2015/2/8

島田澄也展のための調査  企画展

4月18日から予定している島田澄也展のため、調査協力者のSさんとともにご自宅を訪問。
島田澄也さんは、1927年豊島区長崎町生まれ。戦後、前衛美術会に入り、丸木夫妻のデッサン会にも参加していた画家です。

彼の名前が美術史上に登場するのは、1952年に東京・小河内村で行った山村工作隊の活動。当時武装闘争活動を目ざした日本共産党の指導のもとに、建設中のダムが米軍基地を支える電力源になるとの考えから、建設労働者を組織して破壊活動を行う目的で展開した文化工作でしたが、政治的にはほぼ成果を得られませんでした。

前衛美術会では、島田澄也の主導のもとに、山下菊二、尾藤豊、入野達弥、勅使河原宏、桂川寛の6人が、建設現場付近の洞窟などで約2カ月間キャンプ生活を行いました。
その間、ガリ版刷りの『週刊小河内』(1号のみ発行)を制作し、桂川寛はその経験を生かして油彩画《小河内村》(1952)を、山下菊二は山梨県曙村の山中を訪れて貧農の労働争議で起きた怪死事件を取材し、代表作《あけぼの村物語》(1953)を制作するなど、それぞれの画家としての活動においては忘れがたい体験となりました。

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島田さんも、その後の裁判の様子や牢獄での生活を数点の油彩画に残しています。

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今回の調査では、その1950年代の島田さんの油彩画を実際に見せて頂きました。

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さらに、古いスケッチブックも大事に保存されていることがわかりました。

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山村工作隊で小河内村に滞在していたときのスケッチブックです。

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これらのスケッチはぜひ、丸木美術館でも紹介したいところ。

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さらに、1955年5月に山下菊二とともに原爆の図展のために秋田の大館を訪ねた際のスケッチなども残っていることがわかりました。

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山下菊二の横顔を描いたスケッチもありました。

島田さんは、その後、画家としての活動を止め、東宝撮影所アルバイトを経て、島田工房を設立します。やがて株式会社サンク・アールを創業。ウルトラマンに登場する怪獣、バルタン星人の制作も手がけています。
さらにコマーシャル美術や博物館の展示模型製作等を主体とする業務を30年間続け、引退後は再び絵筆をとり、全国各地を巡って風景画を描いたり、幼少期から山村工作隊までの記憶を克明に描いた200点近くの油彩画の小品を描いたりしてきました。

今回の展覧会では、1950年代の作品とともに、島田さんの記憶に残された戦前・戦後を主題にした小品を展示したいと思っています。
もちろん、丸木夫妻のアトリエで行われていたという早朝デッサン会を描いた絵画もあります。

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戦後70年という節目の年に、ひとりの画家が抱え続けた「記憶」や「体験」を、じっくりと見ていきたい、見て頂きたいと思う充実した調査でした。
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