2014/4/26

『東京新聞』「宮良瑛子展」紹介記事など  掲載雑誌・新聞

“沖縄から問う愛、平和 画家の宮良さんが個展 働く女性や戦争 40年余”

2014年4月26日付『東京新聞』朝刊首都圏欄に、「宮良瑛子展 沖縄―愛と平和と―」の紹介記事が掲載されました。

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以下は、記事からの一部抜粋です。

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 宮良さんは武蔵野美術学校(当時)在学中に沖縄出身の夫と知り合い、一九七一年、本土復帰前の沖縄に移住した。移住前の六九年、約一カ月の滞在で、沖縄の働く女性たちに魅せられた。「ほとんどの人が戦争で身内を亡くしていたが、おおらかでたくましい姿にほれ込んだ。夢中でスケッチしたのが原点」という。

(中略)

 小寺理事長は個展初日のあいさつで、本土には「沖縄の人はかわいそうだけど、基地があるのはしょうがない」「基地はいらないが、安保条約は必要」といった人ごとにしかとらえられない空気があることを指摘。「沖縄では『(日本から)独立した方がいい』という意見まで公然と語られるようになった。私たちが、沖縄の人の心をどう受け止めるかが問われている」と呼び掛けた。
 同美術館の岡村幸宣学芸員は「東京では沖縄の美術家の展覧会は開かれてこなかった。主流・多数派という考え方とは別の視点をわれわれが持つことが、社会を見つめ直す新たな視点にもつながるのではないか」と話している。


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いつも反響の大きな記事を書いて下さる中里宏記者に、心から感謝です。

そしてこの間、他の新聞にも掲載が続いているので、まとめてご紹介いたします。

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“沖縄在住の画家 宮良瑛子さんが個展 東松山の丸木美術館 戦争などの不条理描く”
――2014年4月20日付『毎日新聞』朝刊埼玉版

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http://mainichi.jp/feature/news/m20140420ddlk11040171000c.html
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“沖縄のつらさ理解して 丸木美術館 宮良瑛子さん個展”
――2014年4月20日付『琉球新報』朝刊

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http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-223938-storytopic-6.html
(記事全文をお読みいただけます)

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それから、2014年4月21日付『東京新聞』朝刊の「声」欄に、丸木美術館を訪れた方の投書が掲載されました。心に残る温かい「声」だったので、こちらも紹介させて頂きます。

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2014/4/19

宮良瑛子展オープニングトーク  企画展

いよいよ「宮良瑛子展 沖縄―愛と平和と―」が開幕しました。
午前中から大勢の来館者が丸木美術館に足を運んで下さり、地元ケーブルTV局のインタビューをはじめ、琉球新報、沖縄タイムス、東京新聞、毎日新聞、埼玉新聞など各社の記者も来場して下さいました。

おかげで宮良さんはオープニングトークの前に「もう疲れたよ……」と仰っていましたが、午後2時からの豊見山愛さん(沖縄県立博物館・美術館主任学芸員)とのトークでは、たいへん元気な笑顔を見せて下さいました。

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かつて宮良さんの主宰する絵画教室に通い、もう30年近いおつきあいになるという豊見山さんは、宮良さんのことを「戦争や社会の現実に向き合う沖縄では稀有な画家」と評価されています。
トークのなかでも、男尊女卑の風潮の強かった沖縄で何度も辛辣な評価を受けながら、それらの声への憤りをエネルギーに変えてきた宮良さんの情熱について言及されていたのが、とても印象的でした。

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会場は80名を超える大盛況。東京周辺はもちろん、沖縄から、福島から、関西からもこの日のために訪れて下さった方々がいらっしゃって、本当に素晴らしいオープニングとなりました。

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今回の展覧会の会場風景を簡単にご紹介しましょう。
第1室は、「復帰」前年に沖縄へ移り住んだ宮良さんが、もっとも心を惹かれたという沖縄のたくましい女性たち「アンマー」の姿を主題にした作品を中心に展示しています。

