2016/8/28

府中市美術館「新海覚雄展」  他館企画など

府中市美術館で開催中の常設展特集「燃える東京・多摩 画家・新海覚雄の軌跡」
50年代文化運動の研究をされている鳥羽耕史さんのトークに合わせて行ってきました。

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展覧会は、府中市美術館・武居利史学芸員の労作。
もとは砂川闘争の美術表現を調査していたそうですが、その中で、新海覚雄の鋭い筆致のスケッチ群に出会い、結局、新海の戦前戦後の画業の軌跡を取り上げることになったようです。

戦後の平和運動・労働運動に深く関わりながら制作した新海の仕事は、近年、“銃後の戦争画”として《貯蓄報国》(1948年)が多くの展覧会に出品されているにもかかわらず、その全体像はほとんど紹介されていません。
そこには、いわゆる「社会派の画家」という枠組みも、影響しているのかもしれません。

今回の展覧会は、大正期のモダニズム絵画からはじまり、《椅子に座る女》などを経て、戦後の砂川闘争に参加して制作したスケッチや、国鉄労働組合、日本労働組合総評議会(総評)にかかわって制作した《構内デモ》、《真の独立を闘いとろう》など油彩画の大作や、メーデーのポスター、核廃絶を主題にしたリトグラフなど、1968年に急逝するまでの画業を約70点の作品でたどるものです。

展示作品全点が掲載された会場配布の無料パンフレットも貴重な資料となっています。

展示解説では、新海と丸木夫妻の親交についても紹介されていました。
私が新海の名を知ったのも、やはり丸木夫妻との関係からでした。

1953年、新海は当時丸木夫妻が所属していた日本美術会の事務局長を務めています。
今展には出品されていませんでしたが、その頃、練馬区の開進第三小学校で行われた「原爆展」のポスターを、新海は手がけました。
(拙著『《原爆の図》全国巡回』pp.208-209参照)

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この展覧会、開催年などの正確な情報は残っていないものの、ポスターに10月22日から27日の会期のうち、25日が休みと記されているので、10月25日が日曜日の1953年に開催された可能性が高いです。
主催は練馬区原爆展実行委員会、後援は区役所と日本美術会。

丸木夫妻の《原爆の図》の展覧会なのに、ポスターの絵は完全に新海流であるところが面白いですが、やはり1952年に行われた新潟巡回展でも、版画家の上野誠が自分流の絵で原爆の図展のポスターを制作しています。
大らかな時代と言うべきか、強い個性の画家たちの交流と言うべきか。

今展で紹介されていたのは、1966年に全ソ美術家同盟の招待で丸木夫妻とともにソ連を訪れたことと、新海が亡くなる直前の1968年に丸木夫妻や田中路人、岡本唐貴らとともに結成した創作画人協会のこと。

俊のメモによれば、訪ソのため日本を出発したのは1966年4月18日、帰国は6月11日。
片山潜の墓前で撮影した丸木夫妻と新海の写真は、丸木位里画文集『流々遍歴』(岩波書店)にも掲載されています。

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また、創作画人協会の主催により、東京セントラル美術館で6月18日から24日まで開催された第1回創展では、丸木夫妻が原爆の図第12部《とうろう流し》を発表しています。
新海が急逝したのは、それから約1か月半後の8月10日でした。

もっとも、丸木夫妻が新海との関わりについて詳しく語っているかというと、文献にはほとんど登場せず、今展の調査でも、あまり武居学芸員のお役に立つことはできませんでした。これからの課題としたいところです。

武居学芸員もおっしゃっていましたが、今回の新海覚雄展は、もしかすると二度はないかもしれない非常に貴重な回顧展。
合わせて、府中市美術館研究紀要第16号に武居学芸員が発表されている「砂川闘争と美術家たち」もお勧めです(ミュージアムショップで販売)。
展覧会は9月11日まで。お見逃しなく。
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2016/8/27

大月ひろ美一人語り「6段脚立からみたセカイ〜高江N4テント徒然日記〜」  イベント

大月ひろ美さんの一人語り「6段脚立からみたセカイ〜高江N4テント徒然日記〜」
あいにくの悪天候にもかかわらず、会場においで下さった皆さまに感謝です。

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大月さんの高江体験をもとにした一人語り。
毎年、公演のたびに少しずつ話が付け加えられ、長くなっているそうです。

