2015/7/31

神宮寺「命の伝承」展《アウシュビッツの図》展示  館外展・関連企画

長野県松本市浅間温泉の神宮寺は、丸木夫妻が1988年に描いた88枚の襖絵・板戸絵があることで知られています。
チェルノブイリや福島原発事故などの問題に精力的に取り組む高橋卓志住職の活動も素晴らしく、毎年夏には「命の伝承」展として、ここ20年ほど、ずっと《原爆の図》を展示され続けてきました。

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本堂の襖絵には現代の十六羅漢として、丸木夫妻自身や高橋住職夫妻らの姿も描き込まれています。非常にユニークな面白いお寺です。

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午前10時から神宮寺のアバロホールに《アウシュビッツの図》を搬入。

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16mの壁画をどう展示するのか興味深いところですが、舞台上にはあらかじめ半円状に木枠が設営されていて、そこに一枚ずつ壁画を展示していくのです。

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絵が8枚に分割されているのを逆に生かして、平面ではなく、舞台装置のように半円状に展示するというアイディアが素晴らしいです。

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事前の計算もぴったりで、イメージ通りに展示完了。
凄い空間ができあがりました。

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絵の前に立つと、《アウシュビッツの図》の大画面に囲まれるようで、丸木美術館の展示とはまったく違う絵のように見えます。

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展示期間が8月1日〜9日と短いのがちょっと残念。

会期中の8月2日には、アウシュビッツの国際青少年交流の家のユーディット・ヘーネさんの講演や高橋住職との対談、辻幹雄さん(11弦ギター)、おおたか静流さん(歌)、渋谷毅さん(ピアノ)の追悼コンサートも予定されているそうです。

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昼休みには神宮寺の近くの蕎麦屋さん「かどや」で蕎麦を食べました。

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店内には、筑紫哲也さんや小澤征爾さんの色紙とともに丸木夫妻のサインも。
1988年、神宮寺に長期滞在して襖絵を描いていたときに立ち寄られたようです。

展示を終えて、夕方の新幹線で埼玉に帰着。明日は朝から広島出張。
戦後70年の夏が、いよいよ本格的に熱くなってきました。
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2015/7/30

《アウシュビッツの図》搬出!  館外展・関連企画

丸木美術館1階の新館ホールに常設展示されている《アウシュビッツの図》。
高さ3.4m、幅16mのこの大作が、27年ぶりに館外に貸し出されることになりました。

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全部で8枚に分かれている壁画を、ひとつずつ外して梱包していきます。
午前中の比較的涼しい(はず)の時間の作業でしたが、輸送業者さんは汗びっしょり。
やはりたいへんな重労働です。

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ぽっかりと空いてしまった壁には、丸木夫妻の共同制作《火焔山》と、位里さんの《グランドキャニオン》という2点の屏風画を久しぶりに展示しました。
高さでは《アウシュビッツの図》の不在を補うことができませんが、《火焔山》は《アウシュビッツの図》を貸し出す神宮寺の襖絵と共通するテーマ、《グランドキャニオン》は《原爆の図》アメリカ巡回展を思い起こすということで、ぜひ、ふだん見ることのできない作品をご堪能ください。

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午後は、《アウシュビッツの図》を乗せたトラックとともに長野県松本市浅間温泉の神宮寺へ。
毎年この時期に《原爆の図》を展示して下さっているお寺なのですが、今年は8月1日から9日まで《アウシュビッツの図》が特別公開されます。

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夕方6時過ぎに無事に到着。明日は展示作業を行います。
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2015/7/28

今年も草刈りの季節  自然・生きものたち

今年も草刈りの季節がやってきました。
雨が多かったせいか、今年は草の伸びが凄いです。

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事務局職員のYさんはじめ、ボランティアの皆さんに草刈りを頼ってしまっていたので、この日は朝から手ごわい川へ降りていく道を草刈り機で整備しました。
写真は、上が草刈り前。そして次の写真が草刈り後です。

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8月6日のとうろう流しに向けて、これからペースを上げていきたいと思います。
皆さま、ぜひ、8月6日のひろしま忌には丸木美術館にお越しください。
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2015/7/27

