2017/3/29

安藤栄作さんが第28回平櫛田中賞受賞  その他

彫刻家の安藤栄作さんが、第28回平櫛田中賞を受賞されたという嬉しいニュースが発表されました。

http://www.sanyonews.jp/article/508867

安藤さんは、東日本大震災で福島県いわき市の自宅・アトリエを失った後、関西に移住して彫刻活動を続けており、丸木美術館でも2013年に個展、2016年に「Post3.11」というグループ展を行っています。

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写真は、丸木美術館での個展の際の会場風景。

少し前のことになりますが、平櫛田中美術館から連絡があり、安藤さんに素晴らしい知らせをおつなぎするという役回りになったので、そのことも含めて、嬉しい体験でした。

以下は、審査委員の水沢勉さんが記された、安藤さんの受賞についての文章です。
水沢さんが後押しされた、ということも、私にとっては大きなよろこびの理由でした。

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木を叩くひと ― 安藤榮作について
                                 
 安藤榮作は愚直なまでに木彫にこだわりつづけている。
2011年3月11日の東日本大震災で被災し、さらに福島第一原発事故もあり、発生後まもなく福島県いわき市を家族とともに離れ、現在は奈良県に住んで制作に打ち込んでいる。大きな人生の転機であったと思う。長く暮らした場所を離れることは、自分自身にとっても、家族にとっても、そして、さまざまな人間関係に支えられてはじめて成立する仕事(制作)にとっても、まさしく生木を剥がすような痛恨の出来事であったにちがいない。
 しかし、それにもかかわらず、いや、むしろそれだからこそ、この木彫家は、ますます木彫に徹するようになったとみえる。元来、刀の彫りの鋭さや冴えを強調するよりも、そこに費やされたエネルギーのほうを印象づけるように、あえて荒れた木肌のままの仕上げを好んできた。ささくれたり、割れたりすることも、この作家には希貨であり、木であればこその表現の恵みとして受けとめてきたのではなかろうか。
斧の打痕というべき無数の凸凹は、つい触りたくなるようななつかしさの感情を呼び起こす。それも、そうした行為の結果として生まれた作品が、それぞれに独立した完成作というよりも、連続する創作の発露であり、証しであるからではなかろうか。それらは、過去と現在と未来とをつなぐ、連続する制作のまさにそのただなかで生まれているのだ。それらは、終わらない、終えてはならない、祈りに似た、ひたむきな行為の持続の意志の産物であり、中心部にその意志が真っ赤に過熱した鉄棒のように貫いている。
 無数の鑿痕が集合して面となり、作品の表面を覆い尽くしている。打たれたエネルギーを木の表面は受けとめ、それを木の内部へと伝え、木全体の密度が高まったように感じられる。それゆえにそれは熱を帯び、懐かしく、だれもがつい触りたくなるのだ。
 生まれたかたちにはそれぞれにかけがえのない意味が宿り、冷たい記号としての抽象的な概念を指示したりすることもない。それはあくまで個物でありつづけようとする。それぞれに名前があるべきだとそれらは静かに主張している。シリアの爆撃で落命したこどもたちに捧げられた小さなひとがたは個性を大声で主張しないが、個性をおのずと宿して、わたしたちに名づけをうながさずにおかない。そして、いかにもこの彫刻家らしいことに、そのひとつひとつが集合して、さらに大きな人型になって壮大な作品に変貌することもある。
 近作の《鳳凰》(2016年)。その壮麗さにわたしは圧倒された。金色に輝いているわけではない。名人技を揮う細部を見せつけて圧倒するわけでもない。しかし、なにかここにも無数の小さな鳥が集合しているように感じられるのだ。木を叩く無数の音。それがまるで鳥の鳴き声のように幻想されるのだ。木と叩くと悪魔は退散するという古い言い伝えがある。安藤の《鳳凰》ほど、その言い伝えに相応しい作品はないのではなかろうか。

