナリストで画家の近田洋一さんの作品《HENOKO―家族の肖像》の複製も壁面に飾られました。2010年には、佐喜眞美術館からこの作品が丸木美術館に運ばれて企画展で展示され、谷さんは絵の前で朗読公演を行っていたのです。

そして、会場には、2015年の沖縄全戦没者追悼式で平和の詩「みるく世がやゆら」を朗読した知念捷くん(当時与勝高校3年生)と、こんにゃく座代表・音楽監督の萩京子さんも駆けつけて下さいました。

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谷さんいわく「ご縁のふきだまり」という状態だったのですが、絵を展示する場というだけでなく、こうしたさまざまな出会いがあり、次につながる「何か」が生まれる場としての丸木美術館の可能性を、あらためて考える機会になりました。
谷さん、新垣さんはじめ、ご来場いただいた皆さまに、御礼を申し上げます。
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