2015/1/25

【関西出張3日目】原爆科研にて研究報告  講演・発表

神戸市内で開催された原爆科研の会合に参加。
台湾・淡江大学の李文茹さんによる発表「台湾における「核・原発」小説と先住民族」の後に、このところ、長崎、大阪、高野山で調査を進めてきた《原爆の図》15部連作以外の《原爆の図》についての報告を行いました。

李さんの発表は、宋澤菜『廃墟台湾』(1985年)、張大春『天火備忘録』(『時報週刊』1986年5月8日掲載)、伊格言『零地点』(2013年)などの台湾の「核・原発」小説や、先住民族の社会運動家・小説家のシャマン・ラポガンの活動についての紹介とともに、数は少ないものの、核被害をテーマにした先住民族ダウ族のシャマン・マディロ・ミスカの絵画も取り上げていて、たいへん興味深いものでした。

私の報告は、《長崎原爆之図 三菱兵器工場》の絵のなかに描かれた建造物は城山小学校なのか? とか、《原爆の図 高張提灯》に描かれたような被差別部落の被爆後の差別問題は具体的に回想や資料として残されているのか? というように、私の方から科研のメンバーの方々に質問を投げかけながら、連作外の作品そのものや、それらと連作とのかかわりについて考えるという内容になりました。

高野山成福院摩尼宝塔の《原爆の図 水》、《原爆の図 火》についての報告の際には、会場のTさんから「私の母方の祖父はビルマ戦線へ行き、川で溺死している。ビルマといえば川、という印象がある」との発言がありました。

広島もまた「川の街」ですが、ビルマの戦没者慰霊のために建てられた摩尼宝塔の《原爆の図》は、二作とも川を描いているようにも見えます。

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《水》は子どもが「息をひきとろうとする被災者」に水を汲んであげようとする場面。

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《火》は「全身に火を浴びた被災者」が川をわたって逃げる場面。

《火》に描かれた構造物を「橋ではないか」と現地で指摘したKさんは、「橋の上と下を連作で描いているのではないか」とも推測されています。
丸木夫妻は、川を描くことで、ビルマと広島をつなげていたのかもしれません。

参考資料として、丸木夫妻に《原爆の図》制作を依頼した上田天瑞のお孫さんにあたる作曲家の上田益さんのブログで回想された成福院の《原爆の図》についての記事もご紹介しておきます。
肉親の目から見た高野山の《原爆の図》です。
http://composer-ueda.blogspot.jp/2014/01/11-1.html?m=1

そして、長崎を主題にした《原爆の図》については、Kさんから「広島との差別化をはかるために天主堂や兵器工場といった説明的事象を描いた作品より、伝承をもとに朝鮮人被爆という普遍的な問題に迫った《からす》の方が、長崎を描くことの意味が深かったのではないか」との問題提起もあり、今後《原爆の図》について考えていくための指針を頂いた思いがしました。

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また、《原爆長崎之図 三菱兵器工場》の右画面の仰け反る女性を抱く男性のイメージは、Tさんより映画『情婦マノン』(1948年、フランス、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督)のラストシーンからの引用ではないかとのご教示も頂きました。

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原爆文学研究会でお馴染みの皆さんの鋭い質問や指摘は、いつもたいへん刺激になります。

科研メンバーの山本昭宏さんからは、新刊『核と日本人』(中公新書)もご恵贈頂きました。
核をめぐる日本社会の歩み―報道、世論、知識人の発言、マンガや映画などのポピュラー文化を丁寧にまとめた良書です。
とても読みやすい内容で、帰りの新幹線のなかで、一気に読みました。
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