2013/1/31

毎日新聞など「工作教室10年展」紹介  掲載雑誌・新聞

現在開催中の企画展「丸木美術館クラブ・工作教室の10年展」が、新聞紙上で次々と紹介されています。

1月29日付『毎日新聞』朝刊埼玉版には、“丸木美術館:工作教室の「10年展」 昨年末終了、活動知って”との見出しで写真入りで記事が掲載されました。
次のサイトで記事全文を読むことができます。
http://mainichi.jp/feature/news/20130129ddlk11040181000c.html

以下、記事から一部抜粋。

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 工作教室では、万年山さんが準備した古布や貝殻、木、ねじなどを使い、生徒は講師のアドバイスを受けながらコラージュや壁掛け、アクセサリーなどさまざまな作品を作った。生徒の大胆でユニークな作品に刺激を受けた講師も多く、教室はいつも笑いが絶えなかったという。26日にあったオープニングイベントで、万年山さんは「私たちが思っている以上の結果を皆さんが出してくれて、とてもうれしかった」と生徒に謝意を表した。

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また、同日の『朝日新聞』朝刊埼玉版さいたまマリオンにも、展覧会情報が紹介されています。
http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000131301230008

そして1月31日付『埼玉新聞』朝刊にも、“奇想天外な作品ずらり 工作教室10年展”との見出しで写真入りの紹介記事が掲載されました。
こちらはネット上では記事が見られないようですが、以下、記事から一部を抜粋します。

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 教室で扱う素材は市販の物はなく、自然と手元に集まる物。万年山さんのこだわりで「買った材料とは違い、その人の思い出や思い入れがあり、素材や色に偏りも出ない」。松ぼっくり、石ころ、コルク、ふすまの取っ手金具、瓶ビールの王冠、車のホイール、貝、下駄、足袋、昔のレコードジャケットなどがアート作品に生まれ変わる。
 「車にひかれてぺしゃんこになった空き缶だって素材にすれば、缶ジュースを買って捨ててた人と、缶をタイヤでひいた人、そして制作者とのコラボレーション作品」と万年山さん。

(中略)
 万年山さんは「10年間という歳月はあっという間だった。仕上がった作品にみんなが驚いたり、喜んだりする顔がうれしかった。作品として素材が生き返ることに豊かさを感じる」と話している。企画展の鑑賞者は「イメージを膨らませた個性的な作品ばかり」と感心していた。

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2013/1/29

特別展示「壷井明 無主物」のお知らせ  特別企画

2013年2月1日(金)から4月14日(日)まで、特別展示として壷井明さんの絵画《無主物》を丸木美術館2階アートスペースにて展示いたします。

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壷井さんは、東京で介護職に就きながら絵画制作を行っています。
「福島原発告訴団」など原発事故の責任を問う活動を応援しながら、福島の人たちから聞いたさまざまな話をもとにして描いた幅4メートル近くの大作が《無主物》という作品。
《無主物》とは、福島県のゴルフ場の芝生に付着した放射性物質を除去するよう求めた訴えに対し、東京電力側の弁護士が「放射性物質は自分たちのもとから離れた『無主物』である」と返答したことをもとにつけられたタイトルです。3枚のベニヤ板に描かれた油彩画は、被曝しながら働く福島原発の作業員や、利益を独占する人間との関係性、疎開する人びと、被曝した子どもや動物たちの姿が絵物語のように描かれています。

壷井さんはこの作品を、画廊などの展示スペースではなく、首相官邸前デモのような“路上”で発表してきました。そして、そこで出会った人びとから聞いた話をまた絵画に描き足すという手法を繰り返しています。その活動は「福島原発事故を絵物語のように描いている画家がいる」とインターネット上などで紹介され、現在、静かな注目を集めています。

参考資料=Women’s action network“「無主物」(作・壷井明)〜「福島原発告訴団」告訴状提出を見守りながら出会った絵”
http://wan.or.jp/art/?p=4993