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《市の女たち》(上写真左)などの生き生きとした女性像は、沖縄の女性たちへの作者の共感のまなざしとともに、沖縄で女流美術展や平和美術展を立ち上げ、今日まで闘い続けてきた宮良さん自身の姿も投影されているように感じられます。

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色鮮やかな南の楽園、沖縄のイメージを堪能できる展示室です。
続いて第2室の正面には、チラシやポスターなどにも掲載している《美ら島・辺野古》が展示されています。

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力強い群像図の背景には、美しい海とガジュマルの樹が描かれていますが、題名が示す通り、この絵は、美しい環境を破壊する辺野古への米軍基地移設に抗する思いから生まれています。

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別の壁面には、長崎の原爆投下を主題にしたヒマワリの絵を中心に、2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故を主題にした新作が2点ならべられています。
長崎、福島、沖縄。時間も場所も異なる出来事の根底にある共通の問題とは何かを暗示する空間です。

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そして、メインの大展示室は、沖縄、中東、朝鮮半島など、各地でさまざまな矛盾の犠牲になる女性たちの姿を中心に、非常に見応えのある大作が並んでいます。

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沖縄という土地に根を下ろしながら、宮良さんが(沖縄だけの問題にとどまらず)どのように世界を見据えて想像力を拡げ、描き続けてきたのか。
今回の展覧会は、常設展示である《原爆の図》をはじめとする丸木夫妻の画業との対比という意味でも、興味深いものがあります。

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三連作の大作は、祭壇画のようにも見えます。
そのことを宮良さんにお伝えすると、「特に意識したわけではないのよ。でも、祭壇画のようだと、今までも何度も言われました」と仰っていました。
戦争を主題にした作品の群像図には、多くの場合、女性の後ろに影のように寄り添うたくましい男性の姿が描かれています。それは、男性が女性や子どもを傷つけるのでなく、守る存在であってほしい、という宮良さんの願いのあらわれだそうです。

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会場の中央には、宮良さんが1994年に手がけたブロンズ彫刻《水底のうた ―沖縄県戦時船舶遭難の碑―》(鹿児島県山川町に設置)も展示されています。
宮良さんは、お連れ合いの作さんとともに、米軍に撃沈された遭難船を主題にした絵本『湖南丸と沖縄の少年たち』(1985年、草土社)を手がけています。今回は、2階の小展示室で、それらの絵本原画も展示しています。

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奇しくもこの日、沖縄の与那国島では、陸上自衛隊駐屯地の起工式が行われました。
関係悪化の進む東アジア情勢の中で、またしても沖縄が危険にさらされつつある現在、この「宮良瑛子展」は、本土に生きる私たちにとって、重要な意味を持つのではないでしょうか。
私自身、会期中に宮良さんの作品を見つめながら、その画業について考えを深めていきたいと思っています。
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2014/4/18

「宮良英子展」展示作業  ボランティア

小雨の降り続く平日にもかかわらず、6名のボランティアの方々が集まって下さって、一日がかりで「宮良瑛子展」の展示作業を行いました。

前日から来られていた宮良さんとお連れの大城さんに加え、今日は沖縄県立博物館・美術館主任学芸員の豊見山さんも到着され、展示作業に参加。

丸木美術館の展示ボランティアの手際の良さに、お褒めの言葉をたくさん下さいました。
みんなで力を合わせて、無事、素晴らしい展示空間ができあがりました。
沖縄戦や辺野古の基地移転問題などを主題にした油彩画の大作に加え、ブロンズ彫刻、夫の宮良作さんとの共同制作の絵本の原画など、とても見応えのある内容です。
あらためて、この美術館で宮良さんの仕事を紹介する意味を考えさせられます。

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明日はいよいよオープニングです。
午後2時からの宮良さんと豊見山さんのトークが、とても楽しみです。
皆さまのご来場を、心よりお待ちしています。
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2014/4/17

『沖縄タイムス』に宮良瑛子展紹介記事掲載  掲載雑誌・新聞

“「沖縄」の現実描く 丸木美術館で個展 宮良瑛子さんに聞く”

