2015/8/1

【広島出張1日目】アートギャラリーミヤウチ・広島市現代美術館・広島県立美術館  調査・旅行・出張

朝一番の飛行機に飛び乗って広島へ。
今回は広島県立美術館の「戦争と平和」展関連企画としてシンポジウムに呼んでいただいたのですが、まずは廿日市のアートギャラリーミヤウチで開催されている「被爆70周年記念事業 TODAY IS THE DAY:未来への提案」(7月26日〜9月27日)に足を運びました。

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実は展覧会準備にあたって助成金申請の際に推薦文を書いたという縁があったのですが、出品作家はヴィト・アコンチ、ダレン・アーモンド、伊藤隆介、ジョーン・ジョナス、アート・リンゼイ、奈良美智、小沢剛、ピピロッティ・リスト、田中和美、照屋勇賢、リュック・タイマンス、ジャン=リュック・ヴィルムート、ビル・ヴィオラ、ヘンク・フィシュ、アピチャッポン・ウィーラセタクン、ローレンス・ウィーナーの16名という豪華な顔ぶれ。

企画も凄いメンバーがそろっているので、質の高い展覧会になるのも当然でしょう。

企画:平川典俊(アーティスト)、デヴィッド・ロス(元ホイットニー美術館館長)
監修:飯田高誉(キュレーター、元青森県立美術館美術統括監)
アドバイザー:岡本芳枝(キュレーター/国立広島原爆死没者追悼平和祈念館)

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被爆70年夏の広島にあって、「3.11」によって近代社会の矛盾があらわになった私たちの世界をどうとらえ直していくかという国内外のアーティストたちの視点を提示するというのは、ある意味で突出して鋭い問題意識だと思います。

写真は手前に見える赤い旗が照屋勇賢の《私には夢がある/I Have a Dream》のうちの一点。
奥の壁に提示されているのが小沢剛による、福島の子どもたちが描いた絵を模写した連作。目の部分をひときわ明るい白で彩色し、視線の位置を直線状にならべています。

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この企画は、ギャラリーの2階、3階にある展示室だけでなく、その近所にある「ピンクハウス」や「グレーハウス」の展示も見てまわるという、ちょっとした国際美術展のような気分を味わえます。

そのうち、「ピンクハウス」に展示されていた伊藤隆介さんの展示《自由落下》に目を惹かれました。手前に設置されたジオラマの、回転を続ける書き割りの空の前で、永久に「落下」し続ける原子爆弾。小型カメラで撮影した映像が壁面に大きく映し出されます。
「核」という私たちに「見えない」/「見ようとしない」問題を宙づりにしたまま、その傘の下で繁栄を続けてきた70年の矛盾。
伊藤さんは、対になる作品として、東日本大震災で水蒸気爆発した福島第一原発の原子炉内部に侵入していく小型カメラを模した《そんなことは無かった》も今回出品されています。
アイロニーとユーモアにあふれた非常に興味深い2点です。

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その後は駆け足で、広島市現代美術館の「ライフ=ワーク」展と広島県立美術館の「戦争と平和」展を見ました。丸木美術館関連でいえば、前者には大道あやの《仕掛け花火》が出品され、丸木夫妻の《原爆―ひろしまの図》の公開修復も行われています。後者には原爆の図第3部《水》と位里の《竹》が出品。
このふたつの展覧会については、図録の論考など、じっくり読ませて頂きたいと思います。

午後2時半からのシンポジウム「戦争画と『原爆の図』をめぐって―その政治性と芸術性の問題―」では、戦争画を研究されている平瀬礼太さんの発表の後を受けて、占領下の《原爆の図》の全国巡回展を中心に、《原爆の図》の「政治性」と「芸術性」についての報告を行いました。
会場には旧知の研究者の方も多くいらっしゃり、発表後にさまざまな反応を聞くことができたのは大きなよろこびでした。

その後は、原爆文学研究会の懇親会に合流。明日は午前中に研究会に参加した後、午後3時からギャラリーGで竹田信平さん、浅見俊哉さんとトークを行います。
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2015/8/1

『広報もろやま』特集「伝える」  掲載雑誌・新聞

“絵画をとおし、原爆や戦争がどういうものなのかを伝える”
 ―『広報もろやま』No.899(2015年8月1日号)

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地元の東松山市ではなく、近隣の小さな町の広報の特集「伝える」の記事です。
自治体からの取材依頼は珍しく、何度も校正のやりとりをしました。
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