2012/10/11

「日本の70年代」展/「かもめ来るころ」/「自画像★2012」展  他館企画など

美術館の休みをいただいて、午前中は埼玉県立近代美術館で開催中の「日本の70年代1968-1982」展へ。

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学生運動や大阪万博の熱い「反抗の時代」からはじまり、西武百貨店を中心とする軽やかな「若者たちが選びとった文化」へと移行していく1970年代(正確には1968年から1982年までの15年間)を、美術、デザイン、建築、写真、演劇、音楽、漫画などジャンルを横断しながら俯瞰する見応えのある展覧会でした。

私は、企画をされたM学芸員が「1970年代の転換点」と位置づける1974年の生まれなので、この世に存在してはいたのですが、「時代の気分」までは記憶にありません。
かろうじて、1980年代はじめの西武百貨店の「不思議、大好き」や「おいしい生活」などのポスターの糸井重里のコピーを覚えているくらい。

もっとも、ここ1、2年のあいだ、粟津ケンさんのおかげで身近になった粟津潔や寺山修司たちの仕事が、どれほど横断領域的に展開されたのか(展覧会はのっけから粟津潔の映像作品、山下洋輔が燃えるピアノを演奏し続ける《ピアノ炎上》からはじまります)、また、大学時代のゼミの恩師のM先生が西武美術館の学芸課長・副館長として深く関わっていた「セゾン文化」の意味(80年代のバブル期になだれ込んでいく予兆としての功罪も含めて)も考えることのできる、たいへん貴重な機会になりました。

平日の午前中にもかかわらず、会場には学生らしきグループや、70年代を実体験されている世代の方々が数多く訪れていて、展覧会の注目度の高さがうかがえました。

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午後は亀戸へ移動して、7月に丸木美術館の被爆ピアノコンサートに出演して下さった斉藤とも子さんの出演する舞台『かもめ来るころ』を観ました。

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大分・中津の豆腐屋として働きながら歌を詠み、ベストセラーとなった『豆腐屋の四季』を著した後に、火力発電所の反対運動に取り組んだ松下竜一と妻の洋子の生涯を描いた物語です。

弱者の視点に立ち、時代の奔流に逆行しながら、あらゆる動植物が健康に生きるための環境を守る権利・環境権を提唱して孤独な闘いを続けた松下さんの生き方には深く共感するところがありましたが、慎ましい生活を支えた妻の葛藤も描かれていて、そのあたりはどこかで見た光景のような……
公演のあと、斉藤とも子さんに「何だか身につまされた芝居でした」と感想をお伝えしたところ、「そうよね、どこも大変だもんね」と爽やかな笑顔。

客席には、昨年丸木美術館で公演して下さった肥田舜太郎さんや、以前ひろしま忌でお話をして下さった江戸川区の被爆者団体「親江会」の西本宗一さんも来られていました。

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帰りは銀座のギャラリー58に立ちよって、「自画像★2012」展を観てきました。
出品作家は赤瀬川原平、秋山祐徳太子、池田龍雄、石内都、篠原有司男、田中信太郎、中西夏之、中村宏、吉野辰海という錚々たる前衛芸術家の方々。

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自画像展といっても、さすがにふつうの自画像は1点もありません。
ギャラリーのNさんのお話では、新聞を観て画廊を訪れたお客さんが、「……で、自画像はどこに?」と質問されることもあるとか。
それでいて、それぞれの芸術家の歩んでこられた人生が感じられる、面白い展覧会でした。
ちょうど田中信太郎さんが画廊にいらっしゃったので、ご挨拶。

本当は、画廊香月で開催されている池田龍雄展も観ておきたかったのですが、残念ながら木曜休廊とのことで(銀座に着いてから気づきました)、観られなかったのが残念でした。
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