2013/2/28

『東京新聞』に「非核芸術案内」第4回掲載  執筆原稿

2013年2月28日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」続編の第4回が掲載されました。
今回は、福島原発事故後に刊行された黒田征太郎の絵本『火の話』(石風社、2011年)とアーサー・ビナードの写真絵本『さがしています』(童心社、2012年)を中心に、細江英公の実験映像『へそと原爆』(1960年)や松谷みよ子の児童文学『ふたりのイーダ』(講談社、1976年)、原爆をテーマにした佐藤忠良や松井エイコの紙芝居にも少し触れています。
神話的物語と遺品の「声」――マクロとミクロの視点から核を問う、というのが、今回の隠れたテーマにもなっています。

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黒田征太郎さんのイラストレーションは、とても色彩がきれいなので、モノクロ紙面になってしまったのがちょっと残念でしたが。
紙面でも触れていますが、アーサーさんは現在、《原爆の図》をもとにした紙芝居を構想中。
これまでにも、手記集『原爆の子』を題材にした佐藤忠良の『平和のちかい』(1952年、教育紙芝居研究会、現在は童心社より復刊)や、近年では松井エイコの『二度と』(2005年、童心社)など原爆をテーマにした紙芝居はあるのですが、アーサーさんが新たな紙芝居と非核芸術の可能性をどのように拓いていくのか、非常に楽しみです。
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2013/2/27

第41回原爆文学研究会のお知らせ  講演・発表

4月27日(土)に福島大学で開催される第41回原爆文学研究会にて、「「非核芸術」の系譜―広島から福島まで」と題し、研究発表を行うことになりました。
現在、『東京新聞』で連載している「非核芸術案内」をもとに、紙面では残念ながらとりあげることのできなかった作家も含めて、できるだけ紹介していきたいと思っています。

原爆文学研究会では初めての福島開催となるそうです。
野坂昭雄さん、澤正宏さんのお話、とても興味深いです。
研究会の詳細は、以下の通り。

http://www.genbunken.net/goannai/goannai.htm

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第41回原爆文学研究会のご案内

時下益々ご清栄のことと存じます。第41 回原爆文学研究会を下記の要領で開催いたします。皆さまには、ご多忙のことと存じますが、万障お繰り合わせの上お集まりくださいますようお願い申し上げます。
今回は1日目に研究発表、2日目にフィールドワークを行います。会場・資料の準備の都合もありますので、参加をご希望の方は2013年3月22日(金)までに事務局宛にご連絡ください。なお、1日目の会終了後に懇親会を行いますので、こちらの出欠もあわせてお知らせください。



【1日目】
○日時 2013年4月27日(土)13:00 〜 18:00
○会場 福島大学(福島県福島市金谷川1番地)S-24 教室
○タイムテーブル
12:30 開場
13:00 諸連絡・自己紹介
13:20 研究発表1「「非核芸術」の系譜―広島から福島まで」岡村幸宣(原爆の図丸木美術館学芸員)
(休憩15 分)
15:00 研究発表2「〈原爆〉という観念論―鹿島田真希『六〇〇〇度の愛』の考察―」野坂昭雄(大分県立芸術文化短期大学准教授)
(休憩15 分)
16:40 講話「終わりなきオブセッション―福島原発事故/隠蔽と強権を超えて原発0へ―」澤正宏(福島大名誉教授)
18:00 終了
18:30 懇親会
【2日目】
○日時 2013年4月28日(日)8:00 〜 15:00
○内容 福島浜通りフィールドワーク
レンタカーに分乗し、現地の方の案内で福島浜通りなどを見学します。
レンタカー代などの必要経費は参加者で等分に負担することとします(※おおよその金額は参加人数が確定してからご連絡します)。
○参加申込締切 2013年3月22 日(金)

※原爆文学研究会事務局の中野和典までeメールかお電話にてお申し込みください。
原爆文学研究会事務局
〒814-0180 福岡市城南区七隈8-19-1
福岡大学人文学部中野和典研究室内
tel:092-871-6631(代表)/e-mail:nakanok@fukuoka-u.ac.jp
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2013/2/24

