2016/10/30

みんぱく共同研究会/下北沢B&Bトーク  講演・発表

市内のホテル紫雲閣に宿泊し、国立民族学博物館の共同研究会「放射線影響をめぐる「当事者性」に関する学際的研究」の研究員の皆さんをお連れして丸木美術館に出勤。

午前中は、美術館の隣の野木庵で、共同研究会を行いました。
講師は南相馬・20ミリシーベルト撤回訴訟 南相馬・避難勧奨地域の会事務局長の小澤洋一さん。
放射線影響に関するワークショップとして、「放射線とは何か」という基本的な問題から、放射線被ばくの何が問題なのか、そして放射線障害のメカニズムについて、丁寧にお話いただきました。

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研究会は午前中で終了。午後にはオプションツアーとして第五福竜丸展示館を訪れるグループもありましたが、私は下北沢B&Bに駆けつけ、故・針生一郎元館長のご息女である根本千絵さんの『長崎 幻の響写真館 井手傳次郎と八人兄妹物語』刊行記念トークに出演しました。

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根本千絵さんのお母様、つまり針生元館長のお連れ合いである夏木さんの実家であった長崎の響写真館のガラス乾板写真をふんだんに盛り込み、戦前・戦中の激動の時代を家族の物語という視点で振り返る、たいへん興味深い一冊。

千絵さんはお話が後から後から湧き出てくる方なので、今回の私の役割は、暴走しそうになった話を軌道修正するというのがメインでした。
おかげさまで楽しいトークの時間を過ごし、以前から気になっていた本もB&Bで見つけて購入することができ、慌ただしくも実りの多い一日でした。
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2016/10/29

壷井明ギャラリートーク/みんぱく共同研究会  企画展

午後から、「壷井明展」ギャラリートーク。
国立民族学博物館の共同研究会「放射線影響をめぐる「当事者性」に関する学際的研究」の研究員の皆さんも丸木美術館に来て下さり、会場には大勢の参加者が集まりました。

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「福島の現実」と一言で言っても、現在の「福島」は関わる人の数だけ異なる現実があります。
自分がどんな立場で関わるか、というポジションによっても、見え方が変わってくるでしょう。

今回のギャラリートークのキーワードは、「民話」というものでした。
「復興」を大声で唱える国家の物語に対し、そこからこぼれ落ちる一人一人の「民」の物語。
壷井が聞き取り、描く《無主物》は、その「民話」に焦点を当てているのだと思います。

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研究員の方々からも熱心な質問が飛び、彼の作品への関心の高さを感じました。
原発事故から5年の歳月が流れ、ともすれば記憶が遠ざかりつつある現在ですが、今も福島の苦悩は終わっていないのだと、あらためて考えさせられる時間でした。

   *   *   *

夜は研究会の皆さんをお連れして、東松山名物「やきとり」のフィールドワーク。

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「やきとり」と言っても鶏肉ではなく、戦後、朝鮮人が豚のカシラ肉にコチュジャンのような味噌ダレをつけて屋台で売りはじめたという「やきとり」です。
予想以上に研究員の皆さんに好評だったので、世話役としては肩の荷が下りた思いでした。
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2016/10/28

『琉球新報』に「壷井明展」評掲載  掲載雑誌・新聞

2016年10月28日付『琉球新報』文化欄「見聞録」に、共同通信配信の「壷井明展」評が掲載されました。
評者は美術評論家の福住廉さん。どうもありがとうございます。

以下は、記事からの一部抜粋です。
掲載画像は《無主物 2012年8月22日に死んだ下請け作業員》。

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・・・壷井の絵画が優れているのは、図像と文字を切り分けない点にある。近代的な絵画の規範では、文字や言葉は絵画の自立性を損なうため、それらを画面から排除すべきと考えられている。だが壷井は、被災者が語る言葉を画面に貼り付けることもあれば、解説文を絵画とあわせて展示することもある。

 図像と文字で構成された絵画の前で、私たちはしばしぼうぜんと立ち尽くすほかない。そこには、私たちの知らない被災者や原発作業員の生々しい「声」が埋め込まれているからだ。おそらく誰もが自らの怠惰な忘却を恥じ入るにちがいない。この心境の変化は大きい。
 
 壷井の絵画は、単に現実と連動しながら描かれ続けているだけではない。それは同時に、新たな現実をつくり続けているのだ。


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2016/10/27

下北沢B&B 根本千絵×岡村幸宣トークのお知らせ  講演・発表

『長崎 幻の響写真館 井手傳次郎と八人兄妹物語』の刊行記念トークとして、根本千絵×岡村幸宣 「写真の力 記憶と記録」を10月30日(日)午後3時から行うことになりました。

http://bookandbeer.com/event/20161030_hibiki/

以下は、WEBサイトからの抜粋です。
ご興味のある方は、ぜひご来場ください。

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根本千絵さんによる『長崎 幻の響写真館 井手傳次郎と八人兄妹物語』が発売中です。

本書は、昭和のはじめの長崎、片淵町にたった16年だけ存在した井手傳次郎の響写真館を取材するなかで見つかった傳次郎撮影のガラス乾板(ネガ)1300枚を新たに焼き付け、家族の写真を170枚以上掲載して、井手八人兄妹の愉快な物語を辿った一冊です。

今回B&Bでは、お相手に原爆の図丸木美術館学芸員の岡村幸宣さんをお迎えして、刊行記念イベントを開催します。

本には載せられなかった写真も含め、写真を見ながら、井手傳次郎の響写真館、愉快な子どもたち、昭和の長崎、語れなかった被曝体験などに迫ります。
どうぞお楽しみに。 

●プロフィール
根本千絵 
1956年東京都生まれ。詩人・谷川雁が立ち上げた宮沢賢治の童話を身体で表現する「ものがたり文化の会」ねもとパーティを主宰。さまざまな世代の子どもたちとの対話を三十年以上続けている。2007年よりブログ「かんからかんのかあん」で、おじ・おばの聞き書き『長崎八人兄妹物語』を発信。長崎在住のグラフィックデザイナー山崎加代子と協働で9年がかりで『長崎 幻の響写真館』を出版した。