『ちゅーピー子ども新聞』に原爆の図展紹介  掲載雑誌・新聞

中国新聞社の子ども向け新聞『ちゅーピー子ども新聞』第137号(2015年7月A)1面に、“「原爆の図」アメリカの首都で初展示”との見出しで原爆の図アメリカ展の記事が掲載されました。とてもわかりやすい記事ですね。

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原爆の図第2部《火》の前で親子がじっと絵を見ている写真が印象的に紹介されています。
ちなみに「ちゅーピー」とは、中国新聞とピース(平和)を合わせた造語で、中国新聞のマスコットキャラクター(鳩)の名前だそうです。

記事を掲載して下さったN記者に御礼を申し上げます。
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2015/7/22

『中国新聞』に“知られざる「原爆の図」”紹介  掲載雑誌・新聞

“知られざる「原爆の図」 丸木夫妻が描き続けた15部連作の番外編 埼玉で展示 惨状や差別 多彩に表現”
 ―2015年7月22日付『中国新聞』。

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『中国新聞』にて、現在開催中の企画展「知られざる《原爆の図》展」が紹介されました。
記事全文は、ヒロシマ平和メディアセンターのサイトでご覧いただけます。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=47753

以下は、記事からの一部抜粋。

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 会場には、普段はそれぞれの所蔵先に眠る大作9点が並ぶ。一糸まとわぬ姿で燃えさかる中を逃げまどう母子、水を求めて息絶えた女性…。1959年に、ビルマ戦没者慰霊のため建てられた高野山成福院(和歌山県)に壁画として奉納された「原爆の図 火」と「原爆の図 水」。それぞれ縦2・1メートル、横2・7メートルもある大作の前に立つと、火勢や音、臭気まで迫ってくるようだ。戦争がもたらす最悪の結末を、静かに物語る。

(中略)

 特別展示は、同館が常設する「原爆の図」のうち6作品が米国へ渡るなど、被爆70年のことしは、国内外への貸し出しが多いことから、その期間を使って企画した。岡村幸宣学芸員は「15部作では選ばなかった題材を選んだり、依頼によって描き分けたりしていたようだ。それぞれに制作の経緯や込められた思いもある。普段はなかなか見ることができない作品。ぜひ味わってほしい」と話す。

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取材をして下さった森田裕美記者に、感謝いたします。
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2015/7/21

『西日本新聞』に「国境を越えて、《原爆の図》と向き合う」寄稿  掲載雑誌・新聞

“国境を越えて、《原爆の図》と向き合う”
 ―2015年7月21日付『西日本新聞』文化欄

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数年前に「原爆文学研究会」でお会いして以来、たびたびお世話になっている西日本新聞社文化部O記者からの依頼で、アメリカン大学美術館で開催中の「原爆の図展」について寄稿しました。
退役軍人の話を中心に、とのことでしたので、複雑な思いも含めて率直に書きました。

芸術作品は、直線的に政治的な問題意識を突きつけるというより、むしろ螺旋状に行きつ戻りつしながら、見る者の思考を誘い、深めるのではないかということを、今回のアメリカ展であらためて感じています。
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2015/7/19

『毎日新聞』にて《ひろしまの図》公開修復紹介  掲載雑誌・新聞

“ひろしまの図 次代に 公開修復”
 ――2015年7月19日付『毎日新聞』朝刊

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広島市現代美術館で、丸木夫妻が1973年に広島市の依頼で制作した《原爆―ひろしまの図》の公開修復がはじまりました。
記事全文は、以下のWEBサイトでご覧いただけます。

http://mainichi.jp/select/news/20150719k0000m040098000c.html
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2015/7/19

丸木美術館ひろしま忌のお知らせ  イベント

今年も8月6日、丸木美術館ひろしま忌が近づいてきました。

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被爆70年の今年は、おしどり マコさん&ケンさんがトークに来て下さいます。
福島県いわき市出身のママシンガー・YUKARIさんのライブもあります。
夕方には都幾川でとうろう流しを行います。
城西川越中学・高校の尺八演奏や、工作教室、出店、フリーマーケットも盛り上がります。

神宮寺の高橋卓志住職が、アウシュビッツIYMC(国際青少年交流の家)教育プログラム部門副代表ユーデット・ヘーネさんをお連れして来て下さるそうなので、はじめにご挨拶をして頂こうと思っています。