企画展展示替え「工作教室展」から「遠藤一郎展」へ  企画展

「美術館クラブ・工作教室の10年展」も無事終了し、企画展の展示替え作業日。
初参加のS田さんを含め、11人のボランティアが来て下さって、たちまち工作教室展の撤去作業は終了しました。
皆さん、寒いなか、どうもありがとうございます。

次の企画展は「遠藤一郎展 ART for LIVE 生命の道」

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2011年のChim↑Pom展に続き、生きの良い若手アーティストの展覧会です。
車体に「未来へ」と大書された“未来へ号”で車上生活を続けながら全国各地で芸術活動を展開し、震災後に精力的に東北支援も続けている“未来美術家”遠藤一郎くん。
その原点は、17歳のときに自宅のある静岡から自転車で原爆ドームまで走ったことにあるそうです。

午後から、遠藤くんのマネージャーのIさんが来館し、展覧会の打ち合わせを行いました。
展示作業はまだはじまりませんが、今回、Iさんが遠藤くんの活動を17歳までさかのぼって初キュレーションを試みて下さるとのこと。どんな展示ができあがってくるのか、非常に楽しみです。
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2013/2/22

KEN「沖縄女性アーティストの現在地」  他館企画など

午後から都内に出て、豊島区立熊谷守一美術館で開催中の「寺田政明展」を観た後、東中野のポレポレタイムス社で夏に予定している「山本作兵衛展」の打ち合わせ。
午後7時からは、三軒茶屋のKENに沖縄県立博物館・美術館の豊見山愛学芸員をお迎えして、「沖縄女性アーティストの現在地」と題するトークイベントを行いました。

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豊見山さんのお話は、沖縄の戦後美術の出発点とされているニシムイ美術村、沖展や沖縄女流美術展、沖縄県立博物館・美術館の設立経緯など、今日にいたるまでの沖縄の美術の状況を丁寧に説明して下さり、「私が“わたし”であるために」――つまり、人がさまざまな環境に左右されながらも、どう自分らしく生き抜くか、ということをキーワードにしながら、福岡、沖縄を経て現在、栃木県立美術館で開催中の「アジアをつなぐ 境界を生きる女たち」展と沖縄の女性作家を紹介するという内容でした。

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今回紹介された沖縄のアーティストは、宮城和邦、宮城明、安谷屋正義、名渡山愛順、渡嘉敷唯選、山元恵一、儀間比呂志、儀保克幸、照屋勇賢といった男性作家、そして久場とよ、山元文子、石川真生、中島イソ子、宮良瑛子、阪田清子、山城知佳子、ローラ・キナといった女性作家たちでした。
戦前から名渡山愛順によって沖縄の女性に対する美術教育がはじまっていたという話などは、きちんと聞いたのは初めてだったので、たいへん勉強になりました。

個々の作家の紹介も興味深かったのですが、とりわけ印象に残ったのは、沖縄県立博物館・美術館で「アジアをつなぐ 境界を生きる女たち」展が開催された際に行われた二つのワークショップの話でした。

ひとつは「はじちワークショップ」。
沖縄古来の風習で、既婚女性が魔除けとして手の甲にする入墨を「はじち」と言います。
薩摩藩に連れ去られそうになった姫が入墨を施して免れたのがはじまりだそうです。
野蛮な風習として日本政府によって禁止令が出され、今では行われていないのですが、豊見山さんは「はじち」によって、沖縄の女性たちが代々母から娘へと受け継いできたものがあったのではないかと考え、「はじち」の写真を撮り続けていた写真家の山城博明さんや、陶芸家の赤嶺善雄さんたちと、「はじち」のマークを実際に手に施し、「はじち」について考えるワークショップを開催したのです。
http://www.museums.pref.okinawa.jp/UserFiles/1(4).pdf

もうひとつは「The Philippines×Okinawa Day!@世界一小さな美術館」。
フィリピン出身のアーティスト、アンマ・キルトさんによる、糸満市で開催されたワークショップです。
アンマ・キルトさんは、布を使う作品をつくりながら、DVや性暴力、虐待などの被害を受けた子どもたちや女性と語りあい、人は何度でも生きなおすことができるという気づきを促す活動を世界的各地で展開されている方だそうです。
沖縄にはフィリピンから嫁いできた女性が多く、慣れない環境のなかで苦しい人生を余儀なくされている方も多いとのこと。
そうした問題に対し、アートによって相互理解の糸口を探ろうという試みです。
http://www.museums.pref.okinawa.jp/UserFiles/alma%20Japanese.pdf