 水沢 勉


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安藤さん、本当におめでとうございます。
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2017/3/28

『朝日新聞』に「戦後」展評を寄稿  執筆原稿

ハウス・デア・クンストで26日まで開催された「戦後:太平洋と大西洋の間の美術1945―1965」展について、『朝日新聞』夕刊に寄稿しました。

戦後芸術の検証、ドイツで企画展
 ―2017年3月28日付『朝日新聞』夕刊文化欄

以下のWEBサイトで全文をお読みいただくことができます(要無料会員登録)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12864904.html

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記事から一部分を紹介します。

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 冷戦が芸術の潮流も分断した時代。東側では社会主義リアリズム、西側では抽象表現主義が隆盛した。こうした歴史を踏まえつつ、欧米中心的な視線を揺さぶるのが第6章「コスモポリタン・モダニズム」だ。
 ここでは、自由や開放的という「コスモポリタン」の概念が、亡命、移住、ディアスポラ(故郷喪失)へ変化したと定義されなおす。植民地出身者や難民が、抑圧を逃れて安全な拠点を見つけたときに、複合的な文化を体現した人間存在、つまり「新たなハイブリッド」が現れるというのだ。実際、会場には、ナイジェリアで生まれ英国で没したウゾ・エゴヌのように、非欧米圏出身者の作品が、意識的に紹介されている。展覧会の重要なテーマは「越境」だったのだ。
 戦後に広がった「グローバリズム」の概念は、強者のための画一的な社会を生みつつある。しかし、世界は多様で多義的なものだ。各地で「ナショナリズム」の動きが台頭する中、芸術で荒波に対峙する渾身の企画である。


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スケールの大きな、多視線的な戦後の回顧展。
限られた文字数ではありましたが、日本の方々にも紹介できてよかったです。
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2017/3/26

シンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」報告  イベント

午後3時からシンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」(共催:早稲田大学メディアシティズンシップ研究所)を開催。

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あいにくの雨にもかかわらず、駐車場は満車、会場も満席。
ご来場いただいた皆さま、どうもありがとうございました。

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ゲストスピーカーの伊藤守さん(メディア研究/早稲田大学教授)、津田大介さん(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)、毛利嘉孝さん(社会学/東京芸術大学教授)は、統計データをもとに、それぞれの視点から、ネットメディアの台頭による沖縄報道の「反動」(「ニュース女子」などのフェイクニュースの問題)について分析して下さいました。

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そして、新垣毅さん(琉球新報社東京報道部長)は、沖縄メディアの代表として、東京と沖縄のあいだの「溝」―両論併記の「中立」報道が「本質」を遠ざける問題について語って下さいました。
「人は真実には迫れないが、本質を探求することはできる」という言葉が心に残っています。
また、「現在の沖縄の問題を考える上で、沖縄戦という歴史の記憶から出発している点が、この展覧会は素晴らしい」とコメントして下さったことも、重要だったと思いました。つまり、その悲惨な歴史を共有する(しようと試みる)かどうかで、現実に映る景色も違って見えてくるということです。それこそが、「溝」を考える鍵なのかもしれません。

モデレーターの木村奈緒さん、キュレーターの居原田遥さん、出品作家の川田淳くん、嘉手苅志朗くんもお疲れさまでした。
ゲストスピーカーの発表後、討議の時間があまりなかったのが少々残念。
こうした企画展は、会期中にもっと多くディスカッションの機会を設けてもよかったのかもしれません。
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2017/3/22

『沖縄タイムス』に福住廉さんの「美しければ美しいほど」展評  掲載雑誌・新聞

沖縄と本土 非対称な現実 「美しければ美しいほど」展
 ―2017年3月22日付『沖縄タイムス』

先日の椹木野衣さんに続いて、美術評論家の福住廉さんが「美しければ美しいほど」展の展評を書いて下さいました。
以下は、記事からの抜粋です。

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 本展のねらいは、沖縄の立場から沖縄と本土の非対称性を告発することではない。それは、沖縄の人間であれ本土の人間であれ、ともに共有しているはずの人間の想像力に強く働きかける点にある。