広島を思い、福島を思い、アウシュビッツを思う一日。どうぞ皆さま、丸木美術館にお運びください。

http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/0806.html

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2015/7/18

丸木美術館新作Tシャツ入荷!  販売物

丸木美術館の新作Tシャツが、本日入荷しました。

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俊さんの、ちょっと珍しい雰囲気のイラストレーションで、PEACEの文字も入っています。
生地の色は今回は試験的に白のみですが、好評であればヴァリエーションが増えていくかもしれません。
サイズはS・M・Lの3種類。2000円+税で販売しています。
ぜひ皆さま、お求めください!
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2015/7/12

企画展展示替え「福島菊次郎写真展」  企画展

「島田澄也展」が好評のうちに終了し、この日は企画展の展示替えとなりました。
ボランティアの方々にもお手伝いいただき、午前中は島田澄也作品の撤去、午後は福島菊次郎写真パネルの展示です。

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1921年山口県生まれ、現在94歳の報道写真家・福島菊次郎さん。
今回の写真展は、福島さんが自ら手づくりしたパネルの中から、「原爆と人間の記録」(28枚)、「ピカドン」(24枚)、「原発が来た」(22枚)の3つのシリーズを紹介します。

これらの自作パネルは、1989年以降、常に「遺作展」の覚悟をもって制作したもので、実際に「福島菊次郎遺作展」という言葉も掲示されているので、ちょっとびっくりしてしまいますね。
手づくり感のあふれるパネルは、決して洗練されたデザインとは言えませんし、時に同じ写真が繰り返し登場し、キャプションの事実誤認や後にデータが新しくなったものもあります。
けれども、それらも含めて、表現すること、伝えることの根源を示すような、福島さんの強い思いが込められたパネルをそのまますべて展示することが、今回の企画の目的です。
展示空間の密度、熱量は圧倒的に凄い。

「原爆と人間の記録」のシリーズには、「平和都市」である広島・長崎が戦後に置き去りにしてきた被爆者たちの姿が写し出されています。
「ピカドン」は、爆心地から1.6kmの地点で被爆した江波の漁師・中村杉松さんとその家族の貧困の生活を記録したシリーズで、1961年に刊行した写真集が日本写真批評家協会賞特別賞を受賞するなど、報道写真家・福島菊次郎を誕生させた記念碑的な作品です。
「原発が来た」は、瀬戸内海の祝島の原発反対運動を、80年代はじめの最初期の時点から記録したという貴重なシリーズ。

丸木夫妻の《原爆の図》とあわせて、この70年間における私たちと核被害のせめぎあいの歴史を、あらためて等身大の人間の感覚で追体験して頂けると、さいわいです。
展覧会は7月18日から。なお、福島さんは遠方にお住いの上、ご高齢であり、このところあまり体調も良くないとのことで、会期中の来場予定はありませんので、ご了承ください。
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2015/7/10

東京造形大学大学院造形特講「いま《原爆の図》を読みなおす」  講演・発表

今日は母校の東京造形大学の大学院の授業に呼んで頂きました。
造形特講という授業のゲスト講師です。講義の題は「いま、《原爆の図》を読みなおす」。

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久しぶりにキャンパスを歩きましたが、周辺の雰囲気は変わりませんね。スクールバスも、谷間を縫うように建つ校舎も懐かしかったです。

新しくなった(いつから新しくなったかは不明ですが、20年前にはなかった)学食では、法学の前田朗先生にお会いしました。たぶん20年ぶりでしょう。そんなアットホームな雰囲気も懐かしいものでした。

始まる前は、どちらかと言えばのんびりした美大生が、《原爆の図》にどこまで関心を持つだろうかと不安もありましたが、講義の後には質問も結構出て、熱心に聞いてくれたようなので良かったです。中国や韓国からの留学生も増えているようですね。

お招き下さった絵画科教授の母袋俊也先生に感謝。
この大学で学んだからこそ、いま丸木美術館で学芸員として働いているという、原点を確認するような一日でした。
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2015/7/9