お話を伺いながら、豊見山さんが美術館の学芸員として非常に熱心な仕事をされていながら、決してアートの世界だけに閉じられていない、アートによって社会を良くしていこうという思いを持ち続けている方なのだということを、強く感じました。
その意味でも、KENという場所は、豊見山さんのお話をうかがうのにふさわしい場所だったのではないかと思います。

会場には、沖縄在住のアーティストで「アジアをつなぐ 境界を生きる女たち」展の出品作家でもある阪田清子さんも来場して下さいました。
イベントが終わった後には、豊見山さんや阪田さん、ケンさんたちと近くの中華料理店へ。そこでもまた、興味深い話が聞けて、とても充実した夜でした。
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2013/2/21

『東京新聞』に「非核芸術案内」第3回掲載  執筆原稿

2013年2月21日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」続編の第3回が掲載されました。
今回は、現在特別展示開催中の壷井明さんの《無主物》、そして増田常徳さんの《不在の表象 浮遊する不条理A》を取り上げました。
福島の人たちの声を聞き、絵物語化して伝える壷井さんと、原発事故を起こした社会を哲学的に掘り下げて絵画化する増田さんの作品を対比しています。

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前回に引き続き、迫力の紙面拡大版。担当のH記者によれば、このまま最後までこの大きさで掲載していただけそうです。
壷井さんの作品も、これだけ大きいと細部をよく見ることができます。
記事中でも触れましたが、苦しみの渦中にある人びとの言葉に耳を傾け、表現しようとする壷井さんの試みは、丸木夫妻の《原爆の図》などの非核芸術のひとつの系譜を、現代によみがえらせたように思います。
“苦悩続く限り 未完成”という見出しもいいですね。

今日は「新聞を読んできました」というお客さんもいて、記事の反響を感じています。
壷井さんの作品は、4月14日まで丸木美術館で展示しています。
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2013/2/19

《女は水を汲みました》  作品・資料

少し前になるのですが、大阪大学のUさんから、1957年6月8日付『朝鮮民報』(朝鮮総連の機関誌で、『朝鮮新報』の前身)に、丸木俊の絵が紹介されているとご教示頂きました。

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丸木夫妻は、その前年に原爆の図世界巡回展のために中国を訪れ、北京で展覧会を開催。その後、北朝鮮に入って平壌で展覧会を行い、モンゴルを経由してヨーロッパに向かいます。そこで丸木スマの死の知らせを聞き、位里は56年の暮れに、俊は57年になってから相次いで帰国しました。

ですから、帰国後に北朝鮮を題材にした作品を制作して、それが朝鮮総連の機関誌に取り上げられることは不思議ではありません。
記事の存在は初めて知りましたが、画像を見ると、たしかに見覚えのある作品でした。
57年5月23日から東京都美術館ではじまり、全国9会場を巡回した毎日新聞社主催の第4回日本国際美術展に出品された《女は水を汲みました》と題する作品です。
モノクロではありますが、当時の日本国際美術展の図録に、画像も掲載されていました。

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丸木俊が描いた朝鮮人女性のイメージに関心を寄せている近現代史研究者Kさんの指摘で気づいたのですが、四曲一隻の屏風であったことが画像から見てとれます。
おそらくは、《原爆の図》と同じ紙本彩色で描かれたのでしょう。

Uさんからは、記事の仮訳も送って頂きました。

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婦人たちは水を汲んだ 丸木俊子画
◎…現在東京上野の都立美術館で開催中の「第四回日本国際美術展」の世界一九ヶ国の第一線の画家たちの作品中において、盛んに異彩を放っているのは、丸木俊子の『婦人たちは水を汲んだ』という一幅の絵である。
◎…丸木女史は、有名な「原爆の図」を携えて昨年九月共和国を訪問したとき、米帝と李承晩一味の野蛮な爆撃のもとでも水甕を頭に載せて水を運んで人民軍に差し上げ、はなはだしい場合には髪がみな抜け落ちてしまった婦人たちもいた、という事実を聞いて、その感動を再現したのである。
◎…同女史は言う『平和を勝ち取った今日、共和国の領土に***と建設事業場で翻る婦人たちの古典的で美しい衣装を回想しながら画き終えました。この絵を朝鮮に送りたい』…。