 嘉手苅の作品「interlude」は、沖縄で活躍するジャズシンガー、与世山澄子の顔だけを映し出したもの。航空自衛隊那覇基地の周囲を走行する車内で、ジューン・クリスティによる同名曲を口ずさんでいるが、口元はフレームから外されているので、私たちの視線はおのずと彼女の眼に注がれる。その鋭い眼を時折染めるオレンジ色は、おそらく基地の照明だろう。そこはかつて米軍の空軍基地だったから、彼女のまなざしには米軍に占領され、返還後は日本本土に支配されている沖縄の哀しい歴史が映っているのかもしれない。

 感覚の分断と再構成。あるいは視覚と聴覚の分裂から想像力への統合。本展に通底しているのは、そのような想像力の働かせ方である。

 川田の「終わらない過去」が見せているのは、沖縄で戦没者の遺留品を捜索している国吉勇が発見した定規を、川田が遺族の元に届けようとした過程。音声の内容は映像とは無関係だが、だからこそ私たちは見えない現実を想像することを余儀なくされる。戦争の記憶を内包した定規をあくまでも直接手渡すことにこだわる国吉と川田の思いは、着払いで済まそうとする遺族のもとには、ついに届かない。双方を取り次ぐ役人の鈍感さにも怒りが募る。「定規」が象徴しているように、戦争という過去との埋めがたい距離感を目の当たりにするのである。

 もろん両者の作品は沖縄と日本本土の非対称的な関係を打ち砕くわけではない。だが少なくともそれを自明視して疑わない者に、感覚の裂け目の只中で、非対称な現実を想像させることはできる。来るべき未来は、その先に現れるのではないか。


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写真は、紙面に紹介された嘉手苅志朗作品《interlude》。
企画の趣旨を的確にとらえて、現実とつなげてくれる批評は、本当にありがたいです。

再び告知ですが、今週末の3月26日(日)午後3時からは、シンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」(共催:早稲田大学メディアシティズンシップ研究所)を開催します(予約不要、無料=要展覧会チケット)。

登壇者は伊藤守さん(メディア研究/早稲田大学教授)、津田大介さん(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)、毛利嘉孝さん(社会学/東京芸術大学教授)、新垣毅さん(琉球新報社東京報道部長)の4名。モデレーターは木村奈緒さん(フリーライター)です。

興味深いシンポジウムになると思います。
ぜひ、シンポジウムと合わせて展覧会もご覧ください。
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2017/3/21

岩波ブックレットNo.964『《原爆の図》のある美術館』のお知らせ  執筆原稿

2017年4月5日に、岩波ブックレットNo.964『《原爆の図》のある美術館 丸木位里、丸木俊の世界を伝える』が刊行されます。

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2年越しで苦しんでいたのですが、ようやく出せることになりました。

「わかる、使える〈はじめの一冊〉」ということで、新しい研究成果の発表というより、絵の前で解説をするように、丸木夫妻と《原爆の図》、丸木美術館についての基本的なところを、語り言葉で記した内容です。
開館50周年を機に、初めて丸木夫妻の世界に出会う方にも手にとっていただければ、幸いです。

表紙の絵は丸木俊さんの筆による「丸木美術館見取り図」。
80年代の図なので、今とは建物が少し違っていますが、ゆるやかな空気感はあまり変わっていませんね。
編集者Oさんのセレクト、とてもいい表紙で、気に入っています。

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岩波ブックレットNo.964『《原爆の図》のある美術館 丸木位里、丸木俊の世界を伝える』
岡村幸宣著 定価(660円+税)