2014年4月17日付『沖縄タイムス』朝刊文化欄に、19日からはじまる「宮良瑛子展 沖縄―愛と平和と―」の紹介記事が掲載されました。

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インタビューの聞き手は、城間有記者です。
本日夕方、宮良さんが沖縄から丸木美術館に到着されました。
明日は宮良さんの立ち合いのもとで、一気に作品の展示作業。
そしていよいよ明後日からは、展覧会がはじまります。

午後2時からは、沖縄県立博物館・美術館の豊見山愛主任学芸員をお迎えして、宮良さんとの対談を行います。どうぞご期待ください。
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2014/4/15

島田澄也さん聞き取り調査  調査・旅行・出張

午後、豊島区のTさんといっしょに、都内にお住まいの画家・島田澄也さんのお宅に、聞き取り調査に伺いました。

島田澄也さんは1927年8月、東京都豊島区長崎町生まれ。
若い頃に、長崎町のアトリエ村で早朝デッサン会をしていた丸木夫妻のもとに通い、絵の勉強をされていたのです。
1950年代に前衛美術会の会員として小河内村の山村工作隊に参加し、『週刊小河内』というガリ版冊子を発行するなどの活動をしていたことが美術史的には知られていますが、島田工房や株式会社サンクアールを設立し、円谷プロの怪獣造形や国立民族博物館の立体模型を制作するなど、その後の人生もたいへん興味深い方です。

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お宅に伺うと、木の枝に「島田」という表札が。とてもシンプルでいい感じです。
87歳になられている島田さんはたいへんお元気で、ご家族の方のご協力も頂きながら、私たちの聞き取りに応えてくださいました。

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アトリエには、20年ほど前に島田さんが会社を辞められてから、自身の少年時代や戦後の活動を記憶をもとに描きはじめた大量の油彩画の小品が、きれいに分類されて保管されていました。
その一点一点が、非常に興味深く見応えがありました。

それらの作品の一部は島田さんのHPで公開され、電子ブックにもなっています。
http://www.shimadasumiya.jp/index.htm

その中には、丸木夫妻のデッサン会を描いた油彩画も公開されていました。
http://www.shimadasumiya.jp/Gallery/A_Maruki.jpg
(↑クリックしてご覧ください)
画面右から丸木位里、島田さん、赤松俊子(丸木俊)、北添寛子、そしてモデルになっているのは、後に絵本画家として活躍する、いわさきちひろだそうです。
モデルを雇うお金がなくて、参加者が順番に裸になってモデルを務めたというデッサン会の様子が、とてもよくわかります。

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丸木夫妻との交流の深さを示すように、島田さんは丸木スマの色紙も数多くお持ちになっていました。
その他にも、山下菊二や桂川寛、勅使河原宏、尾藤豊といった画家たちとの交流も深かったようで、今後継続して作品も含めた調査をしていきたいと思っています。
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2014/4/12

神戸散策/ギャラリーあしやシューレ「安藤栄作展」トーク  調査・旅行・出張

朝一番に、ギャラリーあしやシューレのTさんにお誘いされて、横尾忠則現代美術館の企画展「横尾探検隊 LOST IN YOKOO JUNGLE」のオープニングレセプションに参加しました。

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美術家・グラフィックデザイナーとして精力的に活動を続ける横尾忠則さんの幼少期の原体験をモチーフにした絵画作品を紹介する企画展。ターザンや海底2万マイル、少年探偵団などの作品から生み出される世界観が、横尾芸術の根幹を成していることがよく伝わってくる企画展でした。

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「安藤栄作展」のオープニングの準備があるというTさんとここでいったんお別れをして、私は道路をはさんですぐ隣にある神戸文学館へ。
1904年に建てられた関西学院大学のチャペルを再利用した、入館無料の施設です。

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とても小規模の展示ではありますが、神戸ゆかりの文学者は非常に多く、案外見応えがあります。展示室の隅には岡部伊都子さんの書斎の机と椅子なども展示されていました。
とりわけ、無料で配布されている8種類の文学散歩地図が個人的にはたいへんありがたかったです。

