2015/10/31

岡原真弓さんコンサート「きょうだいを殺しに」  イベント

午後2時より、こんにゃく座の歌役者・岡原真弓さんの主宰するコンサート「きょうだいを殺しに」を行いました。

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出演は岡原真弓さん(歌・アコーディオン)、湯田亜希さん(ピアノ)、向雲太郎さん(舞踏)、草刈麻紀さん(クラリネット)、そして有志合唱の「あらゆるものの中に」をうたう会の皆さんでした。

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岡原さんが丸木美術館に来館されて、「ここで何かできないでしょうか」と提案して下さったのは、2年前の夏のことでした。
丸木夫妻の《原爆の図》に触発されて合唱曲「原爆小景」を作られた故・林光さんの曲を、丸木美術館で歌えないだろうか……という話からはじまり、打ち合わせを重ねて、ようやくこの日を迎えました。

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120人を超える観客のなかで、歌あり、ピアノやクラリネットの演奏あり、舞踏あり、の豊かな演目。とりわけ、前半最後の「生命の木、空へ」より3曲の歌は、会場内のあちこちに座っていた有志合唱の皆さんが、岡原さんとともにおもむろに(!)歌いはじめ、会場じゅうが歌に包まれるという感動的な雰囲気でした。

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コンサートのタイトルになった「きょうだいを殺しに」は、70年前に向かって作られた高良留美子さんの詩を、10年前に作曲家の萩京子さんが岡原さんの誕生日のプレゼントにと作曲された歌だそうです。

わたしたちは言わなければいけなかった
日の丸の波に送られて
たたかいに行く兵士たちに
きょうだいを殺しに行ってはいけないと
わたしたちは言ってはいけなかった
お国のために立派にたたかってきて下さいなどとは
国とは何なのか
国とは何だったというのか
わたしたちは日の丸の小旗など振って
道に並んではいけなかった
やがてその人の血に染まる
千人針などを作ってはいけなかった


この歌を、いまの時代だからこそ歌いたいという岡原さんの強い思いが、たくさんの人を動かして、コンサートは素晴らしいものになりました。
亡き林光さんに捧げる企画という意味でも、本当に大成功だったと思います。あらためて、岡原マジックの凄さを実感しました。
お世話になった皆さまに、心から感謝いたします。

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参考までに、以下は当日配布のプログラムより曲目一覧。

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萩京子のソング

はじめのことば  詩 さねとう あきら
こもりうた  詩 川崎 洋
あくび  詩 谷川 俊太郎
ねむり −吉田ももに捧げる  詩 まど みちお
新しい人人  詩 与謝野 晶子
ジャスト マイ サイズ  詩 朝比奈 尚行

パガニーニによる大練習曲・3番 「ラ・カンパネラ」  作曲 F・リスト
明日ひとつの歌が  作曲 林 光
夏が終る  詩 谷川 俊太郎 作曲 織田 英子
「生命の木、空へ」より 木は空を なぜ? あらゆるものの中に  作詞作曲 林 光

――― 休憩 ―――

「この害虫(むし)だけは……」『もどってきた日付−ピアノのための12ヶ月の歌−』より  作曲 林 光
オペラ「おいしい餃子のつくりかた」より 思い出のトランク あの日街が壊れ  台本 鄭 義信 作曲 萩 京子
オペラ「ガリバー」より 原民喜のスコア  台本 朝比奈 尚行 作曲 萩 京子

林光のソング

ねがい  詩 佐藤 信
花のうた  詩 佐藤 信
ばらを植えよう  ポーランド古謡 訳 工藤 幸雄
流れる水と岩のうた  詩 林 光
太陽の旗  詩 林 光

萩京子のソング

きょうだいを殺しに −岡原真弓へ−  詩 高良 留美子

アンコール

欠陥(将軍よ、きみの戦車は)  ベルトルト・ブレヒト/訳 野村修  曲 林 光

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最後は、ブレヒトのユーモラスな詩をもとにした「欠陥」(野村修訳、林光作曲)を会場の全員で合唱しました。

将軍よ 君の戦車は強い とても強い
森の木々を引き倒し 人間を踏みにじる
だが、それにはただひとつ 欠陥がある
将軍よ 戦車には乗り手が必要だ

将軍よ 君の飛行機はすごい とてもすごい
嵐よりも早く飛び 爆弾をたくさん運ぶ
だが、それにはただひとつ 欠陥がある
将軍よ 飛行機には整備員が必要だ

将軍よ 人間はなるほど役に立つ
飛ぶこともできるし 殺すこともできる
だが、彼らにもただひとつ 欠陥がある
将軍よ 人間は考えることができる
将軍よ 人間は考えることができる