《原爆の図》が現代に問いかけるメッセージとは何か。
丸木美術館の学芸員が語る、《原爆の図》がたどった道のりと作品の新しさ。

原発と原爆を一体のものとして批判していた丸木位里・丸木俊夫妻の先見性が、3.11後、改めて注目されている。二人の共同制作《原爆の図》はいかに描かれ、それがもたらした衝撃とはどのようなものだったか。二人の生い立ちと遍歴、そして美術史的にも再評価が進む《原爆の図》について、丸木美術館の学芸員が語る。

【目次】
1 川のほとりの美術館
 《原爆の図》のある場所/画家の痕跡の残る場所/《原爆の図》のための展示室/丸木スマの絵画

2 水と油の画家
 太田川のほとり/水墨のシュルレアリスム/屯田兵の開拓村/女絵かきの誕生/原爆を見た画家

3 《原爆の図》の旅
 人間の痛みを描く/共同制作という実験/三部作の完成と全国巡回展/無数の記憶を注ぎ込む/原爆報道の解禁と世界巡回/第五福竜丸の被爆と署名運動/再出発と安住の地/加害の記憶に向き合う/虐殺と差別/暴力の根を求めて/痛みへの想像力/時代を超えるつながり

4 ニ一世紀の《原爆の図》
 戦後五〇年から三・一一へ/被爆七〇年の米国展/ミュンヘンの戦後美術展/絵画が呼び起こす想像力/《原爆の図》とともに生きる


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2017/3/19

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踏団『カーネーション―NELKEN』  他館企画など

彩の国さいたま芸術劇場で、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団の『カーネーション―NELKEN』を観ました。

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諸事情によりチケットが舞い込んで来たので、午後から仕事を休んで行かせてもらいました。

写真は上演前、舞台一面を埋め尽くすカーネーション。
そこに現れた一人のダンサーが、ガーシュウィンの『私の愛する人』を手話で踊ることで、すべてが動き出し、また、終わっていきます。
在りのままで在り続けることを、突き詰めること。
歓び、悲しみ、怒り、泣き……感情も声もまた、身体表現。
観客を巻き込んだ抱擁、そして春夏秋冬のダンス。

この名作は28年ぶりの日本公演とのことでしたが、その頃まだ中学生だった私には、もちろん記憶がありません。
ピナ・バウシュと丸木美術館でお会いしたのは2003年11月のことです。
細くて、しなやかで、もの静かで、鋭敏な雰囲気の人でした。
団員たちが自由に美術館の中を見て歩くのを、何も言わずに放っておきながら、すべてを理解して統治しているような威圧感もありました。

亡くなってから8年の歳月がたつというのに、今も公演は超満員でチケットを取るのは困難だというから、彼女が芸術にもたらしたものの大きさをあらためて思います。

おそらく今回の舞台に立ったメンバーの多くは、14年前に丸木美術館に来た団員から入れ替わっているのでしょうが、新しい人たちが新しい命を吹き込むことで、すぐれた芸術家の仕事は生き続けるのです。
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2017/3/16

映画『息の跡』/松澤宥展  他館企画など

ポレポレ東中野で小森はるか監督の『息の跡』を観ました。
陸前高田で種苗店を営みながら、津波の体験を英語や中国語で綴り自費出版する佐藤貞一さんの姿に迫ったドキュメンタリ映画です。

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災害の後で被災地に移り住んだ若者が、そこで出会った人びとと寄り添うように暮らしながら、カメラでとらえた日常の記録。
あるいは、美術大学に通い、最先端の現代美術を学んだ作家が、ものをつくり、残すことの原風景に出会う作品とも読めます。

以前に、ギャラリー「路地と人」での瀬尾夏美さんと小森さんの二人展「遠い火|山の終戦」展を観ました。
そのときの展覧会と共通しているのは、現実に起きた出来事に直接近づくのでなく、記憶を語り伝える人の言葉を受け取り、静かに手渡す、という姿勢。
震災・津波という厳しいテーマにもかかわらず、撮る側と撮られる側の間の距離感が絶妙で、ゆるやかな空気が観る人にも伝わって、この映画の評価を高めているのだろう、と思います。

