2014/8/7

「ひろしま忌」の新聞報道と原爆の図渡米のニュース  掲載雑誌・新聞

大勢の方が参加して下さった丸木美術館「ひろしま忌」。
69年前の広島へ思いをはせる一日の締めくくりは、とうろう流しの行事でした。
ここ数年、テレビ局や新聞の取材は年々増え続け、しかも長靴やサンダルなどの準備を整えてこられる記者さんの姿が目につくようにもなりました。
子どもたちが灯ろうを流すと一斉にカメラのシャッターが切られるという光景には、ちょっと不思議な気もしますが……

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「ひろしま忌」から一夜明けて、各新聞紙上にとうろう流しの写真が並びました。

まずは『毎日新聞』埼玉版。“広島原爆の日に祈る”との見出しで紹介されています。

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カラー写真と記事全文はこちらのサイトから(無料会員登録が必要です)。
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20140807ddlk11040187000c.html

続いて、『埼玉新聞』は“「戦争ノー」鎮魂の灯籠”。

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そして『東京新聞』埼玉版では、灯ろう流しの写真とともに、“「原爆の図」渡米へ”という大きな見出しと原爆の図第2部《火》の写真が。
8月5日に広島でアメリカン大学のピーター・カズニック教授と小寺理事長が来年夏のアメリカでの「原爆の図展」の記者会見を行ったことを受けて、アメリカ展に向けての募金活動の情報も紹介して下さっています。

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記事の全文はこちらからご覧になれます。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014080790100253.html

そして、アメリカ展についての詳しい情報は、こちらの丸木美術館HPをご覧ください。
来年被爆70年に向けて、大きなプロジェクトが動き出しました。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2015/2015america.html
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2014/8/6

被爆69年丸木美術館ひろしま忌  イベント

今年の丸木美術館「ひろしま忌」は、雲一つない青空。暑い、暑い一日でした。
そんな暑さにもかかわらず、ご来館くださった方は、約220人。
午前中から、美術館内外とも大賑わいでした。

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とうろう作りのコーナーでは、午前中から、丸木俊さんの姪で絵本作家のひさ子さんが参加者といっしょに絵を描いて下さいました。
今年の灯ろうは全部で90個ほど。それぞれの思いを託した、素晴らしい灯ろうがたくさんできました。

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美術館前のテントでは、漫画『はだしのゲン』などの特設ブースを設け、ボランティアや実習生の皆さんが販売に精を出して下さいました。

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原爆観音堂前の広場では、地元野菜の販売やソフトクリーム、カレーなどの出店もたくさん並びました。

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ボランティアOさんによる子どものための自主企画「きょうりゅう・きんぎょすくい」も、大人気。子どもたちの歓声が響きます。

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毎年恒例の丸木美術館クラブ・工作教室は、5月5日の開館記念日に飾る平和の旗づくり。
画家の石塚悦子さんと谷口幹郎さんのコンビが案内役をつとめました。

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午後2時からは、城西川越中学・高校の尺八演奏。
昨年の尺八初演奏からの成長ぶりに、観客からも大きな拍手が起こりました。

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午後3時からは、新館ホールにて武蔵大学教授・永田浩三さんによる講演「『はだしのゲン』をなぜ排除するのか ―日本社会・メディアでいま、起きていること」
会場はほぼ満席。簡易冷房や扇風機を何台も設置したものの、たいへんな暑さでした。
永田さんは穏やかな口調で、『はだしのゲン』の内容や、昨年夏の松江市学校図書館の閲覧制限問題の経緯、「学校図書館憲章」に記された“図書館の自由”、そしてベン・シャーンの「ラッキードラゴンシリーズ」にも触れながら、“芸術が人びとに訴える力”を語って下さいました。

会場にはCATVや新聞社の取材がいくつも入っていましたが、地元・松山高校新聞部の生徒たちが講演の後、永田さんに時間をかけて取材していた光景が印象的でした。

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午後4時半からは、地元・東松山のフォークユニットひきによるライブ「白い雲と私」。
地元ではすっかりお馴染み、蚕小屋の竹間滋さんが、地元の自然を歌う温かく思いのこもった歌声に、観客の皆さんも暑さを忘れて聴き入っていました。

