2015/2/1

広島テレビニュース番組「テレビ派」で《原爆の図》特集放映  TV・ラジオ放送

2015年1月27日午後6時22分から8分間、広島テレビのニュース番組「テレビ派」の特集「つなぐヒロシマ〜被爆70年核廃絶への道〜」で、《原爆の図》が紹介されました。
ヨシダ・ヨシエさんのお元気な姿も映っていて、とてもよくまとめて下さったと思います。
担当の渡辺由恵さんが映像のDVDを送って下さったので、内容を書き起こしました。

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―スタジオ― 
【テロップ】つなぐヒロシマ 「原爆の図」が歩んだ歳月
森拓磨アナウンサー 原爆美術の最高峰と言われる、《原爆の図》の最初の作品が発表されたのは、原爆投下から5年後の1950年です。創作はその後も、30年以上続きました。
馬場のぶえアナウンサー その一部が、初めて、アメリカの首都ワシントンで展示されることになりました。作品には、広島がたどった歳月が重なってきます。

―丸木美術館遠景〜《原爆の図》展示室―
【テロップ】原爆の図丸木美術館 埼玉県東松山市
ナレーション 埼玉県東松山市の丸木美術館。訪れる人の少ないこの時期、室内はひっそりとしています。

―丸木美術館事務室にて― 
【テロップ】丸木美術館 学芸員 岡村幸宣さん
岡村 8月6日から15日にかけては100人以上は来ますね。多いときは200人を超えて。冬は2人とか3人だったりするので、そうですね、すごい違いますよね。

―丸木夫妻の写真― 
【テロップ】水墨画家 丸木 位里(1901-1995) 油彩画家 丸木 俊(1912-2000)
ナレーション 美術館を建てたのは、一組の夫婦。水墨画家・丸木位里と、妻で油彩画家の丸木俊。

―焼け跡の広島― 
【テロップ】原爆投下直後の広島 1945年
ナレーション 70年前、広島に投下された原爆が、二人の運命を変えました。

―破壊された原爆ドーム― 
【テロップ】広島出身の位里は8月10日未明に東京から広島入り
ナレーション 広島出身の位里は、新型爆弾投下の一報に、東京から駆けつけました。

―丸木夫妻の写真―
ナレーション 妻の俊も後を追い、二人はおよそ1か月、広島に身を置いたのです。

―原爆の図《幽霊》― 
【テロップ】原爆の図 幽霊―第一部 1950年
ナレーション 被爆の後遺症と貧困に苦しみながら、5年後完成させたのが、原爆の図《幽霊》です。8枚一組の絵には、もだえ苦しむ人々の姿が描かれました。

―《原爆の図》の前にて― 
【テロップ】丸木美術館 学芸員 岡村幸宣さん
岡村 原爆の図というタイトルがついているけれども、ここに描かれているのは、繰り返し繰り返し人間。きのこ雲の下にいた人間がどうなってしまったのか。頭の上に原爆を落とされた人の側に立って、そこから見えるものを描きたいというふうに思ったわけですね。

―原爆の図《火》― 
【テロップ】原爆の図 火―第二部 1950年
ナレーション 作品は縦180p、横720pもあります。丸木夫妻はあの日の記憶を絞り出すように、筆を落としました。

―原爆の図《水》― 
【テロップ】原爆の図 水―第三部 1950年
ナレーション 同じ年、後に原爆の図三部作といわれる《火》と《水》も完成しました。
【テロップ】占領軍統制下 原爆の惨状を訴える
ナレーション まだ占領軍統制下の時代でしたが、全国で原爆の惨状を訴えました。

―事務室、キャビネットからファイルを取り出す岡村―
ナレーション それを裏付ける貴重な資料が、7年前、丸木美術館で見つかりました。原爆の図巡回展の記録です。
岡村 具体的にどの町でどういうふうに展覧会が開かれていたのかっていうのは、ほとんど分かっていなかったんですね。それが、この「原爆の図三部作展覧会記録」というガリ版刷り資料が出てきたことで、これはかなりたどれるんじゃないかと。

―ガリ版刷り「原爆の図三部作展覧会記録」―
ナレーション 初めて公開されたのは東京。当時は作品名を《八月六日》と変えて出品しました。占領軍の検閲から逃れるためです。
【テロップ】初公開のとき 作品名は「八月六日」
ナレーション 東京の6か所で開いた後、広島から全国巡回展がはじまりました。それは、ふたりの希望でした。
【テロップ】広島から全国巡回展

―丸木夫妻のインタビュー録画― 
【テロップ】1983年撮影 丸木位里 丸木俊
位里 これは三部作できたときに、あちこちで展覧会をやってくれと要求があるものだから、まず広島から始めようというので。
ナレーション 巡回展が二人の背中を押しました。

―『われらの詩』第10号掲載「壷井・丸木・赤松を囲む座談会」記事― 
【テロップ】「われらの詩」1950年12月
ナレーション 座談会では「広島に来て、もう何作か描かずには納まらなくなった」と思いを語っています。