今展では、絵画作品《無主物》を展示すると同時に、「絵画に描かれたもの」の解説、そして福島や仙台で行われたアクションに持参した拡大複製版の《無主物》などの関連資料を展示し、壷井さんの活動の様子を紹介します。

3月17日(日)午後2時からは、トークイベント「福島の現状と活動を知る」を開催いたします。
福島第1原発事故に伴う被曝への健康不安に応えようと、市民らが募金活動を行って昨年12月に開院した「ふくしま共同診療所」の活動と診療の現状を、杉井吉彦医師にお話しいただきます(他、ゲスト交渉中)。
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2013/1/26

「丸木美術館クラブ・工作教室の10年展」オープニング  企画展

いよいよはじまりました。
丸木美術館クラブ・工作教室の10年展」。
本橋成一写真展の静謐な空間から一転して、玩具箱のような賑やかなアート祭りです。

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10年間の歴史を振り返る……というより、企画者のM年山ワールド全開の展示空間。
まあ、M年山さんの企画はいつも結局こんな風になってしまうので、来館者が足を踏み入れる隙間がなくても、それはそれで仕方がないと思うしかありません。
部屋全体がまるごとコラージュの作品のようでもあります。

   *   *   *

午後2時からは、大勢の方が集まって下さって、盛大なオープニングパーティが行われました。
まずは知的障碍者の和太鼓グループ「どんどこ」による元気いっぱいの演奏です。

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もの凄く冷たい風が吹いていたのですが、「どんどこ」の皆さんは元気いっぱい。
最後には、企画者のM年山さんが踊りながら太鼓を披露。

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その後は、書のパフォーマンスや金子みすゞの詩の朗読に続き、会場を野木庵に移して紙芝居やピエロの手品とバルーンアート、みんなで歌を歌ったり、美味しい御馳走を食べたり、楽しい時間を過ごしました。

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10年間に丸木美術館で開催した工作教室は述べ119回。
毎月、つまり12か月の教室を10年続けたのなら、120回になるのでは……と思われる方もいらっしゃるかも知れません。
実は1回だけ中止になったのは、2011年3月の回。東日本大震災と福島原発事故後の交通網の混乱などで、やむなく中止になったのです。
119という数字にも、大きな意味が含まれているのですね。

そんな119回の工作教室の歩みをご覧になりたい方は、ぜひ、右下の「続きを読む」をクリックしてみて下さい。その積み重ねには、何だか圧倒されるものがあります。
続きを読む
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2013/1/22

「屠場」作品返却/小野崎一徳足尾銅山写真調査  企画展

午前中、東京・中野のポレポレタイムス社へ行き、本橋成一写真展「屠場」の作品を無事に返却しました。
本橋さんはじめ、ポレポレタイムス社の皆さまにはたいへんお世話になりました。
おかげさまで新聞などにも多く取り上げられ、非常に充実した内容の展覧会になりました。
どうもありがとうございました。

   *   *   *

午後からは、元学芸員Mさんと写真家の萩原義弘さんと待ち合わせ、明治期に足尾銅山の専属写真師として活躍した小野崎一徳の孫の敏さんのお宅を訪問しました。
今年の夏、田中正造没後100年にあわせて丸木夫妻の《足尾鉱毒の図》連作を展示することもあって、足尾銅山に関する視覚表現を調査しているのです。

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上の写真は左から岡村、小野崎敏さん、萩原義弘さん。撮影はMさんです。

小野崎敏さんは、長い歳月をかけてお祖父さんが残された仕事の発掘につとめ、それを『小野崎一徳写真帖「足尾銅山」』(新樹社)などの著作にまとめられています。
http://www.shinjusha.net/isbn/978-4-7875-8559-2.html

「間違いなく写真史に残る」と萩原さんが評価する小野崎一徳の写真や、そのイメージを元に描かれた当時の絵画の資料も拝見しながら、貴重なお話を聞かせて頂きました。

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小野崎さんの話のなかで、元NHKプロデューサーで武蔵大学教授の永田浩三さんのお名前が出ましたが、その永田さんが小野崎一徳について書かれたブログを紹介いたします。