岡村幸宣
1974年東京都生まれ。2001年より 原爆の図丸木美術館に学芸員として勤務。丸木位里、俊夫妻を中心にした社会と芸術表現についての研究や展覧会の企画を行っている。昨年は2000名の市民と70団体の熱い思いと募金で「原爆の図」アメリカ展を実現。
6月−8月アメリカン大学(ワシントンDC)、9月−10月ボストン大学、11月−12月パイオニア・ワークス(ニューヨーク)で開催され、展示内容がブルックリンの年間ベスト2に選ばれた。

出演 根本千絵 岡村幸宣

時間 15:00〜17:00 (14:30開場)

場所 本屋B&B 世田谷区北沢2-12-4 第2マツヤビル2F

入場料 1500yen + 1 drink order
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2016/10/24

ダリ展/川上律江/この世界の片隅に  他館企画など

昼から六本木の国立新美術館に行き、近現代史研究者Kさんと待ち合わせ、「ダリ展」を観ました。
予想していたほどの混みようではなかったものの、やはりそれなりに人が多かったので、さらりと流しながら第7章の「原子力時代の芸術」を中心に。

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国立ソフィア王妃芸術センター蔵の《Uranium and Atomica Melancholica Idyll ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》は、1995年の広島市現代美術館「ヒロシマ以後」展図録に、《Atomica melancolica》の題で紹介されている作品。
原爆の惨禍に衝撃を受けたというより、核という新時代の幕開けに物理学的な関心を示したというべきかもしれませんが、原爆投下の1945年に素早く反応したと語られてきた絵画です。

第一印象は、絵の中の個々の素材に影がついているため、非常に立体感があるということでした。
あまりにくっきりとした影に、原爆によって焼きつけられた影を連想しましたが、ダリがそこまで被爆地の状況を把握していたかどうかはわかりません。

足の長い象やアリと歪んだ時計など、ダリの絵にお馴染みのイメージとともに、やはりこの作品で気になるのは野球選手の像。
昨年末の原爆文学研究会でこの作品を取り上げたマイケル・ゴーマンさんは、野球選手はニューヨーク・ヤンキースのイメージだろう、と説明されていました。

ベーブ・ルース以来のヤンキースの強力打線は、「ブロンクス・ボンバーズ」の愛称で知られていたので、爆撃機のイメージが重ねられたのかもしれません。
身体をよじるようにしてバットを振り切る右打ちの強打者(体型や打撃フォームからベーブ・ルースのようにも見えますが、ルースは左打ち)の左隣には、聖母マリアを思わせる顔のパーツが、爆撃機に置き換えられています。

さらに左の方には、スライディングをしている走者が2人と審判が見えます。
走者の背番号の7と21にはおそらく意味はなく(7と16なら最初の核実験であるトリニティ実験が行われた日を表すと言えるのですが)、大学時代の恩師・O先生の教示によれば、sliding(滑空)とhit(命中)そして審判という野球のプレイと爆撃をかけた言葉遊びではないかとのこと。

気になるのは、爆撃機のシルエットが、原爆を投下したB29ではなく、最初に本土空襲を行ったB25のように見えること。
そして原爆もキノコ雲も描かれず、むしろ大量の爆弾を投下しているイメージであること。
画面右下の絵も、都市全体の爆発ではなく、ひとつのビルの破壊なので、原爆ではなく、空襲の絵と言われた方が、納得できます。

ダリ自身は、原爆投下のニュースを聞いて、地震の恐怖の高鳴りを覚え、それを風景の中に描いた、それ以来「原子」がお気に入りのテーマになった、と書いているそうですが、それもずい分後になってからのことなので、「神話」の奥に潜む真相がどうだったのか、興味深いところです。

   *   *   *

国立新美術館から次に向かったのは、代々木の日本共産党中央委員会。
2005年に建て替えられたという立派なビルです。
何しろ政党の本部に足を踏み入れるのは初めてなので、ドキドキしながら向かったのですが、守衛さんは気さくに絵のある場所を案内してくれました。

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1階エントランスホールには、現在、川上律江の《面会》、《家族の肖像》、《負傷》、《労働者》という4点の油彩画が展示されています。
そのうち、《面会》は、先月の東京新聞夕刊で美術史家の吉良智子さんが連載「女が見るアート」で取り上げ、一躍注目された作品。われわれの他にも、熱心に絵を見ている方の姿がありました。

絵の隣には東京新聞の記事のコピーが掲示され、川上律江についての解説も無料配布されていました。1912年大阪生まれというので、赤松俊子(丸木俊)と同い年。戦後、日本共産党の衆議院議員として活躍した川上貫一の長女で、《農夫の家族》は1932年、作者が19歳のとき、帝展に初出品して初入選した作品。当時「紅一点」と言われたそうですが、たしかに、同時代の俊の絵に比べると、かなりの早熟です。

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夫の尾崎三郎とともに「美術リアリスト集団」を組織・結成して絵画研究に努めたものの、《面会》を描いた翌年の1934年1月に治安維持法違反容疑で逮捕されます。
《労働者》と《負傷》はともに1935年に描かれました。
1942年には、結核でわずか30年の生涯を閉じています。

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細部まで丹念に描写した写実画は、いずれも作者の高い技量を伝えますが、やはり白服の警官と赤子を背負った白い着物の母親が浮かび上がる《面会》の印象は際立ちます。
この絵の舞台は、思想犯を多く収容したという豊多摩刑務所でしょうか。窓の向こうには、赤い煉瓦塀と整然と四角い窓の並ぶ白壁が続いています。
ハンチングのせいか、腕と足を組んで面会を待つ男性は、《労働者》のモデルと同一人物のようにも見えます。

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《農夫の肖像》に比べると、《面会》に描かれた人びとは小綺麗な身なりをしていて、ある程度知的な階層の都市生活者であろうことが感じられます。丸木位里が広島でプロレタリア芸術運動に没頭したのも、1930年代前半でした。
当時、プロレタリア芸術は時代の先端を走っていたのですね。
丸木夫妻のように戦後も長く生きていたら、この画家はどのような道を歩み、どんな絵を描いていたのか。早すぎる死が惜しまれます。