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また、その後のUさんの調査で、平壌で発行されていた朝鮮作家同盟中央委員会機関紙『文学新聞』第95号(1958年9月25日)に掲載記事があり、《女は水を汲みました》は朝鮮美術家同盟に寄贈されたと書かれていることもわかりました。

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北朝鮮には、今でもどこかに俊の描いた絵が残されているのでしょうか。
この頃の俊は、当時所属していた日本共産党の影響も大きかったのでしょうが、北朝鮮についての作品や文章をいくつか残しています。それらを、今日的な視点でどのように見ていけばいいのかは、今後の調査研究の課題となるでしょう。
あるいは、イデオロギー的な批判の対象になることがあるかもしれません。

時代の変化によって、人間の視線は揺れ動きます。
戦時下の時代を含め、俊の視線も、その揺らぎを免れているわけではありません。
それでも、この優美な絵は、俊の視線が、市井に生きるひとりひとりの人間/女性の存在を肯定的に捉え、可能性を信じるところから出発している、その部分は揺らいでいないことを示しているような気がするのです。
この時代の、彼女なりの目から、核(を保有する強国)に対峙する人間/女性を描いた作品と言えるのではないでしょうか。

1週間ほど前、北朝鮮が核実験を行ったというニュースに、沈鬱な気持ちになりました。
核を保有したところで、いいことなんて何もないのに。
北朝鮮だけではなくて、アメリカも、ロシアも、イギリスも、フランスも、中国も。
インド、パキスタン、それからイスラエルも。
すべての核が世界からなくなる日が、一日でも早く来ることを願っています。
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2013/2/17

「国際舞台芸術ミーティングin横浜2013」ディスカッション  講演・発表

午後1時半から、「国際舞台芸術ミーティングin横浜2013」(TPAM in Yokohama 2013)の一環としてBankART Studio NYKの2階で開催されたディスカッション「『アート』で『世界』を映す場所 — ユニークな美術館、アートセンターの取り組み」にスピーカーとして出演しました。

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他の出演者は、演劇やパフォーマンスを専門とする海外のキュレーターです。
アンナ・ベリャーエワ(ロシア・Platforma メディア部門キュレーター)
マリアナ・アルテアガ(メキシコ・Centro de Cultura Digital プログラム・アドバイザー)
デウィ・ノフィアミ(インドネシア・Dewan Kesenian Jakarta プログラム・ディレクター)
イ・チェヨン(韓国・Nam June Paik Art Center キュレーター)

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私だけが日本の美術館の学芸員であり、舞台芸術とは無縁なので、何を話したらいいのかと出演依頼が来た時にはやや戸惑ったのですが、芸術と社会をつなぐ仕事、そして過去の戦争と現在の社会の問題を結びつける近年の企画について報告して欲しい(特にChim↑Pom展を中心に)ということだったのです。

それぞれの国が抱えている社会問題――インドネシアの貧困格差や、ロシアの検閲への危機感、メキシコの政治腐敗に巻き込まれる文化政策など――のなかで、それでも芸術表現に硬直化した社会を打破する可能性を見出そうと奔走する彼女たちの仕事の報告を聞いて、何だか勇気をもらったような気がしました。

さまざまな専門領域、そして国や人種さえも境界がなくなっていく時代のなかで、こうしたミーティングの場というのは、やはり重要ですね。
お声掛けくださったTPAMディレクターの丸岡さんはじめスタッフの皆さまに、心から御礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。
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2013/2/16

水戸芸術館「高嶺格のクールジャパン」展  他館企画など

水戸芸術館「高嶺格のクールジャパン」展に、会期終了間際の駆け込みで行ってきました。

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高嶺さんは、1968年生まれの現代美術家、演出家。これまで、アメリカの帝国主義や在日外国人問題などを主題にした表現活動を行ってきた作家です。
今回の「クールジャパン」というタイトルは、もちろん、日本政府の海外への文化発信の標語を皮肉ったもの。そしてテーマは、原発を容認してきた日本社会の歴史と3.11後の状況です。
企画は水戸芸術館主任学芸員の高橋瑞木さん。彼女は2009年にも「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間」を企画されていて、凄い仕事をされるなあと感心します。