すべての片づけを終えた後、打ち上げは東松山駅近くの新しいギャラリー「komeya」へ。
岡原さんはじめ、出演者の皆さんと楽しい時間を過ごしました。

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もとは米屋であったという「komeya」は、地域の歴史を掘り起こす展示や出版、図書館活動などをはじめようというデザイナーさんのご夫婦の小さなギャラリーです。
丸木美術館の図書室兼休憩室として使われている小高文庫(もとは松山本陣小高家の書庫だった建物)にも関わる聞き起こしをされているとのことで、これからの活動に期待したいところです。
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2015/10/29

原爆の図ニューヨーク展のお知らせ  館外展・関連企画

原爆の図米国展も、いよいよ最後の会場を迎えました。
11月13日より12月20日まで、ニューヨーク・ブルックリンのパイオニア・ワークスで開催です。

初日11月13日午後6時からは、オープニング・レセプション。
岡村の作品解説の後、午後7時半からは、ニューヨーク在住のダンス・アーティスト尾竹永子さんが《原爆の図》の前で公演を行います。
尊敬すべきアーティストである尾竹さんに出会ったのは、10年ほど前のこと。
《原爆の図》の前で彼女のパフォーマンスを見ることができるのは、ニューヨーク展の最大の楽しみです。

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The Hiroshima Panels
Produced by Yoshiko Hayakawa
Curated by Yukinori Okamura
Opening Reception: November 13, 6-9pm
On View: November 13 – December 20, 2015


Fifteen in total, the Hiroshima Panels are monumental, folding wood panels completed by Japanese couple Iri and Toshi Maruki over a span of thirty-two years, from 1950-1982. In a classic byobu format, they depict the destruction of Hiroshima and Nagasaki after the atomic bombs in graphic, expressionistic detail. Six of the series will be on display in Pioneer Works for the exhibition: Petition (1955), Floating Lanterns (1968), Ghost (1950), Fire (1950), Death of American Prisoners of War (1971), and Crows (1972). On the occasion of the 70th anniversary of the nuclear atrocities, the exhibition The Hiroshima Panels will mark the first time the works have appeared in New York in 45 years. Vacillating between almost photographic realness and non-representational abstraction, the panels complicate, challenge, and deepen common perceptions of the nuclear bombing and its aftermath. A display of photographs, a selection of artifacts from the cities, and a series of looping films and videos will historically contextualize the panels; while an opening reception solo performance by Guggenheim and MacArthur fellow Eiko Otake will pay homage to the panels’ creators.

Opening Reception Friday, November 13, 2015, 6-9pm
6:00pm – Curatorial walk-through of exhibition with Yukinori Okamura
7:30pm – Guggenheim and MacArthur fellow Eiko Otake will perform with the panels

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2015/10/27

『美術手帖』に展評「原爆を織り込む絵画」掲載  掲載雑誌・新聞

『美術手帖』1030号(11月1日号)のREVIEWS欄に「原爆を織り込む絵画」と題して、兵庫県立美術館の出原均学芸員が、今夏の「発掘!知られざる原爆の図」展の展評を執筆されています。

15部連作とは別に描いた《原爆の図》9点について、それらの共通点や差異を比較して様々な読解が可能となることを指摘し、「本展開催の意義はとても大きい」と記して下さっています。

その中から特に「原爆長崎之図」の連作について、次のように評価して下さいました。

ともに、正方形の安定した画面に左上の背景画変化をもたらす。背景を画面に挿入するのは同時期の正典にも見えるが、対作品では構成が深い。しかも、長崎を示す背景が説明的でないのは、それらと被爆者が呼応するからである。《三菱兵器工場》ではゆがんだ鉄骨の形と被爆した男女の姿、《浦上天主堂》では石像と被爆者のポーズが相似形をなすのだ。背景と被爆者が相まって象徴性も増幅している。

なお、《浦上天主堂》に描かれた被爆者の顔の紙が削がれた痕跡がある点について、「当初からか? 意図的か? いずれにせよ、皮のめくれた被爆者を想起させる強さがそこにあった」と問題提起をされていますが、その問いについて、私の方では明確な返答をすることができませんでした。
今後の課題として考え続けていきたいと思います。
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2015/10/25

ピースあいち「平和博ネット」・名古屋芸大「佐喜眞美術館のスタンス」展  調査・旅行・出張

午前中、名古屋市内の平和博物館ピースあいちにて「平和のための博物館・市民ネットワーク全国交流会」の2日目に参加。

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立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長の安斎育郎さんの基調報告を聞いた後、「原爆の図アメリカ展」について、広島テレビ制作の映像を交えて簡単に報告しました。

