2015/11/15

【米国出張G】ウォール街周辺/ハーレム  調査・旅行・出張

展覧会も無事にはじまったので、北京経由で米国に潜入してきた“謎の活動家” のT副理事長と、なぜか二人で過ごすニューヨークの休日。
ウォール街周辺とハーレムという対称的な地区を一日中ひたすら歩き回りました。

クリックすると元のサイズで表示します
Brooklyn bridge

まずはマンハッタン島の南、ブルックリン・ブリッジへ。1883年完成、鋼鉄のワイヤーを使った世界初の吊橋。その一方で、床は木製です。
橋の上からは、ウォール街の高層ビル郡がよく見えます。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
Lower Manhattan from Brooklyn bridge

マンハッタン最古の教会であるセントポール教会は、ジョージ・ワシントンも礼拝をした歴史を持ちますが、2011年の9.11の際に、野戦病院のような状態になったそうで、今もそのときの記憶を伝える展示物があります。
新しく建てられたワールド・トレード・センターを見上げながら、9.11メモリアルへ。

クリックすると元のサイズで表示します
World Trade Center & St.Paul's Chapel

破壊されたふたつのビルの跡地にぽっかりと、その不在を象徴するプールが作られ、2983名の犠牲者の名が刻まれています。パリの事件の後だけに、一層複雑な心境になります。

クリックすると元のサイズで表示します
The National September 11Memorial

9.11から世界は変わってしまったのか。それまで見えていなかったものが見えるようになったに過ぎないのか。

クリックすると元のサイズで表示します
The National September 11Memorial

T副理事長のリクエストで、その後、ズッコティ公園という小さな公園を探しました。
2011年のウォール街占拠運動の拠点となった場所ですが、もちろん訪れても、何か痕跡があるわけではありません。

クリックすると元のサイズで表示します
Occupy Wall Street!

諦めないT副理事長は、近くのお土産屋さんを覗いて、「オキュパイまんじゅうとか、売ってないかな?」(推測)と質問して怪しまれているので、他人のふりをすることにしました。

クリックすると元のサイズで表示します
I'm looking for souvenir of Occupy movement...
ーSuspcious mustache!

「絶対、売れると思うよ」とアドバイスをしてきたらしいので、もし新商品があらわれたら、それはT副理事長の地下活動の成果と思って下さい。

クリックすると元のサイズで表示します
Zuccotti Park

さらに国立アメリカン・インディアン博物館、キャッスル・クリントン、ジューイッシュ・ヘリテージ博物館などをまわりました。

クリックすると元のサイズで表示します
National Museum of the American Indian

クリックすると元のサイズで表示します
Castle Clinton

クリックすると元のサイズで表示します
Statue of Liberty

ジューイッシュ・ヘリテージ博物館では、ユダヤ人の文化やホロコーストの歴史を見学。
出口のところでアンケートをとっていた可愛らしい女の子に、さっそくT副理事長が「逆に質問していいかな?君はパレスチナ問題について、どう思う?」と困らせていたので、「気にしないでね。このおじさんは活動家だから」と後から優しく声をかけました。

クリックすると元のサイズで表示します
Museum of Jewish Heritage

午後は地下鉄A列車で125丁目のハーレムへ。アフリカン・アメリカンの中心地です。
街の雰囲気は一変して、エネルギーにあふれたものになりました。
T副理事長は、露天でRevolutionaryと記されたトートバッグを衝動買い。 私もうっかり、モハメド・アリ対ジョージ・フォアマンのキンシャサの一戦のポスターがプリントされたパーカーを買いそうになってしまいましたが、危うく正気を取り戻しました。

クリックすると元のサイズで表示します
The Studio Museum in Harlem

ハーレム・スタジオ美術館はアフリカン・アメリカンのアーティストを紹介する企画展を3本開催中。内容充実で、日曜無料が申し訳ないほどでした。

クリックすると元のサイズで表示します
The Studio Museum in Harlem

最後に、音楽の聖地であるアポロ・シアターを覗いたのですが、今日の催し物は何もないということで、ミッドタウンに戻りました。

クリックすると元のサイズで表示します
The Apollo Theater

ロックフェラーセンターのクリスマスツリーの前で、T副理事長の(とても場違いな)記念写真を撮ってあげたのですが、手元に画像ないのでご紹介できないのが残念です。
0

2015/11/15

【米国出張F】Eikoさんのパフォーマンス  調査・旅行・出張

原爆の図展オープニング・レセプションでは、《原爆の図》の前でEikoさんのパフォーマンスが行われました。
Eiko & Komaのユニットでの活動は、米国内でも高く評価され、知名度も幅広いとのこと。
この日も100人を超える人びとが、Eikoさんの繊細で静かな熱を帯びたパフォーマンスを息を呑んで凝視していました。

クリックすると元のサイズで表示します

Eikoさんは、WAMの池田恵理子さんと高校の1学年下の同窓生。ぼくも10年近く前にEikoさんが丸木美術館に来られて知り合い、2009年7月18日に川口のNHKアーカイブスで池田さんの企画されたEikoさんと林京子さんの対談を聞きに行ったことがあります。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1212.html
今回、「ヒバクシャ・ストーリーズ」の活動をしているキャサリン・サリバンがEikoさんに公演を依頼したことから、奇しくも6年ぶりの再会となりました。

Eikoさんは当初、《原爆の図》の前でやるべきかどうか戸惑い、林京子さんに電話で尋ねたそうです。
すると林さんから「俊さんの絵は輪郭線が強いけれども、被爆者には輪郭線がなかった。それを表現すれば良いのではないか」という答えが返ってきました。
それは林さんらしい鋭い批評で、ぼくは《原爆の図》というより、林さんがご自身の小説で何を描写されていたのか、その理解が少し深まったような気がしました。

Eikoさんは、絵に描かれなかった、絵からこぼれ落ちるような人間を表現したいと言われ、その通り、《原爆の図》と被爆者の写真の展示会場をつなぐような構成でパフォーマンスを行いました。
Eikoさんの米国デビューを後押ししたのは、かのベアテ・シロタ・ゴードンであり、この日はベアテさんの娘のニコルさんも来場して下さっていました。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

翌日もパイオニア・ワークスでEikoさんの撮影があり、ぼくは一日中立ち会いました。
開幕前にはリハーサルの日もあったので、この間、Eikoさんとはずいぶん話をすることができました。

Eikoさんの祖父は、岡倉天心や横山大観と袂を分かち、丸木位里たちの歴程美術協会より前に「日本画の前衛」に果敢に挑んでいた孤高の日本画家・尾竹竹坡だということも知りました。彼が1920年に描いた天体三部作《月の潤い・太陽の熱・星の冷たさ》は、まるで未来派のような作品で、宮城県美術館の所蔵になっています。
http://www.pref.miyagi.jp/site/mmoa/mmoa-collect028.html

僕はうまい絵を描かうとは思わない。ただ描き度いから描くだけだ。結果がどうだらうと人によく思はれやうとかそんな事には重きをおかない。ただ人を驚かさう、アツと云はせやうというやうな心持を持つて居る。なんとかして大作をやらうと思つて居る。まあ二、三年はかかるだらう。

この文章は、まるで若き日の位里が書いたかのようですが、竹坡が1929年に書いたもの。
当時、位里は28歳。二人の画家の人生は、どこかで交錯していなかったでしょうか。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