「堀辰雄の『旅の絵』、宮本輝の『花の降る午後』などを歩く」(中央区)、「竹中郁の『私のびっくり箱』、灰谷健次郎の『太陽の子』などを歩く」(兵庫区)、新田次郎の『孤高の人』、吉川英治『新・平家物語』などを歩く」(長田区)、山本周五郎の『須磨寺附近』を歩く」(須磨区)……といったモデルコースの中から、今回は野坂昭如の『火垂るの墓』を歩く灘区のコースを選びました。

JR六甲道駅から野坂昭如の母校・成徳小学校を経て、石屋川を渡った先にある御影公会堂へ。
御影公会堂は1933年の完成で、1945年の神戸大空襲と1995年の阪神・淡路大震災をくぐりぬけて今も現役で使われています。

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 草の根たよりに堤防を這いずり上る。上ってみると御影第一第二国民学校御影公会堂がこっちへ歩いてきたみたいに近く見え、酒蔵も兵隊のいたバラックもさらに消防署松林すべて失せて阪神電車の土手がすぐそこ、国道に電車三台つながって往生しとるし、上り坂のまま焼け跡は六甲山の麓まで続くようにみえ、その果ては煙にかすむ
(野坂昭如『火垂るの墓』より)

焼け野原にぽつりと立つ御影公会堂の風景は、高畑勲監督のアニメ映画『火垂るの墓』でも印象的に描かれていました。

石屋川を下ると、そのアニメ映画『火垂るの墓』のモニュメントもありました。

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清太と節子がホタルを捕まえて遊んでいる場面が刻まれています。
この場所からは、川をはさんで御影公会堂がよく見えました。
周囲は公園になっていて、まだ桜が散らずに残っていました。
子どもたちが歓声をあげて遊んでいる光景は、戦争の記憶とは対照的に感じられます。

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その後、清太たちのお母さんが息を引き取ったとされる「御影国民学校」(現在の御影小学校)も見に行きました。御影小学校の門柱は、国民学校時代のまま残されているそうです。

駅へ戻る帰り道に、ふと、「大震災復興拠点之地」という石碑を見つけました。

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福島で被災した彫刻家の安藤栄作さんが、「関西で震災っていうと、今でも東北ではなくて阪神大震災を言う場合があるんだよね」とおっしゃっていましたが、今自分が立っている場所は、20年前の悲しみの地でもあることをあらためて考えさせられました。

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最後に、阪急夙川駅の近くにある、カトリック夙川教会を訪れました。
ゴシック風の尖塔が空に向かってそびえたつ優美な聖堂は、1932年の建築。
かつて遠藤周作が洗礼を受け、須賀敦子が通っていたこともあるそうです。

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午後3時半からは、ギャラリーあしやシューレで「安藤栄作展 Shambhala シャンバラ」のオープニングとして、安藤さんと私のトークイベントを行いました。

まずは安藤さんの福島での生活から、震災を経て奈良に移住するまでの足取りを、作品の画像をまじえてスライドトーク。
もちろん、昨年春に丸木美術館で開催した「光のさなぎたち」の展示も紹介されました。
今回の個展では、その作品の一部が会場に設置されています。

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その後は私も話に加わって、対談のような形式で、伝説の理想郷「シャンバラ」を軸に話をすすめ、丸木美術館の活動や安藤さんの美術館への印象なども話題にのぼりました。
会場の方からの発言も相次ぎ、とても気持ち良いトークイベントになりました。
このトークの内容は、ギャラリーあしやシューレで文字起こしをして冊子にする予定だそうなので、楽しみにしていてください。

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トークの後は、レセプションと記念撮影。
関西の方々とお話をして、また新たなつながりが深まりました。
ご来場いただいた皆さま、そしてトークに呼んで下さった安藤さん、ギャラリーあしやシューレのTさんに、心より御礼を申し上げます。
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2014/4/11