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いつもながら、ピースあいちの皆さんには、とても温かく迎えていただき、本当にありがたい限りです。
来春に向けても新たな企画を検討中とのことで、これからも連携していきたいと思っています。

   *   *   *

午後は、ピースあいちのM事務局長の車で、名古屋市郊外にある名古屋芸術大学で開催中の「佐喜眞美術館のスタンス〜丸木位里・俊、ケーテ・コルヴィッツを中心に」展に連れて行ってもらいました。
ちょうど学園祭で賑やかな雰囲気の中を抜けてギャラリーへ。

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展示作品は、《沖縄戦の図》連作から5点をはじめ、本橋成一さんの写真、ケーテ・コルヴィッツの版画、ジェームズ中川さんのガマの写真シリーズなど。
学生たちも、展覧会の作品選定や展示などに関わったようで、貴重な体験になったのではないかと思います。

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会場では、観客や学生・スタッフともいろいろと話ができました。
佐喜眞美術館のコレクションが、丸木美術館以外の「ヤマト」で紹介されるのは初めてのこと。
沖縄という場所性を考えつつ、芸術作品の奥深くに流れる精神に触れるという好企画でした。

佐喜眞美術館のケーテ・コルヴィッツ作品のコレクションについては、今年8月30日にNHK教育テレビ「こころの時代」「シリーズ 私の戦後70年・沖縄でコルヴィッツと出会う」が放映されました。
非常に丁寧なつくりの番組で、11月1日午前5時からのアンコール放送も決まっています。
こちらの方も、興味のある方はぜひご覧になって下さい。
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2015/10/24

国立民族学博物館・共同研究会第1回  調査・旅行・出張

ボストンから帰国して、1日だけ美術館で雑務を片付けた後、国立民族学博物館の共同研究会「放射線影響をめぐる「当事者性」に関する学際的研究」に参加するため、大阪の万博記念公園へ。
万博記念公園は、20代の頃に何度か来て以来久しぶりです。

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岡本太郎の《太陽の塔》の存在感は圧倒的で、モノレールに乗っているあいだにも、子どもが窓の外を見ながら「おかあちゃん、太陽の塔見えたで〜」と言っている光景を目撃しました。

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万博記念公園内には、イサム・ノグチ設計の噴水群が配された「夢の池」など、当時設置された現代美術作品も数多く残っており、何か1970年にタイプスリップしたかのような不思議な感覚に陥ります。

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この研究会は、マーシャル諸島における水爆実験の影響についてフィールドワークを続けている中原聖乃さんに誘われて参加したもので、今後3年半をかけて、文化人類学的視点を主にしながら、“放射線影響をめぐる「当事者性」”にアプローチしていこうという共同研究。大学の研究者、博物館・美術館の学芸員、医師、NPO職員など、幅広い方が集まっています。
まずは研究者同士の顔合わせと、研究会の目的のすり合わせ、今後のスケジュールなどについて意見交換をしました。

異なる分野の研究者の方々の話は興味深く、また、個人的には国立民族学博物館のコレクションをじっくり見ることのできる機会でもあるので、今後の研究会がとても楽しみです。
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2015/10/19

【米国出張A】ボストン大学展撤去と掲載誌など  調査・旅行・出張

朝からボストン大学のアート・ギャラリーに行き、作品の撤去作業。
はじめはManaging Directorのジョシュと2人だけの作業で、今日じゅうに《原爆の図》6点をすべて梱包して木箱に入れられるだろうか……と不安になりましたが、途中からアルバイトの学生が1人来てくれました。そして午後には入れ替わりに学生が1人と、ギャラリーのスタッフであるリンさんが来てくれて、何とか作業を終わらせることができました。

6点の屏風(それぞれ四曲一双なので計12点)を、何度も開いたり閉じたり持ち上げたりしていると、腕が疲れてパンパンに膨れてきます。絵はとても重いので、力仕事です。

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広島市・長崎市から運んできた被爆した瓦や仏像、そして衣服や靴、弁当箱などの被爆者の遺品などの展示資料も、丁寧に包んで木箱に収めました。

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作品がなくなった展示スペースは、何だかとてもがらんとしていて、寂しいものです。
秋のボストンは、9月の暑さが嘘のように気温が低く、季節の移ろいの早さを実感しました。
《原爆の図》はこの後、ニューヨークの倉庫で保管されて、ブルックリンのパイオニア・ワークスで11月13日から最後の展覧会がはじまる予定です。

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展示室の奥の事務室で、名残りを惜しみながら小休止。
壁には《原爆の図》の展示撤去作業のスケジュールも書き出されています。
この部屋では、オープニングレセプションの前に英語の発表の練習をしたり、時差ボケで居眠り休憩をさせてもらったり、居心地が良いのでずいぶん使わせてもらいました。

