2015/2/24

青鳥小学校出張授業/テレ玉ニュース  講演・発表

午後、東松山市内の青鳥(おおどり)小学校で出張授業を行いました。
青鳥小学校の校舎には、丸木夫妻が描いた「青い鳥」の壁画があります。

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この出張授業は、同校のPTA会長のKさんの尽力で実現したものです。
約1時間の授業のなかで、丸木夫妻がなぜ東松山に美術館を作ったのか、そして《原爆の図》や青鳥小学校の壁画に込められた思いについて、クイズや動画映像を交えながら、お話をさせて頂きました。

この日は4つのクイズを用意していったのですが、一番盛り上がったのは、一見、話の流れとは無関係(に思えるようで実はそうではない)の妖怪ブームに便乗?した次のクイズでした。

【Q:丸木俊さんが好きだった「妖怪」がいます。その「妖怪」は何でしょう?】

1.やまんば
2.かっぱ
3.ざしきわらし





正解は……1番のやまんば、でした。
晩年の丸木俊さんは、親しかった児童文学者の松谷みよ子さんと二人で、「やまんばの会」を結成して楽しんでいたそうです。
やまんばといえば、一般的には人里離れた山に暮らす恐ろしい女性のイメージですが、二人の視点は「自然とともに生き、たくさんの子どもを育てる理想の女性像」というものでした。
東松山市の松山市民活動センター(旧中央公民館)のホールには、「平和のやまんば」の緞帳がかけられています。

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鳩のラインに囲まれたやまんばが抱えているのは、作者の解説によると、「色さまざまの十二の子」。つまり、国や民族を超えて、世界中の子どもたちを守る「平和のやまんば」ということです。
よく見ると、青鳥小学校の壁画に描かれた3人の子どもも、みな肌の色が違います。
世界の子どもたちが仲よく平和に暮らして欲しいという願いを、青い鳥に託しているのですね。

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静岡県浜松市天竜区佐久間町大井の明光寺にも、丸木夫妻が山姥を描いた扁額が収められていると昨年末に知りました。
1979年の作だそうで、絵本の『つつじのむすめ』を想起させます。

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そして、2015年版の丸木美術館カレンダーの表紙も、『あかざばんばとガラ』というやまんばの民話でした(「ちょうふく山のやまんば」や「やまんばのにしき」という題でも知られています)。

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予想外の答えに、子どもたちは全員不正解。なんと教頭先生が一人だけ正解という驚きの結末に、教室は大いに盛り上がっていました。

   *   *   *

この日の出張授業の様子は、同日夜のテレビ埼玉のニュース番組「テレ玉ニュース」でも紹介されました。
http://www.teletama.jp/news/0224.html

―スタジオ―
【テロップ】東松山市 小学校で丸木夫妻の「青い鳥」を解説
村山千代キャスター:反戦・平和を訴えた画家、故丸木位里・俊夫妻の壁画がある東松山市内の小学校に、夫妻ゆかりの丸木美術館の学芸員が訪れ、壁画に込められた思いなどを児童たちに説明しました。

―原爆の図第2部《火》―
【テロップ】原爆の図 丸木位里・俊
村山キャスター:故丸木位里・俊夫妻は、1945年8月、原爆が投下された3日後に広島に入り、そこで目の当たりにした光景を《原爆の図》に描きました。

―青鳥小学校の壁画―
【テロップ】東松山市立青鳥小学校 東松山市石橋
村山キャスター:東松山市内の青鳥小学校の校舎の壁画「青い鳥」は、丸木夫妻が描いたもので、夫妻のデザインが校舎の壁画に描かれているのは、全国でもこちらの校舎だけだということです。

―教室内での授業の様子―
村山キャスター:今日は、丸木美術館の学芸員、岡村幸宣さんが、6年生の児童ら、およそ50人を前に講演を行いました。《原爆の図》について岡村さんは、「怖い絵であるが、この絵を見た後は人の痛みがわかり、周りの人にやさしくできるという意味で、やさしい絵でもある」と話しました。
そして、壁画「青い鳥」の中央に描かれた三人の子どもの肌の色がそれぞれ違うことに触れ、「いろいろな国のいろいろな人種の人たちと仲よくなれるような子どもに育ってほしい」という丸木夫妻の願いが込められている、と説明しました。

   *   *   *

お世話になった青鳥小学校の先生方、PTAの皆さま、取材をして下さった市の広報課、テレビ局や新聞社の記者の皆さまに、心から御礼を申し上げます。
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2015/2/24

『東京新聞』夕刊に「中東に平和を 「ゲン」が訴え」記事掲載  掲載雑誌・新聞

中東に平和を 「ゲン」が訴え エジプトの教授、アラビア語版出版
 ――2015年2月24日『東京新聞』夕刊

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http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015022490135442.html

カイロ大学日本語学科教授のマーヒル・シリビーニーさんの翻訳で、漫画『はだしのゲン』第一巻のアラビア語版が出版されたというニュースが入ってきました。
昨年夏に丸木美術館で開催した「はだしのゲン絵本原画展」の際に、あらたにアラビア語版が出る準備をしていると聞いていたのですが、中東情勢の複雑化するなかでの刊行は、現地でどのように読まれるのか、興味深いところです。

昼前に、東京新聞の記者から電話があり、私も短いコメントを寄せました。
以下は、東京新聞のWEBページからの一部抜粋。実際に紙面に掲載された内容とは、少々異なります。

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 原爆投下後の広島で生きる少年を描いた「はだしのゲン」は、二〇一二年に亡くなった漫画家中沢啓治さん=享年(73)=の自らの体験に基づく。主人公の少年ゲンがたくましく成長する姿を描いた作品は平和教材として活用され国内ではドラマやアニメ映画、実写映画も作られている。

 一方で、一三年には、作品の一部に暴力的な描写があるなどとして松江市教育委員会が市内の小中学校に学校図書館で子どもの閲覧を制限するよう要請したことが分かり、全国で議論を呼んだ末、市教委が要請を撤回する騒動があった。

 この問題を機に昨夏、埼玉県東松山市の「原爆の図丸木美術館」は、絵本版のカラー原画や十五カ国語に翻訳された作品を展示する特別展を開いた。中沢さんが何を伝えたかったのか、あらためて作品を見てもらおうと考えたという。

 学芸員の岡村幸宣さん(40)は「原爆投下から時間の経過を経て、広い視野から被爆の体験だけでなく被爆者の生き方まで描いていることが、世界で読み継がれる理由だと思う。海外で紹介される意味を私たちもよく考える必要がある」と話す。

 「はだしのゲンをひろめる会」(金沢市)の浅妻南海江理事長(72)は「念願だったのでうれしい。さっそくアラビア語版を入手して、アラビア語圏に広めていきたい。ゲンが、アラブ諸国の平和に寄与することを願っている」と喜んだ。


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紙面には「海外で新たに紹介される意味を日本人も広い視野で考える必要がある」という私のコメントが書かれていますが、私はこういうときになるべく「日本人」という限定した言い方はしないつもりなので、WEB上のコメントの方が、より真意に近い内容だと思います。
今年は《原爆の図》が渡米しますが、『はだしのゲン』も含めて、戦争のもたらす「痛み」を感覚的に想起させる作品が、これからも世代を超えて読み継がれていくことを期待しています。
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