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夕方、午後6時からは原爆観音堂前で「ひろしま忌の集い」。
被爆者の霊を悼んで黙祷をささげた後は、小寺理事長が来年の原爆の図アメリカ展開催を発表し、寄付のお願いをしました。
また、現在企画展開催中の竹田信平さん、そして来年春に丸木美術館を舞台にした演劇を制作中の演劇集団Ring-Bongの山谷典子さんの挨拶も行われ、「まめつぶ音楽隊」の素敵なミニコンサートも行われました。

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そして、一日を締めくくるのは都幾川での灯ろう流し。
豆つぶ音楽隊の演奏が流れ、夕暮れの近づくなか、大勢の大人や子どもたちが川の中に入って、次々と灯ろうを流していきました。

この日のとうろう流しの様子は、NHK総合テレビの「首都圏ニュース845」でも紹介されました。
ご来場いただいた皆さま、ボランティアスタッフの皆様に、心から御礼を申し上げます。
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2014/8/5

『沖縄タイムス』に石川翠氏“宮良瑛子展”評  掲載雑誌・新聞

“偏狭な国家観を相対化 文明の辺境 再生に希望 丸木美術館の宮良瑛子展を見て”

2014年8月5日付『沖縄タイムス』朝刊文化欄に、美術評論家の石川翠さんによる「宮良瑛子展」の展評が掲載されました。

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すでに会期は終わっていますが、宮良瑛子作品の歴史的、そして今日的意味を鋭く考察する、素晴らしい内容の展評で、たいへん感銘を受けました。

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 初めてふれる60点ほどの絵を前に、思わず息をのんだ。雨風や潮にさらされた木切れや骨片を思わせる、無防備で飾り気のない美しさに驚いた。ふと頭を、熊本県生まれの文学者・石牟礼道子の『苦界浄土』や、福島県いわき市で開墾生活を送った吉野せいの随筆『洟をたらした神』が過った。
 1950年代に東京で社会主義リアリズムの洗礼を受けた画家、宮良瑛子は復帰前の沖縄に移住すると、働く女性たちのたくましさに魅了された。だが次第に戦中戦後の沖縄の特異な状況を我が事のように受け入れてゆく。やがて構造的な弱者への共感は朝鮮、ベトナム、湾岸戦争の被害者へと広がり、90年代に入るや、絵画は仏画や朝鮮の国画、西アジアの画風が混然とした、象徴とも寓意ともつかぬ鎮魂と慰霊のイコン(聖画)と化した。私が会場で出会ったのは、星霜をへてこの世の喜怒哀楽の上澄みにたどりついた画家の境地なのだろうか。


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このように宮良さんの絵画を読み解いた石川さんは、彼女が「本土ではほぼ無名」であることの理由として、〈敗戦後〉のヤマトが、経済成長という新たな国体の下、沖縄や水俣、福島などを犠牲にした民主主義とは名ばかりの利権システムになっているからだと指摘します。

宮良の絵にはヤマト公認の美術が締め出そうとする「社会構造が生み出す弱者への視線」、「アジア世界との連帯」、「女性史」、「土俗的な民衆性、宗教性」などが複数混在している。
古来、日本は黒潮という海上の道を通じて東アジア世界と交流を続けていた海洋大国だったが、近代に入り、西欧諸国の国家概念に感化され、領土拡大を欲望して開放性や寛容さを失った。
しかし、福岡、対馬、沖縄で生きた宮良には本土が忘れかけた開放性が息づいている。
沖縄生まれの埼玉の画家・嘉手川繁雄、奄美大島ゆかりの藤山ハン、五島列島生まれの増田常徳ら、島しょの辺境性をよりどころに本土の人工的な闇を照射する画家たちは、偏狭な国家観や地政学的な思考をゆるやかに相対化する力を宿している。そこに海から陸という〈文明の辺境〉を再生させる希望を見たい……。

記事をご覧になった宮良さんご本人からも、さっそく、よろこびのお電話を頂きました。
「このように自分の作品を見て下さる方がいらっしゃると、今までの苦労が報われる思いです」と涙声で語る宮良さんとお話をしながら、こちらも、胸の熱くなる思いがしました。

素晴らしい記事を書いて下さった石川翠さん、そして会期が終了した後にもかかわらず、展評を掲載して下さった沖縄タイムス社の皆様に、心から御礼を申し上げます。
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2014/8/5