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近くのイタリア料理店でパスタを食べた後は、代々木駅から山手線で渋谷へ移動しました。

   *   *   *


最後に渋谷でアニメ映画『この世界の片隅に』のマスコミ試写へ。
諸事情あって、ユーロスペース支配人Hさんにご招待頂きました。

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冒頭の大正屋呉服店(現在のレストハウス)からはじまる被爆前の中島本町(現在の平和記念公園)の再現シーンは、前評判が高かったものの、話の本筋とはあまり関係がないので、案外早く終わってしまいます。
途中、広島市街に出かけたときに、背後にちらっと見えるのは福屋百貨店でしょうか。

主人公すずの声を担当しているのは能年玲奈改め「のん」。全体的に、キャラクターの雰囲気をよく出していたのではないかと思いました。
緩やかなテンポの2時間8分は、正直なところ、少々長く感じられました。
それでも、戦時下の日常とそれぞれの人生を丁寧に描く原作漫画の持ち味を、片渕須直監督が忠実に生かそうとしていることは伝わってきます。

個人的に残念だった点を挙げるとすれば、遊郭の女郎・リンとの関わりがかなり省略されてしまったこと、そして玉音放送後に翻る旗を見ながら語るすずの「暴力で従えとったいう事か」「それがこの国の正体かね」という独白が、違う内容の台詞に変わっていたこと。

まあ、映画の製作過程でどのような議論があったかは知りませんし、映画化されるということは、それなりに漂白されるということなのかもしれませんが、ひりひりと突き刺さる部分が薄められて、もともと穏やかな物語が、いっそう「声高でない」内容になった点を、どう見るか。
心地良くて懐かしい、当たり障りのない作品になっていないか、気になるところではあります。
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2016/10/22

早川篤雄講演会「原発事故は楢葉町をどう変えたのか」  企画展

午後2時から、「壷井明展」の関連企画として、福島第一原発から20km圏にある宝鏡寺住職の早川篤雄さんによる講演会「危惧の実像 原発事故は楢葉町をどう変えたのか」を行いました。

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早川さんは、1975年という非常に早い段階で、福島第2原発設置許可の取り消しを訴える「福島原発訴訟」原告団事務局長を務めている方で、以後40年に渡って楢葉町で反原発運動を行ってきました。3.11後は原発廃止を求める宗教者共同声明の呼びかけ人となり、現在は福島原発避難者損害賠償請求訴訟原告団長をされています。
壷井さんが《無主物》制作を制作するために、これまで取材を重ねてきた方の一人で、その姿は絵の中にも登場します。

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講演会の数日前に、NHKのニュースでこの展覧会が紹介されたこともあり、壷井さんのもとにはネットを通じて批判の声が寄せられていたようです。
その多くは、「復興に向かっている福島の現実を描いていない」「実際に福島で取材をしないで空想で描いている」という声だったようです(美術館にも電話はありましたが)。

しかし、早川さんのリアリティに満ちた報告からは、「復興」というひとことでは到底片付けられない福島の苦しい現実が伝わってきました。
壷井さんの作品が、いかに声をあげにくい人たちのことを表現しようとしてきたか、どういう立場で福島にかかわってきたのか、あらためて考えさせられる講演会でした。

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早川さんは、これまで原発という「国策」推進のために、どれだけ強引な宣伝工作が行われてきたのかも実体験をもって報告して下さいました。
女性のセミヌード写真を使ったポスター(お寺の前に貼られていたものを保存してきたそうです)は、いかに男性中心的な感覚で原発が進められてきたのかを期せずして表しているようで、何とも考えさせられました。

ご来場下さった皆様、そしてわざわざ丸木美術館まで来られて貴重な話を聞かせて下さった早川さんに、心から御礼を申し上げます。
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2016/10/19

『琉球新報』「落ち穂」連載第9回 展示の合間に  執筆原稿

2016年10月4日付『琉球新報』「落ち穂」連載第9回 展示の合間に

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ミュンヘンのハウス・デア・クンストの展覧会にて。
現地在住18年の日本人女性アーティストとの会話について書きました。
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2016/10/19

NHKニュースにて「壷井明展」紹介  TV・ラジオ放送

昼のNHKニュース(首都圏版)にて、開催中の企画「壷井明展」が紹介されました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161019/k10010734821000.html

以下は、NHKのWEBサイトより。

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原発事故後の福島を描いた絵画の展示会が、埼玉県東松山市で開かれています。
この展示会は、原発事故後の福島をテーマに創作活動を行う壷井明さん(40)が幅3メートルを超える巨大なベニヤ板に描いた油絵の作品を集めたものです。
展示されているのは「無主物」と題する11点の連作で、このうち「朝日」という作品は、事故後、原発近くに集まった親子らが、風船を受け取って空を飛ぶ姿が描かれていて、その場から逃げて命を守ってほしいという願いが込められています。
また、除染作業が進められる中で、羽根を広げた女性が浮かぶ姿が印象的な「避難指示区域」という作品は、ふるさとに戻りたいという被災者の思いが表現されています。
訪れた人たちは、原発事故の悲惨さを強く訴えてくる作品に一つ一つ、足を止めて見入っていました。
主催した美術館の岡村幸宣学芸員は、「原発で事故が起きると人間に何をもたらすのか、作品を通じて考えてほしい」と話していました。
この展示会は、来月12日まで東松山市の「原爆の図丸木美術館」で開かれています。

(10月19日 10時49分)
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10月22日(土)午後2時からは、楢葉町の宝鏡寺住職・早川篤雄さんの講演会「危惧の実像 原発事故は楢葉町をどう変えたのか」(参加費500円、入館券別途)も開催されます。

電車でおいでの方は、東武東上線森林公園駅南口よりタクシー10分。
市内循環バスをご利用の方は、東武東上線高坂駅西口より唐子コース12時7分発(丸木美術館北下車)または東松山駅東口より唐子コース13時12分発(浄空院入口下車)をご利用ください。
最寄り駅は東武東上線つきのわ駅で、南口から徒歩25分(駅窓口で地図がもらえます)。ただし、つきのわ駅からはバス・タクシーはありません。