展覧会は、8つのテーマに分かれていました。
クールジャパンの部屋(何不自由ない「飽食の時代」を描いた壁画)
敗訴の部屋(市民の反原発運動に対する敗訴の歴史を新聞見出しで展示)
標語の部屋(道徳観や社会倫理を込めた五七五のリズムの標語が電光掲示で次々と流れる)
ガマンの部屋(男女の「ガマンしなさい」という声が繰り返し響き、日本人の“美徳”を表わす)
自由な発言の部屋(3.11後に流布したネット上の口汚い発言の数々が撒き散らされた空間)
ジャパン・シンドロームの部屋(山口、関西、水戸の3地域で商店などに繰り出し、放射能汚染の懸念を尋ねた取材結果を演劇で再現した映像展示)
核・家族の部屋(世界の核実験の年譜とともに、作家自身の家族写真を重ねて並べた展示)
トランジットの部屋(脱ぎ捨てられた服が床に散らばる空間に、ビートルズの「Let It Be」などの曲が流れ、未来への希望が託される)

それぞれの部屋には、ロダンの《考える人》を引用したような、現代のさまざまな職種・年齢の日本人の塑像が配置されていました。
それらの塑像は、思索しているようでもあり、硬直化した現実をじっと耐えているようでもあり、現実を見ないふりをしているようでもあります。

この日は、高嶺さん自身の作家トークがあったのですが、興味深かったのは、高橋学芸員が紹介されたこの展覧会への来館者の反応。
もちろん、展覧会を高く評価する声もある一方で、「芸術に政治的メッセージが入ったことで安っぽい展示になった」、「芸術ではなくプロパガンダ」という否定的な感想もあったそうです。
このあたりは、ちょっと丸木夫妻の《原爆の図》に対する反応にも似ている気がします。
「芸術は世俗を離れた高尚で純粋なもの」という、芸術至上主義のような考え方によるのでしょうか。それとも、単に原発政策に批判的な内容の表現が気にいらない、という方もいるのでしょう。

そうした来場者の声、批判的な展評も含めて、この展覧会は、いまの日本社会の現実をさらし出したと言えるのかも知れません。いろいろと考えさせられる企画でした。
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2013/2/14

『東京新聞』に「非核芸術案内」第2回掲載  執筆原稿

2013年2月14日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」続編の第2回が掲載されました。
中沢啓治と池田龍雄という、戦争と原発事故を同時代に体験した表現者を取り上げています。

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実は今回、担当のH記者の御厚意で、掲載スペースが1.5倍に増量されました。
「はだしのゲン」を小さな画像で掲載すると文字がよく読めない、という理由もあるのですが、やはり画像が大きいと迫力のある記事になるのですね。
また、「はだしのゲン」の画像は、広島平和祈念資料館のご協力により、原稿をそのまま掲載することができました。右下の「少年ジャンプ 第38号」という原稿印にもご注目下さい。
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2013/2/12

テレビ埼玉「NEWS930」特集で壷井明展紹介  TV・ラジオ放送

午後9時30分からのテレビ埼玉ニュース番組「NEWS930」の特集コーナーにて、現在開催中の特別展示「壷井明 無主物」展が取り上げられました。

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「原子力を進めた人たちが自己責任をとらない。しかも、言い逃れ方がずるいなと思った」という壷井さんの言葉とともに、原発作業員の血をくみ取るために冬でも半袖でいられる人の姿や、「ただちに影響がない」というコメントを繰り返すテレビ画面、自身につながるチューブを切り裂いて血(富)を分け合う男の姿などを描いた画面を紹介。

そして、避難する人びとや結婚が破談になった女性などの姿を描き込んだことについての、「福島の人にとってはデリケートな問題が多く、健康被害も実証することは難しい。写真や映像で報じられることを好まない人も多い。けれども、人から聞いた話を絵に描くと匿名性が与えられ、絵の中の人物になる」という方法論を語った壷井さんのインタビューも流れました。

「絵がいつ完成するかはわからない。何が起きるのかもわからない。福島で声をあげて抗議している人たちは少ないが、その活動がある限りは参加したいと思っている。福島の人たちの近くにいて絵を見せたい」という壷井さん。
5分ほどの時間のなかに、壷井さんの思いがしっかりと凝縮された内容でした。