隙だらけ 好きだらけ日記〜映像 写真 文学 そして風景〜
「小野崎一徳の足尾鉱山写真」

http://nagata-kozo.com/?p=7288

萩原さんのご尽力のおかげで、足尾銅山の視覚表現について非常に奥行きの深い“鉱脈”を発見することができそうです。

   *   *   *

その後は、Mさん、萩原さんとポレポレタイムス社に戻り、本橋成一さんやOさん、某社編集長とともに、《足尾鉱毒の図》展示と同時期に企画する「戦前・戦時の炭鉱・鉱山をめぐる視覚表現(仮題)」展にあわせて視覚資料の充実した出版物を作れないかという相談を行いました。

今回の展覧会や出版物の企画は、山本作兵衛の炭鉱記録画の貸し出しに対するご遺族のご理解があってはじまりました。
山本作兵衛の炭鉱記録画が、2011年5月に日本で初めてユネスコの世界記憶遺産に登録されたことは、多くの方の記憶にも新しいところだと思います。
本橋成一写真展「屠場」の最終日には、その「作兵衛じいさん」の曾孫にあたるヴァイオリニストの緒方ももさんが丸木美術館に来館して下さいました。
夏季の企画に対するご遺族の皆さまのご協力に、心から御礼を申し上げます。
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2013/1/20

企画展展示替え/鄭周河写真展打ち合わせ  ボランティア

本橋成一写真展「屠場」も好評のうちに終了し、この日はポレポレタイムス社からOさん、Nさんもお手伝いに来て下さって展示替えの作業を行いました。
ボランティア参加者はIさん、Yさん、Jさん、Oさん、そして次回企画展「丸木美術館クラブ・工作教室の10年展」の準備に午後から駆けつけたMさん夫妻とTさんの計7人。
どうもありがとうございました。

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2003年から10年間続いた工作教室の総まとめとも言うべき展覧会。
26日(土)には楽しいオープニング・イベントも開催される予定です。

   *   *   *

午後には、4月16日(火)から5月5日(日)までアートスペースで特別展示を行う韓国の写真家・鄭周河さんと東京経済大学の徐京植さんが来館し、展覧会の打ち合わせを行いました。
鄭周河さんは、2011年3月11日の東日本大震災・福島原発事故後の福島の地を撮り続けている方で、「奪われた野にも春は来るか」という李相和の詩をもとにした題の写真展を、南相馬や東京とともに、丸木美術館でも開催するのです。

企画展示室手前の小展示室には、昨年秋に法政大学名誉教授の袖井林二郎さんから寄贈されたばかりの《マッターホルン》など丸木位里作品を初公開。
そして丸木夫妻の絵本から、『赤神と黒神』、『つつじのむすめ』、『きつねのおきてがみ』の3作品の原画を数点ずつ展示しました。
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2013/1/19

映画『肉体の門』と《原爆の図》  作品・資料

元学芸員Mさんからご教示頂いて初めて知ったのですが、1964年公開の映画『肉体の門』(鈴木清順監督、日活)のタイトルバックに、丸木夫妻の《原爆の図》をもとにしたイラストレーションが使われています。

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『肉体の門』は、田村泰次郎の戦後日本最初のベストセラー小説を原作とする映画で、1948年をはじめに、これまでに計4回映画化されています。
1964年はそのうち2回目の映画化で、美術監督は日本を代表する美術監督・木村威夫がつとめました。

映画の冒頭で使われる8点のイラストレーションは、丸木夫妻の筆によるものではありませんが、明らかに《原爆の図》を意識して描かれています。

たとえば、下のイラストレーションは、第3部《水》の画面左端に描かれた積み上げられた死体の山をモチーフにしていると思われます。

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また、下のイラストレーションは、第4部《虹》に描かれた爆風で木の枝に引っかかって宙吊りになった人間のイメージが使われています。

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そして決定的なのは、第5部《少年少女》の抱き合う少女像。
これは《原爆の図》を代表するイメージのひとつと言えるでしょう。