神宮寺報『未来への遊行帳』  執筆原稿

長野県松本市浅間温泉・神宮寺の高橋卓志住職の責任編集による『未来への遊行帳』2015年夏号に、「見える暴力/見えない暴力」と題する、《アウシュヴィッツの図》についてのエッセイを書きました。

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特集の執筆者は井出孫六さん、上野千鶴子さん、辛淑玉さんという強力な顔ぶれ。
表紙の絵は「炭坑展」でお会いした山福朱美さんです。
以下、目次を紹介します。

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【特集1】70年 人間のすることか?人間だからすることか?
1.ヒトはなせ戦争をするのか(高橋卓志)
2.70年の歩みを振返って(井出孫六)
3.被害の記憶/加害の記憶(上野千鶴子)
4.アウシュビッツ(高橋卓志)
5.それでも/それでも(辛淑玉)
6.加害責任の自覚(高橋卓志)
7.見える暴力/見えない暴力(岡村幸宣)
8.翼賛/抵抗(高橋卓志)
9.絶対平和主義(高橋卓志)
《コラム・ザ・住職》そんなこたァ、許せねェ

いのちの伝承2015

【特集2】1000人越え!驚嘆!神宮寺法要!
1日2回で2日連続(小谷みどり)

伝龍寺界隈(谷川光昭)

仏教徒という生き方(須澤弘通)

編集後記


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とても読み応えのある内容ですが、高橋さんによれば、ご希望の方は住所をお伝えすれば送って下さるそうです。
http://www.jinguuji.or.jp/

今年の夏には、丸木美術館から神宮寺へ、大壁画《アウシュヴィッツの図》を送り出します(展示は8月1日から7日まで)。

8月6日には、高橋さんがアウシュヴィッツにあるIYMC(国際青少年交流の家)教育プログラム部門副代表のユーデット・ヘーネさんを丸木美術館にお連れして下さるそうです。
高橋さんが特集記事のなかで触れられていますが、「アウシュヴィッツで《アウシュヴィッツの図》を見る」という壮大な試みの第一歩が、いよいよはじまるのでしょうか。
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2015/7/8

『北海道新聞』と『長崎新聞』の掲載記事  掲載雑誌・新聞

“異聞風聞”海を渡った「原爆の図」
 ――2015年7月5日付『北海道新聞』朝刊

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広島出張から戻ると、机の上に掲載紙が届いていました。
北海道新聞社の編集委員・大西隆雄さんの記事「異聞風聞」。原爆の図アメリカ展についてのコラムです。
記事では、小沢節子さんが「虚心で画面に向かい合い、自分は何を感じ、どうするのか。常にそこに立ち返り、自分のなかに落とし込んでいく絵」、「戦争や原爆の記憶がどう描かれてきたかを知ることで、今を見る目が養われる」と《原爆の図》について語られています。
いつも熱心に取材して下さる大西さんに感謝です。

   *   *   *

原爆を描いた 長崎の美術家たち 丸木夫妻作品 再評価を
 ――2015年7月5日付『長崎新聞』朝刊

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長崎新聞では生活文化部の中村修二記者が、元長崎新聞記者・阿野露團氏に戦後長崎の美術界を振り返るインタビューをして、読み応えのある記事を書かれています。以下は一部抜粋。

 「(長崎に贈った作品が)美術品でなく、資料として展示されているように感じる」―。75年、阿野氏に届いた位里氏の手紙から、複雑な胸中がうかがえた。阿野氏は当時を振り返り、「原爆の図を正当に評価する土壌が長崎にはなかった。戦後70年、あらためて評価する義務が長崎にはある」と提言する。

5月に長崎県立美術館に行ったとき、「原爆は市の管轄なので、県立美術館ではこれまで原爆をテーマにした展覧会をしてこなかった」と聞きました。
一方、市の原爆資料館は原爆を描いた絵画を所蔵していますが、あくまで資料としての扱いなのでです。「原爆の表現を「正当に評価する土壌」の必要性、そして「評価する義務」が喫緊の課題だとは、たしかに思うところです。

今夏の長崎県立美術館の「竹田信平展」が、ひとつの契機になればよいのですが。
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2015/7/7