丁寧に取材して下さったディレクターのKさんとカメラマンの皆さんに感謝です。
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2013/2/11

朗読公演「2・11によむ:奇想天外なお話で物語を乗り越える」  イベント

2月11日は丸木俊の誕生日。
例年この日に朗読公演を行う、高瀬伸也さんと青柳秀侑さんが、今年も「奇想天外なお話で物語(しんわ)を乗り越える」と題する企画を行いました。
今年は、青柳さんの教え子でもある2人の女子高生・今野ひとみさんと服部希美さんも朗読で参加です(今野さんは1月に続き2度目の出演)。

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演目は、安部公房の最初期の作品「天使」と松山巌の「天使のくせに」(以上、今野さん朗読)、落語「あたま山」(青柳さん朗読)、そしてスロバキア民話「でてきておひさま」(服部さん朗読)の4作品。
企画者の高瀬さんの試みは、奇想天外な作品を「紀元節」を支える建国神話(そう、この日は世間では「建国記念日」とも言われているのですね)に対峙させ、神話→史実の方向性を逸らして乗り越えるというもの。
ユーモラスな試みが奏功したのか、この朗読公演としては珍しく、多くのお客さんが足を運んで下さいました。

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映画評論家の青柳さんは、TBSラジオの番組「大沢悠里のゆうゆうワイド」に生出演したその足で、ハイヤーに乗って美術館まで駆けつけて下さいました。
落語の圧倒的な表現力は、さすがに元アナウンサーです。

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そして「でてきておひさま」は、うちだみちこ案、丸木俊画の絵本の朗読。
天岩戸を連想させる物語ですが、もとはスロバキア民話ですから、洋の東西を問わず太陽の物語というのはどこの国にも伝わっているのですね。
楽しい物語に耳を傾けながら、「建国神話」を笑いで蹴散らすことができたでしょうか。
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2013/2/10

テレビ埼玉「壷井明展」取材  来客・取材

一日じゅう温かい陽射しが降り注いでいたせいでしょうか、今日は朝から多くの入館者が訪れて下さいました。このところ、新聞にたびたび取り上げられていた効果もあったのかも知れません。

午前中、テレビ埼玉のスタッフが、特別展示「壷井明 無主物」の取材に来て下さいました。
壷井さんも来館され、カメラの前で丁寧にインタビューに応えていました。

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ディレクターのKさんの話の引き出し方も良かったので、30分ほどに及んだインタビューは、とても聞き応えがありました。来場者の方も足を止めて、思わず引き込まれて聞いていたほどです。

この日の取材の模様は、2月12日(火)午後9時30分からのテレビ埼玉ニュース番組「NEWS 930」の特集コーナーで放映される予定だそうです。
特集とはいえ、4〜5分という限られた時間に編集しなければならないので、どこまで壷井さんの言葉が紹介されるかはわかりませんが、楽しみに拝見したいと思います。
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2013/2/8

イトー・ターリ パフォーマンスアート・アクション  他館企画など

2月5日そして7日と、東京・渋谷区のトキ・アートスペースで、「イトー・ターリ パフォーマンスアート・アクション 2013」を観ました。

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5日のパフォーマンスは「放射能に色がついていないからいいのかもしれない…と深い溜息…をつく」福島編、そして7日は「ひとつの応答―ペ・ポンギさんと数えきれない女たち―」沖縄編でした。

いずれも、全国巡回中(現在は栃木県立美術館で開催)の「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち1984‐2012」で公演や映像上映が行われているパフォーマンスです。
7日の公演後には、今回のターリさんの公演をお手伝いされている沖縄の若手アーティスト山城知佳子さんの映像《あなたの声は私の喉を通った》、《コロスの唄》、《肉屋の女》も上映されました。

フェミニズムやセクシャル・マイノリティをテーマにしたパフォーマンス・アーティストとして国際的に高い評価を受けているターリさんによる、福島原発事故による放射能汚染と沖縄の慰安婦問題・米兵性犯罪事件をテーマにした身体表現。
福島編では、タマネギに畜光塗料を塗り、壁に塗ったゴムを爪で引き剝がすことで放射能の存在を示唆し、沖縄編では下着を次々と床にならべて戦後に沖縄で発生した米兵の性犯罪事件を書き記したテープでとめていくといった具合に、道具を象徴的に使った表現が非常に興味深く思われました。