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著作権の概念が現在ほど確立されていなかった当時のことですから、丸木夫妻の許可を得て使用されている可能性は低いだろうと推測するのですが、今となっては、どういう経緯で『肉体の門』に原爆の図のイメージが引用されたのか、調べることは難しそうです。

敗戦後の焼跡を舞台に繰り広げられる米兵相手の娼婦たちの物語。
原爆の話が直接出てくるわけではないですし、戦争の傷の象徴、そして「エロティックな肉体描写」という点で、タイトルバックのイラストレーションに採用されたというところでしょうか。

《原爆の図》が映画に使われること自体は決して珍しいわけではないのですが、こうした文脈で引用された例はほかに見たことがなく、もし当時の事情をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ丸木美術館までご一報ください。
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2013/1/17

橋本雅也『殻のない種』  書籍

今日は、若い彫刻家の橋本雅也さんが来館して下さいました。
橋本さんは新井卓さんの友人で、先日のKENでのトークイベントに来て下さって、はじめてお会いしたのです。

《原爆の図》や本橋成一写真展「屠場」をじっくり見て下さった後、事務所で少し話をしました。
そこで、橋本さんの作品集『殻のない種』(主水書房、2012年)を拝見したのですが、鹿の角や骨を彫り込んでゲッカビジンやセイヨウバラ、ツキミソウなどの花を作り上げるという非常に繊細な仕事ぶりに感銘を受けました。

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橋本さんはずっと国外を中心に旅を続けていた方で、独学で彫刻をはじめたそうです。
作品集には、詩のような形式で、鹿の猟に同行したときの様子も記されています。

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凍てついた 大気が

月に てらされ

蒼く

風のない

静まり返った 世界で

二つの鼓動が あたたかく

一頭の鹿のなかで 鳴っている


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この詩からはじまる文章も非常に印象に残りました。
橋本さんの目の前で撃たれた雌鹿を解体していくと、腹部から胎児が取り出されたそうです。

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掌の中

柔らかく 朝露のような 小さな身体には

凍てついた冷気は あまりに痛々しく

微笑む 無垢な眠顔を 抱くこの手は

あまりにも 汚れている

微かに残る温もりが

そんな手のひらを伝って 心に届いた

空を覆う星の瞬く光が

無数の帯びとなって 地表まで届いていた


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「命」の終焉に直面した彼の視線は、本橋さんの「屠場」とも重なるように感じられます。

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沢に胎児の体を浸すと、体温はまたたく間に水に流されて
透きとおった体は虚ろに揺れた。

厳寒の冬山の冷気は容赦なく、僕をもう一つの現実へと引き戻した。
冷えきった体は震えが止まらない。
解体はまだ始まったばかりだった。
おかした行為を悔やみ、浅はかな自分をどれだけ責めても
解体を終え自分の足で前へ進む以外に、この夜を抜ける道は他にはなかった。
猟師は解体を続けている。
それが命を受け取ったものが担う役割だと、彼は無言で語っていた。


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そうした体験を経て生まれてきたのが、作品集におさめられた白い花々だったのです。
現在は神奈川県の無住寺で暮らしながら創作活動を続けているという橋本さん。
《原爆の図》は初めてご覧になったそうで、「原爆の悲劇だけではない、祈りのようなものを感じた」との感想も聞かせて下さいました。
近ごろは個展の機会も増えているとのことなので、そのうちに、ぜひ彫刻作品を直に拝見してみたいと思っています。
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2013/1/16

「炭鉱展」打ち合わせ/新井卓さんのダゲレオタイプ  来客・取材

今日は元学芸員のMさんと、写真家の萩原義弘さんが来館。
現在開催中の本橋成一写真展「屠場」をご覧になり、今夏に予定している「戦前・戦時の炭鉱・鉱山をめぐる視覚表現(仮題)」の企画展の打ち合わせを行いました。