沖縄県立博物館・美術館「木下晋展 生命の旅路」  館外展・関連企画

朝の開館と同時に沖縄県立博物館・美術館を訪れて、「木下晋展 生命の旅路」を観ました。

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展覧会の基本構成やほとんどの作品は丸木美術館で開催したときのものと変わらず、木下さんの作品を通して彼自身の生きてきた軌跡を振り返る内容なのですが、広くゆとりのある空間に、木下さんの言葉や映像、資料なども加えられて、丸木美術館の展示とはまた異なる充実した展示になっていました。
とりわけ、展覧会を紹介する文章のなかに、沖縄戦の痛みに触れて木下さんの作品と重ねるくだりが追加されていたことが、深く心に残りました。

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丸木美術館の企画は、予算規模などの問題もあり、今まですべて単館のみの企画だったので、こうして他の空間で展示された企画を見るのは、とても新鮮で嬉しいものです。
大いに刺激を受けますし、新たな視点の発見もあります。
「木下晋展」を開催したいと提案して下さった沖縄県立博物館・美術館のKさんには、本当に感謝しています。

そのKさんや同僚のMさん、宮良瑛子展でお世話になっているT学芸員に連れられて、A館長や、美術館指定管理社のT代表にもご挨拶をさせて頂きました。
海を渡らなければならないという点で、どうしても経済的な壁が立ちはだかるのですが、沖縄との連携は、これからも継続的に考えていきたいと強く思いました。

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慌ただしく沖縄県立博物館・美術館を後にすると、昼の便で那覇空港から神戸空港に飛びました。
明日、4月12日(土)より兵庫県芦屋市のギャラリーあしやシューレで開幕する「安藤栄作展 シャンバラ」のオープニング・トークに参加させて頂くのです。
ホテルに荷物を置いた後、ギャラリーあしやシューレに顔を出して、展示作業をしている安藤さんご夫婦とオーナーのTさんにご挨拶をしました。

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Tさんによれば、このギャラリーは2年前にはじめたばかりのまだ新しいスペースとのこと。
とても落ち着いた空間で、高さがたっぷりあるので、「光のさなぎたち」も伸びやかに立っているように見えました。
爽やかな木の香りが会場に満ちているのも心地よいです。

丸木美術館、いわきに続いて3回目、関西方面では初めての「光のさなぎ」の展示。
「3.11」後の津波でアトリエを失い、原発事故の影響もあって奈良に移住した安藤さんが、福島への強い思いを注いで制作した彫刻群を、ぜひ、多くの方にご覧頂きたいと思っています。
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2014/4/10

『沖縄タイムス』に“木下晋展”紹介記事寄稿  執筆原稿

2014年4月10日付『沖縄タイムス』朝刊文化欄に、現在、沖縄県立博物館・美術館で開催している「木下晋展 生命の旅路」(5月6日まで)の紹介記事を寄稿しました。

ちょうど沖縄滞在中のタイミングだったので、掲載紙を入手することができました。

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まだ沖縄の展示は見ていないので、展評というよりは、自身が立ち上げた展覧会企画の紹介と沖縄開催の意義を記した内容ですが、記事を読んで下さった方が、木下さんに共感し、美術館に足を運んで頂けるようにという思いを込めています。

さっそく、沖縄展の企画担当のKさんからも、「沖縄の人々への投げかけで締めていただき、多くの読者が心ひかれる文章だと思います」と、ありがたいご感想を頂きました。
丸木美術館での展覧会のときは、『東京新聞』の記事を機に多くの方が来て下さったので、沖縄でも、これから大勢の方に見て頂けると、本当に嬉しいです。
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2014/4/10

【沖縄出張2日目】宮良瑛子アトリエにて作品集荷作業  調査・旅行・出張

沖縄出張2日目。
今日は朝9時から、首里にある宮良瑛子さんのアトリエにお伺いして、琉球物流の運送スタッフさんとともに、企画展のための作品集荷作業を一日がかりで行いました。

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手作りの看板がとても温かい雰囲気を感じさせる絵画教室。
宮良さんはこの場所で、沖縄「復帰」から40数年のあいだ、ずっと暮らし、描き、教室を続けてきたのです。

