2013/2/8

イトー・ターリ パフォーマンスアート・アクション  他館企画など

2月5日そして7日と、東京・渋谷区のトキ・アートスペースで、「イトー・ターリ パフォーマンスアート・アクション 2013」を観ました。

クリックすると元のサイズで表示します

5日のパフォーマンスは「放射能に色がついていないからいいのかもしれない…と深い溜息…をつく」福島編、そして7日は「ひとつの応答―ペ・ポンギさんと数えきれない女たち―」沖縄編でした。

いずれも、全国巡回中(現在は栃木県立美術館で開催)の「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち1984‐2012」で公演や映像上映が行われているパフォーマンスです。
7日の公演後には、今回のターリさんの公演をお手伝いされている沖縄の若手アーティスト山城知佳子さんの映像《あなたの声は私の喉を通った》、《コロスの唄》、《肉屋の女》も上映されました。

フェミニズムやセクシャル・マイノリティをテーマにしたパフォーマンス・アーティストとして国際的に高い評価を受けているターリさんによる、福島原発事故による放射能汚染と沖縄の慰安婦問題・米兵性犯罪事件をテーマにした身体表現。
福島編では、タマネギに畜光塗料を塗り、壁に塗ったゴムを爪で引き剝がすことで放射能の存在を示唆し、沖縄編では下着を次々と床にならべて戦後に沖縄で発生した米兵の性犯罪事件を書き記したテープでとめていくといった具合に、道具を象徴的に使った表現が非常に興味深く思われました。

また、福島編では自ら目玉の発光する怪物と化して咆哮し、沖縄編では米兵暴行事件の加害者と被害者を「私が/私を」といった具合に意図的に読み替えるなど、周縁の地における被害の可視化を基盤としながらも、加害と被害のゆらぎや両面性に対する複雑な内省を示唆する点も印象に残りました。

ゴムを引き剥がそうとしながら逆に全身が壁に抑えつけられてしまう場面や、性犯罪を読み上げる声が米軍機の発する轟音でかき消される場面などからは、福島や沖縄の状況を表現していると同時に、今の時代を生きる私たちが抱えている抑圧感や無力感のような普遍的な問題をえぐり出しているようにも感じられます。

山城知佳子さんの発表は、戦争体験の継承の困難さを出発点にした映像作品から、現在、森美術館で展示中の映像作品にいたる流れを見せるという内容で、こちらもたいへん興味深いものでした。
多分に社会的なテーマを、身体を素材にして表現するという点では、ターリさんのパフォーマンスと共通する部分も感じられましたが、上映後のトークでは「体験の希薄な世代」としての葛藤が語られ(その点では私も山城さんと同世代なので共感する部分もあり)、非体験の表象という問題をあらためて考えさせられました。

7日の沖縄編の公演には、粟津ケンさんといっしょに行ったのですが、2月22日(金)にはケンさんの主宰する三軒茶屋のKENで、沖縄県立博物館・美術館の豊見山愛さんをお迎えして「沖縄女性アーティストの現在地」と題するトークを行っていただくので、豊見山さんのお話を伺いながらこうした問題についても考えを深めていけたらと思っています。

http://www.kenawazu.com/events/#okamura1
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