     *     *     *

図録などの販売物の清算をして、ニューヨークへの輸送物の最終確認をした後、広報室へ行って、10月6日に掲載された『BOSTON GROBE』の展評記事を見せてもらいました。

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ボストンのSMFS(At School of the Museum of Fine Arts)で、同じ18日まで開催されていたRAQS MEDIA COLLECTIVE: Luminous Will(RAQSは、ニューデリーを拠点に活動する3人の現代美術家)とともに、文化欄に取り上げられたのです。

ワシントンD.C.のアメリカン大学展では、原爆投下70年関連の社会面の記事ばかりが配信されていたので、美術評が出たのは今回のボストン展の成果と言えるでしょう。

評者はCate McQuaid氏。記事の全文はWEBで見ることができます。

“Currents, currency, and panic in two new exhibitions”
https://www.bostonglobe.com/arts/2015/10/06/currents-currency-and-panic-two-new-exhibitions/aqy7ccX3XTGMbqLvuVHygL/story.html

まず《原爆の図》は、貨幣価値の暴落のために銀行に押し寄せる群集を題材にしたRAQSの映像作品《Re-Run》と対比されています(アーサー・ビナードさんが紙芝居制作の際にさかんに言っている、見る者を「巻き込む」力を、評者も感じたようです)。

そして、絵とともに展示された被爆した子どもの衣服などの実物資料が相乗効果をもたらしていることや、一見凄惨な悲しみの光景のなかに、それだけでなく希望や愛情を見出している点が指摘されていたのも、嬉しく思いました。

     *     *     *

ボストン大学では、大学広報のためのWEBサイト『BU Today』にも、長文記事が10月6日に掲載されました。

“Stone Gallery Exhibition Recalls the Horrors of Hiroshima”
http://www.bu.edu/today/2015/new-exhibition-recalls-the-horrors-of-hiroshima/

筆者はJohn O'Rourke氏。テレビ番組の編集者で、エミー賞も受賞している方です。
《原爆の図》について、とてもわかりやすく丁寧な解説を記して下さっています。
ギャラリーの若いアシスタントのアレックスくんが丸木夫妻の共同制作のユーモラスな様子を説明し(彼は私の発表の後に、わざわざ質問に来るほど共同制作に関心を持っていました)、ジョシュが展覧会の狙いについて熱いコメントをしているのも興味深いところ。

“A Call for Peace expresses the ultimate goal of both of our collaborating institutions and of our exhibition—to present an artistic expression of the horrors of war so that we never forget the human stories of Hiroshima and Nagasaki, the universal stories of suffering that are those most impactful appeals for peace in this world,”

「A Call for Peace(ボストン大学での展覧会の名称)は、私たちの組織の共同作業と展覧会の究極のゴールを表しています。この世界の平和のために、もっとも強い訴えとなる広島と長崎の人びとの苦しみの物語を決して忘れないよう、私たちは戦争の惨禍を描いた芸術表現を提示するのです」

普段は寡黙でにこやかなジョシュですが、とても素晴らしいコメントだと感心しました。

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写真は、レセプションの夜、早川さんの友人家族のホームパーティにて。
岡村、ボストン大学ギャラリーのリン、ジョシュ、そして早川さん夫妻と招待して下さった友人家族たちです。

さまざまな方との出会いを生んだボストン大学展。
何より、お世話になったギャラリーのスタッフの皆さんの温かさには、本当に助けられました。
別れを惜しみながら挨拶をして、ギャラリーからホテルまで、余韻に浸るように街を歩いて帰りました。
気がついてみれば、ボストン大学からフェンウェイパークまでは、歩くのも苦にならないほど近かったのです。
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2015/10/18

【米国出張@】ボストン大学「原爆の図展」最終日  調査・旅行・出張

昨日ボストンに到着し、今日はボストン大学アート・ギャラリーの「原爆の図展」最終日。
ワシントンD.C.に比べて静かにはじまったこの展覧会は、最後まで落ち着いた雰囲気だったようです。

反響も、特にネガティヴなものはなく、「(ワシントンD.C.のように)老軍人が来ることもなかったよ」と言ってManaging Directorのジョシュは笑っていました。

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70年目の夏も終わったこともあって、メディアを大きく賑わせることもなかったようです。
1か月間の来場者数は実数発表で762人。受付のお姉さんは「見逃してカウントしていない人もいるから、もう少し多かったと思う」とのことで、おそらく800人前後だったでしょうか。

