2016/1/30

「私戦と風景」展初日  企画展

「私戦と風景 Private war and Landscapes」展がはじまりました。
結局、展示作業は朝までかかったので、作家たちにつきあって私も美術館に泊まりました。
2011年のChim↑Pom展以来のことです。

クリックすると元のサイズで表示します

出品作家のひとり、手塚太加丸くんが企画展示室全体に高床を張り、丸木美術館の空間を一変させるような、エネルギッシュな展示ができあがっています。

キュレーターの齋藤桂太くんから展覧会のタイトルをもらったとき、ぼくが初めてこの美術館に来たときの事務局長だったSさんが「国同士の戦はダメだが私戦はいいのだ」と物騒なことを言っていたのを思い出しました。
20代のぼく(つまり、今展の出品作家と同世代でした)は、正直、いいのか!と驚いたのですが、Sさんはその後ほどなく死んでしまいました。
桂太くんの言う「私戦」とSさんのそれに通じるものがあるのかどうかはよくわかりませんが、少なくとも人にはそれぞれ、戦うべき何ものかがあるのでしょう。

彼らは幼いとき、多感な時期と2度の震災を経験するなど、もはや社会が平穏でないことを覚悟しながら大人になっています。
その彼らが、芸術を通してどんな「戦い」を見せるのか、ぼくには興味がありました。

桂太くんの企画趣旨は、必ずしも「社会の理不尽と戦う」という単純なものではないことが伝わってきました。
そうした役割を引き受けやすい丸木美術館もまた、彼らにとっての「戦い」の相手のひとつなのかもしれません。
「戦う」ということは、言い換えれば真剣に向き合うことであります。
やるだけやってみて欲しい、と思います。

クリックすると元のサイズで表示します

この空間に展示するということは、《原爆の図》と「戦う」ことでもあります。
そして、彼らがどれだけ自覚しているかはわかりませんが、《原爆の図》は「芸術」としても相当手強い相手です。真剣に向き合えば向き合うほど、そのことがわかってきます。
以前にはChim↑Pomや遠藤一郎くんのような若手の現代アートの旗手たちも、この「戦い」を経験しています。
今回の展示は、その次世代のキュレーターや作家たちです。
彼らには、Chim↑Pomたちを乗り越えていかなければならない「戦い」も待っています。

最近、文化庁の方や、美術館・ギャラリー関係者などから、「若い子たちが丸木美術館で展示したいと言っている」という話をたびたび聞くようになりました。半分はリップサービスもあるのだと思いますが、少し前なら考えられなかった話ではあります。

今展のオープニングでも、「丸木美術館で個展をしたいが、どうすれば良いか」と若い女性作家に真剣に聞かれました。
「それを機に《原爆の図》に出会うのは良いこと」と、沖縄から来て下さった美術館のM学芸員にも言われました。
美術館の背負ってきた歴史性を踏まえつつ、新たな可能性を拓く場所として、これから丸木美術館が認知されていくとしたら、やっぱり自分は嬉しいのだろうな、と思います。

個々の作家の展示については、私自身まだよくわからないところもあるので、会期中に作家の話も聞きながら、もう少し時間をかけて考えていきたいと思います。
展覧会は2月27日まで。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