2014/5/21

坂東眞砂子『眠る魚』  書籍

2014年1月27日に逝去された作家の坂東眞砂子さんの絶筆となった未完の小説『眠る魚』(集英社、2014年5月19日発売、1300円+税)が編集部より届きました。

この小説は、集英社WEB文芸「レンザブロー」に2013年2月15日から2014年1月10日まで連載されたものです。WEB上の連載時は、タイトルページに原爆の図 第8部《救出》が使用されていたのですが、単行本の装幀は、原爆の図 第15部《長崎》になりました。

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ブックデザインは鈴木成一デザイン室。
画面のわずかな余白に、白字のタイトルと黒字の著者名を配置した装幀が印象に残ります。

物語の舞台は、「3.11」後の近未来の関東平野の架空の町。著者自身を投影させたと思われる南洋の島で暮らす主人公の女性が、実父の訃報を受けて一時帰国し、日本社会の不条理と混乱に直面するなかで癌を発症するという筋書きで、鋭い社会批判の筆が冴えわたります。

読みはじめるとぐいぐいと引き込まれ、著者が病に侵されながら全身全霊の思いを込めて紡ぎ出した架空の物語に、私たちの日常がまさに近づいているのではないかと背筋の寒い思いがしました。

物語の後半部から、《原爆の図》に触れている個所を引用します。
坂東眞砂子という優れた作家が、最後の最後に、このような文章を遺して逝ったことを、記憶に留めておきたいと思っています。

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 想定外、か。
 皮肉な笑いが浮かんで消えた。
 原発事故を「想定外」と規定した時から、日本の現実は、非現実空間に浮遊しはじめたのだ。「想定外」の事態が現実となる世界と、ファンタジーが現実となる世界は同質だ。
 日本は、福島原発事故を境に、ファンタジー世界に入りこんでしまったのだ。
 私が散歩しつつ目にしている、この大竜川の川辺の穏やかな風景はファンタジーではないか。もしかして、現実とは、『原爆の図』のような光景なのかもしれない。丸木位里と俊の夫婦の共作によるこの絵は、私は図版でしか知らないが、それを見た時の強烈な印象は記憶に生々しい。
 原爆の灼熱に焼かれて、一瞬にして衣類は焼かれ、ぼろぼろになった皮膚を垂らして、幽鬼のように歩く人々の群れ。だが、今回は、一瞬の高熱が人を襲うのではない。体内に取り込んだ放射性物質の熱によって、人はじりじりと内から焼かれていくのだ。そして長い年月をかけて体を蝕まれ、健康を害し、病に臥して斃れていきもする。だから、ほんとうに私の目に映るべき現実とは、内なる熱に焼かれ、身をよじらせて苦しむ人の群れであるべきなのだろう。そして、その人の行列は、二〇一一年三月十一日から未来永劫に連なり続け、途絶えることはないのだ。


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