どうぞ、皆さまご来場ください。
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2016/10/18

Chim↑Pom「また明日も観てくれるかな?」展  他館企画など

紀伊国屋ホールの後は、たぶん15年ぶりくらいに歌舞伎町に足を踏み入れました。
すっかり変わった様子に驚きながら、Chim↑Pom「また明日も観てくれるかな?」展にたどり着きます。大規模個展は広島以来とのこと。

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会場は老朽化した歌舞伎町商店街振興組合ビル。
とにかく入口がわかりにくいのですが、手書きの案内に沿っていけば受付があります。

受付にはエリイちゃんと林くんがいました。
まずは、会場内の事故は自己責任であるとの同意書にサインをします。
すぐにリーダーの卯城くんも出てきて、各フロアをまわりながら解説案内をしてくれました。
卯城くんは「監視員のバイト代が出せないんで・・・」と言っていましたが、それぞれのフロアには稲岡くん、岡田くん、水野くんとChim↑Pomメンバーが1人ずつ、ちょっと退屈そうに監視をしていて、展示を巡りながらメンバー全員と久しぶりの再会ができたのは、何だか嬉しかったです。
こうしたユーモラスでDIYな感じは、彼らの持ち味だと思います。

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写真は4階、中央部分が切り抜かれたフロア(周囲に柵なし)と、監視員の稲岡くん。

「たんなる廃墟での展覧会だったら、珍しくはないのでやらなかった。歌舞伎町商店街振興組合というのが面白くて、ここでやろうと思ったんです」と卯城くんは言っていました。
ここは日本で一番古い振興組合で、歌舞伎町の「青写真」を描き続けてきた場所だそうです。
その場所の持つ意味や歴史性を、現代と結びつけようとする志向が彼らにあることを、あらためて認識しました。

4階は振興組合事務所の痕跡が青焼きで提示されています。
3階には歌舞伎町のジオラマとスーパーラットや「Black of Death」の映像が流れ、2階では掃除ロボットが延々とペンキで床を汚し続けます。
1階にはすべてのフロアの中央部分を切り抜き、積み重ねた「ビル・バーガー」の巨大彫刻がそびえています。
戦後の焼け跡から立ち上がった歌舞伎町の歴史を、「青写真」と「スクラップ&ビルド」をキーワードにしながら展開しています。
その意識の先には、復興幻想の象徴とも思える「東京オリンピック」があります。
最後の映像では、完全にルーティン化した「国威発揚」を延々と垂れ流し続けていました。

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「歌舞伎座の誘致などの都市計画がありながら頓挫して、結果的にこの街は、さまざまな意味でのマイノリティが共存する稀有な場所になった」と卯城くん。
その歴史を見続けてきた廃墟ビルで、6人組の美術家集団と1匹の生きたネズミ(ここで捕まえたらしい)が来場者を待ち受けています。

会期は10月31日まで。会期終了後には、展示ごとビルが解体されるそうです。
その残骸を使って、第2弾の展覧会を予定しているというから、この展示はまだ序章に過ぎないのです。
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2016/10/18

『静かな海へ -MINAMATA-』  他館企画など

昨日は、斉藤とも子さんからご案内頂き、紀伊国屋ホールで上演中の『静かな海へ -MINAMATA-』を観ました。
水俣病を最初に発見し、チッソ水俣工場付属病院長という立場でありながら、原因究明の実験を行った細川一医師をモデルにした舞台。

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丸木夫妻は初めて水俣を訪れたとき、患者の姿を目の当たりにして「原爆よりも衝撃を受けた」と語っています。
それほどの苦しみを受けた人びとを前にして、自身の勤務する会社が原因ではないかと気づいたときの気持ちは、どんなものだったか。
実験結果を公表できない立場であることの苦悩、退職後に裁判で証言する決意をするまでの心の動きを、丁寧に描いています。
その主人公の医師を永島敏行さん、妻を斉藤とも子さんが演じています。

トム・プロジェクトの「採算を度外視した公演」(斉藤とも子さん談)は、以前に松下竜一をモデルにした『かもめ来るころ』も、とても良かったです。

利便性を求める近代社会の不条理や悲劇に直面し、次第に深く関わっていく主人公の苦悩と葛藤を、平穏な日常を望む家族の視点を交えながら描いていくので、ところどころ、身につまされたりもします。

もちろん、自分にできる範囲のことを少しずつでもがんばっていこう、と背を押される作品なので、とりあえずは〆切をとうに過ぎながら遅々として進まない原稿を書き上げようと、心を新たにしたのでした。

上演後は斉藤とも子さんにご挨拶して、いつも良いお芝居にご案内頂くことに御礼を言いました。
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2016/10/16

ひとミュージアム上野誠版画館  調査・旅行・出張

今日は長野県長野市川中島町へ。
開館15周年を迎えたひとミュージアム上野誠版画館を訪れました。

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田島隆館長を中心に、熱心な支援者の方々が集まるお祝いの雰囲気は、少し丸木美術館にも似ています。
1階には上野誠の版画作品を展示。大作《ケロイド症者の原水爆戦防止の訴え》は、貴重な版木とともに展示されていました。

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そのほかに長崎の朝鮮人被爆を描いた《原子野H》や《焼津港に繋留された第五福竜丸》、そして《原爆の長崎》シリーズ制作の前に手がけた「掌版」と作者が呼んだ小品連作など。
2階にはケーテ・コルヴィッツの《カール・リープクネヒト追悼》や自画像などのコレクションが並びます。

午後2時からは、開館15周年の記念集会がはじまりました。
田島館長らの挨拶、崔善愛さんのショパン演奏に続いて、崔さん、田島さん、そして上野誠のご子息で、やはり版画家の上野遒さんの鼎談。
遒さんいわく、1955年に《ケロイド症者の原水爆戦防止の訴え》が制作されたときには、「生意気盛りの美大生だった自分は、こんなクソリアリズムで平和なんか来るもんかと思った」とのこと。しかし、時を経てみると、案外悪くない。リアリズムでも思想そのままではなくて、生身の人間の内面を通って描かれたものは、現実以上の現実を表現している・・・といった話に惹き込まれました。