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アトリエのなかで、もっとも印象に残ったのは、床に残された無数の傷と絵の具の跡。
沖縄における宮良さんの喜びや苦しみが生々しく伝わってくる、まるで年輪のような床でした。

「東京より安い教室代にしてね、昔は子どもたちがたくさんやって来て、アトリエの外で待っているくらいだったのよ」と懐かしむ宮良さんの表情は、何とも嬉しそうでした。
その「門下生」のひとりが、今回の展覧会のために尽力して下さった沖縄県立博物館・美術館学芸員の豊見山愛さん。
この日も、わざわざ作業のお手伝いに駆けつけて下さったのですが、宮良さんとの何気ない会話のなかにも、お二人の揺るぎない信頼関係が伝わってきて、何度も心を打たれました。

「女が絵を描くなんて」と言われる時代の沖縄に飛び込んで、少しずつ社会の認識を変えていった宮良さん。
その苦闘は並々ではなかったことでしょうが、それでも、土地に根を下ろし、生きることと描くことが深くつながっているという意味で、宮良さんは非常に幸福な、稀有な画家だと思います。

丸木美術館における企画展「宮良瑛子展 沖縄―愛と平和と―」は、4月19日(土)からはじまります。初日のオープニング・トークでは、宮良さんと豊見山さんが沖縄から丸木美術館に来てお話をして下さいます。
話の内容もたいへん楽しみですが、お二人が運んでくる沖縄の空気を、ぜひ、多くの方に感じて頂きたいと思っています。
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2014/4/9

【沖縄出張初日】宮良瑛子展集荷/佐喜眞美術館「利根山光人展」  調査・旅行・出張

今日から、「宮良瑛子展 沖縄―愛と平和と―」の作品集荷のために沖縄出張です。
朝一番の飛行機に乗り、午前9時半には那覇空港に到着。
10時に琉球物流のスタッフさんと那覇市民ギャラリーで落ち合いました。

那覇市民ギャラリーが所蔵されている宮良瑛子さんの油彩画は、《転生》と《美ら海・辺野古》の2点。どちらも、宮良さんの力強い筆遣いがよく表れている大作です。

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作品の状態チェックを行い、梱包を終えると、美術運送用トラックに積み込み。
その後、私もトラックに同乗させて頂き、那覇市内の個人宅で2点の作品集荷を行った後、この日の最終目的地である読谷村立美術館へ。
初めて訪れた読谷村立美術館は、世界遺産の座喜味城跡に接する、とてもロケーションの良い美術館でした。
この美術館でも《美ら島》、《レクイエム 海礁U》という2点の油彩画の大作をお借りしました。

実は、丸木美術館の企画展で公立館から作品を借用するのは、今回が初めてのことです。
それは、展示室の条件や金銭面等の問題で、簡単に借用できない事情があるのですが、今回の展覧会では、宮良さんのたっての希望であり、また、所蔵美術館のご理解、そして何より多くの方々の展覧会実現のためのご寄付のおかげで、実現したのです。

間近で宮良さんの作品を拝見したことで、いよいよ展覧会がはじまるのだという実感が沸いてきました。

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読谷からの帰り道、途中で車から降ろして頂き、宜野湾市の佐喜眞美術館を訪れました。
佐喜眞美術館では、今日から版画作品を中心とする「利根山光人展」がはじまっています(6月8日まで)。

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私がはじめて利根山光人の作品を見たのは、まだ学生だった1994年。
世田谷美術館で開催された回顧展がきっかけでした。
メキシコの影響を色濃く受けた力強い作風に加え、佐久間ダムのシリーズをはじめ、広島や南京などの社会的主題に取り組む硬質な姿勢に、大きな感銘を受けました。