ワシントンD.C.は2か月の会期中に推定5000人だったというから(ただし、実数カウントはしていない)、観客の数こそ決して多くないですが、レセプションと最終日の様子を見る限り、若い世代と日本人以外の来場者の比率は、ボストンの方が高かったと思われます。
大学の先生に引率されて訪れた学生たちがじっくり絵を見ていた姿も印象的でした。

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会場入り口に設置した感想ノートにも好意的なコメントがならび、募金箱には日本円にして1万7000円ほどのドル札が入っていました。

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閉会間際の時間に、受付のお姉さんに感想を聞いてみました。
「とても心を動かされた展覧会だった。力強く、美しい絵画だったし、私はこの展覧会で新しい歴史を学んだ。アメリカの歴史だけでなく、双方向から世界を見ることが大事だと知った」
彼女は丁寧に答えてくれました。何だか、出来過ぎのような感想でしたが、この言葉がボストン展の雰囲気をよく表しているのではないかと思います。

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ともあれ、展覧会は無事に終了。作品の点検作業も終えて、明日は午前中から展示撤去・木箱梱包の作業に入ります。次の巡回先はニューヨーク・ブルックリンのパイオニアワークスになります。会期は2015年11月13日から12月20日まで。現在、ボストン展の撤去と並行して展覧会に向けて最後の契約準備を進めているところです。

   *   *   *

というわけで、今夜は展覧会の閉幕を祝って、一人ボストンの居酒屋でお好み焼きをつまみに日本酒BUSHIDOを飲んでみました。
もともとお酒は弱いもので、一人で居酒屋に入るのはボストンが初めてです。

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ちなみに、ボストン大学のジョシュが予約してくれたホテルは、なんと1914年建設、メジャーリーグ最古の野球場フェンウェイパークのすぐ隣りの通りという立地。
すでにメジャーリーグはポストシーズンに入っていて、ボストンの試合予定はありませんが、煉瓦と鉄骨で作られた文化財級のボールパークなので、外観の雰囲気を見ているだけで幸せになります。
何度も建て替え計画がありながら、市民の根強い反対運動によって大切に守られてきたという歴史の重みは、日本も見習っていきたいところです。

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ジョシュがギャラリーで「ホテルはどうだった?」と聞いてきたので、「そりゃ最高だよ。だって窓からフェンウェイパークが見えるんだよ!」と答えたら、嬉しそうに笑っていました。
ジョシュもかなりのベースボールファンなので、きっと確信犯だったのでしょう。
お礼にジョシュには、日本時代のイチローと上原のベースボールカードをプレゼントしました。
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2015/10/16

名古屋芸術大学「佐喜眞美術館のスタンス」展のお知らせ  館外展・関連企画

本日より、名古屋芸術大学アート&デザインセンターにて、「佐喜眞美術館のスタンス〜丸木位里・俊、ケーテ・コルヴィッツを中心に」展が開催されます。

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会期は2015年10月16日(金)から28日(水)まで。
沖縄・佐喜眞美術館のコレクションから、丸木夫妻の《沖縄戦の図》連作とケーテ・コルヴィッツの作品を展示紹介する好企画です。

佐喜眞美術館のコレクションが本土で紹介されるのは、2010年の丸木美術館企画展「OKINAWA つなぎとめる記憶のために」以来。ケーテ・コルヴィッツのコレクションは初展示だそうです。
会期中には、以下の関連イベントも予定されています。
残念ながら明日から米国出張なので、講演会は聞くことができませんが、何とか展示は見ておきたいと思っています。

<特別講演会2> 原爆から沖縄戦へ−丸木位里・俊の絵画表現と戦争認識の変容
日時:2015年10月17日(土)14:00-16:00
場所:西キャンパスB棟大講義室
講師:小沢節子(近現代史研究者)

公開ゼミ1 『平和』の絵画を巡って〜佐喜眞道夫と高・大生との対話〜
日時:2015年10月18日(日)10:30-12:00
場所:名古屋芸術大学アート&デザインセンター

特別講演会3 沖縄に、戦後は訪れたのか〜佐喜眞美術館のスタンス〜
日時:2015年10月18日(日)14:00-15:30
場所:西キャンパスB棟大講義室
講師:佐喜眞道夫
※終了後、ギャラリーにて佐喜眞氏を囲んでのレセプションパーティを行います。

公開ゼミ2 版画に刻まれた祈り:ケーテ・コルヴィッツを語ろう
日時:2015年10月27日(火)16:30-18:00
場所:西キャンパスB棟視聴覚室
講師:長田謙一(美術学部教授) 、西村正幸(美術学部教授)
進行:美術学部美術文化コース学生

※講演会とゼミはすべて、入場無料、予約不要です。どなたでもご参加頂けます。
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2015/10/15