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その後、遒さんは2階で上野誠作品の刷りの実演もして下さいました。
「原爆や戦争は、芸術で表現できるものではないんだという人もいる。自分もそうかもしれないと思う。けれども、そうであったとしても描かずにはいられない芸術家はいて、父はそうだった。また、それ以上に表現したいものもなかったのでしょう」
実演をしながら問わず語りに語る遒さんの上野誠論が面白く、もっとたくさんお話を聞きたいと思いつつ、新幹線の時間が迫ってきたのでパーティの途中に館を後にしました。

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開館15周年記念ということで、参加者には上野誠直刷り・掌版がプレゼントされました。
何が入っているかは開けてのお楽しみ。私が頂いたのは防空壕の中の母子像でした。

温かく迎えて下さった田島館長はじめスタッフの皆さまに、心から御礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。
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2016/10/15

「原爆の図」画集一覧  講演・発表

ヒロシマ2016連続講座を主宰される竹内さんは、いつも膨大な資料な資料を用意されているので、今回はもうひとつ、これまでに国内外で刊行された22種類の「原爆の図」画集の一覧をまとめました。
こちらもまだ完全版ではないかもしれませんが、今後の参考になればと思います。

【「原爆の図」画集一覧】

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1.畫集普及版 原爆の圖
1952年4月10日初版 
筆者 丸木位里・赤松俊子
発行所 青木書店
定価130円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》


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2.美術運動第55号 特集原爆之圖
1958年4月20日
編集発行 日本美術会
定価120円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《風》(竹やぶ)、《救出》、    
《焼津》(加筆前)、《署名》(加筆前)


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3.画集 原爆の図
1959年6月10日刊行
作者 丸木位里・丸木俊子
英文解説 山田敦
発行所 虹書房
定価480円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》(加筆前)、《署名》(加筆前)、《火》(高野山版)、《水》(高野山版)


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4.XИPOCИMA
1959年(ソヴィエト連邦・モスクワ)
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《署名》(加筆前)


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5.日本画家丸木位里・赤松俊子作品選集
1959年8月第1版印刷
編者 李平凡
出版者 人民美術出版社(中国)
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《廃墟》(原子野)、《風》(竹やぶ)、《救出》、《焼津漁港》(焼津)、《署名》(加筆前)、素描14点、写生16点


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6.HIROŠIMA
1961年(チェコスロバキア・プラハ)
収録作品:《幽霊》(部分)、《火》(部分)、《水》(部分)、《虹》(部分)、《少年少女》、《原子野》(部分)、《竹やぶ》(部分)、《救出》(部分)、《焼津》(部分)、《署名》(部分)


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7.画集 原爆の図
1967年7月20日発行
作者 丸木位里・丸木俊
発行所 株式会社田園書房
定価800円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《竹やぶ》、《救出》、デッサン25点
※「作者の強い希望」で《焼津》《署名》は不掲載


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8.画集 原爆の図
1972年9月2日発行(BNS新潟美術館展図録)
発行 丸木美術館
製作 大塚巧藝社
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、デッサン17点
※1975年版より《新原爆の図》(ひろしまの図)、《南京大虐殺の図》収録


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9.画集 原爆の図
1974年10月10日発行
著作者 丸木位里・俊
発行所 角川書店
定価 1200円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《新原爆の図》(ひろしまの図)


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10.原爆の図
1980年7月15日発行
作者 丸木位里・丸木俊
発行 株式会社講談社
デザイン 亀倉雄策
定価 420円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、デッサン


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11.画集 原爆の図
1982年6月発行
共同制作 丸木位里・丸木俊
発行所 財団法人原爆の図丸木美術館
製作 株式会社大塚巧藝社
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《原爆の図》(ひろしまの図)、《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《三国同盟から三里塚まで》、《水俣の図》、《水俣・原発・三里塚》


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12.画集 原爆の図
1983年8月6日発行  共同制作 丸木位里・丸木俊
発行所 財団法人原爆の図丸木美術館  発売元 株式会社小峰書店
印刷所 株式会社大塚巧藝社  定価 2800円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》、《ひろしまの図》、《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《三国同盟から三里塚まで》、《水俣の図》、《水俣・原発・三里塚》、《おきなわの図》八連作、《沖縄戦の図》、デッサン
【第18回造本装幀コンクール展日本図書館協会賞受賞】


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13.原爆の図
1984年6月20日発行(京都市美術館「原爆の図展」図録)
1988年7月30日改訂新版発行  2004年7月10日三訂新版発行
2010年4月1日四訂新版発行  共同制作 丸木位里・丸木俊
発行所 財団法人原爆の図丸木美術館  印刷所 株式会社大塚巧藝社
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》、《ひろしまの図》、《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《三国同盟から三里塚まで》、《水俣の図》、《水俣・原発・三里塚》、《おきなわの図》八連作、《沖縄戦の図》
※1988年改訂新版より《原爆―高張提灯》、《沖縄戦―きゃん岬》、《沖縄戦―ガマ》、《沖縄戦》読谷三部作、《地獄の図》を収録、2004年三訂新版より《どこが地獄か極楽か》、《足尾鉱毒の図》、《大逆事件》を収録


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14.鎮魂の道―原爆・水俣・沖縄
1984年7月20日発行
著者 丸木位里、丸木俊
解説 水上勉
編集協力 原爆の図丸木美術館
発行所 岩波書店(岩波グラフィックス26)
定価 1200円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》、《火》(高野山版)、《水》(高野山版)、ひろしまの図、《とうろう流し》(青森版)、《幽霊》(勝養寺版)、《火》(勝養寺版)、《水》(勝養寺版)、《夜》(勝養寺版)、《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《三国同盟から三里塚まで》、《水俣の図》、《水俣・原発・三里塚》、《おきなわの図》八連作、《沖縄戦の図》、デッサンなど