今回の佐喜眞美術館の展示では、利根山さんの実力がいかんなく伝わってくる版画作品も見ごたえがありますが、何といっても圧巻なのは、「今まで丸木夫妻以外の作品を展示したことがなかった」(佐喜眞館長談)という一番奥の部屋に並べられた、利根山さんの壁画《誕生》と《沖縄戦の図》の対比。振り返ると別の壁面には比嘉豊光さんの《島クトゥバで語る戦世》の写真群もならんでいて、非常に面白い、壮絶な死生観を提示する空間になっていました。

《沖縄戦の図》に描かれた骸骨と、《誕生》に登場する骸骨(メキシコの死生観をあらわすカラベラ)からは、沖縄戦の“慰霊の日”とメキシコの“死者の日”の連続性に気づかされます。
また、利根山さんの作品の豊かな色彩やおおらかさに引き出されるように、丸木夫妻の絵画の色彩の強さやある種のユーモアについても、あらためて考えさせられました。
この興味深い展示の余韻に浸りながら、最後に美術館の屋上にのぼって、普天間基地を見下ろす風景を眺めてきました。

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閉館後は、佐喜眞館長の車で那覇市内まで送って頂き、夕食は沖縄県立博物館・美術館のT学芸員とMさんとご一緒しました。
明日は一日、宮良瑛子さんのアトリエで作品の集荷作業が続きます。
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2014/4/8

ギャラリーあしやシューレ「安藤栄作展」のお知らせ  館外展・関連企画

兵庫県芦屋市のギャラリーあしやシューレで、安藤栄作さんの個展「Shambhala(シャンバラ)」が4月12日(土)から5月6日(祝/火)まで開催されます(休廊日:4月14日、15日、21日、22日、28日、29日)。

昨春に丸木美術館で開催した企画展「光のさなぎたち」の関西初展示となります。
移住先の奈良から福島を見つめ続ける安藤さんの思いが込められた巨大な彫刻。
関西にも「光」を下ろし、希望で満たすことができるのではないかと思います。

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4月12日(土)の午後3時からは、安藤さんと岡村がトークイベントを行う予定です。
この日は、トークイベントに引き続き、レセプションも行います。
ぜひお近くの皆さま、ご来場をお待ちしています。
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2014/4/7

国立新美術館/森美術館/加藤登紀子「広島 愛の川」レコーディング  他館企画など

休館日。
六本木の国立新美術館で「イメージの力 国立民族学博物館コレクションにさぐる」展「中村一美展」の二つの展覧会を見た後、森美術館の「アンディ・ウォーホル展 永遠の15分」へ。

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「イメージの力」展は、世界各地の仮面や神像、織物や祭事物など国立民族学博物館の選りすぐりのコレクションを展示して、人間の持つ想像力の豊穣さを提示する企画でした。
たとえば、秋田の「ナマハゲ」の面とともにバリ島の仮面舞踏劇の面やメキシコの悪魔の仮面などがところせましとならび、遠野の「オシラサマ」と同じ空間にインドの精霊像やミクロネシアの祖先像が立つといった具合。
ほとんどの作品が作者不詳なのですが、だからこそ、「美術」という仕組みを吹き飛ばしてしまうような、エネルギーとイマジネーションに満ちた展示になっていました。

興味深かったのは4章「イメージの翻訳」の「ハイブリットな造形」の項。
強さの象徴として英国旗ユニオンジャックを引用したガーナ・ファンティ族の「アサフォ結社の軍旗」や、オランダ軍の図柄を用いたジャワ島のバティック、あるいはビール瓶のかたちをしたガーナの棺桶など、良くも悪くもグローバル化した近現代の社会の文化交流の中から生まれてきた造形物には、人間の想像力・表現力が社会の動きと決して切り離せないこと、そして、政治よりずっとしたたかに、世界に開かれつながっていくということを考えさせられました。

「中村一美展」は、以前から気になっていた画家・現代美術家の中村一美(1953-)の絵画の全貌が紹介された好企画。
戦後世界を席巻したアメリカ抽象表現主義絵画の研究から出発し、しかし、表層的な表現の問題に閉じ込もることなく、「絵画の社会性」(展覧会出品リストの文章を引用すれば、「資本主義市場経済システムとナショナリズムや宗教の対立が複雑に絡み合い、人間関係が苛烈化していくこの世界を表象し、批判する絵画構造の実現」)を深く思考し、実現させてきた絵画表現の変遷が、非常によくわかる見応えのある展示でした。