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映画の後は、六本木のオオタファインアーツで、嶋田美子さんのキュレーションによる資料展「ニルヴァーナからカタストロフィーへ−松澤宥と虚空間のコミューン」を観ました。

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松澤宥は、日本におけるコンセプチュアル・アートの先駆として知られます。
私が松澤宥を知ったのは、2001年に針生一郎館長の呼びかけで開催された「Oh No!報復戦争反対詩画展」

原稿用紙に短い詩のような文章が書き記された作品が送られてきて、美術館のみんなで「これは何?」「現代美術の作品らしい」「どうやって展示すればいいの?」と戸惑っていたことを思い出します。
それからときどき名前を聞いたり、美術館の展示を観たりするたびに「あ、松澤宥」と気にしていたのですが、彼の概念芸術や「フリーコミューン」などの先鋭的な思考をきちんと理解しているとは言い難いところ。

展覧会は、嶋田さんが松澤邸やヨシダ・ヨシダ邸で積み重ねてこられた調査を生かした内容で、資料展示といっても、インスタレーションのような緊張感のある空間になっていました。
展覧会に合わせて刊行された資料の豊富な書籍も購入したので、じっくり読んでいきたいです。
会期は4月22日まで。

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その後は銀座のGallery Nayutaで開催中の「吉田重信展」も観ました。
いわきで活動されている画家の「臨在」シリーズ。
青の輝きは臨界の光でもあり、希望の光でもあるようです。
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2017/3/16

『琉球新報』に椹木野衣さんの「美しければ美しいほど」展評  掲載雑誌・新聞

表現と情報の根本問う 丸木美術館企画展「美しければ美しいほど」
 ―2017年3月16日付『琉球新報』

現在開催中の企画展「美しければ美しいほど」(企画:居原田遥)について、椹木野衣さんが展評を書いて下さいました。
以下は、記事からの抜粋です。

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 丸木夫妻の凄惨極まりない「沖縄戦の図」、最先端の現代美術作品、ソーシャル・メディアから日々発信される情報群……これらは、一見してはまったくバラバラに受け取られかねない。けれども、三つの展示は、時代や性質の違いを超えて、実はたがいに通ずる問題を発している。それは、「いまここにない状況をどのように伝えるのか」という、見かけ以上に根本的な問題である。

 たとえば、語りだけでどこまで絵の内容は伝えられるのかという音声のみの導入は、ツイッターのように1次制が高いぶん、偶然や主観性を排除しきれない私的メディアの情報を、どこまで信頼すればよいのかという難しさと重なっている。

 それは突き詰めれば、そもそも丸木夫妻の「沖縄戦の図」は、沖縄戦の実態をどこまで伝えているのか、ということにも通じる。だが、これはすべての絵が表現である限り避けられない。ピカソの「ゲルニカ」であろうと同じことだ。編集や合成が自在な映像なら、なおのことだろう。

 そのことがもっとも端的に示されたのが、川田の「終わらない過去」だろう。沖縄で出た「遺品」を本土の家族のもとに届けようとする作者がぶつかるさまざまな困難は、たんなる記憶の風化というよりも、実は電話や郵便という公的なメディアが今日、突き当たっている信憑性の揺らぎからもたらされている。

 本展は、企画者が設定した「沖縄」という主題を経ることで、かえって「私たちはなにをもって人を信じられるのか」という、より普遍的で困難な問いを呼び寄せる結果となっている。


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写真は、新聞に掲載された川田作品の展示室です。

この複雑な展覧会の本質を見きわめるのは、なかなか難しく、私もずっと考えているのですが、結果的には、東京と沖縄、あるいは伝える人と受け止める人の「距離」が浮かび上がっているのだろうと感じています。

