2014/8/27

NHK FMラジオ出演/埼玉近美「戦後日本住宅伝説」/『漫画が語る戦争』  他館企画など

午後6時からNHKさいたま放送局のFMラジオ番組「日刊!さいたま〜ず」に、30分ほどのスタジオ生出演で、「はだしのゲン絵本原画展」について、お話ししました。
聞き手は、岡弘子キャスターでした。
岡さんは、この日の放送のためにわざわざ丸木美術館へも足を運んで下さっていて、そのときの感想なども織り交ぜながら、とても丁寧に丸木美術館や展覧会のことを紹介して下さいました。

リクエスト曲は、元ちとせさんの「死んだ女の子」と、今月30日に丸木美術館でライブを行う加藤登紀子さんの「広島 愛の川」。いずれも、広島の原爆を主題にした曲でした。

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浦和のスタジオへ行く途中に、埼玉県立近代美術館で開催中の企画展「戦後日本住宅伝説ー挑発する家・内省する家」を駆け込みで観てきました。

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丹下健三、磯崎新、安藤忠雄、宮脇壇、原広司、石山修武、黒川紀章、伊東豊雄ら16人の建築家による16点の住宅建築を、立体や映像なども交えて多角的に紹介するという企画。
平日の閉館間際にもかかわらず、会場には大勢の人が訪れていました。

この展覧会で見ておきたかったのは、“無窓”という大胆なコンセプトで「原爆シェルター」と呼ばれたともいう白井晟一の虚白庵の展示。
虚白庵については、ご子息の白井晟麿さんが次のように記されています。
http://shiraiseiichi.jugem.jp/?eid=32

会場では、等身大に引き延ばした展示写真が撮影可とのことだったので、虚白庵の内部写真を撮影しました。

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白井晟一は、丸木夫妻の《原爆の図》に触発された「原爆堂計画」で知られる建築家でもあります。
この「学芸員日誌」ブログでも、たびたび紹介してきました。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/578.html
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1444.html
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1653.html

白井晟一の原爆についての強い関心は、もっぱら哲学的なもので、決して字義通りの「原爆シェルター」を構想したわけではないのですが、無窓あるいは極端に窓の小さい重厚な作風は白井建築の特徴でもあり、それが自宅の設計にも取り入れられていることを面白く感じました。

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「原爆シェルター」と言えば、小学館から今月発行されたばかりの『漫画が語る戦争 平和をわれらに!』を読了しました。

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水木しげる、手塚治虫、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎という4人の巨匠が描いた、あまり知られていない「平和」をテーマにした短編を収録した漫画集。
冷戦時代に描かれた、核戦争を主題にした漫画が収められていることに興味を惹かれました。

手塚治虫「猫の血」(1969年)
藤子・F・不二雄「マイシェルター」(1983年)/「カンビュセスの籤」(1977年)/「ある日……」(1982年)
石ノ森章太郎「そして…だれもいなくなった」(1967年)


手塚の「猫の血」は、猫神信仰を続ける僻地の集落から来た「猫の血をひく」女性の物語。1960年代の中ソ対立という国際情勢を背景に、核ミサイルが東京の上空を襲う壮絶なラストへ続く印象的な作品です。

藤子・Fの「ある日……」と石ノ森の「そして…だれもいなくなった」は、似たような構造の作品で、核戦争によってある日突然平凡な日常がぷっつりと終わりを遂げるという恐怖を漫画で表現した実験作。

同じく藤子・Fの「カンビュセスの籤」は、手塚の「火の鳥」を連想させるような、核戦争後に地球最後の一人になった人間のシニカルな物語。

そして「マイシェルター」は、謎めいたセールスマンによって核シェルターの購入を誘われた一家の主が、核戦争後の地球を想像してさまざまなシミュレーションに心を乱されながら、結局、自分たちだけが助かるより「原水爆禁止運動の署名でもしよう」と思い直す、平凡といえば平凡な、しかし、藤子・Fらしい優しい哲学が垣間見える良作でした。

もちろん手塚のもたらした影響が大きいのでしょうが、こうした日本を代表する漫画家たちが、核の脅威に向き合って作品を残していたことの意味については、これからも考え続けていきたいと思います。
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