『埼玉新聞』に「はだしのゲン絵本原画展」紹介記事掲載  掲載雑誌・新聞

“被爆体験 絵本版で伝える 「はだしのゲン」特別展 来月6日まで”
2014年8月5日付『埼玉新聞』に、「はだしのゲン絵本原画展」の紹介記事が掲載されました。

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取材をして下さったのは磯田正重記者。
以下の埼玉新聞WEBサイトで記事全文をご覧いただくことができます。
http://www.saitama-np.co.jp/news/2014/08/05/11.html

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「はだしのゲン」は、原爆で父と姉弟を失った作者が自らの被爆体験を基に、忘れられようとした被爆の記憶を伝えるだけではなく軍国主義など歴史の暗部をえぐり出し、弱者を置き去りにした「復興」や「平和」への怒りをも突きつけるように描いた作品。

 会場には、絵本版カラー原画24点と漫画版の同じ場面の複写を比較展示しているほか、世界各地15言語で翻訳された漫画も展示している。

(一部抜粋)

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明日、8月6日は丸木美術館ひろしま忌。
午後3時から武蔵大学教授・永田浩三さんの講演「『はだしのゲン』をなぜ排除するのか―日本社会・メディアでいま、起きていること」などのイベントやとうろう流しを行います。
詳細は以下のWEBページをご覧ください。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/0806.html

炎天下の草刈り作業、そしてとうろう流しを行う場所の確認も終わって、準備は万全。
川の流れは毎年少しずつ変わっていくのですが、今年は見晴らしの良い、開放感のあるとうろう流しになりそうです。

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時間も空間も離れた場所で、1945年8月の広島に思いをはせる貴重な機会。
多くの方のご来場をお待ちしています。
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2014/8/4

『朝日新聞』埼玉版に、「はだしのゲン原画展」紹介記事掲載  掲載雑誌・新聞

“はだしのゲン 今こそ感じて 原爆の図丸木美術館で絵本原画展”

2014年8月4日付『朝日新聞』朝刊埼玉版に、「はだしのゲン絵本原画展」の紹介記事が掲載されました。

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記事全文は、朝日新聞のサイトでご覧になれます(無料会員登録が必要)。
http://www.asahi.com/articles/ASG8261KDG82UTNB00C.html

以下は、記事からの一部抜粋です。

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 はだしのゲンの絵本は、漫画のダイジェスト版として1980年に出版された。原画展では、広島平和記念資料館が所蔵する絵本の全場面のカラー原画と、同じ場面の漫画の複写を合わせて展示している。

 昨年、「暴力描写が過激」などとして、松江市教委が市立小中学校で作品を自由に閲覧できない状態にしていたことが問題となった。学芸員の岡村幸宣さん(40)は「作者の意図した部分ではないところがクローズアップされ、攻撃された」と指摘。「子どもたちのものを見る力は、大人が思うより確かで鋭い。その力を信じて、機会を与えることが大事なのではないか」と呼びかける。

 展示を見に来た川越市の県立高校1年の男子生徒(16)は「小学生の頃に漫画を読んだときは、悲惨だ、としか思わなかった。今は歴史も習ったので、戦争に至る背景も考えながら見た」と感想を話した。


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丁寧に取材して下さった、さいたま総局の清宮涼記者に、心から御礼を申し上げます。
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2014/8/2

アーサー・ビナード来館/RCC中国放送取材  来客・取材

今日の朝一番の来館は、詩人のアーサー・ビナードさんと童心社の編集者Nさん。
なんと開館時間1時間前、午前8時の到着でした。
アーサーさんは現在、《原爆の図》を大胆に再構成したオリジナル・ストーリーの紙芝居を構想中。そのため、現在の進行状況と、作品の出版許諾(出版日未定)の打ち合わせのため、来館されたのです。

午前中はほぼ紙芝居の打ち合わせのために時間を費やし、午後からは、広島のRCCラジオの番組「日々感謝。ヒビカン」の原爆の日特集「被爆69年のヒロシマから」(2014年8月6日12時〜15時生放送予定=ゲスト:アーサー・ビナード)の収録。
青山高治アナウンサーとIディレクターが来館され、《原爆の図》の前でアーサーさんと念入りに話をしていました。