その話を聞いたときに、壷井明の福島を描いた絵画《無主物》を思い浮かべました。
大月さんの一人語りも、芝居であり、等身大の体験のルポルタージュでもあるのです。

 これは何をつくっている?
 そう、ヘリパッドだ。オスプレイパッドをつくっている。
 何のために?
 アメリカ軍の訓練のために。
 何のために?
 兵士や物資を安全に迅速に運ぶために。
 どこへ?……戦場だ。
 何が起きている?……戦争だ。
 ベトナムへ行ったように、アフガンへ、イラクへ行ったように、
 また、新たな戦争へとつながっている。
 そうだ、ここは、戦場とつながっているんだ。

 口笛の届くすぐそこで、工事をする人たち。それは、仕事だ。
 でも、それはいつか、いや、いずれ戦争に繋がるもの。
 ここで血は流れなくても、どこかで血は流れる。
 私は、それを止めたい。止めたい!


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今回の舞台で、私は音響を担当しました。
鳥たちの鳴き声を流すシーンは問題なかったものの、オスプレイの爆音が難題でした。

普通に爆音を流すと台詞は完全に聞こえなくなってしまうし、かと言って音を絞りすぎると暴力性が伝わらない。ぎりぎりにせめぎ合う音量で、しかもフェードイン、フェードアウト、あるいはカットアウトなどの指示もあり、難しかったです。

もっとも、それはそれで、いかにオスプレイの爆音が、自然の音とかけ離れているかを実感する機会にもなりました。
やっぱり、静かな高江の森に、暴力的な爆音は、似合わない。

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一人語りのあいだ、隣のテントでは、ずっと、版画集団A3BCや「今日の反核反戦展」のメンバーが、高江をテーマにした版画を彫っていました。
公演終了後は、来場者みんなで順番に足で踏み、「刷り」の作業も行いました。

この作品は、8月31日、9月1日に全労済ホール・スペースゼロで行われる非戦を選ぶ演劇人の会ピースリーディングでも展示されるそうです。
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2016/8/24

『琉球新報』「落ち穂」連載第5回  執筆原稿

2016年8月24日付『琉球新報』「落ち穂」連載第5回目。
「とうろう流し」について書きました。

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次回は9月6日掲載予定です。
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2016/8/23

NHK広島“もうひとつの「原爆の図」”放送  TV・ラジオ放送

2016年8月23日、NHK広島放送局「お好みワイドひろしま」にて、特集“もうひとつの「原爆の図」”が8分30秒ほど放送されました。
取材をして下さったのは、梨本英央記者です。どうもありがとうございました。
以下に、放送内容を記録しておきます。

   *   *   *

―スタジオから

松崎洋子キャスター 特集です。広島出身の画家・丸木位里と俊の夫妻が、原爆被害の模様を描いた《原爆の図》。実はこの《原爆の図》には、作者自身が描いたもうひとつの作品があることがわかり、今、注目を集めています。

出山知樹アナウンサー 《原爆の図》は、およそ30年にわたり、全部で15部のシリーズですけれども、最初期の1部から3部までは、ふたつ描かれていました。いったい、なぜふたつ描かれたのか、探りました。

―原爆の図丸木美術館外観

ナレーション(報告:梨本英央記者) 原爆の図を所蔵する埼玉県の原爆の図丸木美術館。今年の春、初めてふたつの《原爆の図》を並べて展示する展覧会が開かれました。

―原爆の図第1部《幽霊》

ナレーション 1950年、最初に描かれた原爆の図《幽霊》。占領下、原爆被害の報道が禁じられていた中、初めて被爆者の姿を大きく描き、大反響を呼びました。

―第1部《幽霊》オリジナルから再制作版へ

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ナレーション シャープな線描と淡い墨で描かれたオリジナル。一方、知られざるもうひとつの《原爆の図》は、再制作版と呼ばれ、より濃く描かれています。