新井卓写真集『MONUMENTS』  書籍

写真家・新井卓さんから初の写真集『MONUMENTS』をご恵贈頂きました。
初版1,000部限定、160頁(写真130点、日英テキスト)、箱入り、ハードカバー、随所にこだわりの感じられる豪華写真集です。価格は9,000円+税。
お求めはPGIオンラインショップ(https://www.pgi.ac/cart/product/p-1788.html)より。

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「3.11」を出発点に(私が新井さんと出会ったのも「3.11」がきっかけでした)、福島、第五福竜丸、広島、長崎、トリニティ・サイトなど核の歴史を追い続ける新井さんの、この5年間の集大成とも言うべき内容です。
新井さん自身のテキストも読みごたえがあり、写真家の川田喜久治さんと批評家の竹内万里子さんが文章を寄せています。

以下は、竹内さんの文章より、備忘録として一部を抜粋。

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 新井はこのようにして撮ってきた自らの写真を、忘却や消滅に抗って個別の記憶や感情を伝えるための〈モニュメント〉と呼ぶ。共同体やグループで共有されるべき集団的記憶ではなく、見る人それぞれがそこから個別の記憶を引き出すようなものとして。しかし記憶や感情といったものがきわめて個別な性質をもつ以上、そのようなモニュメントは果たして可能なものなのだろうか。

 確かに他者の記憶は、どれだけ想像しようともあくまでも自分が想像した範囲を出ることはない。だからこそ重要なのは、想像を諦めることではなく、ぎりぎりまで想像を尽くしてもなおその限界を知り、自分の想像を手放せることだ。したがってモニュメントは決して声高であってはいけない。それは誰かを救うかもしれないが、同時に誰かを図らずも傷つけてしまうかもしれないのだ。実際、記憶が人を救うこともあれば、忘却が人を救うこともある。他者の記憶や感情と向き合おうとすることは、このような一筋縄ではない場所に立つということ、矛盾を引き受けるということである。

 新井の歩みは、つねにこの困難さと共にある。ダゲレオタイプはとりわけオブジェとしての強い存在感ゆえに、ともすると他者の記憶を利用した美しいモニュメントとみなされかねない。そこでは傷や染みといったエラーすらも美的要素として機能するだろう。だからこそ、技術的鍛錬を追求するその手を緩めることなく、それでもなお予期せぬエラーの発生を受け入れるという矛盾を彼は生きざるを得ない。もっとも、現実を生きるとはこのようにどうしようもなく手に負えない事態を引き受けることであって、現実を完全にコントロールできるなどというのは思い上がった人間の愚言に過ぎない。ダゲレオタイプはそのような思い上がりを一蹴する。


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これからも、彼の仕事を見つめ続けていきたいと思える一冊でした。
ご恵贈に心から感謝。どうもありがとうございました。
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2015/10/14

別冊宝島『美女の日本史』  掲載雑誌・新聞

珍しいタイプの掲載誌のご紹介です。別冊宝島2399『美女の日本史』。

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幕末篇の楢崎龍、木戸松子(幾松)、楠本イネ、唐人お吉、新島八重、明治篇の川上貞奴、松井須磨子、ラグーザ玉、大正篇の柳原白蓮、昭和前期篇の愛新覚羅浩、李香蘭、川島芳子、白洲正子、高峰秀子、阿部定……などなど数多くの「美女」たちが紹介されているなかで、森まゆみさんの特別インタビュー「激動の時代を生き抜いた女性たちの美」の頁に、赤松俊子(丸木俊)の南洋でのセミヌード写真が紹介されています。

以下は、森まゆみさんのインタビューより、一部抜粋。

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 丸木俊(1912-2000年)さんは度胸ある人だと思います。俊さんが裸で踊っている写真がありますが、当時の日本人の画家で、ミクロネシアまで行って先住民を描き、さらには一緒になって踊った女性はいないのではないでしょうか。とても自由で爽快な女性です。

 以前、俊さんにお話を伺った際、夫の丸木位里さんについて訊ねたら、「ひどい男だったよ。だけど惚れたんだから仕方ない」とおっしゃいました。位里さんはたくさんの女性を愛して、晩年までよくモテたそうですから、それだけ俊さんを苦しませたということかもしれません。男女の仲、夫婦の仲というのは、好きでなければ嫉妬も沸きません。妻というポジションを脅かされた、というのは嫉妬ではないですから。

 嫉妬したという時点で、その人のことを愛しているということです。名言だったと思います。


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写真自体はよく知られているものではありますが、「美女」特集ということで、「本人もよろこんでいるんじゃないかな」と姪のH子さん。
ご興味のある方は、ぜひお求めください。
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2015/10/10