【広島出張3日目】広島市現代美術館調査  調査・旅行・出張

今回の広島出張もいよいよ最終日。
午前中から広島市現代美術館でT副館長、Y学芸員立ち会いのもと、《原爆の図》関連の作品調査をさせていただきました。
詳しい内容はこの日誌には記せませんが、本当に貴重な機会を頂き、《原爆の図》という絵画そものについての考えを新たに深める時間となりました。

今年の夏、広島市現代美術館では、丸木夫妻が1973年に広島市の依頼を受けて描いた《原爆―ひろしまの図》の公開修復を行います。
http://www.hiroshima-moca.jp/exhibition/restoration/

この作品は、かつて平和記念資料館で常設展示されていた作品。画面上の墨に亀裂が入り、めくれあがっている部分があるので、珍しい公開形式で修復を手がけることになったそうです。

特別展「ライフ=ワーク」では、大道あやさんの《しかけ花火》(1970年)なども展示されると聞いていますし、今年の夏はまたこの美術館に通わなければいけませんね。
http://www.hiroshima-moca.jp/exhibition/life-work/

お世話になったF館長はじめ美術館の皆さまに、心から感謝です。
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2015/7/6

【広島出張2日目】広島大学講義/西条酒蔵巡り  調査・旅行・出張

東広島市の広島大学で、朝の1限目から「原爆はこれまでいかに「絵画」化されてきたのか」という講義を行いました。

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お招きいただいたのは、原爆文学研究会でお世話になっているKさんの授業です。
なでしこジャパンのW杯決勝戦と完全に重なってしまったにもかかわらず、きちんと出席してくる学生たちに感謝。
丸木夫妻の《原爆の図》からはじまり、丸木スマ、大道あやといった丸木家それぞれの原爆表現、広島・長崎から福島までの代表的な原爆絵画を紹介し、質疑応答。

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写真は、丸木美術館カレンダーと台湾の反核旗のあるKさんの研究室です。
授業の後は、構内のカフェで学生たちと歓談。

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こちらも原爆文学研究会でお世話になっている柿木伸之さんに、新著『パット剥ギトッテシマッタ後の世界へ ヒロシマを想起する思考』(インパクト出版会)を頂きました。
装丁は靉光の《眼のある風景》、タイトルは原民喜。柿木さんの鋭い論考には研究会でも大いに感銘を受けているので、じっくり読ませて頂きます。

昼食の後は、酒好きのKさんの案内で酒蔵巡りのプチ観光。
酒どころの西条は、駅前に6軒の酒蔵が集中し、ぶらりと歩きながら試飲ができるのです。

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まさか酒の飲めない自分の人生で、酒のウィンドウショッピングをする日がくるとは思っていませんでしたが、Kさんといっしょに酒蔵をまわって、少しずつ試飲をしているうちにほろ酔い気分になりました。

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この日まわった酒蔵は、賀茂鶴、福美人、賀茂泉、亀齢、西条鶴。西条鶴の向かいの白牡丹は外から眺めただけ、駅の反対側の山陽鶴までは行けませんでした。

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福美人では、広島カープ草創期の球団存続の危機の際の募金活動に使われた酒樽も展示されていました。戦後の広島の民衆に支えられた“復興”の象徴であるカープの歴史を間近に見て、とても感慨深いものがありました。

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旧市民球場が取り壊されてしまったのは今でも残念でなりませんが、人びとの心に深く根づいたカープの歴史は、いつまでも記憶されることでしょう。

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なまこ壁や中国地方特有の赤瓦、酒蔵の軒先に吊るされた杉玉、赤煉瓦の煙突、仕込み水など、街歩きの楽しみもたくさんあります。
店の前で足を止めては、ふらふらと酒に呼ばれて店内に引き寄せられていくKさんの後ろ姿も風情がありますね。

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西条鶴の赤煉瓦煙突は、唯一現役で使われているそうです。
街全体が日本酒博物館のような、とても面白い街でした。

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いろいろとお土産を頂いて、Kさんと別れて広島市内へ帰りました。
夕方からは、平和記念資料館の若手学芸員・職員の方々と八丁堀で飲み会。
アメリカ展でお世話になった方、以前から何度もお会いしている方、そして今回初めてお会いする方。とても楽しい時間を過ごすことができました。
このところ、広島に来るたびに知りあいの方が増えて、本当にありがたいことです。
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