また、福島編では自ら目玉の発光する怪物と化して咆哮し、沖縄編では米兵暴行事件の加害者と被害者を「私が/私を」といった具合に意図的に読み替えるなど、周縁の地における被害の可視化を基盤としながらも、加害と被害のゆらぎや両面性に対する複雑な内省を示唆する点も印象に残りました。

ゴムを引き剥がそうとしながら逆に全身が壁に抑えつけられてしまう場面や、性犯罪を読み上げる声が米軍機の発する轟音でかき消される場面などからは、福島や沖縄の状況を表現していると同時に、今の時代を生きる私たちが抱えている抑圧感や無力感のような普遍的な問題をえぐり出しているようにも感じられます。

山城知佳子さんの発表は、戦争体験の継承の困難さを出発点にした映像作品から、現在、森美術館で展示中の映像作品にいたる流れを見せるという内容で、こちらもたいへん興味深いものでした。
多分に社会的なテーマを、身体を素材にして表現するという点では、ターリさんのパフォーマンスと共通する部分も感じられましたが、上映後のトークでは「体験の希薄な世代」としての葛藤が語られ(その点では私も山城さんと同世代なので共感する部分もあり)、非体験の表象という問題をあらためて考えさせられました。

7日の沖縄編の公演には、粟津ケンさんといっしょに行ったのですが、2月22日(金)にはケンさんの主宰する三軒茶屋のKENで、沖縄県立博物館・美術館の豊見山愛さんをお迎えして「沖縄女性アーティストの現在地」と題するトークを行っていただくので、豊見山さんのお話を伺いながらこうした問題についても考えを深めていけたらと思っています。

http://www.kenawazu.com/events/#okamura1
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2013/2/7

『東京新聞』に「非核芸術案内」第1回掲載  執筆原稿

2013年2月7日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、「非核芸術案内」の続編の掲載がはじまりました。
これから3月14日まで6週ほど、毎週木曜日に連載させていただきます。
第1回目はChim↑Pomと風間サチコという若手世代の非核芸術をとりあげています。

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紹介した作品は、Chim↑Pomの《LEVEL7 feat「明日の神話」》、風間サチコの《噫!怒濤の閉塞艦》、そして画像はありませんが風間さんの《獄門核分裂235》にも言及し、そのほか、Chim↑Pomの《ヒロシマの空をピカッとさせる》やRCサクセションの「ラブ・ミー・テンダー」や「サマー・タイム・ブルース」、ザ・ブルーハーツの「チェルノブイリ」といった反原発ロックにも少しだけ触れました。

漫画やアニメなどのサブカルチャーの影響を受けた新たな世代によって、従来とは異なる展開を見せる非核芸術。
それでも、多くの人が見ようとしない、あるいは政治的に隠される「見えない」核に対峙して、本質をさらし出そうという腹を括った覚悟は、いつの時代も変わらない非核芸術の真髄なのだ、という内容です。

次回、2月14日掲載分では、戦争を体験した世代の視線として、中沢啓治と池田龍雄を紹介する予定です。
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2013/2/7

『朝日新聞』埼玉版に「壷井明展」紹介  掲載雑誌・新聞

2013年2月7日付『朝日新聞』朝刊埼玉版に、“原発事故で苦しむ人々描く”と題し、現在開催中の特別展示「壷井明 無主物」展が紹介されました。

http://www.asahi.com/area/saitama/articles/TKY201302060416.html
(デジタル会員登録をすると全文を読むことができます)

以下は、記事からの一部抜粋です。

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 東松山市の原爆の図丸木美術館は、緊急特別展示として壺井明さんの絵画「無主物」の展示を始めた。

 作品は、3枚のベニヤ板を組み合わせた油彩画(幅約4メートル)。壺井さんは、東京電力が福島第一原発事故をめぐり、「飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。従って東電は除染に責任をもたない」と主張しているのを知り、この作品を描き始めたという。


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少しずつ、情報が広まっていくと嬉しいです。
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