2015/6/8

【米国出張初日】成田空港からダレス空港へ  調査・旅行・出張

朝6時半に茅場町の日本通運関東美術品支店へ。
《原爆の図》6点を積み込み、いよいよアメリカ展に向けて出発です。

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私もトラックに同乗し、作品といっしょに成田空港へ向かいました。
成田空港の広大な倉庫の中で、トラックから積み出され、フォークリフトで運ばれていく《原爆の図》の木箱。

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ふだんはなかなか見る機会がないので、まるで「大人の社会科見学」のような気分です。
60年ほど前に掛軸を背負って巡回していた「原爆の図展」を思うと、時代の変化は本当に著しいですね。

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画像は1953年の映画『原爆の図』(今井正・青山通春監督)より。

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鉄板の上に作品をすべて乗せた後は、透明なラップでしっかりとひとつにまとめ、上から網をかけます。

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手際よく、1時間ほどで作業は終了。あとは計量し、乗客の荷物の総重量が産出されてからバランスを考えて飛行機のどの位置に乗せるかを決めるとのことで、見学はここまでです。

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私は出発ロビーに向かい、プロデューサーのHさん夫妻、今展の記録をお願いしている写真家のSさんと合流して、出国の手続きを行いました。

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待合室でも、飛行機のまわりに見える貨物が気になります。
右からふたつめ、奥の貨物は《原爆の図》の木箱ではあるまいか……。

   *   *   *

11時間のフライトを経て、無事にワシントンD.C.のダレス国際空港に到着。
飛行機から貨物が運び出されていきます。

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入国審査を無事に済ませると、米国内の美術品輸送業者が待っていてくれて、輸送用トラックの場所まで案内して下さいました。
倉庫内の係員の許可を得て、《原爆の図》の荷解きを近くで見学、撮影します。

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日本通運のスタッフに比べるとかなりラフな服装ですが、美術運送のスタッフです。

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広島・長崎両市の被爆資料や解説パネルも同じトラックで、いっしょに手際よく運び込まれていきました。

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鮮やかな緑色のトラックには、「BONSAI」とのロゴが。
トラックの名前というより、美術品輸送業者の会社名のようです。

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BONSAI号に同乗し、1時間ほど走って、無事にアメリカン大学美術館に到着しました。

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搬入口から木箱をおろし、3階の展示会場までどんどん運んでいきます。

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やっぱり、作業の丁寧さという点では、日本の業者の方が安心できるかな……。
いや、皆さんとてもよく働いて下さっていますが。

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会場には、すでに《原爆の図》を展示するための台座ができあがっていました。
本格的な展示作業は明日からになりますが、どういう配置で展示をするのか、Hさんやアメリカン大学美術館側の展示チーフと、簡単に意見交換を行いました。

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国際的な展覧会に慣れているHさんは、相手に強気でどんどん意見を伝えてくださるので、とてもありがたい存在です。
さて、どんな展示ができあがるのでしょうか。
難しい空間なので、仕上がりも想像できず、その分楽しみでもあります。

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美術館の入り口には、2015年夏企画のチラシもありました。
原爆の図第1部《幽霊》の画像が掲載されています。

R館長に挨拶をした後、美術館からジョージタウンにあるホテルへ移動。
旅の疲れをとるために、早めにホテル近くの中華料理店で夕食をとりました。
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