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15.THE HIROSHIMA MURALS The Art of Iri Maruki and Toshi Maruki
1985年発行
編者 John W.Dower and John Junkerman
発行所 講談社インターナショナル
定価 5,900円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》、《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《水俣の図》、《水俣・原発・三里塚》、《沖縄戦の図》、《地獄の図》


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16.スライド原爆の図
1985年
共同製作 原爆の図丸木美術館+青林舎共同製作
監修 土本典昭 構成・編集 西村良平
撮影 本橋成一 ナレーター 小室等
A5函 57コマ15分 テープ・別冊付き
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》


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17.SURVIVING VISIONS The Art of Iri Maruki and Toshi Maruki
1988年発行
編集 Henry Isaacs and John Junkerman
発行 Surviving Visions Committee,
Massachusetts College of Art
収録作品:《幽霊》、《虹》、《竹やぶ》、《米兵捕虜の死》、《アウシュビッツの図》、《沖縄戦の図》


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18.保存版・豪華画集 原爆の図
1990年7月1日発行
共同制作 丸木位里・丸木俊
監修 財団法人原爆の図丸木美術館
発行所 株式会社小峰書店  定価250,000円
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》、ひろしまの図、《幽霊》(勝養寺版)、《火》(勝養寺版)、《水》(勝養寺版)、《夜》(勝養寺版)、《原爆―高張提灯》、《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《沖縄戦の図》、《水俣の図》、《地獄の図》


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19.増補保存版 原爆の図
2000年7月19日発行
共同制作 丸木位里・丸木俊
監修 財団法人原爆の図丸木美術館
発行所 株式会社小峰書店
定価95,000円+税
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》、ひろしまの図、《幽霊》(勝養寺版)、《火》(勝養寺版)、《水》(勝養寺版)、《夜》(勝養寺版)、《原爆―高張提灯》、《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《沖縄戦の図》、《水俣の図》、《地獄の図》


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20.普及版完本 原爆の図
2000年7月30日発行
共同制作 丸木位里・丸木俊
発行所 株式会社小峰書店
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》、《ひろしまの図》、《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《三国同盟から三里塚まで》、《水俣の図》、《水俣・原発・三里塚》、《おきなわの図》八連作、《沖縄戦の図》、《原爆―高張提灯》、《沖縄戦―きゃん岬》、《沖縄戦―ガマ》、《沖縄戦》読谷三部作、《地獄の図》、《どこが地獄か極楽か》、《足尾鉱毒の図》、《大逆事件》


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21.21世紀と人権−丸木編

2002年10月30日発行
共同制作 丸木位里・丸木俊
発行所 アジア文化センター(韓国)・生野センター(日本)
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》


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22.原爆図
2005年8月発行(紀念反法西斯戦争勝利60周年国際芸術作品展)
編集 中国美術館(中国・北京)
出版 广西美朮出版社
収録作品:《幽霊》、《火》、《水》、《虹》、《少年少女》、《原子野》、《竹やぶ》、《救出》、《焼津》、《署名》、《母子像》、《とうろう流し》、《米兵捕虜の死》、《からす》、《長崎》
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2016/10/15

ヒロシマ連続講座2016「原爆の図の旅」  講演・発表

東京・駒込駅近くの愛恵ビルの一室にて、元高校教師で八王子平和・原爆資料館の竹内良男さんが主宰される「ヒロシマ2016連続講座」の第13回として「原爆の図の旅」の話をしました。

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会場には、20名を超える方が来て下さって、ほぼ満席でした。
ご来場くださった皆さま、どうもありがとうございます。

内容のほとんどは、これまでにまとめてきた原爆の図巡回展や原爆を表現した芸術作品についての話でしたが、せっかくの機会だったので、近年広島の放送局が制作した「原爆の図とアメリカ―絵は何を伝えたか―」(2015年8月30日、広島テレビ)、「もうひとつの原爆の図」(2016年9月23日、NHK広島放送局)というふたつの映像を紹介しました。

竹内さんからは、1952年8月に開催された立川展の会場「南口公会堂」が、いったいどこの場所に当たるのか、という疑問が挙げられました。私も立川には縁があり、会場には立川在住の方も複数いらっしゃったのですが、決定的な答えはありません。
以前、立川の図書館に問い合わせたときには、旧柴崎図書館(公民館)ではないか、という回答だったのですが・・・もし、ご存知の方がいたら、ぜひ教えて頂きたいところです。

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また、新しくまとめた資料も配布したので、以下、学芸員日誌に公開します。
1970〜90年代の国内「原爆の図展」は、主に市民の立ち上げた「見る会」主催の展覧会です。
50年代のゲリラ的な展示とは異なり、実行委員会が周到な準備を経て開催し、立派な記録集がまとめてられいるのが、この時期の市民運動として行われた「原爆の図展」の特徴です。

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もちろん、主催者の中には、50年代の巡回展の記憶を残している人も多くいました。
《幽霊》《火》《水》の三部作や《少年少女》が中心なのは50年代と同じですが、それらの作品とともに、朝鮮人被爆者を描いた《からす》が主力作品に加わっています。
忘却されつつあった「加害の歴史」を呼び起こし、「ふたたび加害者にならないため」の展覧会であったことが伝わってきます。

これら70〜80年代の国内巡回展の記録は、まだ不完全な部分もありますし、今後時間をかけて報告集などの記録を読みこんでいく必要があります。
ともあれ、国際的に反核運動が盛んになった時代。修学旅行で広島・長崎を訪れ被爆者の証言を聞くという運動の広がりとともに、「原爆の図展」もこれだけ各地で開催されたことを示す情報として、見てください。

今回の講座の出席者の中にも、81年の我孫子展に関わった方がいらっしゃいました。
休憩時間に、「その前の仙台展で人があまり来なかったから、もう地方に原爆の図は出したくないんだ、という位里さんを説得して実現させたんです」という話を聞かせて下さいました。
実際、我孫子展以後、本格的に全国に実行委員会形式の展覧会が広がっていくのです。