―オリジナルと再制作版を画面上で比較

ナレーション 淡いオリジナルと、暗い再制作版。いったいなぜ、《原爆の図》はふたつあるのでしょうか。

―丸木美術館事務室にて、資料を取り出す岡村

ナレーション 展覧会を企画した岡村幸宣さん。7年前、《原爆の図》の動向を調べて行くうちに、突き当たったのが再制作版でした。

―《原爆の図》を描く丸木夫妻

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ナレーション 再制作版とは、複製ではなく、作者の丸木位里と俊が、もう一度描いた本物だという意味です。二度描いた理由を探ると、自伝の中に描かれていました。

―映画『原爆の図』(1953年)より、二人の共同制作のシーン

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ナレーション GHQ占領下にあった1950年の暮れ、夫妻はアメリカ人から《原爆の図》を本国で展示するので、すべて渡してほしいと依頼されます。このとき、作品に危険を感じた夫妻は、もうひとつ描くことにしました。

―岡村のインタビュー

岡村 実際、絵はできあがったものの、最後の最後で丸木夫妻はアメリカ行きを断るんですね。やっぱり、絵を持っていく人がどこか信用できないというので。断ってしまったがために、手もとにふた組の《原爆の図》が残った。

―原爆の図再制作版《幽霊》

ナレーション 占領軍が隠す原爆被害を初めて公開した《原爆の図》は、公開以来さまざまな圧力にさらされてきました。再制作版は、押収など不測の事態に備えた予備だったのです。

―映画『原爆の図』より巡回展の旅のシーン

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ナレーション 《原爆の図》は、ほかの絵画にはない役割を担っていました。この記録映画のとおり、箱に収められ、作者とともに全国を旅したのです。各地で巡回展が開かれ、報道では伝えられない原爆被害を多くの人びとに伝えました。

―封筒から当時の写真と資料を撮り出す西岡洋さん

ナレーション 64年前、当時大学生だった西岡洋さん。首都圏の巡回展を手伝った一人です。巡回展の展示内容をノートに写していました。それは、学生たちが調べ上げた原爆のしくみや体への影響など科学的な情報。巡回展は、芸術鑑賞よりも、むしろ原爆被害の実態を伝える場だったのです。

―展覧会場に立つ若き日の西岡さん

ナレーション 長崎で被爆した西岡さんは、被爆直後の状態も合わせ、パネルで伝えました。そして自らの《原爆の図》の前に立ち、壮絶な被爆体験を語りました。

―西岡さんへのインタビュー

西岡 話をしますと、みなさん本当に熱心に聞いてくださいますね。これは私びっくりしましたね。やはり原爆というものを知らなかったと、それが何か知らせに来ると言うので、好奇心ですね。これはぼく大きかったと思います。

―武蔵野市・平山博物館展。場外に列をなす人びと

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ナレーション 巡回展は各地で満員。原爆の脅威を知らされた人びとによって、反戦・反核の社会運動にまで発展しました。

―巡回展の開催地を緑色の点で落とし込んだ日本地図

ナレーション 岡村さんが調べた巡回展の全体像です。わかっているだけで4年間に170箇所、170万人を動員しました。

―開催地のうち再制作版の巡回展が赤丸に変化、全体の約半分が赤くなる

ナレーション 赤で示したおよそ半分を担ったのが再制作版。ふたつあったからこそ、監視の目を抜け、短期間にこれだけの人びとに伝えることができたのです。

―岡村へのインタビュー

岡村 隠されていた、見ることが誰にでもわかる形で伝えるという点で、再制作版の果たした意義というのは、大きかったと。再評価すべきだと思います。

―原爆の図再制作版《幽霊》

ナレーション 占領が解け、原爆の報道が盛んになると、使命を終えた再制作版は、表舞台から去ることになりました。

―第3部《水》オリジナルから再制作版へ

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ナレーション しかし、岡村さんは、忘れられていた再制作版には、オリジナルとは違う力が宿っていると考えます。たとえば、第3部の《水》。ふたつはまったく印象が違います。