途中、写真家の新井卓さんも来館され、いっしょに明治期の貴重な足尾銅山の写真コレクションなどを観ました。

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写真は足尾銅山の写真を手に取る新井さんと、説明をする萩原さん。
この企画展は、戦前・戦時期の炭鉱表現者の作品を総合的に見て、今なおどのような意味を示唆しているのかを検証する内容なのですが、炭鉱だけではなく、(炭鉱よりずっと古い歴史をもつ)足尾銅山の写真も紹介し、同時開催として丸木夫妻の《足尾鉱毒の図》全6作品も展示することになります。
今年は、足尾鉱毒事件を告発した田中正造の没後100年にも当たるので、さまざまな視点で見ることのできる企画になるのではないかと思います。

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打ち合わせの後は新井さんに誘われて、ダゲレオタイプ(銀板写真)の撮影に立ち会いました。

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小型のカメラをセッティングする新井さんを見ていたら、「岡村さんも座ってください」とのこと。
なんと、ダゲレオ初撮影です。
撮影時間は約5秒。思ったより短い時間でした。

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With Yukinori Okamura (curator), Maruki Gallery of Hiroshima Panels, Saitama, 00:05, 2013/01/16

妻は「髷を落としたばかりの武士が二人写ってるわ」と笑ったけれども、21世紀の写真なのに100年の歳月が経過しているように見えるのがダゲレオタイプの面白いところ。
決してわれわれが古武士っぽいのではないので念のため。

この日の撮影は、新井さんが取り組んでいる「Daily」のプロジェクトの一環。
以下のサイトで「Daily」シリーズを見ることができます。
http://takashiarai.tumblr.com/
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2013/1/14


深々と降りつもる東松山の雪。

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これはかなり積もるかな……と思っていたら、それほどではなく。
都内の方がはるかに大雪だったようです。

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こんな天候にも関わらず、W大学現代人間学部R先生のゼミが来館して下さいました。
小高文庫でじっくりと討議をされていたようです。
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2013/1/13

KEN「EXPOSE 2012 いま。」新井卓展クロージング+トーク  講演・発表

夕方、池尻のSUNDAYで開催されている照屋勇賢展「Cut n'Dry」を観た後、三軒茶屋のKENの連続企画「EXPOSE 2012 いま。」第3回・新井卓展のクロージング・トークに出演しました。

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写真は、新井卓さんのスライド・トークの様子。
3.11以後の福島の撮影や展覧会活動の報告に加え、アメリカで世界最初に核実験が行われたトリニティや核博物館などを訪れた映像も紹介され、今後のさらなる活動の深化が期待される内容でした。

私は、社会との関わりのなかで作品を制作・発表していく実践例としての《原爆の図》という視点から、1953年公開の映画『原爆の図』(監督・今井正、青山通春)を題材にして話をしました。
もっとも、東京国立近代美術館で開催された「実験場 1950s」展でも幅広く紹介されている通り、社会と密接に関わりながら行われた表現活動は、《原爆の図》に限らず1950〜60年代の特徴でもあります。

その一方、現在の社会に芸術が介入していくことは非常に少なく、3.11後に多少状況が変わりつつあるとはいえ、「選挙へ投票に行かなかった約40%の多数派」へどう表現の力で働きかけていくかというのが、新井さんの提示した問題意識でもありました。

奇しくも3.11前後につながりはじめたKENと第五福竜丸展示館、丸木美術館の連携。
この2年近くのあいだ、この3館のあいだでさまざまな企画が生まれてきたのですが、そうした活動の重要性がなぜ広く浸透していかないのかという問題も、粟津ケンさんから投げかけられました。
目前の情勢に左右されず地道に活動を続けていくことが結局は大切であり、また、少数派であるからこそ見えてくるものがある、という前提はもちろんあるのですが、それにしても、ここで起きていることを世間に広く投げかけていく必要はあるのではないか……。

それについては、私も同じように考えていたところがあり、2月7日(木)から『東京新聞』で連載する「非核芸術案内」(昨夏に5回ほど連載したものの続編、今回は3月14日まで6回連載予定)のなかで、作品紹介だけではなく、KEN・第五福竜丸展示館・丸木美術館の3.11後の連携の重要性についても取り上げてみたいと構想しています。