「caravan La Baracca」公演  イベント

午後2時から、移動劇場「caravan La Baracca」の公演が行われました。
1930年代のスペインの詩人ガルシア・ロルカの活動に倣ったという“芸術のサーカス小屋”です。
多彩な演目に心を奪われる濃密な時間になりました。

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はじめに、主宰者の二瓶龍彦さんらのユニットGuelb er Richat ensemble(砂漠の音楽隊)が会場全体の空気を作ります。何かがはじまる……とふだんの美術館とは違う緊張感が空間を包む瞬間です。

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劇団もっきりや(杉浦久幸さん、門岡瞳さん)の詩の朗読は、原発事故により福島から東京に移住した詩人小島力の詩からはじまり、茨木のり子、中原中也、小熊秀雄らの時代に対峙する言葉が、次々と空間を舞っていくイメージです。

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続いて、斎藤ひろさんのギターと力強い歌声。周囲の絵画と音楽が響き合います。
舞台としての丸木美術館の空間の力を生かして下さるような弾き語りです。

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休憩をはさんで、シテ方宝生流能楽師・金井雄資さんの舞台。
ふたりの謡い方を従え、「清経」を舞います。
源氏に追われた平清経が、戦のむなしさ、無益さを感じ、入水自殺を遂げるという内容です。
丸木美術館で能が行われたのは、この日が初めてではないでしょうか。

その様子は、こちらの動画でご覧になれます。
https://www.facebook.com/hiro.Sola/videos/10201308058339244/

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谷川賢作さんのピアノ演奏も素晴らしいものでした。
https://www.facebook.com/hiro.Sola/videos/10201309058324243/

谷川さんに誘われたというクラリネットの草刈麻紀さんも特別出演され、10月31日のコンサート「きょうだいをころしに」へ続く流れも作って下さいました。
こちらは、谷川さんと草刈さんの共演の動画。
https://www.facebook.com/hiro.Sola/videos/10201302023468376/

最後に、Guelb er Richat ensemble(砂漠の音楽隊)の動画も紹介します。
https://www.facebook.com/hiro.Sola/videos/10201302256914212/

ひとつひとつのパフォーマンスの質が非常に高く、表現に深みがあることには、本当に感銘を受けました。時代に対する抵抗の思いを、ここまで昇華させるというのは、簡単ではないと思います。
公演終了後、事務局で同僚のYさんと、「いや、今日の公演は凄かったね・・・」とため息をつきながらひとしきり余韻に浸りました。
出演者、そしてご来場下さった皆さまには、心から御礼を申し上げます。
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2015/10/9

大阪人権博物館・高野山作品返却  調査・旅行・出張

朝、大阪人権博物館に原爆の図《高張提灯》を返却。
こちらもたいへんお世話になりました。
夏の企画展の後片付けは、肩の荷が下りるようでもあり、少し寂しいようでもあり。

その後、運送会社のトラックに同乗して、高野山成福院に原爆の図《火》、《水》の2点を返却しました。開創1200年の観光シーズンということで、大勢の観光客でにぎわう高野山。

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帰りは、ケーブルカーに乗って下山しました。
紅葉にはまだ少し時期が早かったようです。

無事に作品返却を終えて、新大阪駅から新幹線に乗って帰宅。
車内でひとり駅弁を食べながら、夏の終わりを静かに祝いました。
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2015/10/8

長崎原爆資料館作品返却  調査・旅行・出張

朝一番の飛行機に乗って、長崎へ。
長崎原爆資料館へ、原爆長崎之図《三菱兵器工場》と《浦上天主堂》を返却しました。
この、1950年代に描かれた2点の「知られざる原爆の図」によって、今年の夏の丸木美術館の展示は非常に意味深いものになりました。ご協力くださった原爆資料館の皆さまには心から感謝です。

『美術手帖』11月号(10月17日発売号)には、兵庫県美術館の出原均学芸員による「知られざる原爆の図」展の展評が掲載され、《浦上天主堂》の図版も掲載される予定です。
丸木美術館の企画展がこうした美術雑誌の展評欄に掲載されることは珍しいので、とてもありがたいです。

長崎県美術館では、広島県立美術館から巡回していた「戦争と平和」展を再見しました。
会場の雰囲気がちがうので、同じ展覧会でも二度楽しめます。
原爆の図第3部《水》も、とても立派に飾って下さっていました。

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実はこの日は、ちょうど長崎くんちの中日。
新地中華街の門の前で曳壇尻の庭先回りに出くわしました。
コンコンチキチン、コンチキチンの明るいお囃子に心も浮かれましたが、夕方の飛行機で大阪に飛ばなければならないのが残念でした。
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2015/10/6

