2016/7/14

松山高校にて出張授業  講演・発表

今日も午後から、地元の埼玉県立松山高校にて出張授業。
広島へ修学旅行に行く2年生に話をしました。

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今日の体育館はとても蒸し暑く、正直に言うと、集中して話すのがちょっと難しかったです……話を聞く生徒の方も大変だったでしょうが。

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松山高校は県内に5校ある旧制中学時代から続く男子校で、構内には大正時代建築の立派な木造旧校舎が保存されています。

数年前から新聞部の先生が部員を連れて、ひろしま忌にボランティアに来られたり、取材して下さったりしている関係で、今回の出張授業の依頼を頂きました。

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ちなみに、今月発行の『松山高校新聞』は、「ふたつの原爆の図」など《原爆の図》関連特集。
高校新聞とは思えない充実した内容です。

夏休みには宿題で、学年全員がそれぞれ丸木美術館見学をすることになっているので、まずは実際に絵の前に立って、《原爆の図》の世界をじっくりと「体験」して頂きたいところです。

ここ数年、近隣の学校から出張授業の依頼が増えてきています。
地元高校に赴任してきたことが縁で友の会に入ったり、ボランティアに参加したりした先生が、異動先で話を広げてくれることもあります。
学芸員実習に来た大学生が旅行代理店に入社して、修学旅行前の事前学習として「出前」や美術館見学を推薦してくれることもあります。
出張授業だけでなく、個人入館者数や学校をはじめとする団体入館者数も、6月、7月の盛況で、気がつけば被爆70年だった昨年を上回るペースで増えています。
その盛況には、いろいろな理由が複合しているのでしょうが、結局は人と人とのつながりで、丸木美術館がそのプラットフォームになっているということが一番重要なのでしょうね。

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今度の日曜日は、昨日訪れた川越工業高校と今日の松山高校が、高校野球埼玉県大会で対戦します。
県立強豪校同士の好カードで、どちらを応援するべきか、とても悩ましい。というか、どっちもがんばって良い試合をしてほしい……と、授業の後に校長室で話が盛り上がりました。
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2016/7/14

『中国新聞』に「四國五郎展」紹介  掲載雑誌・新聞

「辻詩」に託した反戦の志 四国五郎展
 ―2016年7月14日付『中国新聞』朝刊

広島で四國五郎の調査を丹念に行ってきた『中国新聞』文化部の森田裕子記者が、「四國五郎展」の詳しい記事を書いて下さいました。
記事全文は、以下のWEBサイトでご覧いただけます。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=61538

やはり、今回は「辻詩」を中心に紹介するメディアが多いようですね。
以下、記事より「辻詩」に関する個所を抜き出します。

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 油絵やスケッチなど約80点が並ぶ同展で、異彩を放つ一群がある。3年間のシベリア抑留を体験し、古里に戻った四国が50年ごろ、峠と交流する中で生まれた「辻詩」。社会への鋭い批判を絵と詩のセットで表現したポスターのような作品だ。

 時は米国を中心とする連合国軍の占領下。朝鮮戦争が勃発し、米軍が原爆の使用も検討する中、厳しい言論統制が敷かれていた。人通りの多い町辻の壁や電柱に画びょうで張っては、危ないと感じると取り外して逃げたという。

 「われらは語りつぎ うたいつぐ 祖国の地上にふみにじられた ひとびとえの 愛と怒りとにくしみと」とつづる詩の背景に靴跡が描かれた辻詩は、米国旗を思わせる色使い。占領政策への抵抗がにじむ。別の辻詩は、きのこ雲の下の惨状を想起させる半裸でよろめく親子のシルエットと詩の組み合わせ。原爆で焼かれて不戦を誓った国の米軍基地から、爆撃機が飛び立つさまを指弾する。

 「朝鮮戦争が始まってからは、作品というより反核闘争の手段になった」と四国は後に回想している。100枚は作ったというが、多くは没収されたりなくなったりして、現存するのは8枚のみ。今回、そのすべてが展示されている。四隅に残る無数の画びょう跡が、当時の緊迫した空気と抵抗の軌跡を伝える。


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わざわざ広島からオープニングトークに来て下さった森田記者に、心から御礼を申し上げます。
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