   *   *   *

トーク終了後の交流パーティでは、はじめてKENに来たという観客の方から、「こんな凄い場所があるということを今まで知らなかった」という嬉しい感想をいただきました。
また、女子美術大学のS先生から、「来年度に2週ほど講義を」というお誘いも頂きました。本当にありがたいことです。
少しづつ、できる範囲ではありますが、外に向かって開いていくことが重要なのだと思います。

というわけで、最後はいつものメンバーで近くの中華料理店にて打ち上げ。
第五福竜丸展示館のY学芸員から、丸木美術館で太陽光発電が実現したことの重要性について熱く語られ、大いに励まされた夜でした。
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2013/1/12

朗読公演「変えられたこと/変えられないもの」  イベント

午後2時から、展示室で朗読公演企画「変えられたこと/変えられないもの:2つ(×2)の物語から」が行われました。

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企画者で演奏担当の高瀬伸也さん、朗読担当の映画評論家・フリーアナウンサーの青柳秀侑さんに加えて、今回は青柳さんの教え子の女子高生も朗読に参加。

演目は、川上弘美の「神様」(1993年)と3.11後に加筆された「神様 2011」、そしてチェーホフの「いたずら」(1886年雑誌初出)と同名の改訂版(1900年)の2作品でした。
高瀬さんの説明によれば、著者が加筆あるいは結末を変えた2つの物語を通して、「福島第一原発における事故は、私たちの日常生活に何を付け加えたのか、あるいは何を奪ったのか」を照らし出し、日常性における「変えられたこと/変えられないもの」への想像力につなげようとする試みです。

川上弘美の「神様」と「神様2011」は以前にも読んでいたのですが、淡々と続く日常描写のなかにひそむ放射能をめぐる微妙な変化は、丸木美術館という空間のなかに響く言葉で再現されると、リアリティの深まりが増していくような気がします。
そしてチェーホフの「いたずら」の劇的な結末の変化は、まさに比較して読むために書かれたような作品。改訂後の、複雑な思いの交錯する結末も深い味わいがあるのですが、後から読まれた雑誌初出版の「でもこのへんで、結婚させていただきましょう!」というあっけらかんとしたハッピーエンドは、若々しい女子高生の朗読のおかげもあって、すかっと心の晴れる思いがしました。

次回の朗読公演は、2月11日(月・祝)午後2時から、「2・11によむ:奇想天外なお話(しんわ)で物語を乗り越える」という内容。
「建国記念日」そして丸木俊の誕生日でもあるこの日、丸木美術館の空間に、落語の「あたま山」、松山巌の「天使のくせに」、安部公房の「天使」、そして丸木俊の絵本から選ばれた“奇想天外なお話”が響きます。
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2013/1/11

青鳥小ワークショップ/遠藤一郎落語「のりこ」/風間サチコ展など  他館企画など

午前中、3月3日から4月14日まで丸木美術館で展覧会を開催予定の遠藤一郎くんが来館。
遠藤くんは、車体に大きく「未来へ」と描かれた『未来へ号』に乗って、7年も全国各地をまわりながら幅広い活動を続けてきた“未来美術家”です。丸木美術館では、3.11後の活動をもとにしたスケールの大きな展覧会を計画中。展示室や屋外を実見して、いろいろと企画の構想を練っていました。

   *   *   *

また、新潟県十日町市にある鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館のA学芸員も来館されました。
この美術館は、大地の芸術祭の一環として、鉢という集落の廃校となった小学校の校舎を利用して、絵本作家・田島征三さんが作った“空間絵本”なのだそうです。
もっとも、豪雪地帯なので、冬季は美術館は休館。そのあいだを利用して、A学芸員も各地の美術館をまわりながら、運営や地域の人たちのサポートのあり方を学んでいるとのことでした。
丸木美術館の活動も参考にしたいとのことで、流々庵でお昼ごはんを食べながらいろいろとお話をしました。小さな美術館同士、共通の悩みも多いようだったので、少しは役に立つといいのですが……
ともあれ、豊かな自然に恵まれたとても面白そうな美術館。
そのうちにぜひ、足を運んでみたいと思います。