86年の愛知展を担った主力グループは、その後、「戦争と平和の博物館ピースあいち」を立ち上げ、今春も「原爆の図展」を開催して下さいました。
そして88年の松本展に尽力した浅間温泉の神宮寺では、もう20年以上も毎年夏に「原爆の図展」を続けて下さっています。
その意味では、「原爆の図展」は、時代を超えて現在にもつながっているのです。

=====

【1970〜90年代の国内「原爆の図展」】

1972年9月2日〜17日 新潟県新潟市・新潟BSN美術館
 主催=新潟日報社 出品=幽霊、火、水、虹、少年少女、原子野、竹やぶ、救出、とうろう流し、米兵捕虜の死、からす、デッサン

1975年8月6日〜14日 広島県広島市・福屋百貨店
 出品=幽霊、火、水、虹、少年少女、原子野、竹やぶ、救出、焼津、署名、母子像、とうろう流し、米兵捕虜の死、からす、デッサン

1978年4月9日〜?日 石川県鳳至郡能登町・能登町公民館
 出品=火、虹

1978年8月15日〜27日 山形県酒田市・本間美術館
 出品=幽霊、火、竹やぶ、とうろう流し

1978年9月25日〜10月17日 沖縄県那覇市・リウボウホール、沖縄市・ワコーショッピングプラザ
 出品=幽霊、火、水、少年少女、救出

1979年4月?日〜5月3日 宮城県仙台市・藤崎デパート
 主催=仙台市・憲法を守る会 詳細不明

1981年7月11日〜19日 岩手県盛岡市・岩手県民会館
 主催=原爆の図展実行委員会、後援=岩手県・盛岡市・広島市・長崎市ほか 出品=幽霊、火、水、少年少女、竹やぶ、救出、とうろう流し、からす、デッサン、スケッチほか 観客=4,500人

1981年11月5日〜8日 千葉県我孫子市・我孫子市民会館
 主催=原爆の図展実行委員会、後援=我孫子市・我孫子市教委ほか 出品=火、少年少女、母子像、デッサン 観客=5,000人

1981年12月10日〜15日 大阪府大阪市・大阪駅前第2ビル アートプラザ
 主催=原爆の図展実行委員会、後援=大阪府・大阪市・府教委・市教委ほか 出品=幽霊、火、水、少年少女、救出、デッサンほか 観客=13,000人

1982年6月16日〜21日 兵庫県神戸市・兵庫県教育会館
 主催=原爆の図神戸展をすすめる会、後援=兵庫県・神戸市・県教委・市教委・明石市・芦屋市・県教委ほか 出品=幽霊、火、少年少女、救出、からす、デッサンほか 観客=30,305人

1982年6月25日〜30日 大阪府枚方市・枚方市民ギャラリー
 主催=枚方市・枚方市教育委員 出品=幽霊、少年少女、救出、からす、デッサンほか 観客=18,000人

1982年7月20日〜25日 北海道札幌市・札幌市民ギャラリー
 主催=原爆の図展開催実行委員会、後援=札幌市教委・NHKほか放送新聞各社 出品=幽霊、火、少年少女、救出、とうろう流し、からす、、絵本原画「ひろしまのピカ」、デッサンほか 観客=17,218人

1982年7月28日〜8月1日 北海道函館市・遺愛女子高校ホール
 主催=原爆の図展実行委員会、後援=函館市・函館市教委ほか10団体 出品=幽霊、火、少年少女、とうろう流し、からす、デッサンほか 観客=8,217人

1982年11月24日〜28日 福島県福島市・福島消費者組合ホール
 主催=福島YWCA他3団体 出品=火、少年少女、救出、からす 観客=3,200人

1984年7月12日〜22日 京都府京都市・京都市美術館
 主催=原爆の図を見る会、後援=京都府・京都市・府教委・市教委・新聞各社 出品=幽霊、火、水、少年少女、救出、母子像、とうろう流し、からす、長崎、デッサン65点、周思聡「坑夫の図」ほか 観客=30,038人

1984年7月30日〜8月5日 熊本県熊本市・熊本市民会館
 主催=「原爆の図」くまもと展実行委員会、後援=熊本県・熊本市・県教委・市教委・新聞社ほか 出品=幽霊、火、水、少年少女、からす、長崎、デッサン、絵本原画ほか 観客=14,140人

1984年8月8日〜12日 長崎県長崎市・長崎市民会館
 主催=ながさき「原爆の図」を見る会、後援=長崎県・長崎市・県教委・市教委・原水禁長崎県民会議・新聞報道各社 出品=幽霊、火、水、少年少女、からす、長崎、デッサン 観客=8,000人

1985年8月24日〜28日 岡山県岡山市・天満屋葦川会館
 主催=おかやま「原爆の図」を見る会、後援=岡山市・市教委・倉敷市・広島市・新聞各社ほか 出品=火、水、少年少女、救出、とうろう流し、からす、デッサン、絵本原画ほか 観客=9,211人

1985年9月3日〜8日 三重県三重市・三重県立美術館
 主催=原爆の図をみる会、後援=三重県・県教委・津市・市教委・新聞報道各社ほか 出品=火、水、少年少女、救出、とうろう流し、からす、デッサンほか 観客=7,550人

1986年2月28日〜3月8日 愛知県名古屋市・愛知県美術館
 主催=原爆の図を見る会、後援=愛知県・県教委・名古屋市・市教委・新聞報道各社ほか 出品=幽霊、火、水、少年少女、救出、母子像、とうろう流し、からす、おきなわの図8連作、絵本原画「ひろしまのピカ」「おきなわ島のこえ」、デッサン、スケッチ 観客=21,405人

1986年9月19日〜27日 福井県福井市・福井フェニックスプラザ
 主催=ふくい原爆の図をみる会、後援=福井市・市教委・新聞報道各社ほか 出品=幽霊、火、竹やぶ、母子像、とうとう流し、からす、デッサンほか 観客=7,800人

1987年3月25日〜29日 福島県福島市・福島県民文化会館
 主催=原爆の図展をみる会、後援=福島市・広島市・長崎市・市教委・新聞報道各社ほか 出品=火、水、少年少女、救出、母子像、からす、絵本原画「ひろしまのピカ」、デッサン 観客=4,477人