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岡村も、《原爆の図》制作の経緯や、今日的な意味について、少しだけ話をさせていただきました。
広島県内のみの限定放送となりますが、貴重な機会ですので、ぜひ、多くの方にお聞きいただきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
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2014/8/1

南米現代美術アートの対話“アルファ崩壊からベータ崩壊へ”  館外展・関連企画

午後6時半より、都内のTKPガーデンシティー永田町コンフェレンスルーム1Bにて(メキシコ大使館から急きょ会場変更となりました)、「竹田信平 ベータ崩壊展」の関連企画として、「南米現代美術アートの対話“アルファ崩壊からベータ崩壊へ”」と題するトークイベントが開催されました。

本来は、メキシコ人キュレーターのマルセラ・キロズを交えて行われるはずのイベントでしたが、諸事情のため来日がかなわず、出演は竹田信平(現代美術家)をはじめ、ホセマー・リザラガ(メキシコ人アーティスト)、新井卓(写真家)、岡村幸宣(丸木美術館学芸員)の4名となりました。
平日夜の開催にもかかわらず、会場に訪れて下さった方は40人以上という盛況でした。

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はじめに、メキシコ最北端の国境に位置する街ティファナを拠点に活動する20代の若手アーティスト・ホセマーが、自身の活動を報告しました。
ティファナは、中南米から米国を目ざしてやってきた数多くの移民たちが、最後の壁を超えられずに定住を余儀なくされる、混沌と暴力の街としても知られます。
ホセマーの兄は、数年前に麻薬組織の抗争に巻き込まれ、銃殺されました。その事件以来、彼は今まで考えなかったことを考えるようになり、誰もが見ないふりをして生きている街のなかで、見えなくなっている暴力を明確に浮かび上がらせる表現活動を行うようになったそうです。

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続いて、一昨年の夏に丸木美術館で個展を開催した写真家の新井卓さんが、ダゲレオタイプで撮影し続けている福島や第五福竜丸、そして近作のトリニティや広島・長崎の作品を紹介しました。
福島を撮影していたときには問われなかったが、原爆を撮りはじめてから急に「なぜ体験していないのに撮るのか」という問いを周囲から突きつけられるようになった、という途惑いについても語り、「非体験者は表現する資格があるのか」という、竹田作品やホセマーの表現にも通じる根源的な問題を提起して下さいました。

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最後に報告した竹田さんは、被爆者の記憶を身体を通して“共有”するために、証言の声紋を転写するという「アルファ崩壊」のシリーズが生まれてきた過程を詳しく紹介しました。
声紋をなぞり書きする行為を実際に目にして、まるで写経のようだ、と思ったのですが、実際、初期の頃は、証言の言葉そのものを床に写し書きしている作品もあったりして、たいへん興味深く見ることができました。
また、集団ではない個別の記憶の重要性を自覚しつつ、大きな“モニュメント”を築き上げることの誘惑に抗えないという率直な思いを語っていたことも、考えさせられました。

三人の発表と竹田さんの新刊紹介の後は、私も参加して「体験/非体験」の問題などをテーマにしたトークセッションが行われました。
圧倒的な暴力を前にしたとき、「体験」の中心に位置する人びとは、そもそも死者であるために記憶を表現することはできません。そして、「体験者」と言えども、個人的体験以上の全体像を把握することは決して簡単ではなく、その意味では、「体験/非体験」の境界は、視点の設定によっても揺れ動く、曖昧な存在なのだと思います。

そのとき重要となるのは、「体験」よりも「当事者」としての意識ではないか。
ホセマーは兄の死によって、竹田さんは被爆者の証言をたどる旅で、新井さんは「3.11」後に福島や第五福竜丸を撮り続ける過程で、それぞれ、みずからの日常とつながる「当事者」としての意識を獲得していったのではないか。
そして、そうした「当事者」としての意識は、時間や距離を超えて誰もが持つことができる、普遍的な「記憶」につながるのではないか。
トークをしながら、ずっとそんなことを考えていました。

竹田さんの作品をより深く知るばかりでなく、久しぶりに新井さんの作品の報告を聞き、ホセマーの表現活動を知ることもできた貴重な機会に、心から感謝いたします。
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