   *   *   *

午後2時40分からは、同じ市内の青鳥小学校へ。丸木夫妻が校舎の壁画を手がけた学校です。
今回は「放課後子ども教室」で、丸木美術館クラブ工作教室でお馴染みのMさんが出張ワークショップを行いました。

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畳を敷いた教室で、元気のよい子どもたちがワイワイと騒ぎながら布をコラージュして壁掛けを作りました。
みんなで共同制作した作品は、1月26日からはじまる企画展「丸木美術館クラブ・工作教室の10年展」にも出品されます。

   *   *   *

美術館閉館後には、東京・清澄白河のSNACで行われた遠藤一郎くんの創作落語「のりこ」を聞きに行きました。
震災後に石巻で活動を行っていた遠藤くんが出会った人びとや出来事を落語風に語るという興味深いイベント。水戸芸術館の「3・11とアーティスト: 進行形の記録」展で初演された内容を東京で再演するという試みです。
最初にその話を聞いたときには、「なぜ落語?」と腑に落ちない思いもあったのですが、実際に聞いてみると、落語という形式でこそ伝わる被災地のリアリティというものが感じられて、なかなか面白いアイディアだなと思いました。
笑いあり、涙あり、歌ありの盛りだくさんの内容。
丸木美術館の展覧会でも、ぜひ落語を聞かせていただきたいですね。

そして、SNACの会場では、福島原発事故を主題にした風間サチコ展「没落THIRD FIRE」が開催されていました。
風間さんは、一昨年12月のChim↑Pom展の際に丸木美術館を訪れ、「明治三陸大海嘯には《風俗画報》というリアルな史料が、広島の原爆には丸木夫妻の《原爆の図》があるように、記録画は【忘却】の【防波堤】である」と考え、4mを超す木版画の大作《噫!怒涛の閉塞艦》など原子力にまつわるクロニクルを制作したとのこと。
こうした表現の連鎖は非常に嬉しいですね。
会期は1月19日までですが、一見の価値ある展覧会です。

落語公演のあとは、遠藤くんや関係者の皆さんと近くの飲み屋へ行き、「遠藤一郎展」の打ち合わせの続きを行いました。
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2013/1/10

とんこつらーめん「暖家」/SADAKO LEGACY  調査・旅行・出張

今日も午後から都内に出て、ポレポレタイムス社に立ち寄った後(沖縄の美味しいゴーヤをお土産に頂きました。ありがとうございました!)、《原爆の図》の海外展を計画中の元TV局プロデューサーHさん、杉並光友会Hさんとともに映像制作会社シグロを訪問。

その後、喫茶店で打ち合わせをしたあと、中野駅北口の商店街にあるとんこつらーめん屋台・暖家を訪れました。
このお店は、被爆から10年後に白血病となり、折り鶴に回復の願いを託しながら亡くなった佐々木禎子さんの甥のシンガーソングライター・佐々木祐滋さんが店主をされているのです。祐慈さんは「INORI〜祈り」や「NEGAI〜願い」などの歌を作り、各地をまわって音楽活動をされています。
http://gamiyanohbeya.sitemix.jp/pictures/20120229.htm

この日は、祐慈さんはもちろん、昼の時間帯に「どさんこ北海道喫茶室 中野本店」を営業している芸人のおにぎりさんや、禎子の思いを世界に伝える活動を続けている特定非営利活動法人SADAKO LEGACYの事務局長Kさんもいらっしゃって、いろいろと興味深い話を聞くことができました。

ラーメンはとても美味しく、寒い夜に身体がほかほか温まりました。
中野方面においでの際は、ぜひ「暖家」でとんこつラーメンを!
おすすめのお店です。
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2013/1/8