3月26日(日)午後3時からは、シンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」(共催:早稲田大学メディアシティズンシップ研究所)を開催します(予約不要、無料=要展覧会チケット)。

登壇者は伊藤守さん(メディア研究/早稲田大学教授)、津田大介さん(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)、毛利嘉孝さん(社会学/東京芸術大学教授)、新垣毅さん(琉球新報社東京報道部長)の4名。モデレーターは木村奈緒さん(フリーライター)です。

ぜひ、この機会に丸木美術館までお運びください。
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2017/3/10

山城博明写真展「抗う高江の森」  特別企画

本日、3月10日からは、2階アートスペースにて、山城博明写真展「抗う高江の森」がはじまりました。会期は4月9日まで。

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小さな写真展ですが、高江の美しい自然、ヤンバルクイナやノグチゲラなどの生きものたち、そして強行されるヘリパッド建設工事の様子が、64点の写真から生々しく伝わってきます。

一昨日、山城さんご自身で展示作業をして下さいました。
別件が立て込んでいて、私はあまりお手伝いできなかったのですが、山城さんの写真は以前から「ハジチ」のシリーズなどを拝見していて、とても関心があったので、個人的には感慨深いです。

高文研から刊行された『抗う高江の森』など、会期中には山城さんの著作も販売しています。
どうぞお見逃しなく。
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2017/3/9

ブレヒトの芝居小屋「沖縄ミルクプラントの最后」  他館企画など

夜、東京・練馬区のブレヒトの芝居小屋へ行き、初日を迎えた東京演劇アンサンブルの「沖縄ミルクプラントの最后」(坂手洋二作、松下重人演出)を観ました。

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舞台は1995年、沖縄米軍基地(浦添キャンプキンザー)内にあるミルクプラント工場。
その工場の閉鎖を巡る、従業員の組合闘争と葛藤を描いた作品です。
決して大きな事件を取り上げているわけではないのですが、米軍占領やベトナム戦争など戦後の沖縄の複雑な歴史が凝縮され、同時に基地返還後の未来も照射されていきます。

初演(1998年、燐光群)から20年を経ても、問題の本質は変わっていません。
東京から沖縄に近づこうとすればするほど、沖縄は遠ざかる気がします。
それは、なかなか辛いことではあるけれど、悩み、考え続けていくより仕方がないのでしょう。

ともあれ熱演、濃密な舞台を作り上げた劇団員の皆さんに感謝。
公演は3月19日まで。
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2017/3/7

NHK-FMラジオ「日刊!さいたま〜ず」出演のお知らせ  TV・ラジオ放送

3月8日(水)午後6時からのNHKさいたま局FMラジオ番組「日刊!さいたま〜ず」に生出演して、現在開催中の企画展「美しければ美しいほど」の紹介をします。

http://www.nhk.or.jp/saitama/program/b-det0008.html

担当は與芝由三栄アナウンサー。
リクエスト曲は、嘉手苅志朗くんの映像作品のモチーフにもなっている与世山澄子さんの「インターリュード」をお願いしました。
埼玉県内限定の放送ですが、電波の届く環境の方は、どうぞお聴きください。
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2017/3/4

『中國新聞』に新発見の丸木スマ作品紹介  掲載雑誌・新聞

3月1日の広島での丸木スマ作品調査で発見された《ピカドン》について、中國新聞の西村文記者が取材して下さいました。

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ニュース記事はこちらから。全文を読むには会員登録が必要となります。

http://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=323828&comment_sub_id=0&category_id=112

以下、記事に紹介された岡村のコメントのみ抜粋します。
「スマさんが絵を描き始めて間もない、1950年ごろの作品ではないか。原爆を題材にしたスマの絵は数点現存するが、ここまで生々しい描写は初めて見た。『原爆の図』に描かれた人々の姿とも重なる」
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2017/3/2