東京都現代美術館「ここはだれの場所」/神奈川県立近代美術館「若林奮展」  他館企画など

午前中、東京都現代美術館「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」(10月12日まで)へ。

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会田誠の作品の撤去問題が話題となった展覧会ですが、個人的には、以前に沖縄県立博物館・美術館のT学芸員から伺っていた、ヨーガン・レールの展示を観ておきたいと思って足を運びました。

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2014年に不慮の事故で亡くなったデザイナーのヨーガン・レール。沖縄に移住した彼は、美しい島の海岸に流れ着くプラスチックのゴミを集めて作品に再生させ、自然環境の破壊へ継承を鳴らしていました。
「ただ美しいだけのオブジェではなく、もう一度人の役に立つ実用的なものに変えましょう。これは、ものを作ることを仕事にしている私の小さな抵抗です」という言葉が胸に響きます。

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話題の会田誠の展示は、写真の「文部科学省に物申す」という《檄》も刺激的でしたが、もうひとつの問題作、《国際会議で演説をする日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》(2014年)が、非常に興味深かったです。
安倍総理に扮し、つたない英語で「あらゆる国は鎖国せよ」と熱弁する名演技は、とぼけたような笑いに包みながらもグローバリズムの本質をついた批判になっていて、最後まで惹き込まれるように観てしまいました。

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所蔵品展示の「MOTコレクション 戦後美術クローズアップ」も、香月泰男や浜田知明、石井茂雄、桂ゆき、井上長三郎、鶴岡政男らそうそうたる顔ぶれの、しかし、決して広く知られているわけではない作品を紹介して戦後美術史を見つめるという見ごたえ十分の内容です。

   *   *   *

午後は神奈川県立近代美術館葉山に移動して、「若林奮 飛葉と振動」展を観ました。

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鉄を素材に用いた彫刻家として国際的に知られる若林奮の回顧展。
個人的には、高校の先輩でもある若林さんの名前を知るきっかけになった、日の出町のゴミ処分場問題のさなかに作られた森のなかの庭《緑の森の一角獣座》(こあの名前をつけたのも、やはり高校の先輩である吉増剛造)がクローズアップされていたことに感慨を覚えました。

当時、美術大学の学生だった自分にとって、芸術が社会と切り結ぶことの意味、そして無力さ、無力のように見えて、物理的に失われても記憶に残り続ける芸術の力を考えさせられる最初の体験だったのです。

   *   *   *

夕方からは、平塚市美術館で来年度企画の打ち合わせ。K館長、H館長代理、K学芸員と駅前の魚の美味しい店で夕食を頂き、充実した一日に嬉しい気分で帰宅しました。
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2015/10/3

丸木美術館ニュース第123号発送作業  美術館ニュース

今回も大勢のボランティアが参加して下さり、丸木美術館ニュース第122号の発送作業が行われました。
昼食はいつものように、美味しいM年山さんのカレーです。

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今号の丸木美術館ニュースの表紙は、ボストン大学アートギャラリーで開催中の「原爆の図展」の会場写真を使いました。
1994年、亡くなる前年の位里さんの「私の若い頃には戦争というのがそれほど悪いことと思わない空気があった。今頃の若い者はみんなよく、物事をわかっているのでなにも言うことはない。言うことはないが、いかなることがあっても、戦争はいけないということだ。」という言葉も紹介しています。
ニュースの具体的な内容は以下の通り。理事会からの「安保法制制定に抗議し撤回を求める声明」も掲載しています。

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丸木美術館ニュース第123号 (発行部数2,500部)

〈主な記事〉
《原爆の図》米国巡回展日記 第2回 ボストン大学アート・ギャラリー (岡村 幸宣) …… p.2-3
8月6日 丸木美術館ひろしま忌 おしどり マコさん・ケンさんトーク抄録 …… p.4
安保法制制定に抗議し撤回を求める声明 (原爆の図丸木美術館理事会)/リレー・エッセイ 第55回 (岡原 真弓) …… p.5
洪成潭連作〈靖国の迷妄〉巡回展―新たなる「記憶」の生成へ向けて (古川 美佳) …… p.6
野木庵にて朗読劇上演 (水谷 幸太郎)/高山別院「非戦平和展」 (三枝 正尚) …… p.7
「知られざる原爆の図を見る」 小沢節子+岡村幸宣 対談抄録 …… p.8-9
連載 丸木美術館で学ぶ―教育の現場から―〈第7回〉 「戦争・平和ミュージアム」からみた丸木美術館A (向原 香菜) …… p.10
丸木美術館情報ページ/美術館の書棚から (小寺 美和) …… p.11
写真で見る 丸木美術館の日常風景 (山口 和彦) …… p.12

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