2014/12/1

アライ=ヒロユキ『天皇アート論』  書籍

今夏、美術評論家のアライ=ヒロユキさんが出版された『天皇アート論 その美、“天”に通ず』(社会評論社/2,800円+税)。

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序章で、ハンナ・アーレントの『人間の条件』から「社会というものは、いつでも、その成員がたった一つの意見と一つの利害しかもたないような、単一の巨大家族の成員であるかのように振舞うよう要求する」という言葉を引きながら、主に戦後に生まれてきた天皇をモチーフにしたアートを紹介し、「社会の名で、いま日本で起きていること」に切り込んでいく、とても刺激的で読み応えのある著作です。

池田龍雄の《にんげん》(1954年)からはじまり、桂川寛の《渇水期(チンはタマである)》(1992年)、山下菊次〈天皇制シリーズ〉(1971年)、赤瀬川原平の『漫画主義』表紙イラスト、貝原浩『ショーは終っテンノー』(1988年)、内海信彦《死なない花が欲しいという》(1975年)、前山忠『反天皇制』(1977年)、工藤哲巳《例えば東京―パリ、真空軸と磁気軸について》(1982-83年)、大浦信行《遠近を抱えて》(1982-85年)、洪成潭《天皇と広島原爆》(2007年)、金城実《天皇の来沖》(2007年)、富山妙子《敷島の大和心》(1995年)、中ハシ克シゲ《あなたの時代》(2001年)、会田誠〈戦争画RETURNS〉(1996年など)、柳幸典《アーティクル9》(1994年)、嶋田美子《焼かれるべき絵》(1993年)、森村泰昌《なにものかへのレクイエム(思わぬ来客/1945年日本)》(2010年)、照屋勇賢《昭和天皇裕仁》(2009年)などなど・・・・・・「おおむね天皇制をテーマとする作品を網羅した」数多くの表現が図版入りで論じられています。

丸木夫妻の作品も、《三国同盟から三里塚まで》(1979年)と「沖縄の図八連作」のうちの《ひめゆりの塔》(1983年)が取り上げられています。

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画像は、提供図版のひとつ《三国同盟から三里塚まで》。
後期の丸木夫妻の共同制作については、なかなか分析される機会が少なく、貴重な論考となるので、まずは《三国同盟から三里塚まで》についての箇所を抜き出します。

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 本作は作家の「民衆曼荼羅」とも言うべきもので、《アウシュビッツ》(一九七七年)あたりからの作家の到達点の特長をよく体現している。画面の中にはさまざまなモチーフが混在するが、墨のにじみ、褶曲する筆致とフォルムは隣接部分と親和性があり、決して対立しない。この集合が大きなうねりとなって、見るものに迫力を感じさせる。焦点が分散された構図による群衆のうねりの絵画だ。中央部のパネルの下に描かれた黒い旗には水俣病告発の運動で使われた印「怨」が掲げられている。朝鮮民族の「恨」への呼応とともに、作品全体のトーンを支配する。

 「敵」としての権力者の明示は、丸木作品としては異例である。だが、権力者は隅のほうに押し込まれることで人類の業の一つという限定的な立ち位置となり、紋切り型の図式から免れる。大衆が自らの尊厳をかけて戦い、それが一つの絵巻として連帯につながっていくダイナミズムが作品の核心だろう。

 画面に縦横に登場するキツネは、山下菊次の手法を連想させる。しかし、様式化された表現には民話の色彩が濃い。山下が民譚画と称されながらも、その造形は個のこだわりから生まれていたことと対照的である。伝承が体現する大衆の想像力はここでは肯定される。


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「三国同盟」から「三里塚」へと続く戦争・公害の“暴力”の歴史を描いたこの壁画は、現在、ブルガリアの国立美術館に収蔵されているため、私はまだ実見したことがありません。
丸木美術館理事で画家の平松利昭さんによれば、常設展示で美術館の正面に飾られているとのことですが、いつか訪れてみたいものです。