【広島出張2日目】旧広島地方気象台(江波山気象館)  調査・旅行・出張

広島出張2日目。
午前中は、江波へ足を運び、旧広島地方気象台を訪れました。
柳田邦男の『空白の天気図』を読んで、一度訪れてみたいと思っていたのです。
現在は江波山気象館になっています。

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1934年建築のモダンなデザインの建物で、戦前の鉄筋コンクリート建築としては最末期のものだそうです。

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玄関のひさしの支柱が片側だけであることや、観測塔の周囲に防水のための筍状の穴が空いていることなどなど、建築の特徴を解説する案内も丁寧に書かれています。

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屋上にある観測塔には、今も実際に上ることができて、港の風景がよく見えました。

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この建物は、原爆の爆風を受けた跡が残る外壁(写真)や、歪んだ窓枠、室内の硝子の破片を保存している被爆建物でもあります。
展示室では1945年8月6日の業務日誌や、気象台職員による原爆災害調査報告も見ることができます。

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この最初期の原爆被害調査として貴重なガリ版刷りのパンフレットは、丸木美術館にも保存されています。

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午後は呉に足を延ばして、呉市美術館を訪れました。

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あまり時間がなかったので慌ただしかったのですが、先日丸木美術館に来て下さったK学芸員にご挨拶できたのは良かったです。
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2017/3/1

【広島出張初日】広島丸木スマ作品調査  調査・旅行・出張

朝一番の飛行機で広島に行き、三岸節子記念美術館のS学芸員、奥田元宋・小由女美術館のN学芸員とともに、広島市内の個人宅で丸木スマ作品調査を行いました。

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最初は市内西区三滝町のお宅。
押入れの中の箱から出てきたという作品を拝見し、もっとも驚いたのは、未見のスマ作品《ピカドン》が発見されたことです。
所蔵されていた方も最近まで知らなかったそうで、おそらく未公開なのでしょうが、今まで見てきたスマさんの原爆の絵の中で、もっとも臨場感がありました。

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描かれているのは三滝橋でしょう。橋をわたる人の群れ、川に入る人びと、「幽霊」のように手を半分前に出して歩く人、頭を抱えて座っている女性。これらのイメージは、スマのデッサンの中に個々のモチーフとして見ることができます。

注目すべきは、画面左端の女性。
小学館から刊行された丸木スマ画集『花と人と生きものたち』(1984年)にも収められていますが、この女性のイメージは、従来は横向き、つまり地面にうずくまるように描かれていると思われていました。

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しかし、新たに発見された《ピカドン》を見ると、実は縦向き、膝を立てて座っていることがわかります。
《ピカドン》では小さな子どもを抱いているようにも見えますが、どうでしょうか。胸もとが剝き出しになっているのかもしれません。

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また、大塔書店版『丸木スマ画集』の表紙に使われている、《菊と蝶》も見つかりました。
その他にも、気になる作品はいくつかあるのですが、いずれ、まとめて公開する機会を設けたいと思っています。

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また、丸木位里の1948年第2回前衛美術展出品作《牛》も出てきました。
かなりの大作ですが、こちらは、発表後に背景を緑色に彩色した可能性もあります。
その他にも、エルンストを思わせる抽象的な表現の墨絵も見つかり、今後の調査を進めていきたいところ。
日本画のエキスパートであるN学芸員のお力もお借りすることになるでしょう。

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その後は、安佐南区長楽寺の個人宅にお伺いして、丸木スマ作品をじっくり見せて頂きました。

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まだまだ未見の作品がたくさんあることを、あらためて確認する調査でした。

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ユーモラスな河童の絵、見ているだけで笑い出したくなりますね。

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着物の布地を使って軸装した作品もあり、これらは表装も含めてひとつの作品といった印象を受けます。

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時間を忘れて調査に没頭しました。
あらためて、丸木スマの作品の魅力、奥の深さを再確認した思いです。
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