―丸木美術館に向かう車の中― 
【テロップ】美術評論家 ヨシダ・ヨシエさん
ヨシダ もうすぐだ。
ナレーション 当時を知る美術評論家ヨシダ・ヨシエさんです。
―丸木美術館に到着、車椅子で入館するヨシダさん―
岡村 よくおいでくださいました。

―展示室で《原爆の図》を見てまわるヨシダさん―
ナレーション ヨシダさんは《原爆の図》を携え、全国をまわった一人です。この日は、3年ぶりの対面です。
ヨシダ 九州は小倉・直方・佐賀・佐世保・久留米・大分・別府・長崎……。自分で回ってますから、記憶に叩き込まれてる。

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―映画『原爆の図』より、展覧会場―
【テロップ】記録映画「原爆の図」今井正・青山通春監督1953年
ナレーション 巡回展は評判を呼び、記録映画にもなりました。
映画ナレーション(赤木蘭子) 全国いたるところで、この絵を見た人々に激励され、教えられ、五部まで完成した私たちは、この絵を大衆が描かせた絵画、《原爆の図》と名づけました。

―《原爆の図》の前にて―
ヨシダ 全部この絵、担いで歩きましたから。日本国中、150か所。
―映画『原爆の図』より、絵を携えて全国を歩く場面―
ヨシダ しらみつぶしに《原爆の図》を担いで、ここら辺でやるかって。手描きでビラ書いて、夜中に貼って回りました。何度も手錠をはめられました。
―《原爆の図》の前にて―
ヨシダ 《原爆の図》で初めて、日本人が、原爆の被害を知ったのではないですか。
―映画『原爆の図』より、絵の説明をするヨシダさん、観客の反応、第6部を描く丸木夫妻―
ナレーション ゲリラ的な展示でも、多くの人が見てきました。食い入るように見つめる人、嗚咽する人。反響は大きかったといいます。

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―原爆の図《焼津》―
【テロップ】原爆の図 焼津―第九部 1955年
ナレーション 原爆を通じ、二人の画家の目は、核をとりまく社会を見つめるようになりました。
【テロップ】32年間で15作に
ナレーション 足かけ32年をかけた《原爆の図》は、全部で15作の大作になりました。

―流々庵にて― 
【テロップ】丸木夫妻の姪で養女 丸木ひさ子さん
ひさ子 人や子どもが大好きだしね。人が人らしく生きていくってことに対してすごく大切だって思っている2人でしたから、だまっちゃいられないみたいなことだからね。
―晩年の丸木夫妻共同制作の写真― 
【テロップ】撮影:本橋成一
ひさ子 それをやっぱり、画家として表さなきゃいけないって思ったんだと思いますね。

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―アメリカン大学美術館遠景― 
【テロップ】岡村幸宣さん撮影 アメリカン大学 美術館 現地時間今月15日 ワシントンD.C.
ナレーション 《原爆の図》は今年、海を渡ることになりました。
―展示室に入っていくピーター・カズニック教授― 
【テロップ】アメリカ展示は20年ぶり
ナレーション 20年ぶりのアメリカ展示です。会場は首都ワシントンのアメリカン大学美術館。岡村さんも現地を確認しました。
―展示室で打ち合わせをするジョン・ラスムッセン館長―

―原爆の図《米兵捕虜の死》― 
【テロップ】アメリカで展示される原爆の図 米軍捕虜の死―第十三部 1971年
ナレーション 会期は6月中旬から、およそ2か月間。丸木夫妻が半生をかけて挑んだ作品の中で、6点が訴えます。
【テロップ】アメリカ展示 15点中6点を出展

―《原爆の図》の前にて―
【テロップ】丸木美術館 学芸員 岡村幸宣さん
岡村 丸木夫妻が時間をかけて考え続けていった、戦争の不条理とか、国対国だけで考えられない人類共通の問題として、暴力……戦争や核というものを捉えていくことができるんじゃないか。そういう期待はありますね。

―丸木位里の写真(本橋成一撮影)― 
【テロップ】報告 渡辺由恵
ナレーション 夫婦のきずなで結ばれた画家が、心血を注いだ《原爆の図》。
―原爆の図《とうろう流し》―
ナレーション 怒りと悲しみを乗り越え、歳月のなかで役割を変えながら、訴え続けます。

―スタジオ―
馬場アナウンサー あらためて、この《原爆の図》をじっくり見てみたいなというふうに思いましたね。人生をかけてこの絵を描いた丸木位里さん・俊さん夫妻はもちろんですけれども、この絵を全国の人に見てもらいたいと奔走した人びとすべての方が今の私たちにとって本当になくてはならない財産という感じがしますね。

―映画『原爆の図』より映像抜粋、その後丸木美術館の展示風景―
森アナウンサー いわゆるゲリラ的展示だったというけれども、たしかに今、三部作を続けてみても、克明に表現されていますから、美術的価値はもちろん、記録だと思うんですよね。32年をかけて、全部で15作の大作、これは本当に記録としてこれからも受け継がれ、そしてじっくり見ていくものなんでしょうね。
馬場アナウンサー そうですね。

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渡辺さんはじめ、スタッフの皆さまに御礼申し上げます。
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