1987年10月16日〜25日 大分県大分市・コンパルホール
 主催=原爆の図をみる会、後援=大分県・県教委・大分市・市教委・新聞報道各社ほか 出品=火、水、少年少女、救出、母子像、からす、絵本原画「ひろしまのピカ」、デッサン

1988年4月23日〜5月22日 兵庫県西宮市・大谷記念美術館
 出品=火、少年少女、救出、デッサン、丸木スマ作品77点 観客=7,359人

1988年6月2日〜7日 広島県広島市・広島県立美術館
 主催=「原爆の図」ヒロシマ展を見る会、後援=広島県・広島市・県教委・市教委・新聞報道各社ほか 出品=幽霊、火、水、少年少女、竹やぶ、救出、からす、南京大虐殺の図、おきなわの図8連作、デッサン、丸木スマ作品、絵本原画「ひろしまのピカ」、デッサン 観客=11,241人

1988年10月5日〜11日 長野県松本市・勤労者福祉センター
 主催=原爆の図展松本実行委員会、後援=松本市・市教委・長野県教委・長崎市・新聞各社 出品=幽霊、火、水、少年少女、救出、竹やぶ、とうろう流し、からす、南京大虐殺の図、おきなわの図8連作、デッサン、丸木スマ作品 観客=7,000人

1991年10月2日〜13日 福岡県福岡市・福岡市美術館
主催=原爆の図をみる会福岡、後援=福岡県・県教委・福岡市・市教委・広島市・長崎市・新聞報道各社ほか 水、少年少女、救出、とうろう流し、からす、南京大虐殺の図、沖縄戦の図、おきなわの図6連作、チビチリガマ、デッサン、絵本原画「おきなわ島のこえ」、位里小品21点・俊小品28点・スマ作品 観客=16,893人

1992年11月17日〜24日 石川県鳳至郡柳田村・植物公園内ふれあいハウス
主催=「原爆の図」を能登で見る会、後援=石川県・県教委・柳田村・村教委・金沢市教委・輪島市教委・長崎市・広島市・新聞報道各社ほか 出品=水、少年少女、救出、とうろう流し、からす、デッサン、位里小品8点・俊小品12点 観客=3,811人

1995年7月23日〜31日 北海道小樽市・市立小樽美術館
 出品=少年少女、竹やぶ

1996年3月29日〜31日 和歌山県和歌山市・和歌山市市民会館
 主催=「原爆の図」を見る会 出品=少年少女、救出 観客=入場者2,200人

1997年8月21日〜26日 埼玉県本庄市・本庄市民プラザ
 出品=救出、署名

1997年8月27日〜10月20日 沖縄県宜野湾市・佐喜眞美術館
 出品=原爆の図3点

1998年8月26日〜30日 千葉県佐倉市・佐倉市立美術館
 主催=「原爆図」を見る会 出品=とうろう流し、からす

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追記(10月18日『中国新聞』に竹内さんの活動が紹介されています。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=65591
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2016/10/8

『丸木美術館ニュース』第127号発送作業  美術館ニュース

丸木美術館ニュース第127号の発送作業。
今回も14人のボランティアが集まって下さり、無事に作業は終了しました。
皆さま本当にありがとうございます。

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今号の表紙は、写真家の本橋成一さんが撮影した1985年の丸木夫妻の写真。
子どもたちに囲まれて、お二人とも、とても良い表情をしています。
2017年、丸木美術館開館50周年のカレンダーにも使われます。

ニュースの内容は以下の通り。

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丸木美術館ニュース第127号 (発行部数2,500部)

8月6日丸木美術館ひろしま忌報告 初めて参加した丸木美術館の「ひろしま忌」 (四國 光) …… p.2
リレー・エッセイ第57回 (錦織 克敏) …… p.3
川口隆行+小沢節子対談 四國五郎の画業を貫くもの (抄録) …… p.4
ミュンヘン 芸術の家(ハウス・デア・クンスト)「戦後美術展」にて《原爆の図》展示 (岡村 幸宣) …… p.7
緊急企画「6段脚立からみたセカイ〜高江N4テント徒然日記〜」一人語り報告 丸木で高江 (大月 ひろ美) …… p.8
公益財団法人原爆の図丸木美術館役員改選の報告/原爆の図丸木美術館「公益事業のための基金」のお知らせ …… p.9
丸木美術館開館50周年に向けて〈第3回〉 わたしと丸木美術館 (平松 利昭) …… p.10
丸木美術館情報ページ/美術館の書棚から (小寺 美和) …… p.11
写真で見る 丸木美術館の日常風景 (山口 和彦) …… p.12

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2016/10/7

青山学院女子短大講義  講演・発表

今日は青山学院女子短大にて「女性・環境・平和」の授業で「核と芸術」についての講義。

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幼児教育を中心とする子ども学科の授業ということで、《原爆の図》からはじまる原爆表現の簡単な流れとともに、アーサー・ビナードさんが制作中の紙芝居についても少し紹介しました。

青山といえば岡本太郎の地元ですが、渋谷駅構内の《明日の神話》の存在を知る学生がほとんどいなかったのは少々意外でした。
『ここが家だ』や『ひろしまのピカ』などの絵本も紹介しましたが、もっと思いきって、紙芝居や絵本に焦点を当てても良かったのかもしれません。

感想メモに目を通していくと、「原爆の体験談などを聞いたことがあるけれども、美術で描き残していた作品があるということを初めて知った」という声が多いようです。
「保育園の子どもたちは、絵を見てどんな感想を持つのか?」という子ども学科ならではの質問もありました。
「今まで戦争の話を聞く機会が何度かあったが、今日の《原爆の図》の話が一番心に響いた」という感想や、「丸木夫妻はどんな気持ちでこの絵を描いたのか。ぜひ一度実物を見てみたい」という感想も、とても嬉しいものでした。

意外なところでは、Chim↑Pomの作品について「心に響く」と回答した学生が多かったこと。
やはり若者世代には彼らの表現の受けは良いようです。
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