「アンディ・ウォーホル展」は、20世紀を代表するポップ・アートの旗手アンディ・ウォーホルの表現を、約700点の作品と資料で総覧する大規模な回顧展。
さすがに会場には、国内外のさまざまな世代の来場者があふれ、たいへん盛況でした。
オリジナリティや大量消費社会など、ウォーホルが捉えていた20世紀の問題意識は、「イメージの力」展に見られる世界各地の造形表現とも逆説的につながっていくように思えました。

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展覧会を見た後は、乃木坂のスタジオで、加藤登紀子さんの公開レコーディングと記者会見に参加しました。

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漫画「はだしのゲン」の作者・中沢啓治が平和への願いを記した「広島 愛の川」という詩に曲をつけ、今夏にCDとして発売するのです。

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慣れないスタジオに紛れ込んでレコーディングに立ち会い、記者の方々といっしょに慌ただしく移動し、加藤さんや中沢さんの妻・ミサヨさん、作曲家の山本加津彦さんを囲むという、ちょっと緊張する体験。
会見の際に加藤さんが話された次のコメントが印象的でした。

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「もっと早くに戦争を終わらせていれば原爆が落ちなかったという口惜しさ、私たちがどういう歴史の上に今を生きているのか、そして3.11――福島を体験して、なぜ原発を許してしまったのかという思いを伝えたい。
 今、『はだしのゲン』が図書館から撤去され、国全体が歴史を捻じ曲げようとしている。私たちが中国・韓国に対して何をしたのかという歴史を見て正確に受け止める強さを若い人たちには持ってほしい。
 湾岸戦争のとき、アメリカのカーネギーホールで公演をしていたが、アメリカの記者から『広島を経験した日本人としてアメリカに言いたいことがあるのではないですか』と聞かれてはっとした。世界からは、日本のアイデンティティとして“広島からの視点”が求められている。私たちはそれだけの思いをもって、広島を見つめてきただろうか」

「広島 愛の川」のCDは6月末に発売予定。
丸木美術館では今夏に『はだしのゲン』絵本原画の特別展示を予定していることもあって、加藤登紀子さんにご来館いただくイベントも交渉中です。
うまく話がまとまれば、後日に詳細をご案内いたします。
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2014/4/5

美術館ニュース第117号発送作業  美術館ニュース

年4回発行している丸木美術館ニュースの、第117号の発送作業。
桜の花がきれいに咲き誇るなか、今回も初参加を含め10名のボランティアの方々が参加して下さり、無事に作業を終了しました。
ご参加下さったボランティアの皆さま、どうもありがとうございました。
以下に、ニュースの目次と、表紙画像を掲載いたします。

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丸木美術館ニュース第117号 (発行部数2,500部)

〈主な記事〉
5月5日丸木美術館開館記念日のご案内 … p.2,3
[特集] 宮良瑛子展 沖縄―愛と平和と―@ 宮良瑛子・人と作品 (仲程 桂一郎) … p.4
[特集] 宮良瑛子展 沖縄―愛と平和と―A 沖縄・辺野古に寄せて (水澤 澄江) … p.5
「清野光男展 福島から/福島へ」報告 丸木美術館での個展を終えて (清野 光男) … p.6
[連載] 丸木美術館で学ぶ―教育の現場から― 《原爆の図》と人権教育 (宿谷 晃弘) … p.7
[連載] 丸木位里・丸木俊の時代〈第18回〉 靉光との出会い/青龍社展入選/藝州美術協会展 (岡村 幸宣) … p.8,9
[書評] 丸木美術館に関わる人に、ぜひ読んで欲しい―『非核芸術案内』 (小沢 節子) … p.10
丸木美術館情報ページ … p.11
[リレー・エッセイ] 第49回 (早川 由紀美) … p.12
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