《ひめゆりの塔》についての作品分析は次の通り。

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 画面はモザイク状の墨線が分断し、その中には幾つもの顔が配置されている。ひめゆりの塔をめぐるさまざまな思い、体験、史実の示唆だろう。《原爆の図 とうろう流し》でも見られる手法だ。大衆の思いのモザイクから皇太子と妃は外され、火炎瓶を持つ活動家もまたほぼ外され、別扱いとなる。ひめゆりの塔を利用する天皇、これに反対する政治活動家。いずれの思惑、意図とも無関係にひめゆりの犠牲者はここに眠り、その関係者は哀惜の念を注ぐ。

 本作には戦後の「ひめゆりの塔」と「暁の実弾射撃」もあるが、むしろ戦時中の阿鼻叫喚に重点が置かれている。日本軍や米軍といった加害者の姿はない(島民同士の自決の強制は描かれている)。本作は、異常事態に巻き込まれた人々の生の尊い尊厳を伝える。絵巻に用いられた異なる時系列を一緒に描く異時同図法が用いられている。この伝統絵画の手法を応用し、ある事件のルポルタージュではなく、歴史そのものの流れを伝える。これもまた、「民族」の発見であるかもしれない。


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また、天皇制をテーマにした表現ではないものの、《原爆の図》についても興味深いリアリズム論を展開されています。

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 丸木位里・俊は、初期の《原爆の図》では被災地の写真を苦労して手に入れ、人体デッサンの秀作を重ね、その制作に臨んだ。つまり、社会主義リアリズムに近い。しかし背景は日本画の技法を踏襲し、ほとんど省略される。異なった時間の肉体をいくつか配置していく異時同図法は、同じ時間の共有こそが連帯を生み出していく社会主義リアリズムは一線を画する。丸木俊は作品の意図をこう語る。

 大画面では、透視図的な一つの焦点では無理だということがわかりました。……その部分部分に、その世界があり、それぞれのその時間があるのであります。それらの、綜合された現実が、あの原爆という偉大な破壊力の前にさらされた人間の、あらゆる様相をふくんだ現実であったのであります。
 ――『原爆の図』青木書店、小沢節子『原爆の図』岩波書店

 小沢節子は、この発言を体現した初期《原爆の図》に独自のリアリズムがあることを指摘する。一方、《原爆の図》の堆積する肉体のマッス(量塊)に見られる人間性を捨象した物質感の強調は、産業文明と合理主義がもたらした矛盾、その根源にあるきしみを伝える。ここには、河原温や石井茂雄の問題意識との同時代性を感じさせる。つまり、《原爆の図》は正統的なリアリズムを基底に置きつつも、アヴァンギャルドの問題意識を包摂する表現でもあった。


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もっとも、この労作の真価は、従来紹介されてこなかった、そして「非核芸術」と同じように、多くの美術館ではタブー視されている「天皇アート」を掘り起こし、まとめているところでしょう。

決して「天皇制」に反対する作品のみでなく、作者不詳の《聖徳太子像》や《嵯峨天皇像》まで歴史的にさかのぼり、さらには天皇神格化以前の横井小楠や渡辺崋山の思想まで視野に入れながら、「天=普遍性」を希求する“美”へと着地する論考は、社会と美術の関わりを丹念に追い続けているアライさんならではの素晴らしい成果だと思います。

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本書で取り上げられている大浦信行の映画『日本心中』(2001年)、と続編の『9.11-8.15日本心中』(2005年)は、丸木美術館前館長でもある評論家の故・針生一郎(1925-2010)の半ドキュメンタリ映画。

その針生一郎の展覧会「わが愛憎の画家たち―針生一郎と戦後美術」が宮城県美術館で2015年1月31日(土)- 3月22日(日)の日程で予定されています。
丸木美術館からも原爆の図 第1部《幽霊》を出品する予定ですが、さまざまな文化運動に携わりながら、反戦、人権、反権力を貫き続けた針生一郎の仕事は、「天皇アート」の表現者たちとも深く関わっているだけに、宮城県美術館がどこまで展示を深めていくのか、興味深く思っています。
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