―オリジナルと再制作版の《水》の母子像部分を比較

ナレーション 淡く、余白の大きなオリジナル。一方、再制作版は暗雲が垂れ込めます。

―オリジナルと再制作版の《水》の屍の山部分を比較

ナレーション 淡い墨で描かれたオリジナルの死者の山。再制作版では色がつき、生々しく描かれています。

―岡村へのインタビュー

岡村 芸術としての完成度はオリジナルの方が高いんじゃないかと思いますが、何かこう、観る人に伝わってくる生々しさは、再制作版の方が大きいんじゃないかと思うときもあるんですね。もっと色をつけたり、もっと墨を流したり、そういう風にリアリティを追求することで、より原爆の恐ろしさを強調できるのではないかと、そういうことを考えていたのかもしれないなと。展示してみて初めて感じたんですけれども……

―広島市現代美術館外観

ナレーション 7月末、再制作版を所蔵する広島市現代美術館で、20年ぶりに再制作版の《原爆の図》が展示されることになりました。

―展示作業風景

ナレーション その存在意義が再評価され、戦前戦後の激動の時代を振り返る展覧会で、いま、公開されています。

―原爆の図《幽霊》再制作版

ナレーション 芸術の枠を越え、被爆を伝える使命を担ったもうひとつの《原爆の図》。占領下の規制に抗い、真実を伝えた人びとの思いがこもった作品でした。

―再びスタジオから

松崎キャスター ご紹介した原爆の図第1部《幽霊》の再制作版は、10月10日まで広島市現代美術館の「1945年±5年」展で展示されています。

   *   *   *
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2016/8/20

映画『ミリキタニの猫《特別篇》』上映会  イベント

午後から映画『ミリキタニの猫《特別編》』の上映会。
朝から強い雨で、お客さんが来てくれるかどうか、というより一時はMASA監督が来られるかどうか心配しましたが、無事終了しました。

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観客の方々も上映後に監督にいろいろ質問をして下さって、販売書籍も完売。
「ふだんは全然売れないんだけどな、丸木美術館のお客さんはレベル高いな・・・」とMASA監督もよろこんで下さいました。

映画『ミリキタニの猫』は以前にも観ていましたが、この日初公開の特別編『ミリキタニの記憶』は、不明だった広島の親族が登場し、若き日に描いた水墨画も発掘されるなど、ミリキタニを知る方々の多様な視点からの証言がまとめられ、短いながらも見ごたえのある内容になっていました。

中には、ミリキタニから絵をもらったにもかかわらず、「価値があるように思えなかったので・・・」と捨ててしまった方もいて、それもまたわかるような気がするので、笑ってしまいましたが。
ボランティアでホームレスに食事を提供していたことでミリキタニと知り合ったニューヨーク駐在員が、人事異動で帰国することになった際、「本当に自由なのは彼の方だったのか」と気づいたという話が、とても良かったです。

ともあれ、8月27日よりユーロスペースで公開、お見逃しなく。

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写真はニューヨークでMASA監督を紹介して下さった平田道正さん(左)と、MASA監督です。
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2016/8/18

東京芸術座公演「KYOKAI 心の38度線」  他館企画など

夕方、池袋でラジオ番組の打ち合わせをした後、東京芸術劇場で東京芸術座公演「KYOKAI 心の38度線」を鑑賞しました。

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ピアノスト崔善愛さんの父で、「金嬉老事件」の説得や、名前の民族語読みを求める人格権訴訟を行うなど、在日韓国人・朝鮮人の人権問題に奔走した牧師の崔昌華(チォエ チャンホア)さんをモデルにした演劇作品。
脚本は山谷典子さん、そして崔善愛さんみずから舞台の上でピアノを弾き、音楽監督を務めるというので、初日に観ることにしたのです(公演は22日まで)。

難しいテーマをよく作品にしたものだ、と思ったのですが、パンフレットに収録された崔善愛さんの文章を読むと、2014年に山谷さんの主宰する演劇集団Ring-Bongの公演「しろたへの春 契りきな」を観た崔さんが、「この人なら書ける」と山谷さんに執筆を依頼したようです。

もともとは、ぼくが山谷さんを崔さんに紹介した経緯があったので、崔さんがそのように思って下さったのは、自分の事のように嬉しくもありました。

事前にメディアにも取り上げられたようで、客席は盛況。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12509519.html?rm=150

植民地支配という複雑な歴史を背負った「他者」の境界に生じる問題を描きながら、男性と女性、あるいは自分と他人という身近な「他者」の問題も想起させるという脚本は、山谷さんならでは。