壷井明さん《無主物》/ポレポレ打ち合わせ  調査・旅行・出張

少し前に、壷井明さんの《無主物》という作品を、ネット上で知りました。
http://dennou.velvet.jp/

《無主物》とは、福島県のゴルフ場の芝生に付着した放射性物質を除去するよう求めた訴えに対し、東京電力側の弁護士が「放射性物質は自分たちのもとから離れた『無主物』である」と言ったことからつけられたタイトル。
3枚のベニヤ板に描かれた油彩画は、被曝しながら働く福島原発の作業員や、利益を独占する人間との関係性、疎開する人びと、被曝した子どもや動物たちの姿が絵物語のように描かれています。
この作品と壷井さんについては、women's action networkのすずきまりさんが記した報告記事に、とても詳しく紹介されています。
http://wan.or.jp/art/?p=4993

まるで1950年代の“ルポルタージュ絵画”が現代に出現したような作品。
これまで画廊などで一度も発表されず、首相官邸前デモなどの路上が発表の場だったという点や、絵画そのものの持つ物語性など、丸木夫妻の《原爆の図》を想起させることもあって、非常に興味深く思いました。

まずは絵を実際に見てみたいと思い、昨年末に連絡をさせて頂いていたのですが、本日、ようやく壷井さんのお宅にお伺いして、作品を拝見することができました。

最近、福島を訪れて聞いた話を描き込んだという画面は、ネット上で見た画像からさらに変化していました。
壷井さんによれば、これで完成というわけではなく、新しい証言を聞くことがあれば、絵はまだまだ変化していくかも知れないとのことです。

福島原発事故を主題にした絵画表現として強く印象に残る作品なので、ぜひ丸木美術館で特別展示させて頂きたいとお願いしたところ、快く了解してくださいました。
まだ正確な日程は決まっていませんが、今年の2月から4月頃にかけて、丸木美術館2階のアートスペースで展示させて頂こうと思っています。

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夕方からは、東中野のポレポレタイムス社に移動して、本橋成一さんとOさん、元学芸員のMさん、写真家の萩原義弘さんとともに、来年夏に丸木美術館で行われる企画展の打ち合わせをしました。
萩原さんには初めてお会いしましたが、2009年に目黒区美術館で開催された「‘文化’資源としての〈炭鉱〉展」で作品は拝見していました。
長いあいだ炭鉱や近代建築などを撮り続けて来られた写真家で、ブログには貴重な写真がたくさん掲載されています。
http://ysnowy.exblog.jp/

打ち合わせの後は、東中野のアフガニスタン料理店でMさん、萩原さんといっしょに夕食をとりました。偶然、三人とも東京・昭島市に深い縁があり、昭島・立川・米軍基地・旧五日市鉄道など非常にローカルな、しかし学校では決して習わない興味深い歴史をいろいろと教えて頂きました。
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2013/1/6

KEN「EXPOSE 2012 いま。」クロージング+トークのお知らせ  講演・発表

このところ、久しぶりに厳しい冬の寒さが続いています。
朝、美術館の水道がすべて凍結していたと思ったら、午後には野木庵の水道管が破裂。
館内の展示室も非常に室温が下がっています。

もっとも、この寒さにも関わらず、年明けから入館者はなかなか好調。
特にこの日は、日曜日ということもあって、元ジャーナリスト近田洋一さんの息子Wさん親子や、丸木夫妻の親族Sさん親子、そして粟津ケンさん親子と家族連れの来館者が立て続けに来館されました。
本橋成一写真展「屠場」は、案外、親が子どもに見せたい展覧会のようです。

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美術館閉館後、粟津ケンさん親子はわが家に立ち寄ってくださいました。
子どもたちは仲良しなので大よろこび。いっしょに夕飯を食べました。

粟津ケンさんが三軒茶屋で主宰しているスペースKENでは、現在、「EXPOSE 2012 いま。」新井卓写真展を開催中。
1月13日(日)午後6時からは、クロージング+トークとして、新井さんと岡村が対談を行います。新井さんは、現在、南相馬でも写真展「Here and There - 明日の島」を開催中(10日まで)。そんな報告もお聞きしながら、現在の世界に表現者がどのように対峙していくのか、ともに考え語りたいと思っています。
参加費1000円(1ドリンク付)、トークは午後7時頃より開始予定です。

この日は、南相馬ひばりFMのインターネットラジオで、新井さんが出演したインタビュー放送も聴きました。
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