そして、これだけさまざまな出来事を盛り込んでも、なお描き切れないほどの現実を歩んできた崔さん父娘の人生をあらためて思いました。
黙って舞台に立ち、ショパンを弾き続ける崔さんの存在が、フィクションの中にリアリティを呼び起こします。

山谷さんが書き下ろすRing-Bongの次回公演は2017年2月。
戦時下を生きたプロ野球選手が登場するということで、1940-50年代の野球関連の資料提供を依頼されたため、雨の日に迷惑だったかもしれないけれども、袋にまとめて手渡しました。

鑑賞の後は第五福竜丸展示館のYさん、Iさんと少しだけお酒を飲み、演劇の感想を話してから帰宅しました。
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2016/8/17

情報労連『REPORT』に記事掲載  掲載雑誌・新聞

特集「加害の実相に目を向けた丸木夫妻 対話を重んじる姿勢が絵を描かせた」
 ―情報労連機関誌『REPORT』2016年8月-9月号
 http://ictj-report.joho.or.jp/1608-09/sp04.html

しばらく前に受けたインタビューが、情報労連機関誌『REPORT』に掲載されました。
原爆の図第13部《米兵捕虜の死》、第14部《からす》とオバマ大統領訪広などについて話しています。
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2016/8/17

『朝日新聞』「あのとき・それから」に『ひろしまのピカ』紹介  掲載雑誌・新聞

【あのとき・それから】1980年 絵本「ひろしまのピカ」出版 悲惨な現実、子に静かに語る
 ―2016年8月17日『朝日新聞』夕刊
(記事を読むには無料会員登録が必要です)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12516475.html?_requesturl=articles%2FDA3S12516475.html&rm=150

丸木俊の絵本の代表作『ひろしまのピカ』について。同時期の教科書検定問題も絡めて紹介して下さいました。
俊さんの姪で絵本作家の丸木ひさ子さんのインタビューも掲載されています。
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2016/8/12

『毎日新聞』特集ワイドにて丸木夫妻紹介  掲載雑誌・新聞

平和よ 2016夏・会いたい 原爆の図 見たことを伝える義務 丸木位里、俊夫妻
 ―2016年8月12日『毎日新聞』夕刊・特集ワイド

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丸木夫妻と《原爆の図》について紹介する、大きな特集記事です。
以下のサイトで記事全文を読むことができます(無料会員登録が必要)。
http://mainichi.jp/articles/20160812/dde/012/040/009000c

執筆は宇田川恵記者。
平松利昭さん、丸木ひさ子さん、松本猛さん、岡村のインタビューに加え、故・水上勉さんの文章も引用されています。
多角的な視点から、《原爆の図》の過去と現在を伝える、読み応えのある記事です。
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2016/8/11

宇都宮中央女子高校合唱部ミニコンサート  イベント

午後2時から、丸木美術館新館ホールにて、宇都宮中央女子高校合唱部のミニコンサートを行いました。

夏合宿ということで、前日午後から3学年25人の部員が顧問の吉岡訓子先生に連れられて来館。
吉岡先生は、2010年に栗友会合唱団の一員として、丸木美術館のひろしま忌で歌って下さったことがあります。それ以来のお付き合いで、翌2011年6月に栃木県教育会館大ホールにて行われた「震災復興記念コンサートには、私も伺いました。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1637.html

絵の説明をしてまわった後、前日リハーサルにも立ち会いましたが、部員ひとりひとりの歌に入っていくときの集中力の高さに圧倒されて、素晴らしいコンサートになると予感しました。

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曲目は以下の通り。

風が吹いている(作詞・作曲:水野良樹/編曲:竹内一樹)
じいちゃん(作詩:まど・みちお/作曲:松下耕)
逝く夏の歌〜無伴奏女声合唱のための〜(詩:中原中也/作曲:西村朗)
〈鎮魂歌―明日―風の中の挨拶〉―佐々木幹郎の詩による三つの無伴奏合唱曲―(2012年委嘱作品)より(作詩:佐々木幹郎/作曲:西村朗)
いつも何度でも(作詞:覚和歌子/作曲:木村弓/編曲:竹内一樹)
ねがい桜(編曲委嘱初演:吹奏楽部とともに)(作詞:円純庵/作曲:Marie/編曲:竹内一樹)
赤とんぼ(作詩:三木露風/作曲:山田耕筰/編曲:信長貴富)

当日来場された方々には、曲目とともに、部員ひとりひとりが、丸木美術館を訪れた感想とコンサートへの思いを記したプログラムが配布されました。

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日々の練習を積み重ねた上に、戦争についても学んできた彼女たちの歌声は、絵の中の生者や死者たちと呼応するように響きました。

来場者の方々の満足度も、とても高かったようです。
このように丸木美術館という“場”を活用し、絵に新しい命を吹き込んでくれるような企画をして下さったことを、とてもありがたく思いました。
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2016/8/11

『琉球新報』「落ち穂」連載第4回目  執筆原稿

2016年8月11日付『琉球新報』「落ち穂」連載第4回目。
特急「へいわ」と沖縄軽便鉄道のことを書きました。

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次回は8月24日掲載予定です。
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2016/8/7

『毎日新聞』『埼玉新聞』にてとうろう流し紹介  掲載雑誌・新聞

丸木美術館とうろう流しの様子が、新聞・テレビなどで紹介されました。

夕暮れ 川面に平和願う 丸木美術館「ひろしま忌」
 ―2016年8月7日付『毎日新聞』朝刊埼玉版

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記事全文はこちらから。
http://mainichi.jp/articles/20160807/ddl/k11/040/221000c

平和への誓い 灯籠に乗せて 丸木美術館でひろしま忌
 ―2016年8月7日付『埼玉新聞』朝刊

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   *   *   *

そして、NHKの朝のニュース(首都圏版)でもとうろう流しの映像が流れたようです。
今年は本当にたくさんの方がひろしま忌に参加して下さいました。
ご来館された皆さま、取材をして下さったメディアの方々に、心から御礼を申し上げます。

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2016/8/6

丸木美術館ひろしま忌  イベント

8月6日は、丸木美術館ひろしま忌。
1967年の開館の年にはじまった行事は、今年で50回目となりました。

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城西川越中学・高校の和太鼓演奏にはじまり、木内みどりさんの絵本『おこりじぞう』朗読(絵を手がけた四國五郎の息子・光さんも急きょ挨拶に登壇)、坂田明さんのサックスによる「死んだ男の残したものは」「浜辺の歌」「ひまわり」・・・、そして都幾川でのとうろう流しと、濃密な一日でした。

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ちょうど土曜日に当たったこともあり、有料入館者数は、被爆70年の前年比でも約2.5倍の237人。無料(高校生以下)入館、友の会会員、ボランティア、出店、出演者すべてを含めると、400人を超える大勢の方々が来館して下さいました。
これだけ多くの方が集まったひろしま忌は、ちょっと記憶にありません。暑い中お運び下さった皆さま、本当にありがとうございます。

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とうろう流しの後は、片付けをして、夜更けまでボランティア・スタッフや坂田さんたちと打ち上げが続きました。
一年でもっとも重要な一日が終わり、夏の疲れもたまっていますが、翌日も、その翌日も、丸木美術館の日常は続きます。
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2016/8/5

新作Tシャツのお知らせ  販売物

丸木美術館新作Tシャツのお知らせです。

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昨年より販売を開始した白に加え、新たにピンクと紺のヴァージョンが増えました。
S、M、Lの3つのサイズがあります。販売価格は2160円。

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丸木美術館入口販売コーナーにて扱っています。
明日のひろしま忌では特設ブースを設けますので、ぜひお買い求めください!
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2016/8/5

『朝日新聞』に「ひろしまのピカ」紹介  掲載雑誌・新聞

“絵本に託した、生き抜く力 「ひろしまのピカ」編集者が聞いた父の被爆”
 ―2016年8月5日『朝日新聞』夕刊

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12498393.html?_requesturl=articles%2FDA3S12498393.html&rm=150

ひろしま忌を前に、『ひろしまのピカ』の担当編集者であった小峰書店社長の小峰紀雄さんの記事が掲載されました。

「幼い子は人間の死も、放射能のことも理解できない。だけど大人になって、絵本で読んだ『ピカ』って何だったのかと考える日が、いつか来る。僕自身、そうだったように」
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